2025年12月 5日 (金)

ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室・「絵」の話

ギャラリー十二社ハイデのデッサン教室

12月は、6日(土)17時~と20日(土)17時~ 各2時間となります。

参加ご希望のかたはギャラリー十二社ハイデのHPの問い合わせからメールください。

11月29日(土)

ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室。

新宿西口中央公園の木々の色づき。後ろに都庁が見えます。
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かわいいかたちの十二社熊野神社前交番。ギャラリー十二社ハイデでは、ここから徒歩3分くらいのところです。

今日初めて参加のK君には自分の手を描いてもらった。
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K君は美大生なのでちゃんと描ける人なのだが、余計な塗りを入れないで、必要最小限のかたちのかわり目のタッチと

繊細な骨格、皮膚の立体感に添った皺だけで人の手の感じを出すように描いてもらいました。

微妙なニュアンス、生命的な皮膚感を大事にしたい。

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I君はケイトウ(鶏頭)。この花は柔らかくてギザギザもこもこした質感を2Bの鉛筆でガシガシ描いてもらった。

垂れ下がったフリルの曲線部分と光っているエッジ、暗い穴のような部分を強調して描きます。

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アケミさんには薔薇を描いてもらった。

この薔薇には花弁とも葉とも判別できない緑色の筋のあるものがついていた。

私はそういう畸形の花に巡り合えると幸運と思う。

私は花屋でそういう変形の花を選んで買う。

そういう奇妙で独特な部分を持っているのが、花の真実だから。

そういうところに面白さや美しさを感じるから。

アケミさんは「ええ!?そうなの?そういう畸形がない花を選んで描くのかと思ってた」と。

花のどういうところに「美しさ」や「それらしさ」を感じるかは非常に微妙なところだが、そこに画家の体質や神経が出るのではないだろうか。

アケミさんが別の絵画教室で、ビニールやプラスチックでできた果物や造花をモチーフに描いていたと聞いて愕然としたが、

工業製品の造花には畸形や個体の個性が無い。

一般になんとなくそれっぽく見える単純化した記号を造形化したものを描いて、それで満足できるのは、本物を見てもその程度の絵しか描けないからなのだろう。

「現代アート」の行為として、あえて造花を描く、という意図ががはっきりしているのなら理解できるが、そうでなくてそんなモチーフを出されたら、私なら爆発してしまうだろう。

