2017年3月29日 (水)

フローラとフォーナ / 書道

3月28日

堀辰雄の「フローラとフォーナ」を読んでいた。

「社會を描く作家を二種に分けてもいい。即ちそれを fauna として見て行かうとするものと flora として見て行かうとするものと。」――そしてクルチウスはプルウストを後者に入れて論じてゐる。」

「プルウストは人間を植物に同化させる。人間を植物(フローラ)として見る。決して動物(フォーナ)として見ない。」

ここで、人間社会をフローラとして見て行こうとする、という解釈が引っかかる。

これでは植物を見ても、動物を見ても、作家は結局、そこに人間しか見ていないことになってしまう。

それは、植物から、動物たちからの人間の収奪でしかない。

堀辰雄は、「僕はそんな風に花のことはちつとも知らない。しかし花好きでもあるし、小説の中で花を描くことも好きだ。僕なんかも flora 組かも知れない。」と書いている。

けれど私にはこの「フローラとフォーナ」の文章から、堀辰雄が花を好きな感じが伝わってこない。

プルウストの文章からは、彼がとても花を愛していることが伝わってくる。彼は、植物そのものを、その衝撃をちゃんと見ている。

それは、幼年時代の最初の記憶からずっと続く、暴力的なほどになまなましい、陽の光と風や雨の雫と植物の交信、植物が発する香気や響きあう色や質の運動の、強烈な生命の時間の体験だ。

植物を、植物として、強く体験できる人は非常に少ない。人工的なもの、人間的なものの、添え物のようにしか感じていない人は多い。このことは、私が大人になってから身に染みてわかったことだ。

幼い頃の私は、自分が興味を持つのと同じくらい、他の人も植物に興味を持っているのだと思っていた。

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最近の書道(きのう)。

「賞花釣魚」。

先生のお手本。

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下が私の字。初めて待望の「花」という字。「ヒ」の部分をもっとしなやかに書きたいが、バランスが難しい。次はぜったい、もっと柔らかく書きたい。

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先月の「温慈敬和」。

先生のお手本。「慈」という字の「いとがしら」の左右のかたちが同じではないのが不思議。右のほうが、三画目が長く、上の「一」の画に接している。

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下が私の字。「慈」という字の上の部分、「一」が長すぎた。

ちなみにこの「前」という字の上の部分と同じところは、「くさかんむり」ではなく、よび方がないらしい。

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墨汁のあまりを片づけている時、先生が「紙、使う?これ、書き損じ。」と出してくれた半紙の細筆の文字を見て「うわ、先生の書き損じ、かっこいい。」と、その紙をいただくのを辞退した。

いただいてくれば良かったのに、とすぐ後悔した。墨汁をぬぐうのにはとてももったいなくて使えないけれど、いただいてくれば私はそこから吸収するものがあった。

そこにある何がかっこいいと感じるのか、考えることができるから(これはすごく感覚的で重要なことだ)。

今、習っている楷書は、現代の字とかたちが違うこともよくあり、実務的に字がうまくなるかというと、よくわからない。

書道に惹かれるのは、筆と墨の造形と質感のなにか、水で絵の具をとく絵を描いていることと通じているたっぷりと豊かななにかを、強く感覚しているからなのだろう。

その時々の手本の四文字によって、字面のバランスをとるというのも面白い。

ゼロから考えるのではなく、手本を見てそれに倣うというのが、私には新鮮なのだ。

書道教室は、月一回、1時間半しかない。せめて2時間あれば、もう少し詰められるのに、と思う。

まわりの、いつもゲートボールの話ばかりしている奥様達にもめげず、最近は、最初からすっと入り込んで集中できるようになってきた。

私は、のめりこんでその瞬間にすごく集中したい性格ので、なんで書道教室に来て雑談ばかりしているのだろう?と、その奥様達が不思議でしかたないのだが。

最近はがんがん書いて、遠慮せずに、時間内に5、6回は先生に直していただきに行っている。

帰宅してすぐ、一度筆を洗ってから、その日に直されたところを注意しながら、もう一度自分で書いてみる。

まだ筆の扱いに慣れないので、自分なりに納得がいくまで書こうとしたら、なかなか終わらずエネルギーを使ってくたくたになる。

先生の家の書道教室に通うことも考えたが、そうすると書道にのめりこんでしまって絵が描けなくなりそうだ(それでなくても趣味が多いのに)。

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2017年3月20日 (月)

