2016年12月 1日 (木)

ちゃび 19歳5か月 給餌の試行錯誤 / 書道

12月1日

試行錯誤により、ちゃび(19歳5か月)の体調が戻ってきたメモ。(老猫が食べられなくなったり、強制給餌に悩んでいるかたの参考に、少しでもなれたら幸いだ。)

10月10日に、ちゃびが自分で食べることができなくなり、一時はもうだめか、と思われた。自分で水を飲むことも、毛づくろいもしなくなってしまった。

今も自分では食べないので、一日一回、夜にシリンジ6~7本くらいの給餌をしている。

快作先生によると、猫は自分で食べることを忘れてしまうのは、珍しいことではなく、がんばって給餌してあげていると、ふとまた自分で食べるようになる子も珍しくない、ということだ。

ちゃびに関して私が生みだしたやりかたは、給餌を暴れて嫌がる場合は、セルシンを一錠(10mg)の1/6ほど飲ませ、10分くらいしたタイミングで給餌することだ。

ちゃびはFKW(スペシフィックの腎不全、肝不全、心不全用)があまり好きでないようで、シリンジであげると、半分量くらい舌で口の外に押し出してしまう。

試しにマグロのお刺身を叩いてすりつぶして、亜麻仁油、レンジアレン、ミヤリサン、デキストリン少々を混ぜてシリンジであげたら、このほうがよく呑み込む。

とりあえずマグロと亜麻仁油を毎日あげていたら、DHAが脳に効いたのか、以前のように生き生きしてきて、ゴロにゃあ!と爆裂するようになり、自分で水を飲み、毛づくろいもするように戻り、、便秘もなおって、吐かなくなった!

きのうは10cmの直線一本のうんこをして、朝、私にそれを知らせるために、うにゃあ!うにゃあ!と元気に私を起こした。きょうも7cmのうんこでうにゃあ!うにゃあ!

私が外から帰宅すると、すぐに膝の上にきてゴロゴロ甘えておしゃべり。

そしてなんと19歳と5か月にしてジャンプ力が戻った。

今年の2月くらいにはまだジャンプして上っていたが、夏には上れなくなった私の絵の具箱の引き出し(高さ1m)の上や、流し台の上に、また乗っかるようになった。

無農薬のカブの葉っぱもまた食べるようになった。

体重も一番具合の悪かった時の3.2kgから3.4kgに増えた。(老猫だから維持だけで増えるのは無理、と快作先生に言われていたのに・・・)

ネットで調べると、お刺身など生魚は、チアミン欠乏症(ビタミンB1の破壊)や黄色脂肪症(ビタミンEの破壊)の危険があるので、あげすぎはよくないと書いてある。

快作先生に聞いたところは、まだ、あげすぎというほどではないから、だいじょうぶ、と言われたが。

とりあえずFKWかk/dのウエットと、マグロには亜麻仁油またはえごま油とオリーブオイル(ビタミンE)を少量混ぜてあげて、様子をみようと思う。

きのうのちゃび。

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私の(ジャージの)ひざの上にしょっちゅう乗ってきて甘えるちゃび。

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最近の書道。「月落烏啼風傳鴈信」。月落ち烏啼き風は鴈信を傳う。

本部からのお手本には「ふうふがんしん」と書いてある。「ふうでんがんしん」ではないのか?鴈という字はわりとうまくいったと思うが、傳の「寸づくり」が左に曲がってしまった。

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「かいちつほうきん」。「帙を開き琴を抱く」(陳方)。「開」の門構えがすごく難しくて苦手。特に「右反跳勢」という縦画がなかなかうまくいかない。

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6月28日に痛めた右上腕の筋膜がずっと痛くて、11月から新しい治療法を求めて治療院をかえ、本格的な電気治療に通っている。

(治療院をかえたもうひとつの大きな理由は、客への楽しいサービスだと勘違いしているうるさいおしゃべり、院長が従業員を侮蔑、揶揄する大声のしゃべりが、あまりに不快で我慢できなかったからだ。)

