2019年6月12日 (水)

 「毛利武彦詩画集『冬の旅』出版記念展、阿部弘一先生朗読会

6月10日(月)大雨

チョビのことが心配だったが、病院に預けるのが(チョビが恐怖でおかしくなりそうなので)かわいそうで、結局、家にプフと2匹で置いたまま、銀座うしお画廊へ。

地下鉄の駅を出てから横殴りの強い雨で服も靴もびしょ濡れ。こんな天候の日に、無事来られるのだろうか、と阿部弘一先生のことがすごく心配になる。

画廊の入り口前で毛利先生の奥様のやすみさんとお嬢様とお会いする。奥様の体調も心配だったが、とてもお元気そうでよかった。

会場は多くの人で賑わっていた。

阿部弘一先生は雪のように頭が白くなってらしたが、背筋もすらっと伸びてお元気そう。笑顔が見られて感激。ご子息にご紹介くださった。

Sdsc00118

毛利先生のスケッチ。銅版画のように黒くて端的な線と、その分量。本画を想定して思索的に描かれていることに注意して見ていた。

森久仁子さん(春日井建さんの妹で毛利先生の従妹さん)にも、久しぶりにお目にかかることができてありがたかった。陶芸をやっている息子さんと一緒だった。

16時から朗読会が始まる前、阿部先生と、毛利先生の奥様と、朗読する藤代三千代さんのほかは、ほとんど全員が床に座った。その時、「毛利先生の画集だから。」とおっしゃられて、自分も(ステージ用の椅子ではなく)床に座ろうとする阿部先生。

まず最初に阿部弘一先生から、毛利先生と初めて会った時のお話。戦争が終わってから、慶応高校が日吉にできて、そこで出逢ったそうだ。

毛利先生は生前、慶應高校に勤めて何よりも良かったことは阿部先生と出会えたこと、とよく言ってらした、と奥様から伺っている。

藤代三千代さんが何篇か朗読された後に、阿部弘一先生自らが朗読されるのを生でお聴きする、という素晴らしく貴重な経験をさせていただいた。

Sdsc00110

肉声で阿部弘一先生の詩を聴くという初めての体験は、言葉が絵と音として強く胸に響いて来、予想を超えた新鮮な衝撃だった。

阿部先生の詩をもっとたくさんの人に知ってほしいと心から思った。

阿部弘一先生が、ご子息に私を紹介してくださるときに、『反絵』の本にふれて、私のことを「厳しい文章を書く人」と言ってくださったことが信じられないほどありがたかった。

「最近は本屋に行って詩の棚を見ても辛くなりますね。」と嘆いていらした。

「ポンジュって知ってる?僕の友人が訳してるんだけど。」と毛利先生がご自宅の本棚から一冊の詩の本を見せてくださったのは、私が大学を出て少しした頃。

父の借金に苦しめられていて、世の中のすべてが暗く厚い不透明な壁に閉ざされて息ひとつするのもひどく圧迫されて苦しく、ただひとつの光に必死にすがるように、敬愛する恩師の家を訪ねた日のことだ。

それから阿部先生の現代詩人賞授賞式に誘ってくださった時のことも素晴らしい想い出(そこでは息も止まりそうな大野一雄先生の舞踏(その出現)があった)。ずっと私は夢中で阿部先生の著書を読み、私の絵を見ていただいてきた。

私にとって阿部弘一先生は、毛利先生と同じく、昔からずっと畏れを感じる存在、とても緊張する相手で、気安く話ができるかたではない。

阿部先生のような方と出会えたことが信じがたい僥倖だ。

「次の本はもうすぐ出ますか?」と覚えていてくださることもすごいことだ。

阿部先生のご子息は水産関係の研究をしてらっしゃるそうで、私のことを「そうか!この人は一切肉食べないんだよ。だから魚のほうの研究はいいんだ!」と、先生が笑って言われたこと、「植物の名前を本当によく知ってるんだ。今度、庭の樹を見に来てもらわなきゃ。」と言ってくださったことも嬉しかった。

