2020年9月16日 (水)

高円寺三平ストア閉店 今年なくなったもの

9月15日(火)

高円寺の皆に愛された三平ストアが閉店してしまった。私は高円寺に越してきてから四半世紀もべったりお世話になっていた。

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8月末に閉店のお知らせが貼りだされた時は「え!!!嘘でしょ!?」と大ショックで涙が出た。とにかく果物と野菜が安くて、なんとも味のあるスーパー。6月には毎日1パックのサクランボを買っていた。果物は新高円寺駅の上にあるクイーンズ伊勢丹の半額。

三平ストアは、新宿3丁目に素晴らしくレトロな本店ビルがある、昭和の香りそのままの超庶民的なスーパーだ。

昔、私の生まれた西新宿の家から徒歩10分くらいのところに三平ストア成子坂店があり、中学生の頃はよく買い物に行った。全体に価格は安いのだが、珍しい輸入食品や誰も買いそうにない変わった品も雑然とおいてあり、不思議な探検できる魅力のある店だった。

きれいな紫のスミレの砂糖漬けの小さな瓶を見つけて、宝物のように大切に飾っていた思い出がある。

高円寺に越して来た時、すぐ近所に懐かしい三平ストアがあったことに大感激だった。私にとっては薄暗くて雑多で奇妙で人情味ある昔の新宿の原体験がずっと続いているようで。

2005年に成子坂店が閉店し、2010年に高円寺店が改装された。

改装される前の三平ストア高円寺店は、(おそらく1970年に開店した当時のままだったのでしょう)「三平」というネオン文字の細長い蛍光ガラス管の何本かが抜け落ちていて、チカチカ、ジジッジジジッと絶えずうなっているのがすごくかっこよかった(あのネオンを撮った写真がどこかにあるだろうか)。雨の日は庇の金属がバッタンバランと大きな音を立てていた。

たしか自動ドアもなく、八百屋さんのようにオープンだったような・・。真夏に陳列棚のデラウエアぶどうを大きなカナブンが優雅に食べているのを発見して、そっと引きはがして外の草木のあるところに逃がしてやったことがある。

「きょうの三平のお買い得~~バナナ~98円~ンナッ!白菜~88円~ンナッ!」と語尾を「ンナ!」っと力む当時の店長の熱いアナウンスも、「しゃいませ~。あ~ました~。」と逆にだらっと力を抜いた店員の省エネ挨拶も最高だった。

なめこを買ったら痛んで酸っぱくなっていたので店長に言ったら、ヤクルトをくれたこともあった。

雑で自由で人情味がありすぎる大好きなお店だったのに・・・高円寺の大きな魅力がまたひとつ消えてしまった。前川國男設計の阿佐ヶ谷住宅が潰された時の大大大ショック以来の大ショックだ。

・・・

今年はコロナのせいか、大好きなお店が急に消えてショックなことが続いている。

新宿南口(住所は渋谷区代々木)のミルクランドも、コロナ自粛期間が終わると同時に閉店していた。900円でおなかいっぱいに無農薬の玄米と野菜料理の定食が食べられる奇跡のような店で、定食のあとには、よく冷えた東毛酪農のパスチャライズコーヒーを飲むのが楽しみだったのに。

8月にはオーサワジャパン(日本のオーガニック、マクロビオティックのさきがけ)も閉店してしまった。新宿でチョビを育てていた時は、よくベジタリアン食材購入にお世話になっていた。

 

 

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2020年9月10日 (木)

チョッピーとプフ2歳の誕生日 / 首こり治療

9月10日(木)33℃

9月10日は2年前にチョッピー(チョビ)がSさんに拾われた日。135gだった。

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ぐったりしていて授乳しても途中で眠ってしまい、ほとんど飲めなかった。おでこが出ていて眼が落ちくぼんでいた赤ちゃんの時のチョビ。