・・

終わってからK君と新宿駅方面へ歩き、絵の話をした。道沿いの樹々に年末恒例のネオンがキラキラしている。

それから西口のカフェで9時半まで話した。

K君もいろいろ悩んでいるみたいだ。

「自分が本当にやりたいことを追求していったとしても、他者に認められなければ、自分が本当にやりたいことはなんなのかもわからなくなってきてしまう」と言ったら

K君は「そのとおりです」と言った。

自分の悩みや苦しみを表現しても、それは「自己表現」にしかならず「表現」未満だ。

絵画は絵画として成り立たなければならない。

そして「芸術」である「絵画」には、必ず「問いかけ」が存在している。

美大時代、私は決して楽しい学生生活ではなかった。

入学してすぐに、とんでもないところに来てしまったと思った。

純粋に信じて絵に打ちこめた予備校(高3)時代が懐かしかった。

私の場合は絵の世界の構造のようなものが見えてしまったから。

そんな業界に自分が入ってやっていけるはずもないと思ったし、今でも18歳の時のその直観は正しかったと思っている。

美大なんかに入ったら悩むのは当たり前だろう。

自分が絵になんの(どういう)価値があるのか、絵なんか描いていていいのか、

そもそも「絵を描く」ということがどういうことなのか、

それを考えないで、ただ楽しく描いている人の絵は、たぶん絵未満なのだと思う。

恩師、毛利武彦は、絵になっていないものを「見るべきところがない」と言った。

若林奮先生は「絵になっているか、なっていないか。あなたのは絵になっています」と言った。

今の私には、ほぼ明晰にそれが見えていると思う。

若い頃からよく「絵が好きなら○○も好きでしょう」とか「絵が好きなら○○を見に行くといいよ」などと人に言われて戸惑った経験があるが、

本当に絵が好きならば、絵未満のものに全く興味がないし、むしろストレスになるのだ。

真っ赤なポリの造花を「素敵でしょう?」と言われているのを同じく、絵のまがいものを見ることはストレスになる。

アートフェアに行った時、作者の名前を見ないで、作品に強く惹かれたものだけ、その近くに行って名前を確認すると、すべてもう亡くなっている画家だった。

その作家の世に知られている画風でないものもあったが、燦然と、絵として存在してた。

具象、抽象、コラージュに関わらず歴然としていた。

そして私がすごい画家だと認める人たちは、全員、その人独特の詩的言語もすごいということ。

私の感覚では、その人の言葉を読んだ(聞いた)時点で、どの程度の絵を描く人なのか知れてしまう。

言葉がばからしいと感じた人の絵は、やはり絵未満でしかない。

「絵」を描くということは全身の運動であり、総合芸術だということ。

すごい絵を描ける人はすごい詩的文章を書けるし、詩的映像や写真も撮れるし、すべてに対して慧眼でありラジカルである、と私は思っている。

すごい絵には哲学的な「問いかけ」がある。

たぶん私が志向しているのはとうにこの世に存在しない「芸術家」というもので、私は結局そういう人にしか興味を惹かれないのだ。

 

 

 

 

 

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2025年11月30日 (日)

御嶽山

11月26日(水)

御嶽山へ行きたいと思っていて、金曜が暖かいらしいので28日にと思ったが、季節はずれの黄砂が来る予報が来ていたので水曜に決行。

寒さが少し心配だったが、晩秋の草木の息吹を吸い込みたいのと、今の自分のからだにどのくらいの力があるのか試したかったから。

運が良ければムササビ、モモンガ、カモシカ、イノシシを見られるかも、と思った。

朝、抹茶ソイプロテインを牛乳で溶いたものと卵粥。

薬一式(チラジン、アルファロール、レットヴィモ、下痢止め、吐き気止め、抗アレルギー薬など)と保険証、限度額認定証、ティッシュたくさん(寒冷アレルギーで鼻水が止まらないので)を持ち、

綿100の下着2枚、長袖Tシャツ、フリース、ジャケット、フェイクレザーのパンツ、使い捨てカイロを下着のお腹の上と腰に貼り、貼らないカイロをポケットに入れ、

いざ出発、と10時過ぎに家を出た瞬間に手足の指にテタニーが出た。なぜ?

おそらく昨晩の食事(ジャガイモ中心)のカルシウムが不十分で、今朝摂ったばかりのソイプロテインはまだ消化されてなく、血中カルシウム濃度が低い状態で涼しいところに出たせいかと思う。

ここで牛乳とアルファロールを多めに摂ると、また高カルシウムになってしまうので、痛みを我慢してそのまま駅へ。

電車に乗って、プロペト(ワセリン)を忘れたことに気づく。私は皮膚がすごく薄いので唇が乾燥して切れやすく、しょっちゅうワセリンをべたべたに塗っている。顔に風が当たらないように大きなマスクをしているのでなんとかやり過ごせるだろう。

私は忘れ物なしに旅行をできたことがない。

電車に揺られていると、食べ物の消化が進んだのかテタニーはおさまった。

三鷹を過ぎ、車窓から見える樹木が多くなり、西立川の辺りや、福生市に入った辺りの野山の色どり、晩秋の草姿の魅力に、北海道の花輪和一さんと歩いた野山を思い出す。

青梅駅についたところで11時、12時台には1時間に1本しか青梅線が無いことを知る。

駅の前にある小学校の周りの紅葉が輝いている。黄色く光る点描の銀杏が青空を無数の蝶のように舞っている。

待合室で30分ぼーっとする。

青梅線に乘ればすぐに田舎らしい景色に変わる。

1時半くらいに澤井駅で降り、すでに下山して一杯やっている人たちでいっぱいの澤乃井酒造のガーデンを通って遊歩道に降り、川沿いを御嶽まで歩く。

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澤井駅から御嶽駅までの沢沿いの道。

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河合玉堂が描いたように、極彩色ではないくすんだ青梅の晩秋。

