2024年2月16日 (金)

ロケハン 枯れ蔓

2月14日(水)

20℃近くになる予報だったので、さっそく枯れ蔓のある風景を求めて出発。

午前中、空気が澄んでいて電車の窓から西の方の山々がきれいに見えた。

私の大好きな場所。

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私が冬の枯れ蔓を好きなのは、予想外のうねり、絡まり、曲線の変容にたまらなく官能を感じるからだ。

雨風、雪、霜に翻弄されて、折れたり、近くのものにしがみついたりしながらできた奇跡の造形。

それらといると心が躍る。

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寒くも暑くもなくて、風が優しくて、人がいなくて、生き生きした鳥たちがいて、蚊やアブもいない今日のような日は特に幸せ。

冬の枯れ蔓、金属の錆、壁のしみ、亀裂、塗料の剥落、朽ちた木の窓、煤けたガラス、浜辺での拾い物、廃園、廃庭・・・

私はそういった「時にさらされたもの」が大好きで、「人工の極み」のアートが本当に嫌い。

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そして私の好きなものや風景をわかちあえる人と一緒に歩けたら最高に楽しい。

観念や世間的な意味で「読む」のではなく、そこに「在るもの」の不思議さを見つけることのできる人を私は好きになる。

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昔、関東のある県で、イベントがあって車で案内していただいた時に「面白い樹木がはえているところ」をリクエストしたら、市中の凡庸な公園に連れて行かれて唖然としたことがあった。

その人たちは詩人だったのだけど、言葉は駆使できても眼からはいる造形や蝕感はまったく通じないのだな、と落胆した。

私にとっては絵も風景も、面白いもの、斬新なものには激しく心が動くし、つまらないものはすごくストレスになる。

大好きなものに出会う時、感覚が通じない人と行くならひとりで行った方がいい。

30cmもある平たい蛇のような茶色いサイカチの鞘がびっしりと落ちていた。

根につまづいて転ぶとサイカチの大きな棘がいくつも手のひらに突き刺さって血が出た。

野茨の茎は真冬も枯れないで、服にちくちくとまとわりつき、そのたびに慎重にはがしていかないと服が裂けてしまう。

樹々にはまだ緑が見られないが、陽を吸った地面には小さな青い星のようなイヌフグリの花が開いていた。

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2024年2月14日 (水)

分子標的薬、レットヴィモと適合

2月13日(火)

国立がんセンター中央病院。

頭頚部・食道内科のH先生からオンコマイン(遺伝子のコンパニオン検査。治療薬と1対1対応になっており、陽性になれば承認された有効な治療薬が投与可能になる)の結果を伺う。

「いい薬がありました!」と言われ、レットヴィモという薬が適合したと告げられる。

1月19日にお聞きした甲状腺癌に効く4つの薬

1.BRAF  V600E遺伝子変異(全体の80%)タラブフェニブ・トラメチニブ

2.RET  融合遺伝子(10~20%)セルベルカチニブ(2023年11月承認)

3.NTRR 融合遺伝子(2~3%)ラロノルクチニブ・エヌトレクチニブ(2022年承認)

4.ALK 融合遺伝子(2~3%)未承認(臨床試験)

の中で2番目の薬。

昨年の11月に承認されたばかりの薬。不思議なタイミングと思う。

私が甲状腺癌を切除した頃には、こんな治療法ができるとは想像すらできなかった。

レットヴィモはおおかたの人があてはまるBRAFとは違い、脳にも効く。

しかし分子標的薬でがんが治るわけではない。

どのくらいの期間使えるかもやってみないとわからない。

オンコマインの結果表のコピーをいただいたが、一番上に横書きで遺伝子RET、変異名RET Fusion、テスト結果PRESENT、関連する薬剤レットヴィモ(セルベルカチニブ)と書かれてある。

その下の表には、一番左に遺伝子RETという文字が縦に17行並んでいて、その右横にそれぞれ異なる変異名、アミノ酸変異、ヌクレオチド変異の記号が書かれていて、それら全部にテスト結果NEGATIVEとあった。