その後、真菌のただれと抜け毛が日増しに酷くなり、9月末には露出した真っ赤な皮膚が痛々しすぎて、長生きはできないと思われていたチョビ。

2019年6月には眼瞼内反症(落ちくぼんだ眼のための逆睫毛)手術もあり、何度も痛くて苦しい思いをしたけどがんばった。

現在のチョビ(チョッピー)。一度もシャーと威嚇したのを見たことがない。おっとりしていて、いつもご機嫌で、とても賢い子。

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細くて小さい寄り眼。猫にしては長すぎる鼻。立派な茶縞のしっぽがチャームポイント。ふかふかで極上のビロードのように柔らかな毛並みはターキッシュバンによく似る。

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私がストレッチのためにSuchmosの「STAY TUNE」をかけるとアンアン!と歌いだし、カカカカカッとクラッキング。なぜかチョッピーは獲物を見つけた時でなくても高くてかわいい声でクラッキングする。

ネズミのおもちゃに目がない。あまりにも興奮して高くジャンプするので危ない。

去年よりもさらに、おでこをなすりつけてきてゴロゴロ甘えるのが激しくなってきた。

チョビと四つ子だけど9月30日に拾われたプフも満2歳。ターキッシュアンゴラによく似ている。

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最近はパイルヘアゴムをジャンプしてキャッチする遊びが大好き(亡きちゃびとそっくり。。涙。)で、私にニャアニャアおねだり。

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赤ちゃんの時からほとんど顔が変わらず、可憐であどけないプフ。

9月9日(水)33.6℃

首と肩が凝りすぎて耳の後ろまで強い痛み。タイレノール(鎮痛剤)やテルネリン(筋肉の凝りを和らげる薬)、レキソタン(緊張を和らげる薬)でも具合がよくならないので久しぶりにマッサージを予約。

午後2時 丸山ワクチン(自分で)注射。

3時  星状神経ブロック(自律神経を副交感神経優位にする)注射。

4時~5時  スケッチブックにあるデッサンの中から数点をコンビニでコピー。

5:20 3か月ぶりにもみほぐしマッサージへ。首と肩甲骨まわりがガチガチに固まっていた。

信頼できる若い女性の治療師さん。三鷹の三平ストア(新宿で闇市から始まった庶民的過ぎるスーパー)を知っているという。新高円寺の三平ストアがもうすぐ閉店してしまうので大ショックだと言ったら、「三平は私が生まれた時からあって。野菜がすっごく安いですもんね。」と。私にとっては西新宿時代からたいそう愛着のある店。今度、ぜひ三鷹の三平にも行ってみたい。

10月、11月のフィットネスを休会。私のように首の筋肉を切除している場合、自分の頭の重みを支えるだけで凝りや痛みが激しいので、運動で肩凝りが改善されることはないとわかった。

マッサージに2回行けばフィットネス1か月分の会費以上になるが、私にとってマッサージは必需。お金がかかるが癌の後遺症の治療費と思うしかない。

9月8日(火)34.2℃

きょうも川沿いの雲と植物を見るために自転車で走る。済美山の周りを上ったり下りたり、1時間ほどで全身汗だく。

色が変化してきたヒメムカシヨモギを撮っていたら「ニャア、ニャア」と高い声で呼ばれ、振り返ると三毛とサビがいた。人慣れしてしてるが耳のカットはされていない。夕方、フードをくれる人を待っている様子。

避妊していないなら、またすぐに産んでしまう、と胸が搔き乱される。

9月7日(月)31℃

台風の影響の雲を見るために川へ。

西の空のすごい速さで飛んでいく雲と、その遠景の精巧な編み物のような、螺鈿のような細かい雲を見ていた。

東の空には虹が出ていた。
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草たちは秋の気配。ジュズダマ、イヌビエ、マコモ、カヤツリグサ、ヘクソカズラ、クズ・・・。

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2020年9月 7日 (月)

がんの定期健診、丸山ワクチン / 膠絵

9月4日(金)36℃

癌の主治医の定期健診に鎌ヶ谷の病院へ。

主治医に丸山ワクチンを始めたことを報告。予想通りだが、丸山ワクチンはほとんど無意味と言われる。免疫を上げるというのは、私のように進行がゆっくりなタイプの癌には意味がないと。