「草や樹がどんどん増えてなんだかわからなくなってる。誰かさんがどっかからとってきて植えるから。」とご子息も笑っていらした。

阿部先生は、前々から、大きくて重たい椿図鑑をくださるとおっしゃっている。とりあえず阿部先生のご自宅のお庭の、68種類もある椿の名札をつけるのに、その図鑑を見ながらやる必要がある。

毛利先生のお嬢様に、原やすお(昔のまんが家で、毛利先生の奥様のお父様)の大ファンだった話をしたら、とても驚いて喜んでくださった。

毛利先生の奥様のご実家に原やすおさんのたくさんの本や切り抜が保存してあって、お嬢様がもらうつもりでいたのに、亡くなった時に全部処分されていてショックを受けたそうだ。

上野にある国立国会図書館国際子ども図書館で、いくつかの作品を見ることができるとのこと。

阿部先生の新刊、詩集『葡萄樹の方法』を出された七月堂の知念さんともお話しできた。

http://www.shichigatsudo.co.jp/info.php?category=publication&id=budoujyunohouhou

記念撮影。阿部先生と毛利やすみさん。

Sdsc00125

 

Sdsc00129

阿部弘一先生の向かって左にはべっているのが私。

Sdsc00136

慶應高校の毛利先生の教え子のかたが持って来てくださったらしい当時の写真。

Sdsc00154
1964年夏の毛利武彦先生。

Dsc00150-2

Sdsc00155
1962年、裏磐梯の毛利武彦先生。

Dsc00147-2

Sdsc00149
当時の阿部弘一先生。

Dsc00149-2

Sdsc00152

Sdsc00183

皆様お元気で、お目にかかれて本当に幸せでした。

 

 

|

2019年6月11日 (火)

チョビ 眼瞼内反手術後、下痢

6月5日(水)

朝、クロラムフェニコール(目薬)。ラリキシン+ピルポケット。

11時ラリキシン。食事。プラノプロフェン(目薬)。

12時過ぎにトイレでひどい下痢。トイレ、床、チョビの足をきれいにするのがたいへんだった。

ドキシサイクリン(抗生物質)が合わないのか。

14時過ぎ、おなかがすいたらしく「にゃあ!にゃあ!」とおねだり。だがいつもの3分の1も食べない。

夜、ミヤリサンをピルポケットで食べさせてみる。

が、深夜0時過ぎにまた下痢。

6月6日(木)病院定休日

ピルポケットが嫌になってきたようで口から出してしまう。

そのままでは頭を押さえるのが困難なため、エリザベスカラーをはずして保定し、薬を飲ませる。

病院に電話し、私の明日の癌の定期検診の予約を2週後(チョビの抜糸後)にずらしてもらう。飲み忘れで余っている薬が2週間分ほどあったので良かった。

朝、ミヤBM、ラリキシン+ピルポケット。

13時下痢。下痢した後におねだり。

17時下痢。

夜、ミヤBM、ラリキシン+ピルポケット、ドキシサイクリン+ピルポケット。

クロラムフェニコール(目薬)5~6回。プラノプロフェン(目薬)3回。

6月7日(金)大雨

17:30病院へ。下痢がひどいことの相談。抗生物質は眼には効いているので、下痢しても8日間飲み切らせるように言われる。

ドキシサイクリンは食欲不振や吐き気も出るとのこと。

おしっこの量が少ないと言ったら輸液される。

下痢をする前、トイレで何度も砂を掘り、くるくる位置を換えるのを異常に長く(5分くらいも)やっている。おなかが痛くて落ち着かないのだろう。

トイレ砂を掘り出したらすぐに飛んで行って傍らで待ち、足につかないように、終了した瞬間を見極めてさっと抱き上げ、始末する。

6月8日(土)曇り、小雨

ミヤBMを朝晩飲ませてもおさまらず2回下痢。

6月9日(日)小雨

ミヤBMを朝晩飲ませてもおさまらず2回下痢。

6月10日(月)大雨

朝9時に下痢。

誰かに見ておいてもらわないと心配なので、病院にペットホテルの予約をしておいたが、酷い雨と、手術前の緊張と恐怖を思い出すだろうことがかわいそうで、予約キャンセル。

12時にまた下痢。

下痢で部屋中汚されてもしかたない覚悟で14時半に私は家を出、「毛利武彦詩画集『冬の旅』出版記念展」の阿部弘一先生の詩の朗読会へ。

20時に帰宅。便はしていなく、私の布団に寝ていた。

夜、ついに最後のドキシサイクリンを飲ませ終わり、ほっとした。

手術そのものの成功も心配だったが、術後の感染症や下痢でこんなに悩まされるとは想像していなかった。

チョビ、まだ1歳にもならないのに、ずいぶんいろいろ苦労していてかわいそう。

Sdsc00209

 