私の甲状腺癌はRET融合遺伝子陽性タイプとのこと。

甲状腺癌でレットヴィモを服用する患者への小冊子をいただき、それを見ながらの説明を受ける。

レットヴィモは異常のあるRET遺伝子からできた蛋白質に作用し、がん細胞を増やすスイッチを切って、がん細胞の増殖を抑える分子標的薬である。

副作用は過敏症(皮疹、発熱、筋肉痛)、高血圧、肝機能障害、むくみ、下痢など。

毎日2錠ずつ飲み、体重、血圧、副作用の細かい記録をつけ、副作用がひどいようなら用量を調整する。

3月の初めに脳を含む全身のPETMRIを撮影して、転移の増殖の速さの状態を見て、薬を始める時期を決めるとのこと。

投薬が始まったら最初は全量飲むので、おそらく副作用で今までできてきたことがいろいろできなくなりそう。

まずは沢渡朔さんとの仕事がとても心配。気温や天候のこともあるし、撮影の日を決めるのが不安で緊張する。

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2024年1月21日 (日)

分子標的薬の話

1月19日(金)

国立がんセンター中央病院、内科のH間先生に薬の話を聞く。

最初にご挨拶し、「僕は昔外科でA井先生に指導を受けてたんですよ」と言われて驚く。

抗癌剤よりも先に分子標的薬をやるということ。

分子標的薬は抗癌剤よりは副作用が軽い。

甲状腺癌に効く分子標的薬の種類

1.BRAF  V600E遺伝子変異(全体の80%)タラブフェニブ・トラメチニブ

2.RET  融合遺伝子(10~20%)セルベルカチニブ(2023年11月承認)

3.NTRR 融合遺伝子(2~3%)ラロノルクチニブ・エヌトレクチニブ(2022年承認)

4.ALK 融合遺伝子(2~3%)未承認(臨床試験)

1のBRAFは脳には効かないが、2~4の薬は脳にも効くし、1よりも長く使うことができるとのこと。

1は他の検査、MEBGENが必要

4は遺伝子パネル検査が必要

(面談要旨の紙に先生が書いてくれた字が判読できないので、間違っているかもしれない。)

私は手術後に分子標的薬は陰性と聞いて、もう抗癌剤(レンバニチブ)しか治療法はないと思っていたのだが、

手術後には摘出した腫瘍の簡易な遺伝子検査しかしていないので、オンコマイン(細かい検査)をすれば、

甲状腺癌であれば、おそらくどれかに当てはまると言われた。

サイログロブリンの数値が上がってもすぐに死ぬということではないようだ。

サイログロブリン(甲状腺癌のマーカー)が高いということは、CTなどに映らない細胞レヴェルで身体中に癌が蔓延していると思うととても怖いが、身体が具合悪くない限りはあまり気に病まないことが重要。

レンバチニブなどのブログ(数が少ない)は、あまり読まないほうがいい(精神的に不安になるから)と言われた。

スポーツはいいとのこと。

がんセンターを出たあと、コンビニでおにぎりとビールを買って築地本願寺の裏の緑道で飲食。

ベンチが冷たかったが、気の早いハルノノゲシが咲いていた。

 

 

 

 

 

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2024年1月19日 (金)

今後の治療について

1月16日(火)