私は楓の紅葉よりも黄色くなった葛の蔓に惹かれる。私は平面的、直線的な植物よりもねじれて絡まり合う植物の姿に惹かれるからだ。

途中「クマ出没注意」の貼り紙が。

細い道をひとりで行きながら、ここでめまいを起こして沢に落ちたら死ぬのかな、と思う。

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私の好きなかわいい橋。

途中速足で急ぐとけっこう汗をかき、上着を脱いで手に持って行く。からだは熱いが手だけは冷える。

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沢から御嶽駅に上がる急な石段を上がる時にハアハア。

御嶽山ケーブルカー駅行きのバスに乗るが、ここでも運転手さんが来ていなくて30分くらい発車を待つ。

バスの終点滝本駅から目の前に見えているケーブルカー駅までの急坂で息が切れてしまう。かなりハアハア。でも倒れそうな感じではない。

ケーブルカーで山頂駅に上る。イノシシやカモシカはいないかしらと斜面に眼を凝らす。

御岳平駅で自販機の温かいミルクティ―を飲む。

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展望台から。

拡大コピーしてきたムササビマップを見ながらまずはビジターセンターの前まで歩く。

途中の杉林は陽が落ちなくても真っ暗で、ちょっと不安になる。私は新宿で生まれ育ったので灯りのないところがすごく怖い。

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手前に楓の紅葉。その向こうに葛の黄葉。遠くに天空の集落。

ゆっくり歩いて神代ケヤキ。
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神代ケヤキにもムササビがよく来ているらしいが巣箱は見えなかった。

大鳥居の前に着いた時に3時。それから本殿に上らずに集落を上がったり下がったり、うろうろする。

萱葺の家にムササビが出入りしているというが、湯気や煙の出る穴の部分は細い木で塞いである。この隙間からは出入りできなさそうなので不思議。

自分の身体を確かめながら歩く。寒いというほどではない。

急な上り坂は息がきれても体中の血液やリンパの循環がよくなって爽快な感じだが、急な下りの時に膝の斜め上の外側の筋肉が攣るのが気になった。

ムササビの巣箱の近くで確認している人には会わなかった。

もしムササビ目的の人がいたとしても、4時過ぎの陽が落ちたあとに巣箱の近くに来て、そのあと山の上の宿に泊まる人だろう。

陽が落ちて真っ暗な中で、巣箱を見ながらひとりでじっと立って待っているのを想像したら怖くなったので、一旦ケーブルカー駅に戻ることにする。

神代ケヤキから急坂を下っている時、膝斜め上の外側の筋が急激にズキッと攣り、これはまずいと思った。

腸脛靭帯なのか、大腿二頭筋なのか、手で押しても細い筋が金属のように拘縮していてすごく痛い。自力で歩けなくなったらたいへん。

冷えているのもあるし、(癌の手術の時に副甲状腺を切除しているので)カルシウム吸収が悪いのも関係ありそう。

無理は禁物なので3:42のケーブルカーで下山することにした。

途中、枯れたオヤマボクチ(ヤマゴボウ、ネンネンボウ、ウラジロ)やノアザミ、ノコンギク、センニンソウ、サルトリイバラ、茶色く乾いて化石のようになった果実のついたヤマユリなどをじっくり眺め、味わいながらゆっくり歩く。