鎌ヶ谷 初富 植物

3月17日

鎌ヶ谷の病院のがん定期健診。

とにかく遠い。JR、地下鉄、JRと乗り継ぐ。ジュネの「葬儀」(無削除限定私家版 生田耕作訳)を読みながら行った。

血液検査とレントゲンの日なのに30分遅刻してしまった。

1時半に血液検査を受け、その結果が出るのに、1時間かかる。

診察に呼ばれて「遅刻してすみませんでした。」と謝ると、「いえいえ、検査結果が出るのに、お待たせしてすみません。」と浅井先生はいつも優しい。

レントゲンも変わっていない、とのこと。肺の下のほうにぽつぽつ粟粒状の転移があるが、素人目には血管の節目の白く濃くなっている点々と見分けがつかない。

頸の手術跡のところを指して「ここの、特に右前の筋肉が、今も痺れていたいんです。」と言うと「すみませんね。」と謝られた。

どういうふうにマッサージをしたらいいか聞くつもりで、先生を責めるつもりはまったくなかったのだが、痺れが残ることと手術のやり方と関係あるのだろうか?

血液検査の機能の結果、けっこう薬の飲み忘れがあるにもかかわらず、血中のチラジン濃度が上がっているという。運動すると甲状腺ホルモンが消費されるから、運動不足かも、と言われる。

「お酒をよく飲んでいることはよくないですよね。」と聞くと「このがんに関してはあんまり関係ない。それよりもっと食ったほうが、・・いや食べたほうがいいですね。」と言われた。

あいかわらず筋肉がつかないのが悩み。162cm、44kg~45kg。

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いつも電車の窓から見下ろしている小さな森に行ってみようと、きょうはカメラを持ってきた。

何しろ、病院のある新鎌ヶ谷駅のまわりは、何もないアスファルトの上に、どーんと大きなイオンと大きな病院と市役所だけ建てたようなところで、昔からの商店も古い家も雑木林も川もない。味のある樹木一本も見えない。本当に息が詰まる。

駅の土手の金網の中、そこだけ草が生えているところ、枯れ蔓に名前も知らない鳥がひとりぼっちでいた。金網で隔絶されたこちら側は、なにもない、殺伐としたアスファルトだけだ。

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病院のある新鎌ヶ谷駅から、鎌ヶ谷駅の方面へ歩く。

途中、初富稲荷神社の前を通る。境内の土のグランドで子供たちがサッカーしていた。球技などしてはいけないという神社が多いのに、おおらかでいいな、と思う。

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初富を少し歩くと、小さな植木鉢がいっぱいはりついた定食屋さんを発見。ここらへんには、わずかだが花木のある庭が続く細い路地があるのを見て、すごく気が休まる。

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初富から道野辺へ。美しい地名をたどって。

そして森についた。森と呼ぶには小さいが、樹に人の手がはいっていない。様々な蔓の絡んだ野性的な風情に夢中になる。

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折しも日が暮れ、銀と藍色のせめぎ合う空。ドイツの森、イングラントの森の記憶、その時の空気の匂い、光、音、肌触りに感覚が飛ぶ。

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ひとりで鳥の声を聞きながら、空の銀箔を切り刻んでいる枝の曲線をひたすらつかまえる。
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誰にも邪魔されない、人と話さない、樹木や草や空や鳥とだけ交信する時間にしばし酔いしれる。

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生きている線と空気と、そこに流れる時間に集中することによって生かされる気がする。擦り切れてしまった神経が再生して創造力が充填されてくる。

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羽ばたきの音がした。土鳩が四羽、短い草の中のなにかを食べていた。そのあと、犬を連れた婦人が来た。この場所がとても好きだ。