ちょっとひねった右腕の損傷がこんなに大事になるとは思わなかった。絵を描くのにも筆や鉛筆を持つ右腕なので、常に嫌な感じの痛みがあると本当に辛くて、夜寝る時にも痛いので困っている。

どうしても治らないようならMRIを撮影して筋膜断裂の状態を診て、場合によっては手術、と言われている。

右腕を上に伸ばしたり、背中のほうに腕を曲げるストレッチなどが痛くてできない状態なので、背中の筋肉も凝って苦しい。

傷めたところにカイロを貼ってあたためて、少しずつ稼働域を広げるリハビリを前向きにがんばっている。

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2016年11月19日 (土)

出版四賞パーティー

11月18日

今年もFと集英社出版四賞のパーティー(帝国ホテル)へ。

ストール、ブラウス、スカート コート、靴まで全部古着。

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今年もFが仕事で遅れて来たので、授賞式は最後のスピーチと受賞者の花束贈呈のところだけ出席。ぎりぎり間に合ったので掲載誌はもらうことができた。

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そしてビュッフェ。私はぺスコベジタリアンなので、毎年、魚介の前菜が楽しみ。特にウニとカニとアワビ。お寿司もおいしかった。
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テーブルに勝手に肉の皿を置いていかれるのを断固拒否。こちらの会話がとぎれさせられるし、食べ物をとる時も邪魔なので、いい加減にパーティーコンパニオンは廃止してほしい(学生時代には私もこのバイトをしていたけど、今はそういう時代じゃないと思う)。
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Fには席に座っていてもらって、私がちょこちょこと二人分の好きな食べ物を運んでくるのが楽しい。逆に私は人が食べ物をとってくれたりたり、取り分けてくれたりするのが嫌いだ。

Fも私も肉とお菓子を食べない。食べ物で相手に気をつかわなくていいことは私にとってすごく楽。
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Fと会うと、話すことがいっぱいあるので、いつも弾丸のようにしゃべっている。文章のこと、絵のこと、人との関わりの質のこと、動物との関わりの質のこと。

次の私の画集にのせる文章に関して、絵にあう(植物についてなどの)文章でなくても、自分の気持ちが一番のって書ける内容を書けばいい、とFは言ってくれた。

私は表面的で当たり障りのない話をしてくる人がすごく苦痛で、核心的な話しか興味がない。Fにはいきなり核心の話をできるので、私は無味乾燥な会話をしている焦燥にかられることがないので嬉しい。

いつも私がなにに全身を動かされているか、どんなことにすごく苦しむかについてFはよくわかってくれているので、なにを話しても、ちゃんと重みのある対応がかえってくる。

最近、心底思うことは、なにに夢中になるか、なにに嫌悪を感じるか、根源的なところで話が通じる人に出会えるのは奇跡だということ。

心が通じる人は数回会っただけで通じるし、通じない人は何十年つきあっても無理だ。

普段は着ることのないアンティークレースのブラウスを着たので記念撮影。
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夜も明るい日比谷花壇のウインドウの前で。日比谷公園では菊花祭りで、たくさんの屋台が出、混雑していてた。
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かわいい桜の花が狂い咲きしていた。ソメイヨシノではない。暖かい夜だったのでお濠のほうへ歩いた。
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お濠には二羽の白鳥がゆったり泳いでいた。暗くて写真には写らなかったが、闇の中に優雅な生き物がひそんでいたことにどきっとした。

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しーんとした夜の都会の水際はカメラを通して見ると余計に美しかった。

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柱頭がライトアップされている東京商工会議所の重厚な建物。
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納戸色の空と光が反射した銀杏と、車の入れない、人もいない空間がすごく幻想的で素敵だった。

毛利武彦先生の「首都風景」や「秋映」という絵を思い出す。銀杏が金色に光るこの時期に都会の風景がしんと静まりかえり、違和を感じるほど見知らぬ場所になる、このはっとするような変容に惹かれたのだろう。
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反対側に東京駅。幅の広い道路と冷たい空気。ドイツやイギリスに行ったときの感覚がよみがえる。高円寺の細いミクロコスモスの路地も大好きだが、都心の冷たい風景も好きだ。

