2019年9月12日 (木)

チョビとプフ、1歳になる / 台風 / 結膜下出血

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9月12日(木)

台風による千葉県の深刻な被害。友人のことが気がかりだ。

きょう、生協から届くはずの千葉県八千代市の低温殺菌牛乳も欠品だった。停電による乳業工場の停止や乳の廃棄も気の毒だが、暑さで牛たちの命がすごく心配だ。

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きょうは、1年前、生まれたばかりのチョビと初めて対面した日。

チョビは9月10日に拾われ、翌日、Sさんが預かった。

Sさんと同じの社宅の人が、ご自身は猫アレルギーにも関わらず、保護してくれたそうだ。猫用ミルクをスプーンでやっても自力でなめることもできず、ぐったりして、眠ってばかりいたらしい。

後のことを考えずに、とにかく拾ってくれたかたに感謝です。すぐに拾われなければ死んでいただろうから。本当にチョビは頼りなくて、よたよたしていて、死にそうな赤ちゃんだった。

9月11日にSさんから電話を受けた時、私は飛び上がるほど驚いた。6月にちゅびが落ちていたのとまったく同じ場所に、またも生後10日くらいの猫の赤ちゃんがひとりぼっちで落ちているなんて、そうあることではないから。

拾われたばかり(2018年9月10日)のチョビ。

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そしてさらに9月30日、台風直前の雨の中で、プフがSさんに拾われた。

ほんの少しのタイミングがずれて、優しい人に拾ってもらえなければ、ちゅびも、チョビも、プフも、今頃生きてはいなかった。

その後、Sさんの住む社宅の裏に、避妊されていない野良猫の群れが住む場所が発見された。Sさんや保護団体の人たちによって、たくさんの野良猫たちが保護やTNRをされた。

最近のチョビ(鉛筆スケッチ、デッサン)。

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最近のチョビとプフ(鉛筆スケッチ、デッサン)

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近所のなぎ倒されていたオシロイバナ(白粉花)は全部引き抜かれて無くなっていた。枯れて花が緑色に変わっていたアジサイ(紫陽花)も、なにも残されていなかった。

9月10日(火)

結膜下出血していた右目の血はほとんど吸収された。

国産の鷹の爪や有機野菜を買いに阿佐ヶ谷まで自転車を走らせる。唐辛子は収穫されたてで、乾燥していないものしかなかった。

駅近くの、小さくて素敵な庭(かつてこの庭には「ご自由にお入りください」という札がかかっていて、私は喜んで入らせていただいた)。その古いお家の、私が好きだった胡桃の木が、台風で根から倒れてしまっていた。大きな葉の優しい樹だったのにショック。首都圏を直撃したのは観測史上最大の台風だったらしい。

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欅屋敷の敷地内に重機が入っていた。小学校側にあった3軒の素敵な建物、おしゃれな帽子屋さんと飲み屋さんの跡はもう駐車場になっていた。なんとも淋しい。

この貴重な生態系をも守っている屋敷林を、一部の人の金儲けのために潰すとしたら最悪の愚行だ。

https://waku2.hatenablog.jp/entry/20180623/p1

9月9日(月)

台風が去り、気温36℃。東京は9月としては27年ぶりの暑さだとか。

「血だまり」だった右目がやっと「酷く充血」の程度まで回復。2週間ぶりにクリニックに星状神経ブロック注射に行く。

カーテン越しに看護師さんとほかの患者さんの「きのうは怖かったですよねえ。3時頃から眠れずにずっとテレビを見てました。」という会話が聞こえた。朝、業務スーパーの大きな看板の半分が落ちていたと。

街路は踏みしだかれてチリチリになった青いイチョウの葉の芳しい匂い。まだつるつるした黄色いサクランボのような銀杏が落ちていて、見上げると枝には実がひとつも無かった。

毎年、咲き始めの頃から気にして見ている近所のオシロイバナは、そうとうへし折られ、なぎ倒されていた。

9月8日(日)