小さな森の裏には畑と、花木のしげる庭のある古い家があった。

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若くて瑞々しい蕗の群生。蕗の薹は摘まれずに花が咲いていた。
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菜の花畑。
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古い電柱に寄り添っている樹が、ちょうど電柱の頭のところで枝を広げて、お互い会話しているのに目をひかれた。まるで宮沢賢治の世界。この道も一目で好きになった。
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民家の庭では早咲きの桜と名残りの梅、濃い緑の中に黄色の点々のアクセントの金柑、ぷっくりとした赤い椿の色がひしめき合っていたが、私は去年の枯れ花に目がいく。

枯れ紫陽花。
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鎌ヶ谷駅前の空き地。
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乾いて白いネコジャラシ(エノコログサ)の中にぽつんと咲いていたタンポポ。
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立ち枯れの小さなセイタカアワダチソウ。
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電車から見え、以前から気になっていた「かのこや薬局」。手すりが赤茶色に錆びているいい感じのお店。
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朝からミルクティーを飲んだだけで何も食べす、夕方6時に帰宅してから今日初めての食事。

次にいく時は、新鎌ヶ谷でパンを買って、かじりながらあの森に行こうと思う。

私はひとりだとあまり食べることに注意がいかない。

私はおいしい(私が好きな)人と一緒に食べるときだけ、いっぱい食べる。

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2017年3月19日 (日)

画集の打ち合わせ / 対人ストレス /  最近のちゃび

3月8日

水声社の編集さんと次の画集の打ち合わせ。

新宿3丁目の名曲喫茶らんぶる。広いのに、地下の禁煙席はほぼ満員だった。一階の紫煙が階段を伝ってくるのが難点。

次の本について、私がすごく気にしているのは、紙の質と絵のページ数。希望の紙の見本の本を2冊渡す。こんな触感の紙で、と。B7だけはイヤダ。

紙がすごく高かった場合、絵のページを増やすか、その時点で検討。

とにかくもう一度、絵を増やす方向で全体の構成をやり直してみること。

いろいろわからないことが多くて不安になった。

3月14日

S・YさんとM・Hさんと飲みに行く。

M・Hさんは心理学の専門家で、対人についていろいろアドバイスをもらう。

私が、誰かにものすごく不快な思いをさせられたことをブログに書くと、「絵を描く人は心がきれいって思っている人たちから非難されたりする」と言われたが、別にそんなことはどうだっていい。

その誰かが特定されると、それが事実であっても名誉棄損罪、もしくは侮辱罪に問われるらしい。

そんなことも、まあ私はどうだっていいのだが。

私を道具のように利用して自己愛を充たそうとする人がらされた耐え難く不快な体験をブログに書こうとすると、たいてい危険だと止められる。

私が表現をやる根本のところに関わる問題なので、そこを書かないとなにも表現にならない気がするのだが。

3月15日

高円寺の私の好きな古着屋さんの店主、O・Kさんと話す(私が高円寺を離れられない理由のひとつは素敵な古着屋が多いことだ)。

去年、彼女から購入したビリティスの黒いレースブラウスの釦が、外に着ていく前に取れて無くなってしまったので、適当な釦(私の好きな小さな貝釦)をつけていただいだ。

彼女と話しているとすごく楽て、救われたような感覚があった。

それは、彼女は服をつくって売るクリエイティヴな仕事に携わっているが、アートや絵をやっている人のような異常な自己顕示欲がないからだ。

仕事として望まれたことに対して親切に、ちゃんと応えてくれるだけで、余計な自己主張がない清々しさ。

彼女は背が高くて陶器のような白い肌の、おっとりしてきれいな人だ。

3月16日

久しぶりにGと西永福で食事。

去年、真っ白なユキヤナギで埋もれていた松ノ木グラウンド横を抜け、大宮八幡のへりの暗い道を通って行く。

ハナ動物病院の近くの桜がもう満開だった。

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最近のちゃび。

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朝の自撮り。

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最近のちゃびは、歳をとっているがなんとか元気で、おしゃべりが得意だ。

明け方から朝、何度もトイレに行き、戻って来ては、私のふとんの中にはいりたいとにゃあ、にゃあ。私の耳元でおしゃべり。それでも私が起きないと、私の顔をお手々でぱんぱんと叩く。