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丸の内のライティングの通りの横を抜けて東京駅から帰宅。

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2016年11月14日 (月)

『デッサンの基本』 第26刷  次の本(画集)について

11月13日

9月末に『デッサンの基本』(ナツメ社)増刷のお知らせをいただきました。これで第26刷りとなります。

購入してくださったかた、本当にありがとう存じます。

なにか面白いものを見つけて、ありあわせの道具で描くことは、とても楽しいです。

また、描くことができない時も、ものをよく見る習慣がつくこと、そこからたくさんのことを感じ、記憶し、思い出し、味わえることは、それだけで楽しいことだと思います。

実際に絵を描くことによって、絶えず新しい発見があり、新しいアイディアがわいてきます。

描くことを通して、ものの見方が変わり、見ることの喜びが増すように思います。

『デッサンの基本』が、絵を描くことに興味がある人の、なにかの小さなきっかけ、ヒントに、もしお役に立つことがあれば、とてもありがたく嬉しいことです。

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10月29日(土)の夜、ちゃびに給餌していて、口の中にマグロを入れてあげるタイミングを間違い、牙で右手の人差し指を思い切り強く噛まれてしまい、大量出血。

(それにしてもマグロのお刺身をあげるようになってから、ちゃびの調子が戻ってきたので嬉しい!ドコサヘキサエン酸が脳神経に効いたのではないかと思っている。)

31日(月)の朝、病院に行き、抗生物質の錠剤と化膿止めの軟膏を出された。少し化膿し、すごく痛くて人差し指を使えないために、字も絵もうまくかけなくなってしまった。

PCのキーボードを打つにも人差し指が使えないために、変なところに力がはいり、右の上腕(三角筋?)が異常に凝った。

10日経ち、傷も治り、やっと絵が描けるようになりました。

最近描いた黄色いコスモス(イエローガーデン)の鉛筆デッサン(素描)。

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以前にデッサン(素描)したいろいろのコスモスから描いたコスモス水彩。コスモスによくいる青虫も、そのまま描いてみた。

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私の好きなコスモスは、薄曇りの薄い和紙をこしたような光の下で揺れているイメージ。または雨に濡れたコスモス。日が暮れかけたあわいの時間のコスモス。

私にとってのコスモスは、雨風に倒されてから起き上がったくねくねとうねった茎で、決してすっとまっすぐな茎ではない。

葉はちまちまと尖ったのは嫌いで、裂が少なくて刺繍糸のように長く優雅に伸びた葉のコスモスが好きだ。

自分にとって、もっとも心惹かれる佇まいのコスモスの絵を描きたくて、そこに近づきたくて、何枚も描いている。

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今、私は次の本を制作中です。

次は描き方の本ではなく、私がデッサン(素描)によってなにを見てきたかをまとめた本です。

これまで描き続けてきた植物の鉛筆デッサン(素描)の中から、一連の時間の流れと分断、なにを見るか、どのように見るかを考えながら百数十点を選び、それに素描着彩と銀箔を使った絵を加えたた画集です。

きょう、撮影のためにカメラマンに預けていたたくさんのスケッチブックとパネルに貼った絵の返却があった。

絵を撮影するにあたって、撮影する人との意思の疎通が非常に難しいことを知った。

特に銀箔を使った絵は、撮影する時の光の加減により、どんな色にも変わってしまう。どの部分(腐蝕の微妙なトーン、線の流れなど)を大切にするかを端的な言葉で重々伝えたつもりだが、まったく伝わらなかった。

絵の雰囲気をどう感受するかで、写真の撮り方も、プルーフの出し方もまったく違ってくる。

どのように(一般的な、あるいは文学的な)言葉で伝えようとも、絵をわからない人にはまったく共有されない。

どのようなトーン、コントラストでとらえたいかは、私の絵の雰囲気をよく知る人が撮影するか、作者である私自身が、CMYKに変換分解後の印刷用補正をしなければどうしようもないのだとわかった。