夜中から最大規模の台風が関東を直撃するという。空気がむんむんしている。昼に一度ざあっと雨が来て、すぐに地面が乾いた。

夕方5時、嵐の前にことさら高揚するように、近くを通る馬橋神社の山車のお囃子が大きく響いた。3匹の猫たちは一瞬びっくりしていた。

夜11時頃、大雨。まだ風は無く、垂直に打ちつけていた。

未明、3時過ぎに、風のうなり声が凄すぎて眼が覚めた。それから3時間くらい眠れなかった。

ちゅびは、私の右側に、プフは左側にべったりくっついて寝ていた。

チョビはゴロゴロ言いながら私の胸に乗っかってきてすりすり甘え、足元のほうに降りて行くのをくり返した。

5時前、アンティークの木製踏み台の上にちゅびが上り、外を見ていた。プフも続いて上り、狭い足場で押し合いながら目を丸くしていた。

私も一緒に、雨が打ちつける窓ガラスの向こうを見ると、吹き荒れる雨風に、街路の決して細くもしなやかでもない公孫樹が、激しく揺すぶられて狂った鞭のようにぶんぶんうなっていた。

植物たちは逃げることもできず、ただ晒されているしかできない恐ろしい光景。

プフがちゅびの背にまたがろうとして、踏み台のてっぺんから落ち、代わりにチョビが上って外を見ていた。

こんな日、外にいる猫たちはどこに隠れているのだろう。

台風や猛暑や雪の日があるたびに、今、どれだけの野良猫たちが死んでしまうのだろうか、と想像して、胃のあたりがぎゅっと痛くなる。

9月7日(土)

友人と出かける。まだ右目の血の色が異様なのでサングラスを使用。

9月3日(火)

朝、起きたら、右目が結膜下出血を起こしており、白目の半分以上が真っ赤。ホラー映画のよう。

以前に一度経験があり、眼科に行ったが検査だけで治療はなかった。視界は変化なく、痛くもないので眼科に行かずに様子を見ることにする。

温めたほうが速く吸収されるそうなので、お湯を入れたカフェオレボールを一日に何度も眼の上に当てていた。

 

 

 

 

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2019年8月23日 (金)

猫たちのこと

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8月23日(金)

夕方6時から、阿波踊りの前夜祭のお囃子が大きく響いた。うちの3匹はこのお囃子を聴くのが初めてだから、最初は少しびっくししていたようだ。

〇ちゅび、1歳と2.5ヶ月。6.2kg。キジ白。

一歳になった頃、はしばみ(薄茶)色で藍色の虹彩の周りだけが緑色に滲んでいた目が、緑色に変わった。

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おなかがすいた時にうるさく鳴くので困っている。朝6時に食事をあげた後も9時過ぎまで大声で鳴く。その後、私が眠ってしまうと、横に来てどかっと私の上に半身をのせるようにくっついて眠る。

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固い短毛。筋肉質。野性的。イエネコの原種であるリビアヤマネコの遺伝子構造に近い?甘えんぼうだが噛み癖が抜けない。

しばらく外にあずけられていて帰ってきた時、私やチョビ、プフにシャーシャーと怒った。臆病でわがまま。

 

〇チョビ、11.5  ヶ月。5kg。

赤ちゃんの頃は真菌でからだ中剥げていて、短毛かと思っていたが、プフよりさらに長毛。

雑種だが、「ターキッシュバン」というトルコの珍しい種類の猫にそっくりなことが最近判明。

(この下の画像はチョビではなく、ターッキッシュバンのWikipediaからお借りしたものだが、チョビによく似ている。)

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うちのチョビ。↓ 頭の耳のついている部分としっぽが茶トラ。毛が長くて信じられないほど柔らかいのもターキッシュバンの特徴と一致。

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6月の初めに眼瞼内転の手術をしてから眼の炎症はなくなった。

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真菌で身体中の皮膚がボロボロになっても、身体を洗って乾かすドライヤーにも、掃除機の爆音にも恐怖せず、おなかがすいても大声を出すこともなく、私のところに走って来てゴロゴロすりすりするだけ。とても賢く、我慢強く、素直で育てやすい子。

 

〇プフ、同じく11.5ヶ月。3.5kg。

赤ちゃんの時、青(右)と灰色(左)のオッドアイだったが、左目がトパアズ色に変わった。

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雑種だが、ペルシャ ターキッシュアンゴラの白にそっくり。

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チョビと同じ環境で同じ親のもとに生まれたので、真菌におかされていたが、チョビほど弱い個体でなく、抗生物質を飲ませる必要なく、しっぽが少し剥げていただけですぐに回復。