ケーブルカーを降りてから、目下に4:03発御嶽駅行きのバスが待っていてくれるのだが、下りの急坂ががきつい。膝斜め上のすじが痛すぎてうまく歩けない。

まったく柔軟でなく、筋肉もやせているので腸脛靭帯断裂とかあり得るのでは、と不安になるような痛み。

皆がさっさとバスに走って行く中、とろとろと、焦らないことを意識して極めてゆっくり歩いた。

バスで御嶽駅に戻る。

御嶽駅に何か売店が出ているのを見たら、生山葵だったので感激。

ピアスしているおしゃれな20歳くらいの青年。「これ、作っているおうちの人ですか?」と尋ねると

「そうです。父が」

「ええ?!ここらへんで?」

「奥多摩の方です。うちは山3つ持ってるんで」

「すごい!山葵栽培ってたいへんなんですよね。湧き水のある山の斜面でですか?」

「そうです。段々畑にして」

以前に山葵栽培について読んだことがあり、とても微妙でたいへんな仕事と思う。

山葵は100円のから3000円のまで大きさ別になっていた。

かわいらしいのを3本購入。これを摺り下ろして食べるお蕎麦やお刺身は最高。

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ホームの端っこに立って夕焼けに続く線路を見ると、未知の世界への旅情のようなものに襲われる。

錆びた鉄の柵に、私の大好きな紫や空色や青磁色の実のついたノブドウの蔓が絡まっていた。

帰りの御嶽からは接続がよかった。吉祥寺で総武線に乗り換えた。

反省要素としては脱水気味であったこと。途中、御岳平で一本の缶のミルクティしか飲んでいない。

行きの三鷹、青梅、澤井でトイレに寄ったが、もっとこまめに水分を摂って、もっと頻繁にトイレに行かないといけなかった。

帰宅してからほっとしてビールを飲んだら気持ち悪くなったのも脱水のせいだと思う。

お風呂で自分で脚の筋肉を肘でもんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2025年11月28日 (金)

ハクビシン

11月22日(土)

デッサン教室で5時前にハイデに行ったら、西側の坂の方から細くて茶色い猫のようなものが走ってくるのが見え、

ちょうど同じ坂の方からI君も歩いてきたので「今、猫が・・」と言って

お向かいの家の庭に滑り込んだ茶色い生き物を覗き込んだら猫ではなかった。

頭が小さく顔が細く尖っていて、鼻筋が白く、顔と足先としっぽが黒い。イタチ?テン?と思う間もなく、その生き物は素早く壁を駆け上がって屋根の上へ。

そして電線の上をすごい速さで再び西の方へ移動。すばやすぎて写真にも撮れない。

ハクビシン。

日本にいる唯一のジャコウネコ科の動物。上野動物園や多摩動物園には展示されているらしい。

雑食でバナナが大好きとか。

昔、毛皮のために台湾から輸入していたのが逃げて繁殖したとか。(毛皮を欲しがる心性が怖い)

昔は落雷とともに落ちて来た雷獣と言われていたとか。

夜行性だというが、私が出会ったのは日没後とはいえまだ薄暗い時間で、姿ははっきり見えた。

あの電線の上を駆ける速さと細さなら、都会の生ゴミを食べながら長距離移動も楽々、空き家の小さな穴から入り込んで生きていけるだろうな、と思う。

猫など及びもつかない身体能力に、サキの小説のスレドニ・ヴァシュタール(スレドニ・ヴァシュタールはイタチなのでハクビシンとは科が違うが)を思い起こした。

とりあえず2階の窓をこまめに閉めよう。過去にはいろんな隙間から屋根裏などに出入りしていたのかもしれない。

・・

ちなみに、サキのスレドニ・ヴァシュタールといえば『妄想鬼 (サキ短編傑作集)』 (奇想天外コミックス)を思い出す。

松本零士、真崎守、辰巳ヨシヒロ、上村一夫、川本コオ、いけうち誠一、石原はるひこが競作したまんが。

松本零士と真崎守と上村一夫はさすがにうまかったと思う。

私は古本で持っているが、1970年の少年マガジンに掲載されたらしい。

けっこうトラウマになりそうな暗さなのだが、あの当時なら通った企画なのかな、と思う。

・・・

今日はI君に手を描いてもらいました。

 

 

 

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2025年11月25日 (火)