私のバッグに入るのがお気に入りのプフ。

Sdsc00200

6月11日(火)

朝薄暗い時に目を覚ますと、2匹がぴったり私の左横にくっついて眠っている。ほんとうにかわいい。

今日から目薬2種類のみ。

12時に下痢したが、少しかたちになってきた。

花輪さんに電話。無事、書類届いたとのこと。私が猫に必死になっていることを話すと傷つけてしまうことがわかっているので、少しだけ話す。

 

 

 

 

 

 

|

2019年6月 5日 (水)

チョビ、眼瞼内反の手術。目やにひどくなる

6月2日(日)

チョビの眼瞼内反の手術当日。

きょうは日曜なので動物病院は12時に受付終了なのだが、11:40くらいにチョビを連れて行ったら、とても混んでいた。

預けるのを待っている間、いつもはすごく我慢強いチョビが恐怖で声も失くして固まり、わき腹がドドドドドッと超高速の鼓動で波打っているのがすごくかわいそうで「チョッピー、だいじょうぶだよ~」と話しかけながらずっと撫でていた。

12:20頃、受付に呼ばれた。きょう3番目の手術だから遅くなるそうだ。

私は自宅待機のあいだ、掃除をしたが、夕方、朦朧としてきて少し眠ってしまう。

ずっと電話を待っていたが来ないので19:20にこちらから電話してみたら、まだ前の手術が終わっていないと言われる。ずっと待たされて恐怖しているチョビを想像し、胸が苦しくなった。

結局、22:40に「もう目がさめてるので迎えに来てください」との電話がある。会計の時に聞いたらきょうは緊急の手術が何件も入ったとのこと。先生も看護士さんもほんとうにたいへんだ。

2日後の火曜に一度診せに来るよう言われる。

左眼の下の切ったところ、青い糸で縫ってある。自宅に戻ったのは23時頃。前足にも落ちた血が付着していて生々しい。

すぐにエリザベスカラーをつける。ふらふらして後ずさりしている。

3匹でどたばたして傷が開いたらたいへんなので、野生児で暴れん坊のちゅびを友人宅に預かってもらうことにする(ちゅびが地下鉄の車内で大暴れしソフトキャリーを破壊して飛び出そうとしたそうで友人は23:30に戻って来、ハードキャリーに入れ替えて再出発)。

「チョッピー。」となでるとゴロゴロ。カリカリとちゅーるを少々食べる。

ラリキシンをピルポケットに包んで食べさせたら薬だけ舌で出したが、なんとか口の中に入れて呑み込ませる。

布団の上に来ずぐったりと床の上に寝ている。

23:40くらいから少し元気になり食欲が出てくる。水を勢いよく飲む。

1:40頃、麻酔が切れたのか、とても元気にばたばた転がり、両前足で引っ張ってスポッとエリザベスカラーを抜いてしまった。

2番目のホックにしても、また同じようにスポッと抜いた。

3番目ではきつすぎないか心配だったが、今度はジャストフィット。しかし筒の角度が狭くなり、非常に食べにくくなった。

撫でるとゴロゴロの音が激しくなった。呼ぶと声を出さずにしっぽでお返事。

プフ、いつもと違うチョビの姿を見て神妙な顔になり、あまり近づかない。私にはくねくねゴロゴロ言って甘えている。

・・

私、昨夜から寝ているあいだずっと、咽喉に大きな固い飴玉のようなものがつかえている痛みがあった。寝る前に大きな錠剤を水無しで飲んだのだっけ?と思った。

朝、起きてお茶を飲んでもつかえがとれない。咽喉の前側の筋肉が硬直しているのだ。咽喉頭異常感症?