早熟で発育が良く、生後早い時期からでミルクを飲まずにカリカリを食べていた(赤ちゃんなのにすごいと言われた)。

初めてうちに来た時は、先輩猫2匹を押しのけてカリカリをガツガツ食べていたのは、サバイバルのために必死だったのか、最近はすっかりのんびりおっとりしてしまって、ひとりだけ食事の時間に食べないで寝ている。ほかの2匹からずっと遅れて、私にニャアニャア催促。

ちゅーるをのせないとカリカリを食べない。

現在は逆にチョビよりずっと小さくて、赤ちゃんぽい。

今になって充たされていなかった甘えの欲求が出ているのか、しょっちゅう私の膝に乗ってくる。ゴロゴロしならよく私のからだで足踏み。お母さんのおっぱいが恋しいみたい。

部屋の隅におしっこしていたことが発覚。床を掻きだしたらすぐに抱き上げて急いでトイレの砂の上にのせれば、そこでおしっこ(これではトイレの躾前の赤ちゃんと同じ)。

去年の12月2日のちゅびとプフ。ちゅびの眼の色はハシバミ色、プフの黄色い左眼はグレー だった。

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昨日、ツイッターで野良猫の話題に明るく応えることができなかった。それからずっと心がざわざわしっぱなし。

暑い夏ならノミによる貧血やパルボ、寒い冬なら風邪などで、外にいる赤ちゃん猫はあっけなく死んでしまう。

イタリアのアミアタ山の頂上で出逢ってしまった、亡きちゃびの面影の、茶白のちっちゃな女の子の姿が脳裏をぐるぐる巡って、たまらなく苦しい。

山の斜面の写真を撮ろうと、よじ登った巨岩の陰に、奇跡のようなあの子を見つけた時、心臓が止まるかと思った。

(茶白のメスは非常に少ない。そしてその子は本当にちゃびに似ていた。)

イタリアで、旅行の途中だっかたら、どうしようもできなかったのだけれど、本当にどうしようもできなかったのか、何かできることがあったのではないか、なんとも言い難い悔恨と自責の念で居ても立ってもいられないような気持ちになる。

 

 

 

 

 

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2019年7月26日 (金)

神代植物公園 日本固有のユリ

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7月23日(火)

再び神代植物公園へ。午後からところどころ強い雨になるという予報だったので10時半くらいに到着。予報ははずれ、またも蒸し暑い日となった。

山野草園では先日よりも百合が開花していた。

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細長い林の中、点々と数十本のヤマユリ。まだ蕾もあるので、あと一週間は見頃。深大寺門近くの林の中にも数本咲いていた。

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一面緑の夏草の中に、うつむいた大きな白い花が見えるのがたまらない。

ユリの花を描いた絵で、私が子供の頃に最初に心惹かれたのは酒井抱一の「夏秋草図屏風」(風神雷神図の裏に描かれた絵)だった。その理由はススキの緑の葉の隙間から実に微妙な分量の白が見えていて、しかもうつむいているからだ。

子供の頃、山で、実際に何度かその状態のヤマユリを見て感動したことがあるので、抱一の描いたのはヤマユリだと思い込んでいたが、今見ると「夏秋草図屏風」のユリはテッポウユリだ。

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日本に自生するユリは15種で、そのうち日本固有種はヤマユリ、ササユリ、オトメユリ、サクユリ、カノコユリ、テッポウユリ、タモトユリ、ウケユリの8種。

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最近、大好きなヤマユリとカノコユリについて調べていたら、ちょうど植物会館で、今日から「世界のなかで日本の植物が果たした役割と影響」という特別企画展をやっていた。

メモ。

17世紀に西欧諸国による貿易航路が整うと、まずイギリスからプラントハンターが各大陸へとやって来た。

トラデスカント親子(1570-1638と1608-1662)はプラントハンターのパイオニア。

フランシス・マッソン(1741-1805)はキューガーデンから最初に派遣されたプラントハンターで南アフリカからイギリスへ植物を送った。

日本は北半球の温帯地域の中でも植物の多様性がもっとも高い地域と言われる。

日本と北アメリカ東部はよく似た植物が多くみられる。これは「第三紀周極要素(第三紀周北極植物相)」と呼ばれ、6500万年~200万年前に広く北半球に分布していた植物が南下し、各大陸の中緯度地域に残存することになったもの。ヨーロッパではその多くが(寒冷化に伴う南下が阻まれたために)すでに絶滅。