『デッサンの基本』40刷のお祝い

11月の次の(最後の)ギャラリー十二社ハイデでのデッサン教室は、20日土曜日の17時からです。

新規に参加ご希望の方はHPの問い合わせからメッセージください。

11月20日(木)

『デッサンの基本』ナツメ社 40刷となりました。

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ナツメ社の編集長のS.Aさんが40刷のお祝いをしてくださった。

『デッサンの基本』は2009年に出版されて、もう16年目となり、実用書でここまでロングセラーのものは非常に珍しいということです。

この本を作るのに、確か9か月くらいかかったと記憶している。

人物デッサンのモデルを探すのに、自分が描きたいと思える人を求めて3か月くらい街で人を見ていた。

私はなにに対しても、自分の感覚に合わないと気持ちがはいらないし、努力してできることはすべてやりたい性格なので、詩的な雰囲気のある人をずっと探していた。

人物であれ、植物であれ、「どこに惹かれているのか」「何を感じて描くのか」がなければ、ただコピーするのではデッサンにはならない。

個人の眼を、身体を通って、手仕事としてあらわれてくるものでなければ。

ここまでITが発達した時代に、人々は情報を得ることで、それを「知っている」と勘違いしてしまう。

しかしそれはどこまでも情報であって、自分の身体を通した経験とは程遠いものです。

一輪の花を手にとってよくよく見れば、雄蕊、雌蕊のかたち、花びらの折れ、ねじれ、茎が真っすぐではなく葉の柄のついているところでじぐざぐに曲がっていること、葉の柄のついている反対側から小さな葉が出ていることなど、初めて気づくことが多いはずです。

その微妙なニュアンス、柔らかくて儚い生命の不思議を感じて描けば「絵」になります。

いわゆる「現代アート」をやっている人は、設計図をかくがデッサンはやらないようだ。

私はこの時代だからこそ、自分の外にある生命に寄りそう(生命のありかたを発見する)デッサンが重要だと考えています。

江戸時代の素描き、江戸末期に日本に西洋の水彩画が入って来てからのデッサン、油画の黎明期の明治時代のデッサン、エランヴィタール(生命の跳躍)が溢れる大正時代のデッサン、

それから日本以外の国の昔の画家のデッサン、さまざまなとらえかた、やりかたのデッサンを見ると、昔の人の身体感覚はすごい、ほんとうに素晴らしいと思う。

正直、私にとってはいわゆる現代アートを見るよりずっとずっと興味深い。

私は「デッサン」を「本画」より下のもの、あるいは「現代アートに必要ないもの」とは考えていません。

また、私自身の絵を「日本画」あるいは「現代日本画」と呼ばれることには苦痛を感じます。

それは、そもそも「日本画」という言葉のなりたちが戦争と国威発揚に直結したもので、それを疑問なく受け入れることに抵抗があるからです。

自分の絵は「現代絵画」でありたい。

大きなくくりでは「現代アート」だと思っているが、若林奮先生が言っていたように「現代美術」ということばのほうがしっくりくる。

・・・

編集長のS.Aさんにお聞きしたが、私がこの『デッサンの基本』を作った時に担当編集だったS藤さん(5年前、コロナの時に退職されたのでお会いすることも叶わなかった)は山登りが趣味だったそうだ。

ひとりで会社帰りに山に行って縦走したり、夜通し走ったりされていたそうだ。

気さくなだけではなくて、そんな屈強な心身の持ち主だったのか、と感動してしまった。

S藤さんは増刷になるたびにメールをくれて、一緒にとても喜んでくれた。Sさんがいたら40刷を一緒に喜びたかった。

40刷になったこと、皆さんに感謝していることを編集長からお伝えしていただき、S藤さんが満面の笑顔で山頂に立っている画像をいただいた。

想像した以上に朗らかで突き抜けているお顔。

・・

生まれてまれて初めての京懐石ランチ。

先付:長芋羹 蟹餡 オクラ 山葵 花穂

お凌ぎ:飯蒸し 松の実

遠肴:聖護院かぶら 鯛 京菊菜 柚子

向付:本日のお魚 お刺身

八寸:甘海老酒盗漬け 栗ワイン煮 蟹湯葉巻き揚げ 蒸し安納芋 銀杏 蓮根チップス

煮物椀:蟹茶巾蒸 松茸 法蓮草 柚子

揚げ物:金目鯛 舞茸 青

食事:秋しらすご飯 青のり

汁・香の物

菓子・抹茶

 