昔から信頼しているデザイナーのS・Kさんにメールで絵の印刷について質問した。

S・Kさんはやはり私が求めていることを理解してくれていて、非常にためになる話をいろいろ伺うことができた。

やはりカメラマンで印刷用の補正について詳しい人はあまりいないそうだ。 昔は補正のプロがいたが、今は商売にならないのでいなくなってしまったとのこと。

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2016年11月 8日 (火)

太田快作先生講演会 飼い主のいない犬猫 殺処分ゼロにする方法

11月5日

ハナ動物病院院長、太田快作先生の講演(調布市環境政策課主催)を聞きに、調布市の市民プラザへ。(画像はすべてクリックで大きくなります)

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地域猫についてと、殺処分ゼロにするにはどうしたらいいかの話。以下、内容を聞き書きでまとめたもの。

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理想主義と言われようと、すべての猫が飼われてほしいと思っている。その前段階として、とりあえず地域猫とする。

野良猫を減らすためにTNR(Trap、Neuter、Return。猫を捕獲して不妊手術してもとの場所に戻す)をすることの実際の難しさを、行政がわかっていない。問題意識がない。

個人のレヴェルでは手におえない。

野良猫に子猫が多いのを見たら、すぐ誰もがTNRを、と思いつくまでの啓蒙が必要。振り込め詐欺と同じくらい行政は啓蒙してほしい。

◎不妊手術などの助成金は上限なしにするべき。

捨てられて運よく生き延び、怖い思いをしながら繁殖している猫は、誰の猫でもない。最初に捨てた人が責めを負うべきだが、それが無理なら、行政が責任もって事態に対処していかなければならないはずだ。

どうしてもそれを見過ごせない一般市民が全責任を負うのはおかしい。倒れた人をたすけた人がその後の治療費用まで負うのと同じ。

ボランティアは3Kの重労働。行政にとって、こんなありがたい人たちはいない。無料で教育もなしにやってくれている。本来は、交通費、謝礼までもあるべき。もしそんな人がいたら、行政が申し訳ないけど、とお願いすべきところ。

助成金に上限があると不妊が中途半端になり、また子猫が生まれ、結局、やっているふりになってしまう。

◎獣医が野良猫を診ないこと、手術代が高いことについて。

獣医師会は対応してくれない。獣医師は誰よりも専門知識があり、国家資格を持ち、動物を愛する人たちのおかげで飯を食っているのだから、社会的責任がある。

人間が動物を飼う文化があるかぎり、獣医師は動物の命についての協力は好き嫌い関係なくやるべき。

ボランティアさんが苦労や議論をすべきではない。行政と獣医師の責任。

◎殺処分をゼロにする方法。

平成27年の殺処分・・・犬と猫全部で8万匹。うち猫6万7千匹 うち8割が子猫。1日に200匹。10分に1匹。

不妊手術をしなければ、子猫は死ぬために生まれてきたようなことになってしまう。それはあまりにかわいそう。

殺したくないというのはボランティアをやっているかどうかと関係なく、人として当たり前の気持ち。

殺処分が去年より1万匹減少したのは、ひとえにボランティアさんたちのおかげ。

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○飼い犬の殺処分の8割は迷子。迷子とわかっていて処分される。

マイクロチップを法律で義務化すればよい。

○飼い犬の子犬の殺処分5千匹以上。

地方では不妊手術を知らない飼い主が多い。徹底的な啓蒙が必要。

○野犬

山口県周南市では野犬が増え、虐待が起きている。狂犬予防法により、捕獲したら放せない。近々現地に行ってTNRをしたい。議論を起こしたい。

(※周南市の野犬の事件について、私はこの快作先生のお話を聞いた時点で初めて知った。

帰宅してからネットで調べて見ると、本当に信じられないような野犬の大量虐殺が起きているようだ。聞いただけでショックで体調が悪くなり、怒りと嫌悪感で震えてしまうような動物虐待事件だ。

これについては少しでも拡散したほうがいいと思うのでリンクさせていただきます。

http://next.spotlight-media.jp/article/323850146902489446

周南市緑地公園の野犬を皆んなで守る会

https://www.facebook.com/Rykucicouen88/photos/a.543177579222627.1073741828.542340932639625/545252135681838/?type=3