長崎の出島にケンペル、トゥンベリィ(ツンベルク)、シーボルトの三学者に先立って日本の植物を研究していたクライエル(1634-1698)がいた。

クライエルは1682~83年、1685~86年の2回、来日。日本の画家に描かせた植物画1360枚をドイツ・ブランデンブルクに住むメンツェル(1622-1701)に送った。

当時のドイツの学術雑誌にクライエルが送った植物画をもとにしたメンツェルが執筆した日本植物レポートが掲載されている。そこにはヤマユリとカノコユリの図(「ヤマユリ」と「カノコユリ」とカタカナが添えられている)がある。

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三学者の一人、ケンペル(1651-1716)は自ら描いた植物画(日本語による植物名が添えられている)とともに1695年にヨーロッパへ帰還。『廻国奇観』を1712年に出版。これはカール・フォン・リンネ(1707-1778)が1753年に『植物の種』を出版するより40年余り前。

イギリスの医師ハンス・スローンがケンペルの遺品・遺稿を買い取り、『日本誌』を1727年に出版。

トゥンベリィ(1743-1828)はリンネの愛弟子で、出島に滞在後1784年に『日本植物誌』を完成。

シーボルト(1796-1866)は1823年に来日。1830年7月に現ベルギーのアントワープに到着した時、積載した485種の植物のうち約260種が生き残っていた。それらをヘントの植物園に運び、2ヶ月滞在。

ベルギー独立戦争のさなか、ヘントのカノコユリは1832年に開花し、現地の人々はその美しさに驚嘆したという。

その後ベルギー独立戦争の余波を受けてシーボルトはオランダのライデンへ避難。戦争中、ヘントの植物園に残された日本の植物は、現地の園芸商に持ち出されて増殖・販売され、大部分が散逸してしまっていた。シーボルトは1839年の戦争終了後に返還を求め、80種を取り戻した。

シーボルトはドイツの植物学者ゲアハルト・ツッカリーニ(1797-1848)の協力を得、『日本植物誌』(二人の共著)の刊行は1835年にはじまった。(この中に素晴らしいカノコユリの図版がある。

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しかし刊行は1844年に中断。シーボルトとツッカリーニの死後、オランダの植物学者ミクェルによって第2巻の後半が刊行された。

ヤマユリ(Lilium auratum)が1862年にイギリスにもたらされると「驚嘆すべき美しさ」と大評判になった。auratumは「金色の」の意味。

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シーボルトらによる日本の植物の普及活動が欧米ではじまると、まずユリの評判が高まり、その需要に応えるため、1867年ごろには横浜を拠点としてユリ根の貿易を行う在留外国人があらわれた。

ボーマー(1843-1896)は北海道開拓使として来日したが横浜に転居し、ユリ根などを扱う貿易商を始めた。

鈴木卯兵衛(1839-1910)は横浜植木商会を設立。ユリ根の輸出を始め、1893年に園芸植物全般を扱う株式会社に発展。横浜植木商会の『LILLIES OF JAPAN』(1899年)の図版は素晴らしく魅力的。(左:表紙、中:サクユリ、右:丸葉カノコユリ。)

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ジョン・シンガー・サージェント(1856-1925)のぼうっと光り輝くヤマユリと提灯のを見た時、衝撃を受けたが、この絵が描かれたのは1886年。日本から入って来たばかりの金の帯と赤い斑のあるヤマユリは、さぞかし輝いて見えたことだろう。

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(この企画展では、ほかにも世界に渡った日本のサクラ、アジサイ、バラ、キク、ハナショウブについての展示があった。)

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私の一番好きなユリの絵といえば、やはり1900年頃に描かれたモンドリアンのヤマユリとカノコユリの水彩だ。たっぷりと涙を湛えたようなカノコユリの絵はすごいと思う。

モンドリアンはオランダで20代の頃に、日本から来たヤマユリやカノコユリを生まれて初めて見て、とても神秘的な美しさを感じたのかもしれないと思うと、感無量だ。

形骸的ではなく、張りつめたようでいてとても傷つきやすい百合の美しさを描くことができたら、と思う。百合を描くのはとても難しい。

植物センター内に貼ってあったサクユリの場所を職員さんに尋ね、植物多様性センターへ。サクユリは伊豆諸島に自生する伊豆諸島固有のユリで、世界最大のユリ。絶滅危惧種。

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植物多様性センターの中にもヤマユリが何本か生えていた。芝生の近くにとても背の高いヤマユリが。