朝、私の顔のすぐ前にあるちゃびの顔にちゅっちゅっと口づけると「ぐるにゃあああああ」とゴロゴロ爆裂。
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私の枕にまたがる。
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もうすぐ二十歳。がんばれちゃび。
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2017年3月16日 (木)

右上腕の怪我、過緊張、緘黙 

3月15日

きょうは、最後の寒波なのか、すごく冷えて身体が痛かった。

昨年の6月28日に、思いがけないことで右腕上腕を筋断裂してしまい、ずっと拘縮の痛みに苦しんでいる。整形外科、整骨院の電気治療、リラクゼーションサロンと、いろいろやってみているが、なかなかよくならない。

利き腕なので、いろんな作業に差し支えている。

おとといから新しい整骨院に通い始め、今日は二回目。

ここは前に通っていたところとはまったくやりかたが違う。マッサージはなく、深い指圧と、骨格の歪みの矯正。

私が整骨院やリラクゼーションサロンでもっとも重要に思うのは、余計なおしゃべりがないこと。世間話をされて治療師の見解に同意を求められた場合、ほぼ100パーセント同意も共感もできないでストレスになるので、言わないでほしい。

その点、ここはまあ合格。

3月3日

上半身の緊張が少しでもとれれば、と頸の神経ブロック注射をしに、久しぶりにSクリニックに行く。このクリニックはいつもすごく混んでいるので、冬の間はインフルをもらってしまいそうで怖くて行く気にならなかった。

頸の神経ブロックだけですぐ終わると思っていたら「久しぶりなので診察しますね。」と言われる。

ここの院長先生は、痩せていて派手な顔立ちで、30代のように若く見え、はっきりサバサバとものを言う、明るくてアグレッシヴでてきぱきした感じの人だ。

以前、頸と肩の凝りで頭痛や吐き気がしてどうしようもなくて、神経ブロック注射に通っていた時、「どんな仕事してるの?」と聞かれ、「今は、本をつくってます。」「へええ、どんな本?」「え・・・と・・・芸術系の・・・エッセイです。」と言ったら

「へえ~。すごいねえ!面白い仕事してる患者さんがくるね~。がんばってね!僕は応援してます!」と明るく言われ、私は赤面して苦笑。
「応援してる」とか軽く口先だけで言わなくていいのに、としか思わなかった。

ところが今日、驚いたことがあった。

昨年夏に怪我した右腕が拘縮して上がらない、なにかよい治療法はありませんか、とおずおずと尋ね、2、3週間前にほかの整形外科でCTを撮ったばかりで、そこでリハビリしていて「こうして相談すること自体が二重診療になってしまいますか?」と私が聞いたら、その院長先生は言った。

「「わたし」はねえ、すごくいつも、24時間緊張してるのよ。それで24時間、自律神経が休まらないのよ。いつも、診察の時に異常に緊張しているのが僕にはわかる。」

彼は「あなた」というところを「わたし」と言っていた。

「「わたし」はねえ、ものすごく頭が働いて、ほかの誰も気がつかないことを察知して、いつも、ものすごくたくさんのことを考え過ぎて、疲れすぎて緊張しすぎてるのよ。」と言われ、あまりにも私のことを正確に言われてびっくりした。

「その通りです、わたしは幼稚園の時からずっとそうです。」と応えた。

「今も保険の二重診療のこととか、「わたし」が考えなくていいことをものすごく考えすぎて心配してるのよ。日本の保険制度はおかしい。柔整は半グレ。いろんなこと、考え過ぎないで、絶対なんとかなるって思わなくちゃ。柔整の施術内容回答書も、出したくなければほっとけばいいのよ。なにからなにまで心配しないで。そっちの整形外科の滑車のリハビリもやってていいよ。」」と言われた。

「右腕の拘縮している箇所にブロック注射したら少しはほぐれませんか?」と聞いたら、

「「わたし」の場合、他の人ならなんでもないことも察知して激しく反応して、もっとひどくなることがありそうな気がする。それは僕がここに開院して17年間の直観。」と言われた。