 

 

 

 

 

 

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2025年11月24日 (月)

国立がんセンター中央病院 検査値下がる

11月18日(火)

国立がんセンター中央病院。

10月21日の日のサイログロブリン検査の結果、502。今までで一番低い。

花輪和一展を開催したあと、すぐに自分の個展が続いて疲労困憊していたし、レットヴィモの飲み忘れもあったので、上がると思っていたのに、なぜか下がった。

昨年の11月19日、3075。12月17日、6470。

その時はもう癌の勢いが止まらなくてレットヴィモが効かないと絶望したが、今はまた下がった。

造影剤CTやMRIをやらないと癌の状態は血中サイログロブリン値だけではわからないということ。

 

一般の血液検査のほうも、懸念していたカルシウムの値が正常値内に下がった。

カルシウムが上がり過ぎていた原因は、過敏性大腸で食べると即下痢になってしまうので、朝から強い下痢止めを飲み、人前に出る時は絶食してがんばっていたので、

空腹になり過ぎると血中カルシウム濃度が下がり過ぎて、(副甲状腺も摘出しているために)テタニー(全身けいれん)が起きてしまい、

それを治す救急処置として牛乳とアルファロールを急激にに飲むことが何度かあったせい。

人前に出なくなれば、もう少しこまめに食事をとることができ、テタニーが起きることも少なくなるので、アルファロール服用を少な目にしてもだいじょうぶになり、血中カルシウムが正常になった。

アルブミンはあいかわらず低い。

体調は最悪ではないが、個展が終わってからどっと疲労感に襲われ、脳がオーバーヒートしているような苦しさが続いた。

腸は最悪の時よりは改善し、体重も増えたが、まだ健常な状態ではなく、やや過敏。

つまり私の今の疲労感は甲状腺癌のせいではなくて、ほとんどが胃腸と仕事の緊張からきているもの。

癌関係で苦しいことは、レットヴィモの副作用の顔の浮腫で、目の周りと瞼の奥が圧迫されて痛いこと。

それと秋ぐらいからずっと右脇の手術(右肺の中葉摘出)痕がちくちく痛い。辛いというほどではないが。

ケロイドになっている部分に痛みが出ている。

右胸の肋間神経痛も出ている。びりびり痛むところの上の肉をぎゅっとつまむと少し和らぐ。

11月14日(金)

新宿御苑に菊を見に行く。

私が何を見に行くのかというと「清新優美のあでやかさ」を見ているわけではなくて、

乱菊、狂い菊のうねった線、伊勢菊の針のような線、嵯峨菊の混乱した線、そして大菊の重量感のある歪みを見に行っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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2025年11月16日 (日)

デッサン教室・造花では無理

2025年年11月のデッサン教室は、あと22日(土)と29日(土)の17時からの2回となります。

参加したいかたはHPからメールください。

11月13日(木)

阿佐ヶ谷区民センターでのデッサン教室。

今日、薔薇の花を描きたいから持ってくるとTさんが言っていたので、楽しみにしていたのだが。

遅れて来たTさんが持ってきたのは、なんと本物とは似ても似つかない真っ赤なポリエステルと緑のビニルでできた造花の花束だったので、驚きすぎて言葉に詰まった。

しかもなんの味わいもない安い茶色の壺まで、わざわざ買ったのだという。

「造花ではデッサンできません!いんちきなものではできません!」と声を荒げてはいけないとトーンを抑えて言ったが、内心、かなりイラっときてしまった。

なんでそんな不快なものをわざわざ描きたがるのだろう?