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植物公園に戻り、再び職員さんにカノコユリはないか尋ねたら、なんと山野草園の入り口付近に、ほんとうに小さなつぼみがついたのが一本。カノコユリも絶滅危惧種。どうか無事に咲いて、増えてくださいますよう。

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このあと花蓮園できょう咲いている蓮の花を撮影、その後、野生種とオールドローズ園の薔薇をひとつひとつ丁寧に見て歩き、たまだ開花しないショクダイオオコンニャク(燭台大蒟蒻)を見に温室を訪ね、さらに薔薇園を歩き回ったのでクタクタ。

深大寺通りで9割蕎麦を食べた。3時頃から盆踊りの曲(三波春夫の「大東京音頭」)が流れ、太鼓の音が鳴り響いてきた。蕎麦屋に貼ってあるポスターには6時からと書いてあるが、太鼓の練習なのだろうか?

 

 

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2019年7月20日 (土)

神代植物公園 / 新宿御苑

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7月19日

台風が近づいて来ていて雨もよいの曇りだから出かけよう、という友人に誘われて神代植物公園へ。

しかし昼過ぎには雨どころか青空。強い陽射し。JRの駅へ向かっただけで、むっとする湿気に全身汗がふき出してくる。

吉祥寺から4番のバス。

深大寺の西参道、苔むした樹々と水車、蕎麦屋と土産物屋が並ぶ道を歩いて、まずは水生植物園へ。

沼の中に白いハンゲショウの葉と赤紫のミゾハギの花、朱色のヒオウギズイセンの花が絡まって咲いていた。

 

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壊れていて、渡ってはいけない木橋。

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色あせた紫陽花。
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深大寺城跡へ登る道で、美しい声でさえずっている鳥を撮影している人がいた。名前を尋ねると「ガビチョウ」と教えてくれた。中国から来た鳥だと。

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城跡へ登る道は木漏れ日がきれいで気持ちよかった。てっぺんには遺跡のようなものは何もなかったが、この小さな丘が好きになった。

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湧き水の情景。

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水生植物園を出、深大寺の脇の坂道を登って神代植物公園へ。3時くらいに深大寺門から入場。

武蔵野の原生林。

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林を出て、薔薇園を見渡す休憩所でおにぎりを食べる。とにかく暑い。台風のニュースのせいと平日だからか、ほとんど人がいない。

とりあえず今日の目標はヤマユリ、ハス、ショクダイオオコンニャク、バラ。まずは林の中を見て、4時15分くらいまでに大温室に入り、4時半から5時の閉園までに薔薇を撮る計画を立てる。

山野草園(雑木林の中の道)には山百合がいっぱい。まだ6~7割は蕾だった。

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案の定、蚊に刺される。

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山野草園を抜けて花蓮園へ。ここでは池や沼ではなく、一種類ごとに大きな鉢に栽培された蓮が並んでいる。

八重でぼかしの華やかな蓮。

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ノコギリソウやキクイモ、紫陽花や向日葵が咲き乱れる畑を抜ける。

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まったく人気のない「せせらぎの小道」の水辺に、ひっそりと咲いている大きな山百合を見つけた。あまりの美しさにしばしうっとりする。

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4時を過ぎたので大温室(4時半閉園)へ。

これが世界最大級の花(仏炎苞に覆われている部分に、小さな雄花郡と雌花群のたくさん集まった花序がある)、ショクダイオオコンニャク(燭台大蒟蒻)。なんとも奇妙な姿。

付属体(黒い塔のような部分)は「死体花」と呼ばれるほど強烈な悪臭を放つと言われるが、今は臭いがない。開花すると強烈な臭いを放ち、たった2、3日でしぼんでしまうという。

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私の大好きなロバート・ジョン・ソーントンの『フローラの神殿』(最も美しい植物図鑑)の中のドラクンクルス・ウルガリスの絵を見た時の衝撃はすごかった。