市は巣穴を破壊し、餌やりを禁じて、犬たちを餓死させればいい、という、まったく罪のない命を軽視した、時代に逆行する野蛮な態度だ。一方虐待をしている人間は放置。

これに対して、快作先生がすごいのは、近々、現地に行ってTRNをするつもりだ、と明言したことだ。

TRNがすべての解決にはならないが、狂犬予防法に抵触してもやる、繁殖して虐待されないための一歩として、行動を起こすということだ。

後日(11月7日)、快作先生が現地に行くことをブログに書いていいのかを先生に確認すると、「隠すつもりはないから書いていい。問題提起をしたい。その行動に文句がある人は、自分の前に出てきてほしい。」と快作先生は言った。)

○飼い猫の殺処分は、1年で7千匹。各都道府県で月に10匹。

だめな飼い主のしりぬぐいをするのはおかしいが、TNRで減った分、里親探しをすればよい。

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◎見かた その1

飼育されている犬猫2千万匹超。寿命約14年。1年の殺処分8万匹。

新しく犬猫を飼う人のうち、17人に1人が捨て犬や捨て猫を飼えば、殺処分はゼロに!

実際は犬は30人に1人。猫は2人に1人。

そんなに簡単ではないが、猫はけっこういけるはず!

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◎見かた その2

8万匹を各都道府県に割ると1700匹。

年間、各都道府県が1700匹の里親探しを行えば、その年から殺処分ゼロに!

どこの動物病院でも、毎年8匹引き取ればよい。

費用は病院持ち。犬舎もあるし、専門知識や技術を持ったスタッフがいる。

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◎ボランティアさんへ。

いつも結果がともなうわけではないが、動物の神様はいつも見ている。

命が待っていることを思って、あと一歩の力をかしてほしい。

この社会が狂っている。いじめはだめ、と教えながら、最も弱者である動物の子どもをいじめて殺している。

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西山ゆう子獣医師が、アメリカはアニマルポリスをつくって素晴らしいと言っているが、2000万頭が300万頭に減っただけ。日本には法律もなく、ボランティアの気持ちだけで殺処分ゼロが見えてきたのはすごいこと。

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このあと休憩をはさんで質疑応答。

実際に傷ついた猫を保護して、たいへんな思いをされているかたの発言。行政への援助の要望や、捕獲の時期ややりかたなど快作先生への質問。

市へは、助成金が足りないこと、地域猫の世話について近所の住民に理解を求める説得を市の職員がやってほしいことなどの要望。

公園での地域猫のえさやりについて、

「ボランティアがやるのはおかしい。えさと掃除は公園の管理課がやればいい。えさ代、手術代、個人のボランティアがやって(負担して)あげている。なんとなくやってあげていると、人はどんどんそれが当たり前になってしまう。」

「助成金の予算に上限があるから(いわば行政のかわりにやってあげているボランティアが)下に見られる。これができない、これじゃ使えない、と市が嫌がるくらいに言ってください。無視すれば楽と思われたらだめ。無視すると楽じゃない、面倒くさいと思われるくらい言いまくると、行政は意外と変わる。」

と市の職員さんたちを前に言う快作先生。

超絶的な情熱と労力を、日々、動物の命を救うことに捧げている快作先生の、非常に具体的で明快な話で、素晴らしい講演会だった。

現場を知っているボランティアの人たちがたくさん来られていたようだ。本当は、こういう話をこれまでまったく聞いたことがないような若い人たちに、もっと聞かせたい話だ。快作先生は大学などでの講演も望んでいる。

私個人は、野生動物や産業動物について、命を救うにはどうしたらいいかの考えを太田快作先生にもっと聞いてみたい。

快作先生は不可能だと思われる現実を動かすための発想と行動力がある。彼の生き方は出口なしの憂鬱に希望を与えてくれる。

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初めて国領という駅に降りたので、講演後、少し散歩した。駅の周辺は古い建物はあまり残っていなかった。