国立がん研究センター中央病院でY本先生のお話(今後の治療について)を聞く。

サイログロブリンの数値

2012.6.15・・・460

2013.3.15・・・538

2023.2.7 ・・・1374

2023.3.24  手術

2023.5.2 ・・・1174 数値は腫瘍の塊部分(右肺中葉)を切除してもすぐには下がらないそうだ

2023.6.6・・・764

2023.7.18・・・554 と順調に下降して、10年前と同じくらいの数値になったと喜んでいたのに、

2023.11.21・・・1102 2024年1月9日にこの数値を聞いて大ショックを受けた。

そして今回、先週1月9日に採った血液の数値が1600を超えていたと聞いてうなだれてしまった。

しかしCTの画像を3人の先生でよく見てくださったが、細かい転移腫瘍にほとんど変化は見られなかったということで、

「とりあえず様子を見ましょう」と言われた。

「サイログロブリンが上昇していても大きな腫瘍が見られない人もいる。そういう場合は何もしないで様子を見る」ということだ。

私は手術後の摘出した腫瘍からの検査では、遺伝子治療(分子標的薬BRAF)は使えないという結果だったが、

「それは簡易な検査の結果でしかないので、細かい検査をすれば使える分子標的薬があるかもしれない、

すぐにやらなくていいけれど、とりあえず内科の先生に薬のお話を聞いてみますか?」と言われ、ぜひお願いします、と。

もう、今日には余命宣告を受けるのかもしれないと思い詰めていたのだが、そういうことではないらしい。

もちろん分子標的薬や抗癌剤が使えたとしても治るわけではないので、いくらかの延命にはなるということ。

PETについてのY本先生は「造影剤CTを撮って映らないものはPETでも映らないと思う。内科の先生が撮ると言うまで撮る必要はない」と。

金曜日(1月19日)に内科の先生の予約を入れた。

・・・

放射線科のS町先生の診察。

「よく眠れていますか?」と言われて、ここ一週間は最悪のことを考えてしまってよく眠れていない、とこたえると

「そこまで思いつめないでいい。いったんリラックスして。」と言われた。

今まで何度となく味わった絶望と、そのあとにまた少しの猶予の繰り返し。

とりあえずこの日は今までよりは眠ることができた。

 

 

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2024年1月16日 (火)

サイログロブリン(甲状腺癌腫瘍マーカー)の上昇

1月9日~1月15日までの記録

1月9日(火)

2024年の最初、昨年の11月21日以来の国立がんセンター中央病院での検診。

血液検査4本(サイログロブリンの値の計測。これは結果が出るまで1週間ほどかかる)。

造影剤CTで眼のあたりから腰くらいまでの撮影。

造影剤CT撮影自体は10分ほどで終わったが、その直後、3回くしゃみが出、喉が痛くなり、アレルギー反応の疑いで20分くらいソファに残され、様子見となる。酸素濃度は正常。

咽喉の痛みは初めて造影剤CTをやった直後にもあった。稀に帰宅してからショック症状が出る人がいるので、そうなったら近所の内科に行ってと言われる。

・・

そのあと主治医のY本先生の診断。

いきなり、昨年11月21日採った血液のサイログロブリン値が、昨年2月の肺中葉摘出手術前の値近くまで上昇していると言われ、

さっと血の気が引き、真っ暗闇の底に突き落とされてしまった。

もうやれることは抗癌剤レンバチニブ。(レンバチニブが効かなくなったらもう終わりという恐怖に襲われる)

分子標的薬は摘出した腫瘍の解析(病理学科)では、私の遺伝子は陰性(合う薬がない)と手術後に言われている。

CTのスライス画像では、前回と変わらず細かい転移はいっぱいあるが特に増大変化している腫瘍は発見できない、と。

「短い時間ではわからないので、来週までにじっくりCT画像を見ておきます」と言われる。

・・

そのあと放射線科のS町先生の診察。

「CTでどこにも以前と比較して大きな変化がないのはよいこと」

「CTで映らなくてもPETで映ることもあるのでPETをやるというのもいいかも」と言われる。

・・

がんセンターの帰りに東京画廊の山本豊津さんのところへ寄った。

病状の報告。

海外市場で売れるアート、作品を(読み取らせる)コンテクストの話。

とにかく絵を描き続けるように、それが一番と言われた。

・・・・

9日から1週間、目の前に死を突き付けられて、ただただ苦しんだ。

これだけサイログロブリンが上昇しているということは絶対に身体のどこかに癌が増大、蔓延しているということで、その事実からは逃れられないと思った。

1週間後の16日にY本先生から余命宣告を受けるのか?