「私がモチーフを探してきます」と言って外に出て、寒い遊歩道を歩きつつ、熱くなった頭を冷ました。

Tさんは何十年も油絵をやってきているが、Tさんの眼に映る薔薇は、安物の造花と区別がつかないのだろう。

実際に、Tさんが家で描いたと見せてくれた薔薇や百合の絵も、安物の造花と区別がつかない。

かたちは雑で色はショッキングピンクで微妙なニュアンスも細部もない。

つまり生命を持った花に見えない。

歪んでいようが濁っていようが魅力的に描けていれば、その人がなにに惹かれて描いたのかが伝われば、良い絵になっているはずなのだが。

Tさんは「薔薇の描き方を教えてもらおうと思って」造花を買って来た、という。

人に絵を教えるようになってわかってきたことは、絵を描くのが好きだと言っている人であっても、そこに在るものが見えて(在るものに感じて)いる人はほとんどいないということだ。

本当は、生きている花から造花のいんちきさを引いた、残余のエッセンス、その香りや生々しさ、儚さを描ければ、輪郭なんてとる必要もないのだけれど。

それは高度で不可能に近いから、まずは薔薇の中心がきゅっと固く巻いて、それが外に向かってしどけなくほどける感じや、

花弁の根元は淡いクリーム色でそこから紅色が滲む様子や、一枚一枚違う花弁の皺や亀裂のニュアンス、

規則性があるようで変則的な個々のかたち、柄のついている部分の托葉、左右非対称な棘などをていねいに見て描くのだ。

遊歩道で拾った桜の今が盛りの紅葉を10枚ほど持ち帰って、それを描いてもらった。

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いつもどおり、Tさんの根気が続かずに私に手を入れてもらいたがるので、ほとんど私の絵になってしまうのだけど。

色はあっさり薄めにした。

葉のめくれ上がった部分と、縁のギザギザ(きょ歯)、黒く枯れた部分や虫くい部分を丁寧に描くのがポイント。

よく見ると葉の根元にふたつ、むかごのような小さな球がついている。

アケミさんとTさんは別の絵画教室に何年も通っているが、そこの先生はモチーフ用にたくさんのプラスチックの果物や花を用意していて、それを描かせるのだそうだ。

ちょっと私にはなにが楽しいのか、なにがしたいのか理解できない。

石膏なら光と影を見るのによい。ガラスや人形などの人工物を描くのもよい。

しかしいんちきのブドウやいんちきのリンゴを描いて、「自分はブドウやリンゴの描き方がわかった」と勘違いさせることは最悪だ。

植物の生命のみずみずしさや儚さを感じたことのない、よほど感性の麻痺した人だから平気なのだろう。

つまり優れた絵のすごさもわからない人。

その教えている人に対してかなり気持ち悪さを感じるが、それで楽しいサロンができているのだから。世の中にはそういうのが絵だと思っている人もたくさんいるのだろう。

アケミさんが明るい単純な色ばかり使っているので、私が大正時代の絵や着物の色を参考にするように言ってグレイッシュトーンやダルトーンを教えたら、

その先生がそれらの絵を見た時「色が暗い!まるで大正時代の絵みたいだ」と言ったそうだ。

まさしく私とはまったく感覚が違う、私から見るとはっきり言って「絵」になっていないもの(絵にならない方向性)を「絵のかきかた」と言って教えている人だ。

拙いせいで「絵未満」ならいいのだけど、「絵」と逆のベクトルを教えていることに呆れるというか腹立たしく思う。

その人と会うこともその人に何かいう機会もないだろうけれど、私のデッサン教室では私の考えを話していくつもりだ。

なにも変わりたくなくて現状で楽しくやりたい人、現状でほめてもらいたい人には何も言わない。

11月16日(日)

急に寒くなってから顕著にレットヴィモの副作用の顔の浮腫が酷い。

浮腫と眼の下の隈の見た目も酷いが、なによりむくんだ眼の周りや眼の奥が痛いのが苦しい。

お風呂に入ったり、遠赤外線パックを顔にあてたり、ストレッチしたり、いろいろやっているが、とにかく気温が低くなると体調が悪くて辛い。

それといつものことだが、舌に口内炎が出来て痛い。

火曜の夜から木曜の朝までの休薬期間、口内炎に関しては少しましになる気がする。

しかし浮腫のほうは良くなっている気がしない。

これからの冬がとても憂鬱。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2025年11月 9日 (日)