短くしか言葉を交わしたこともなく、一見、軽そうにも見えて、私の性質など、もし気づいても面倒くさいと思うくらいだろうと私が思い込んでいた院長先生が、私の過敏で過剰な性質をちゃんと見ていて、それに寄り添って治療を考えてくれたことに、すごく驚いた。

まったく期待していなかった院長先生に、俄然、信頼感がわく。

「左頸にブロック注射してみようか。」と言われる。右頸に打つほうが当然効くが、私は甲状腺癌摘出手術で左の声帯と反回神経を切断してしまっているので、右頸に麻酔を打つと左右の気道が閉塞して息ができなくなるので、右には打てないのだ。

仰向けに寝て左頸に神経ブロック注射をして、ふわっと効いてきて顔や頸が熱くなってぼーっとしている間に、一生懸命右腕を上に上げたり肩を回してみたら、少し痛みがとれて、いつもより動く気がした。

過去に何回か神経ブロック注射の止血をみてもらったことのある若くてかわいい看護師さんに「右腕が痛くなってたんですねえ。ぜんぜん気がつきませんでした。」と親切にしていただいた。(右腕のこと、今日までこちらでは言ってないんだから、気がつくわけはないのですが。。。)

・・

私は何をやるにしても相手の反応や、その場の雰囲気、そのあとにどんなことが起きるかを考えて、逡巡しすぎて、ものすごく疲れて緊張する。

そして自分の率直な意思表示を飲み込んで、我慢してしまうことがものすごく多い。

結局なにも行動を起こさず、表情にも出さず、抑え込んでてしまう。

そんな風に緊張しながら、私が心身のエネルギーを使い果たしたことは、目の前の相手はもちろん、まわりの誰にも気づかれない。

私は、自分と正反対に、相手の反応おかまいなしに、自己展開して一方的に気持ちよくしゃべり続ける人が苦手だ。

逡巡や緊張なしに、ぺらぺらしゃべる人の話はたいてい酷くつまらなくて、私には同意も共感もできないからだ。

私は、耳を遮断して聞いているふりをすることができなくて、嫌なことも直接、身体の奥まではいってきてしまうから、恐ろしく疲れるのだと思う。

嫌だと感じることも、好きだと感じることと同じくらいに、激しく強烈に、私の中にはいってきてしまう。

私には自分が大切なものがはっきりしている。だから、そこにのめりこんで集中したい時に、誰かにそれを邪魔されるのがものすごくストレスになる。

また、自分の言いたいことが、伝達不可能だとわかっているのに、それをまったく違う意味に平準化され、「わかるわかる」と言われることが苦痛でたまらない。

「あなたには見たことも感じたこともないことを、私は今、言おうとしている、ということを認めてほしい」と相手に言っても伝わらない。

「自分にはわからない」ということを認めない人、なんでも「自分もわかる、自分のほうが上だ」と言いたがる人がすごく苦痛だ。

わりと最近まで知らなかった言葉だけれど、私の子ども時代は「場面緘黙」というのにぴったりだ。

幼稚園から高校くらいまで、ものすごくいろんなことを考えて、感情ははちきれそうだが、人前で話すことが死ぬほど嫌だった。

なにも言えなかった幼い頃の私も、自分が大切なものははっきりしていた。

私は口に出したくても言葉にならなかったこと、うまく言語化できない微妙な次元の、内面では激しく感じているリアルな私の生のために表現をやろうとしているので、たぶんこの不全感と焦燥と対人ストレスは一生続くのだろう。

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2017年2月28日 (火)

本郷理華 「カルミナ・ブラーナ」 ・ 宇野昌磨 /  絵の撮影

2月26日

フィギュアスケート四大陸とアジア選手権が終わった。

本郷理華のSP「カルミナ・ブラーナ」の個人的な印象。

・・

「おお、フォルトゥナ!運命の女神よ。月のように、姿は移り変わり、……」

だがそれは、言葉ではない。無言の全重量と釣り合う、もはや誰のものでもない叫び。
合唱という匿名性によって名ざされ、召喚される、いまだ名もなきものの怒りにも似た静寂。
その魂ととともに立ち上がり、長い腕を掲げて天を仰ぐ出だしから、私はぐっと引き込まれた。