新型コロナに対してはBCGが効果あるかもしれないと言われているので、結核菌である丸山ワクチンも、もしかしたあ効果はあるかもしれないと。気休めにはなるかもしれないと。

私は、もう少しやってみたいと思っている。

癌の主治医は丸山ワクチンと甲状腺がんの関係について研究してきたわけではないし、なににも例外はあると思うから。

ワクチンを打つことで私自身の気分が上がるなら、それだけでも良いことなのではないかと思う。

結局、治療としてできることはない。ストレスで脳から甲状腺ホルモンを出せという指令が出ると肺にある癌細胞が増大してしまうから、とにかくストレスを感じないようにすること。

私の性格として根を詰めすぎる、寝食を忘れて仕事に没頭する傾向があるのでそれをやめること、のんびり楽しんで絵をやるように、と言われた。浅井先生は私の性格をよくわかっている。

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駅への帰り道、線路際の夏草がとても美しい。

水のようにすっと流れるカモジグサ、トゲトゲとヒレが面白いアザミ、極小の砂糖菓子のようなヤブカラシ、星雲のようなヒメムカシヨモギ。

何枚か猫と季節ごとの草花を描いてみたが、描きたい草と猫を全部試すと50枚くらいになりそう。

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ハルジオンとキュウリグサ(岩絵の具 紙本着彩 部分)

9月5日(土)

M医院でもらってきた消毒綿と注射器を使って自分で丸山ワクチンを打つ。

びくびくしてやるとガラスで手を切ると言われていたアンプルも、なんのことはなくあっさり割ることができた。針を取り換えるのも、お腹に刺すのも、不安もない。

最初はびくびくしてなかなかうまくできなかったことが、ある日突然すっと容易にできる。

とりあえず今年いっぱいまではワクチンを打ってみたいと思う。

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2020年9月 3日 (木)

『イメージの奥底で』 ジャン=リュック・ナンシー / 絵画

9月3日(木)

イメージ・判明なるもの

イメージとは聖なるものである――

(略)

「聖なるもの」は「宗教的なもの」とたえずその語義を混同されている。

ところが宗教とは、結びつき(他者ないし自己自身との結びつき、自然ないし超自然なものとの結びつき)を形成しそれを維持する祭式の遵守なのであって、それ自体としては、聖なるものへと収斂されるべきものではない(宗教はまた信仰へと収斂されるべきものでもない。そもそも信仰はまた別のカテゴリーである)。

聖なるものは、これに対して、分離されたもの、距離をおかれたもの、切り取られたものを意味する。

(略)

聖なるものが聖なるものであるのは分離によってのみであり、それに関しては結びつきなどないとも言える。それゆえ、厳密に言えば、聖なるものの宗教はないことになる。

聖なるものは、おのずから遠ざかったまま隔たりを保持しつづけるものであって、それとの結びつきをもつことができないものである(あるいは極めて逆説的な結びつきのみをもちうるものである)。

したがってそれは触れることのできない(接触しない触れ方によってのみ触れうる、と言ってもよい)ものである。

語義の混乱から抜け出すために、私はそれを判明なるもの〔le distinct〕と名づけたい。

(略)

判明なるものとは、その語源を遡れば、様々な標徴(マーク)によって分離されたもののことである(この語は、刻跡(スティグマ)、鉄ごてによる烙印、刺傷、切り込み、入墨へと送り返される)。

それは、ある描線(トレ)が引き抜き、隔てておきつつ、この退隠(ルトレ)の描線によって標記もするところのものである。

また判明なるものとは触れることのできないものである。というのも我々がそれに触れる権利をもたないからではなく、それに触れる手段を欠くからでもなく、弁別的な特徴線(トレ・ディスタンクティフ)が、もはや触れることの次元にはないものを分離するからである。

したがって、触れてはならないものを分離するというのは正確ではなく、むしろ蝕知しえないものを分離するのである。

しかしこの蝕知しえないものは、みずからを隔ておく描線(トレ)のもとで、またみずからの描線によって、あるいはみずからを隔てるこの散逸の描線(ディストラクシオン)によって姿を現す(したがってこのような弁別的(ディスタンティフ)な描線が、つねに芸術にかかわる事柄なのではないだろうか、というのがここでの最初にして最後の問いであるだろう。)