足利市立美術館コレクション展2025

11月7日(金)晴れ

足利市立美術館コレクション展2025に二度目の訪問。

舘林に着いた時に少しゆっくり歩いていたら乗り継ぐはずの電車が行ってしまった。

足利市駅に着くと中橋が工事中だが人は渡れる。橋の上が強風。

まずは鑁阿寺近くの門前蕎麦菊屋本店へ。緑色の韃靼蕎麦がとてもおいしい。

それから市内を散策。細い裏道から織姫神社を経由し、大通り、そしてまた裏道。

ものすごくショックなことがあった・・・博仁堂薬局が無くなって更地になっていた。

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博仁堂薬局(2023年8月25日撮影)

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この建物と壁に会った漢方薬一覧n看板はとても面白かったのに。

鑁阿寺参道脇の古い塀も無くなっていた。この場所も大好きだったのに・・。
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(2023年8月25日撮影)

駅前の古いマンションも、美術館のポスターが貼ってあったレトロなマルケイ帽子店ももう無い。

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(2023年8月25日撮影)

私の大好きだった映画館通りの看板と東映の劇場ももう無い。

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(2023年8月25日撮影)

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(2025年9月12日撮影)
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古くて枯れた植物がいっぱいの不思議な家も。
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(2023年8月25日撮影)

ああ、もうどこを散歩したらいいの?というくらい、もっとも面白い建物ばかりが無くなっている。

・・

3時くらいに美術館に入り、先日のお詫びとお礼のお菓子を受付にお渡しする。篠原さんはお留守だった。

若林先生の「Blue Daisy」はよく見ると名古屋のホテルの薄い便箋に描かれていた。宿泊している時に描かれたのだろう。

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これは彫刻「Daisy」シリーズのスケッチであり、四角い茎のようなものが空に向かって伸び、上から見たところ(四角柱のてっぺんに硫黄やべんがらを入れる穴のようなものが空いている)がその上に描いてある。

べんがらや硫黄は花粉だと思う。

若林先生がBlue Daisyという花があることを知っていらしたかはわからない。実際の花のDaisyとBlue Daisyはだいぶ形状が違う。

Daisyは雛菊であり、たんぽぽくらいの丈で白やピンクの柔らかい舌状花を咲かせる。

Blue Daisyは一重の花弁で、雛菊よりもマーガレットや紫苑に近い。

Daisyは茎が太くて短くて直立している。やはりこれはDaisyなのだ。

Daisyが生えている周りの空気がBlue(空色)で、霧や靄など水蒸気を含んでいるのだ。

そのDaisyのドローイングの向かいに、私の「鳥の声—―若林奮に。」を含む一連の絵を展示していただいたことは、私にとって大きな意味がある。

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「鳥の声—―若林奮に。」

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美術館を5時過ぎに出てから橋を渡って足利市駅の南側を歩いた。

暗くなってきてあまり何も見えない中、八幡山古墳群を目指して歩いた。

駅の南側は本当に何もなくて、とても寂しいのだが、遠くに見慣れた緑と赤のネオンが。

まさか、と思ったがサイゼリヤだった。

真っ暗な八幡山古墳群にちょこっと登ったあと、サイゼリヤで凍えた身体を休める。

昼に蕎麦を食べただけで歩き回ったので血中カルシウム濃度が下がり、脚にテタニー(痙攣)が出てきていた。

帰りの電車で舘林と久喜で乗り換え、そのあとのんびりしていたら上野に着いてしまった。

大宮で湘南新宿ラインに乗り換えないといけなかったみたい。

しかも新宿で人身事故のために電車が止まっているというので焦った。

幸いすぐに電車が動き出し、神田から中央線で帰宅。

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