西日に透けて光っている白い花がきれいだったので、撮影。白いコスモスかな、と思ったら秋明菊(シュウメイギク)だった。秋明菊は、キクではなくアネモネの仲間だ。

その下には淡い赤紫の小菊。端っこには夏の名残りのオレンジ色の百日草。

錆びた階段も、打ち捨てられた看板も、刈り取られて乾いた草も、私は好きだ。

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多摩川住宅の横の道。桜の紅葉が散っていた。きょうは比較的暖かかったので、私は左右非対称の変形サルエルパンツ。

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11月4日

『マンガで学ぶ動物倫理』(化学同人 伊勢田哲治:著 なつたか:マンガ)を読んでいた。

高校生がペット、肉食、動物実験、外来種、イルカ・クジラなど、動物たちの命の難問に挑むストーリー仕立てになっている。

頭で考えるとこうなる、という例。

動物の命が失われることに対するショックや、やむにやまれぬ身体感覚のようなものは、ほとんど描かれていないが、種差別についての疑問を提起するのに、まあわかりやすい本。

人間だけが人権という権利で守られる理由と根拠はなにか。

化粧品のような嗜好品のために動物実験をして動物を殺すことには反対意見が出てきているが、肉食も、やめても栄養に問題ないとしたら嗜好品と言えないか。

外来種は駆除してよいのか。そもそも外来種の定義とは江戸時代の日本の生態系についての言葉で、それが現代にあてはまるのか、などなど。

動物の権利についての考えは、イギリスが先んじていたということだが、ベンサムが功利主義の立場から動物の権利についても書いていたというのが、あらためて興味深いと思った。

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2016年10月29日 (土)

鈴木其一展 四季花鳥図屏風

10月27日

前期に行った時に見られなかった「四季花鳥図屏風」を見に、サントリー美術館の鈴木其一展へ。

鈴木其一「四季花鳥図屏風」 江戸琳派の旗手展図録より。

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第三展示室の「朝顔図屏風」の向かいに、それはあった。

「あっ、これだ!」と気づいた瞬間、胸が高鳴った。長年、ずっと見たかった絵で、やっと見ることができ、本物に初めて対峙する期待。

六曲一双に四季の花々を描いた屏風。

右隻(うせき)には春から夏にかけての花。辛夷(コブシ)、蕨(ワラビ)、蒲公英(タンポポ)、菫(スミレ)、蓮華(レンゲ)、躑躅(ツツジ)、紅花(ベニバナ)、立葵(タチアオイ)、燕子花(カキツバタ)、罌粟(けし)など。

左隻(させき)には秋から冬にかけての花。朝顔、鶏頭、葉鶏頭、菊、女郎花(オミナエシ)、石蕗(艶蕗、ツワブキ)、山茶花(サザンカ)、梅、紅葉した蔦など。

私がとても感動したのは、菊、燕子花、水の渦巻く表現などが琳派のやりかたを踏襲して図案化されて描かれているのに対し、その同じ画面に、その当時珍しかったであろう植物が、実際に写生してしか描くことができないやりかたで、生々しくリアルに描かれていたことだ。

特に胸が震えたのは、私の大好きな「まんまの樹」、大毛蓼(オオケタデ、オオベニタデ)が夏の花として堂々と描かれていたことだ。私はこの花が大好きだが、あまり絵のモチーフになる花ではない。

この花は、桜の花をもっと小さく桃色を濃く花弁も厚くしたような、最高に愛らしい花で、穂状花序のなよやかに垂れた房になる。

美術館での解説文には「犬蓼」と書いてあったが、断じてこれは犬蓼(イヌタデ、アカマンマ)ではなく大毛蓼である。犬蓼は20cm~50cmにしかならないが、大毛蓼は1~2mにもなり、人が見上げるほどの高さになる。

其一が、大毛蓼の花の中の黒い小さな種を、ぽつぽつと細い筆で描写しているのを見た時、涙が出そうになった。これは実物の絵を見なければわからなかったことだ。

そう、この花は、鮮やかな薄紅色の花の中に黒々とした丸い種が熟しているのがはっきり見えることが、すごい魅力なのだ。可憐さの中に充溢した生命力を見せてくれる花で、其一もこの花を見て何かを強く感じたのだなあ、と思うと泣けてきてしまった。