緊張による肩凝りはいつものことだが、咽喉が狭く硬直したのは初めて。

6月3日(月)

8:30チョビ、良いうんこ。輸液した分、おしっこ大量。

9:10眠そうなうちにピルポケットでラリキシン飲ませる。

10:10カラーの広がりが狭いので、カリカリやちゅーるがカラーの縁に付いてしまう。

12時から私のふとんで気持ちよさそうに眠る。撫でるとゴロゴロ。

夕方からプフとチョビ、私の脚の上でいつものようにべったり抱き合って一体化して眠る。エリザベスカラーを怖がらないプフ、いい子。

Sdsc00030

チョビは手術でよほど疲れたのかほんとどずっと眠りっぱなし。プフも大人しく、いつものように2匹でレスリングしないので安心。

21:40ピルポケットでラリキシン飲ませる。

カリカリとウェットの総合栄養食を食べる。量はいつもよりずっと少ない。水をほとんど飲まない。

・・

私、咽喉の硬直が元に戻らず、お茶を飲む時に固い塊を無理に嚥下するかのような(昨日より強い)痛みを感じた。

明らかに咽喉の筋肉が不自然に硬く委縮している。脳神経の病気?と不安になる。

チョビの容態は落ち着いているので、私はそれほど緊張していないはずなのに、自律神経が狂ってしまったようで、額や手の甲からぴりぴり沁みる汗がふき出し、突然に鼓動が速くなったりした。

午後にレキソタンを飲み、夜にゆっくりお酒を飲んでいたら徐々に治ってきた。

6月4日(火)

チョビ、朝、ゴロゴロ言いながら私の胸の上に乗っかってくる。私の顔に勢いよく鼻や口をつけようとしたので、エリザベスカラーの(小学校時代の下敷きのような固い)縁が私の頬や咽喉に何度もぶち当たる。

そのあと私のタオルケットを掘り、私の股に入ってゴロゴロ言いながら眠る。

プフも私の左横で、私の腕に横っ腹を、肩に顎を乗せるようにしゴロゴロすやすや。

あまりの心地よさに、ついまた眠りこけてしまい、目が覚めたら昼近かった。

チョビの左眼を見たら、昨晩とは劇変してべたべたした目やにで蔽われていて、目頭の黒い塊も大きくなっていたので一気に不安になる。

しかもラリキシン経口投与に失敗。とりあえず食事させて診療を待つ。

16:30動物病院の診察。

「目やにがひどいね。おかしいな。手術うまくいってるんだけどな。感染症かな。」と言われる。

その場で午前の分のラリキシンを飲ませてもらう。もう一回は深夜1時頃に飲ませるようにとのこと。

さらにドキシサイクリン(抗菌薬、一日1回)とクロラムフェニコール(抗生物質の目薬、一日5~6回)が増える。

クロラムフェニコールとプラノプロフェン(抗炎症の目薬)は20分以上感覚を開けて点眼すること。

18:00クロラムフェニコール。食事。斜めにした器から水を飲む。

プフとチョビのおしり周りの毛を、眠っているあいだになるべく短くカット。

20時プラノプロフェン。

21時クロラムフェニコール。

22時プラノプロフェン。

23時クロラムフェニコール。

23:20食事。

23:25ドキシサイクリン+ピルポケット。

23:50ついにいつもの大運動会が再開される。元気が戻って来た。

0:10疲れて眠る。

1:00ラリキシン+ピルポケット。

「だいじょうぶ?目、痛くない?」と聞くと「にゃん!」とお返事。目やにが出ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

|

2019年6月 3日 (月)

白州の友人を訪ねる

5月31日(金)