(略)

判明なるものは、不分明なものに対して跳びかかり、不分明なもののうちへと跳び込みながら、そこに繫ぎ止められることがない。

(略)

あるがままの姿で、だがその弛緩した力ではなく緊迫した力をもって、また、拡散した力ではなく溜められた力をもって、その内奥は露呈される。

(略)

判明なるものは、つねに異質なものであり、連鎖を解かれたもの――繫ぎ止めることができないもの――である。

判明なるものが我々のもとに運んでくるのは、したがってそれが連鎖を解かれてあることという猛威そのものであり、この猛威は近接性によって鎮めることもできずそのようにして距離をおかれたままでありつづける。

それはまさしく触れるか触れないかの距離におかれ、肌に触れんばかりの緊迫した距離を保っている(à fleur de peau)。

(略)

(精華〔fleir〕とは、もっとも繊細な部分、表面であり、前方に残り続けるもの、ただそっと触れる〔efflrurer〕しかないものである。すべてのイメージはすれすれの状態〔à fleur]、あるいはひとつの花〔fleur〕である)。

――――『イメージの奥底で』 ジャン=リュック・ナンシー(西山達也・大道寺玲央 訳 以文社)より

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鬱金香(チューリップ 膠絵 部分)

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2020年8月27日 (木)

イタリアからの友情の奇跡、次の本(画集)と絵について

8月27日(木)

今朝、イタリアのチナミさんから朗報が届いた。現実感が無くて信じられないと同時に、私はこうなることを信じてずっと待っていた。

チナミさんが私のためにしてくださった大胆な冒険の結果、美しく聡明な女神が、私たちふたりに微笑んでくださった!

詳しくはここに書けないが、これで来年、コロナが落ち着いて私が元気でさえあれば、晴れ晴れしい気持ちでイタリアに最高の旅ができるということ。

観光のことではなくて、もちろん私の命である絵に関することだ。そしてこの数年、寝ても覚めてもうなされるほど、いつも考えている次の本に関すること。

昨晩深夜2時半頃、(悲観的な私には珍しく)なぜか急にふっと気が楽になって「だいじょうぶ」な気がした。なんの理由も、きっかけもないのに突然。

丸山ワクチンが効いて精神的に上向いているのかな、と思ったりもしたが、今朝の私にとって最高のニュースのための前ぶれだったのかと思う。

とにかくこのまま自分の信じるとおりに、どんな妨害や嫌がらせがあっても淡々と、熟慮しつつ思い切りよくがんばろう。

ドイツのブレーメンのYさんからもありがたいことに、来年、お宅にご招待を受けている。

ブレーメンは昔、敬愛するホルスト・ヤンセンの生まれ故郷オルテンブルクにハンブルクから向かった夜に、乗り換えをした駅。

藍色の宵闇の中にブレーメンの音楽隊のかわいいネオンが光っていて、それだけでとても心躍った鮮明な記憶がある。そのお伽の国のようなブレーメンに今、ご招待していただけるなんて、不思議なご縁を感じる。

もし来年、イタリアに行くのにあわせてブレーメンに行くことができたら、もう一度オルテンブルクのヤンセン美術館とヤンセンのお墓(思い出すだけで涙。。)と子供の頃のヤンセンがおばちゃまと住んでいた家にも行ってみたい。

Yさんのお家からは、種村季弘先生が『ヴォルプスヴェーデふたたび』に書かれていた芸術村ヴォルプスヴェーデや、もっと小さな芸術村フィッシャーフーデが近いという。グーグルマップで画像を見ても本当に素晴らしいところ。オットー・モーターゾーンたちが惹かれた沼地、湿地の風景がまだ残っているのが泣けてしまう。

自分の命がそろそろやばいのかな、と思った時に、遠い海の向こうから私をよんでくださるかたたちがいる。

このめぐり逢いとご厚意に深謝。

自分を追い込みすぎないように、気を楽に持ってがんばろう。

最近10数枚同時に描いているうちの一枚。チューリップの膠絵(部分)。
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