ほかに、特に其一が実物を見て、その面白さ、不思議さを特に心をこめて描いたと思われる花は、藪萱草(忘れ草、ヤブカンゾウ)と捩花(ネジバナ、モジズリ)、著莪(射干、胡蝶花、シャガ)だ。

捩花は、花の色は大毛蓼とよく似た鮮やかな桃色だが、ごく小さな蘭のかたちの花が螺旋状にねじれた花序で咲く、とても丈が低くて目立たない、琳派では描かれない植物だ。私はモジズリの花が胸が締め付けられるほど好きなので、其一が描いていたと知ってすごく嬉しい。

藪萱草と著莪は正面性を重視した丸いデザインされたかたちではなく、非常に乱れ、捩じれ、うねる不思議でリアルな花のかたちが描かれている。其一は本当に見て、その花の個性的な魅力を描いたということに鳥肌が立つ。

藪萱草と絡むように竹似草(タケニグサ)が描かれている。タケニグサは私が幼い頃に「マニュキアの樹」と呼んで茎を折ると出るオレンジ色の汁を爪に塗って遊んでいた草だ。

その藪萱草と竹似草のすぐ上に描かれている三羽集う鳥の、うちの二羽がひとつの虫をついばんでいるのに気付いて、さらに感動。

先達の流れをくんでデザイン化されている部分もあるが、其一はさらに瞬間ごとに過ぎてしまう生命の躍動の一瞬を描いていると感じて、胸が締め付けられた。

そのほか、「水辺家鴨図屏風」や「水辺蘆鴨図」でも、鳥の真後ろ向きの姿や、一羽の鳥の向こうにもう一羽のおしりだけが見えるところなどを、あえて選んで描いているところに、其一が生命の瞬間をとらえている姿勢を感じる。

「林檎図」でも、丸い林檎の姿をどこにも描かず、旺盛な緑の葉の下から林檎の実がちらっと見えているところが、非常に生命的なエロスを感じる。

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この日、私が出かけているあいだにちゃびの具合が悪くなったらどうしよう、と出かけることを躊躇した。ちゃびが心配なので、もし現場が混んでいたら、並んで時間を使ってまでは見に行きたくないと、行くかやめるか悩んだ。しかし、思い切って行ってみたら、案外混んでいなかったので良かった。

帰宅してすぐになでたら、ちゃびはゴロゴロ爆発して調子がよさそうだったのでほっと一息ついた。

10月25日(火曜日)

22日(土曜日)に岩盤に思いきり叩きつけた尾骶骨あたりが痛くてたまらないので、近くのクリニックにレントゲンを撮りに行く。

おしりを見られるのが嫌だったが、まったく見られないで、服のままレントゲンを撮って判断された。

「尾骶骨に罅がはいっていても不思議ではないが、このレントゲンでははっきりわからない」とのこと。レントゲンの説明を聞くと、やってしまった失敗についての後悔でなおさら具合が悪くなる。詳しく状態を知るためにMRTを撮りたいかと尋ねられて、「必要ありません」と応える。

骨盤を固定するバンドを出されたが、バンドを締めると怪我の部位が圧迫されて激痛がするので、結局帰宅してからはずしてしまった。

メロキシカム(消炎鎮痛剤の錠剤)と、セレガスロン(胃薬の錠剤)を出されたが、私は消炎鎮痛剤に敏感に反応して胃痛と下痢になり、あまり腰の痛みに効果がなかったので一回だけ飲んで飲むのをやめてしまった。

次の日、ちゃびの容態のことで相談しに動物病院に行った時、今、私が腰を強打して痛くてたまらないと言うと「打ったのが背骨でなくてよかった。背骨だったら骨髄神経の危険があったけど、尾骶骨なら治るからね。」と言われて安堵した。

人間の医者より、動物の医者である快作先生に言われる方がずっと安心する。

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