以前から約束していた山梨県北杜市白州の友人宅を訪ねる。3匹の世話はいつも猫の世話を助けてくれる人にお願いしておいた。

バスタ新宿から朝、7時25分発の高速バス。10時前に小淵沢着。郭公の澄んだ声がずっと響いていた。

小淵沢を少し散歩。このあたりは大きなお蔵のある古い家がいくつもある。庭にはジャーマンアイリス、ヤグルマギク、ポピーが盛り。

その後、友人の知り合いで花を活ける仕事の人のお宅を訪ねるが、お留守だった。

Sdsc09836
雑木林の奥の、まさに「秘密の花園」といえるような庭。木香薔薇、アイリス、キツネノボタンなどが咲いていた。

Sdsc09840

微妙な薄紫色の雛罌粟。

Sdsc09841-3
明野の「くじらぐも」という古民家カフェで食事。

Sdsc09846

くるみくんといううさぎちゃん。

Sdsc09847-2
素朴なベジタリアンメニュー。おいしかった。

Sdsc09848
山羊の子どももいた。

Sdsc09855

途中、冷たい雨が降り出し、だいぶ冷え込んだ。なんとも清涼な風景。東京ではとっくに終わってしまったシロツメクサや春紫苑が満開。

Sdsc09861

 

友人宅に戻り、薪のストーブを焚いてくれた。

4匹の家猫と、8匹の外猫がいる(近所の人が避妊手術を拒否して餌やりだけをしていた野良猫が増えてしまい、その人が亡くなり、友人が全頭の避妊と食事の面倒をみているそうだ)。

私の愛猫、ちゃび(20歳で亡くなった)を拾った1997年に、やはり友人が生まれたばかりで拾ったルルちゃんが、ひと月前に22歳で亡くなったばかりだ。ルルちゃんは友人が生まれて初めて飼った猫なので、喪失のショックはそうとうだった。

Sdsc09895

さり気なくいけてあるのはチョウジソウ(丁子草)、クロフウロ(黒風露)、ナデシコ(撫子)、ミヤコワスレ(都忘れ)。

Sdsc09886

友人宅の裏庭。下の方に山が見える。ベルガモット、ニワトコ、ケール、ルッコラ、ブルーベリー、クレマチス・・家の周りには100種類くらいの草花が植えてある。

Sdsc09877

諏訪の一度潰れて復活したお酒、「御湖鶴」の無濾過生原酒で乾杯。

Sdsc09888

山ウドやアスパラの天ぷらをいただいた。昨年、日帰りで訪ねた時はあまり話せなかったが、お互いに胸襟を開いた話ができた。

Sdsc09892

デザイナーの友人夫妻は、仕事以外ではPCもスマホもTVも見ず、夜9時前に寝て5時に起きたりする生活。

6月1日(土)

きょうは爽やかに晴れ渡った。「キチキチキチ・・と響く声はなに?」と聞くと春蝉だという。

Sdsc09904

クロフウロの黒紫の花がとても風情があって素敵だった。

Sdsc09906

昼過ぎからサントリー工場の上の川沿いの道を登って散歩。友人は難治性疾患で一時、杖が必要だったのだが、きょうはけっこうな距離を一緒に歩くことができて嬉しかった。花崗岩の真っ白い砂地の川原で透き通る冷たい水に手を浸した。

Sdsc09912

大蛇のように樹に絡みついた藤蔓が至る所に見事だった。

Sdsc09910

とても甘く優しい匂いを漂わせていた白いニセアカシアの花。

Sdsc09933

昨日よりも山々がはっきり見えた。田植えしたばかりの田んぼが銀色に光っていた。

Sdsc09940

樹齢2千年と言われる武川町実相寺の山高神代桜(日本初の天然記念物指定)。幹の太さと内部の崩れ具合(裏側)に驚愕。言葉を失う。

Sdsc09943

もうひとつ、近くの隠れ里にある桜の名木に連れて行ってくれた。

Sdsc09962

関の桜。これもまたエドヒガン。

Sdsc09966

夕方の光の中の友人宅。

Sdsc09991

テラスからの眺め。

Sdsc09999

友人が山で拾ったという小鹿の頭蓋骨。

Sdsc00005-2

・・

9時半に新宿着の高速バスで帰宅したらチョビの眼の具合が悪いと聞かされた。

急遽、明日、日曜に手術となった。

|

2019年5月30日 (木)

チョビ、眼瞼内反、毛玉を切る、Hさんと会う

5月29日(水)