それからなよやかに、ひそやかに、冷たい水の中をすべってゆく銀の細い魚のように、

天から零れ落ちてくるなにかを、手を伸ばして受けるように、

空気に舞う風媒の種子たちに触れるように、

あるいは中空に無言で語りかけ、自らの思いを差し出すように、

きわめて優雅に、麗しく、かつ伸びやかに、誰かの記憶に息を吹き込む

「常に満ち、欠け、生は忌まわしく無情に、時に戯れに癒して、貧困も、権力も、氷のように溶かしてしまう……」

古い建物の窓のすりガラスの光、ずっと揺れている、震えている灰色の細い木々の重なり、

記憶の中の、淋しく、なつかしい薄暗い風景のなかに、

時折、見え隠れしていた、なまめかしく、生命的なもの、

危うく無防備でありながら、誰にも触れられない、傷つけられないもの、

私はずっと覚えていて、いつでもそこに戻っていけるのだと告げるように、

刻々と移り変わる薄明光の階の下で、

鳥が一斉に飛び立つ羽音を聞き、旋回する影と交差しながら、

そして強い風にさらされて翻弄されながらも、その風に乗って、どこまでも遠くまで未知の場所に流離っていくように、

そんな女性的な、なにかとても美しいものを見ていた。

・・

私は、本郷選手の中で、このプログラムが一番好きだ。

彼女の端麗さが非常に際立つプログラムだと思う。

ジャンプの失敗はあったが、表現はとても洗練されてよくなっていると思う。

若く瑞々しい選手の、まさに表現が大人になる時に、ちょうどスランプの危機が来ることが非常に悩ましく、いとおしくも切なくなる競技だ。

夏から足首の怪我があったらしいが、今、跳べないのが精神的なものであるならば、次はよくなりますように、心より復活を願っています。

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男子は4回転ジャンプ合戦になったが、やはり宇野昌磨の表現に引き込まれた。

彼の演技はいつも、めくるめく情景を見せてくれる。

人それぞれの体験の重さ、想いの丈の際だった瞬間、その記憶、感覚を呼び覚ましてくれる喚起力がある。

2月24日

次の本の制作のための、絵の撮影。

1:30にカメラマンの糸井さん宅へ。

外の光はカーテンで遮断して(真っ暗ではなく、自然に薄暗い昼間の感じ)、ストロボは3つ。

前回の最後に撮影していただいた感じがすごくよかったので、今回の撮影の光のあてかたもそれに近くなるように、4回ほど光を微妙に調整して撮影していただく。

銀箔が全体にフラットに白っぽくなりすぎないように、斜め上に軽くスポットを当てて、絵の下側に行くにつれて少し暗い色になるように、銀の質感が生々しく出るようにしていただいた。

絵の線描が全部、バランスよく見えるように撮るのはセオリーだが、強い太陽光の下ではなく、そんなに明るくない小さな部屋の壁に掛けられているのを見ているリアルな感じを希望した。

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糸井さんは、光の違いによる絵の見えかたの微妙なニュアンス、雰囲気の違いを、とても理解してくれて話がすっと通じるので、初対面から仕事がすごくやりやすい。

万一、追加で新作を撮ってもらうことがあるかもしれないことを想定して、ストロボの出力など、今回の設定を記録しておいていただく。

途中、3:30頃、撮影予定だった絵が一枚足りないことに気づく。

Mに電話して、事務所から届けてもらった。Mは一時間後に到着。駅で待っていたら、急にすごく冷え込んできて、胃が痛くなった。

この時の冷えによって、次の日、吐いてしまい、一日具合が悪かった。撮影終了後に、Mと駅前の居酒屋に入り、空腹に梅干しサワーを飲んだのがよくなかったのかもしれない。

風邪やインフルだったらどうしようと焦って、友人に連絡し、会う予定を延期してもらったが、結局風邪ではなく、ただ胃腸の調子を崩しただけだったのでよかった。

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