あと数年か、数か月か、という真っ暗な恐怖が眼の前にぬっとせり上がってきて視界を塞がれ、同時に心臓の前あたりがズキンと痛くなる。

肩も、頭も、首も、腕の付け根も、過緊張でぎゅっと拘縮して痛み、息が苦しくなり、気力が出ない。

肺に粟粒上転移の爆弾を抱えながら今まで長い年月を延命できたのは、その事実になんとか蓋をして、癌であることを忘れていられる時間があったからだ。

しかしもう死が眼の前に突き付けられているとリアルに恐怖を感じてしまえば、恐怖で縛り付けられて、身体全体がすくんでこわばってしまい、何もまともに手につかない感覚。

胸が詰まって食欲がない。

当然、免疫もどん底に落ちてしまいそう。

恐怖や不安に押しつぶされて免疫が落ち、がんの増大が早まるのが怖くて、どうしたら気をそらせられるのかを必死で考えた。

絵の制作はとにかく続けた。焦燥感のとりこにならない程度に力を抜きながら。

ネットで音楽や映画鑑賞。

映画は深刻になりすぎず、かつ、くだらなさにイラっとしない程度の面白いもの。

疲労しないで気が紛れるものを探すのはけっこう難しい。

1月11日(木)

年末最後の月曜卓球の時にお誘いを受け、いつものところとは違う卓球サークルへ。

月曜卓球で一緒の人は2人。あとの3人は新しく出会えた人。

1対1でスマッシュを打ち続けていたら、その時は死の恐怖を忘れられた。

1月12日(金)

ずっと胃腸が痛くて食欲が出ないが、簡単にできる免疫対策として抗酸化サプリをしっかり飲むことにした。

とりあえずビタミンB、C、アスタキサンチン、ルテイン、DHA、EPAなど。

おなかにはミヤリサン、ラブレなど。

さらにブロッコリースーパースプラウトをできるだけ毎日食べることにした。

1月15日(月)北風が強く寒い 8℃

足利市立美術館の篠原さんが写真撮影してくれる絵の選択と梱包と収蔵の相談のために来てくれた。

大きな絵の梱包はたいへんで、篠原さんが大きな段ボール箱を2つ3つカッターで切り、2重の箱を作ってくれた。

「今度、鍋をつついて熱燗を飲もう」と言ったけれど、明日の診察ですぐに抗癌剤投与ということになったら・・・

抗癌剤(効かなくなるまでずっと続けるらしい)を始めたら、気持ち悪くなってたぶんお酒は飲みたくもなくなるんじゃないかと思う。

「余計なストレスを感じること、つまらないと思うつきあい、すべてやめたほうがいい」と言われた。

篠原さんは「(美術関係、仕事関係で顔を合わせたとしても)自分には全く関係がないと思える人は、関係ない。自分と関係ある人は本当に少ない」と。

私はアート、美術関係で、くだらない、つまらない、美術の範疇に入っていない(なのに作家本人は大得意)と感じるものを見ると、嫌なものが身体に入ってくるような嫌悪とストレスを感じる。

さらに言えば、権力を持っていながら、こじつけの「言葉」で正当化して実際は真逆のベクトルのことをやっていると思うものに激しい嫌悪とストレスを感じる。

「それは作家だからでしょう」と言われたけれど、

(ほかの人の内面はわからないが)ほかの作家が自分ほどの嫌悪感を持って仕事をしているかというと、たぶん違うのだろうと最近思う。

・・

きょうはたいへん疲れ、帰宅しても食べ物が喉を通らず。

北風が冷たいし、このまま寝てしまおうかと思ったが、6時からの卓球に行った。

木曜にスマッシュを練習したおかげでけっこう打てた。

服がぐしょぐしょになるほど汗をかき、息が激しく上がって、気持ちはいいけれど「もしかしたら今、体の中は活性酸素でいっぱいなのだろうか?」という不安がふとよぎる。

今までは考えずに集中できたのに、息が上がるほどの激しい運動や、根をつめて絵の作業をすること、すべてやりすぎで免疫を下げることになったのだろうか?と不安になる。

 

 

 

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2024年1月14日 (日)