きのうよりいちだんとチョビの目やにが酷く、目の周りが真っ赤になっていて「瞬膜」も被っていたので、重篤な細菌感染の炎症かと焦って、また病院へ連れて行った。

「毛が伸びるのが速いね。酷い内反。」と言われ、また目の下の毛を抜かれる。

目が膿んで潰れてしまったらどうしよう、と焦ったのだが、眼球が膿むことはないという。炎症による失明を悩むほどではないらしいが、赤くなった目の周りはとても痛々しい。

12日の手術の前に、週に一度は目の周りの毛を抜いたほうがいいとのこと。

チョビは135gで地面に落ちていて、母親のおっぱいの味もちゃんと味わえないまま、うちの子になった。哺乳瓶からまともにミルクも吸えず、真菌で身体中の毛が赤剥けになって、病院でも「ちょっと目を離したすきに死んでいてもおかしくない」と言われていたような子だ。

Chyobi2

2018年9月10日のチョビ。

Chyobi1

体重が少なすぎるために抗生物質も飲ませることができず、抗菌シャンプーで真菌を落とし、ドライヤーをしたらぷるぷるして心臓が止まってしまいそうだったちっちゃな赤ちゃん。

小さい時から苦労したせいか、3匹のなかでもっとも我慢強く、ドライヤーや掃除機の音も怖がらない穏やかで優しい子。

そんなチョビが愛おしくてたまらない。

なにがあっても、守ってあげるからね。

5月25日

長毛の子と暮らしたことがなかったので、毛玉がこんなに固い石のようになるとは想像もできなかったが、調べると猫にとってかなりのストレスで、皮膚炎の原因にもなるらしいので早く対処したほうがいいようだ。

百均で売っている先の丸いちっちゃな鋏(鼻毛切り?)が猫の毛玉を切るのに使える、という情報があったのでさっそく挑戦してみる。

私の膝の上に乗って来て、うっとりゴロゴロ眠そうにしている時、バンザイさせるようにして、プフの脇下の固い毛玉を確かめながら、鋏の刃を皮膚と平行にして3mmくらいカット。

それをくり返し、毛玉の半径くらいまで切り進んだら、そっとサキイカを裂くように縦に毛をほぐしながら、さらに少しずつ切っていく。

大きな毛玉石の癒着していた部分の毛をすれすれまできれいにカットすることに成功。

下の皮膚は少し痒くなっていたようで、固い瘤が無くなって、とても気持ちよさそうにうっとりゴロゴロ。

同じようにチョビの脇の下の毛玉石もカット。

5月24日

きょうから急に気温が上がり、夏日になる。

Hさん(スケッチを趣味にしている人)と初対面。

午後3時からHさんとお会いするのに合わせて友人に自宅に来てもらい、私が留守のあいだ、3匹を見ていてもらうようにお願いした。まだ1歳にならない3匹を数時間もほっておけないので。

5月22日のチョビ。左眼が目やにでしみになっている。

Sdsc09753-3

5月20日

チョビの目やにがまた酷くなっていたので、きょう、また病院に連れて行ったら、6月12日に眼瞼内反の手術をすることになった。

チョビの左目にやたら目やにが多くなってきたのは4月の後半。動物病院で最初クラミジアと言われ、抗生物質を8日間飲ませたが治らないので、また連れて行ったら、逆まつげと言われ、目の周りの毛を抜いてもらった。

帰宅してからネットで猫の逆まつげを調べ、眼瞼内反の手術について知りショックを受けた。なんとか自然に治らないかと祈っていたのだが。とにかく手術するしかないようだ。

チョビはまだ9カ月だ。全身麻酔で身体に負担をかけるのが心配。

快作先生が「(目のかたちが)少し変になるかもしれないけど」と言ったのも心配。

とりあえずさらに目の周りの毛を少し抜いてもらった。

チョビとプフの脇下のあたりの毛が、気がついたら石のような塊になって癒着していたことについても相談。私が鋏で切っていいか尋ねたら、「うまくやらないと皮膚まで切ってしまうかもしれない。トリマーに頼むと1万円くらいでやってもらえる」と言われて困惑。

 

|

«ワイエス展 Andrew Wyeth / モロー展 Gustave Moreau