寒中お見舞い申し上げます

1月14日(日)

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アネモネ(鉛筆、水彩)花弁はほぼ白い地にきれぎれの紫の線が脈に添って現れていた

寒中お見舞い申し上げます。

年末はエネルギーが切れてしまい、今年は1枚も年賀状を書くことができませんでした。

年賀状をくださったかた、ありがとうございます。申し訳ありません。

今年は私にとっては益々厳しい闘病の年になると思う。

 

 

 

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2023年12月27日 (水)

宇野昌磨 2023全日本フリー「Timelapse」~「鏡の中の鏡」

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国花としてではなく、真冬の凍った空気の中の明滅としての菊(途中)

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FP「Timelapse」~「鏡の中の鏡」

「Timelapse」は、映画やテレビドラマの音楽を多く手がけているスウェーデンの作曲家ウーノ・ヘルメション(ウノ・ヘルマーソン)による作品。

「鏡の中の鏡」は、世界的に有名なエストニア生まれの作曲家アルヴォ・ペルトの作品。

「Timelapse」は一定間隔をあけて撮影した静止画を重ね合わせて動画をつくること(「コマ送り」)。

「鏡の中の鏡」は、文字通り、鏡に鏡を重ね合わせ、鏡に鏡を映すこと、あるいはつまり何も映さないこと。

「鏡の中の鏡」はもちろん、「Timelapse」にしろ、「瞬間」という前後を切り取られた、限りなく無に近い時間の幅に掬いとられたイメージをつなげることで

存在するものはなぜ出現するのか、それ(存在するもの)は本当に存在しているのかと問いかけてくる。

音楽というのは概して形而上学(メタフィジックス)と親和性が高いものだが、

それにしても「Timelapse」と「鏡の中の鏡」はどちらも、そうした音楽の真髄を探求した、きわめて形而上学的な作品と言えそうだ。

あらためてこの時期のフリーに「Timelapse」と「鏡の中の鏡」の2曲を持ってきたことにしびれる。

この2曲を演じることで、スケーターの形而下(フィジックス)にある身体は、身体そのものの限界へ、身体の超出(メタ)の寸前の境界へと連れて行かれる。

「Timelapse」で無の瞬間に消え入ろうとするおのれの身体をかろうじてこの世につなぎ止められていた宇野昌磨の精神力は、

「鏡の中の鏡」に入って、さらに苛烈な戦いを挑む。

ふいに投げ出される静寂の中に、異次元の作品世界。

透明なだけではない重み。

白く明るい光の中の透徹した動的結晶。

淡々とすごいものを見せつける。

 

聞いただれもが首をひねった宇野選手の今年の目標「自己満足」。

それは、宇野昌磨が自分の演技の中で、「生」の密度が最も極まった瞬間を感じとりたい、という願望のあらわれだったことを、彼の滑りを見た私たちは理解した。

当たり前だが、彼だけが別次元だと今更ながらに思い知らされるのだ。

「美とは痙攣的なものだろう、さもなくば存在しないだろう。 」

ブルトンの小説『ナジャ』の最後のこの言葉を、私は思い出した。

 

男子フリーの白熱勝負は素晴らしかった。

皆が気迫のこもった沸騰するほどの演技の中の最終滑走で、宇野昌磨選手が彼らしい演技で優勝できたことは本当に嬉しい。

世界フィギュアでは一層の完成度で素晴らしいものを見せてくれると信じている。

点数や勝敗のことはあまり書きたくないけれど、正直、世界では優勝してほしい。

高難度ジャンプばかりが高得点というフィギュアに疑問を投じる宇野昌磨の意志がジャッジ評価として認められて欲しいと思う。

芸術性に点数をつけるのが困難なのは、技術と違って客観性(間主観性)の基準がないからだ。

誰が芸術性を評価出来得るのかという問題になる。

それでもやはり、もっと芸術性の評価の幅を広げて、点数の比重を大きくしてくれたらと思う。

現状では宇野昌磨の最も評価されるべき面が点数に反映されていない。

 

 

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