その(仲間の?)植物をこの眼で間近に見ることができることの感激。動物の死体のような臭いを発してハエを集め、受粉してもらおうとする巨大にして珍奇な植物。

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睡蓮も満開。紫の花弁がねじれた花が神秘的で美しい。

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ベゴニア園は色といどりの花が満開。吊り下げた鉢から垂れる花がかわいらしかった。

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4時半に大温室を追い出され、閉園まで30分、やっと陽が陰って過ごしやすくなった薔薇園でいろんな花を撮影。

青紫や白の薔薇が好き。ベージュ色のバタースコッチはもう花がなかった。

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7月17日

新宿御苑へ。

私の好きな倒れかかった山桜の樹の夏。

 

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ナンバンギセル(寄生植物)が今、盛りだと表示されていたので期待して行ったら、上の池のススキの根元に看板が立っているだけで、まったく生えていなかった。

ヒオウギズイセンの花に舞うクロアゲハ。

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2019年7月10日 (水)

G先生からお返事 / 自己中心的な人/ 白州から贈り物

7月5日(金)

夜10時過ぎ、G先生から待ちに待ったメールを受信してほっとする。今日、私のエアメイルが届いたのだろう。

嬉しいというより緊張で身が引き締まり、胸がどきどき(後悔しないような本づくりができるのか、いろいろ考えすぎて)したが、親友ふたりがとても喜んでくれたので、嬉しかった。

これで一つ滞りがなくなり、本づくりの仕事が進めやすくなる。

7月6日(土)

つい最近、私に多大なストレスを与えた男性(画家としての私に長年「憧れていた」という)に対して、彼の私への不可解な言動について、親友がメールでその意図を質してくれた。

あまりに自己中心的に歪んだ返答が戻ってきたため、親友は驚き呆れ、ふたたび私に代わって彼にメールしてくれた。

その男性とは6月末に一度だけ会食した。会わなければよかったと思う。会った時とそのあとの彼の言動に、私はひどく疲弊した。

「なにか失礼があったら言ってください」と言われたので、私がずっと我慢していたことをメールに正直に書いたら、いきなり会話を遮断された。

そして(私からフォローされてすごく嬉しかった、と彼が言っていたことを自ら全否定するように)、ツイッターでブロックされた。

私はここまで過剰反応されるとは思わなかった。彼は私よりはるかに年下だし、「失礼しました」で終わると思っていた。

が、彼は、正直に言ってしまった私を恨んでいるようだ。

彼に「あなたの態度は、傍から見ても明らかに配慮がなく、相手を軽んじている。自己認識がおかしい。」と私に代わって言ってくれた親友に、ただ感謝。

もうひとりの親友からは「自己中心的な妄想でいい気になってる相手に、まともに話したらダメ。危険すぎる。」と怒られた。

7月7日(土)

七夕。肌寒い雨。陽射しの少ない日は好きなので、高円寺を南から北の端まで散歩。

小さな野原でヨウシュヤマゴボウやヒオウギやハルノノゲシに光る雫をいっぱい見たあと、民家の軒下のヤマユリを見る。

大好きな花なので夢中で撮影していたら、通りすがりの老婦人に声をかけられた。「あら、これ、ヤマユリよねえ。うちも今年はこんなに大きなカサブランカが6つも咲いたのよ。やっぱり、好きな人がいるのねえ。」と。

私はよく夢中で花の写真を撮っている時に声をかけられる。たいていは私より年上のかたに「熱心ですね!」「花、好き?」と。

気象庁住宅の廃屋の近くには、棘が恐ろしい大きなアザミがいっぱいはえていた。

歩きすぎて、全身ずぶ濡れになり、身体が冷えてしまった。

7月8日(日)

陽に色褪せたアジサイ(紫陽花)。最近は雨の中でみずみずしく色づく紫陽花よりも、乾いて微妙な色になった紫陽花に情趣を感じる。

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きのう見たヤマユリ。

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7月9日(月)

白州の友人Sから贈り物が届いた。

興味しんしんのチョビとプフ。

桃、杏、ブルーベリー、アスパラ、カリフローレ(カリフラワーと違うらしい)、丸いズッキーニ・・・珍しい野菜がいっぱい。

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太くて柔らかいアスパラにも感激。

(昨年、北海道の花輪和一さんのところに遊びに行った時、スーパーで売っているアスパラが佐賀県産のだったのでびっくりした。北海道産の太いアスパラは高級みやげものとしてしか売られていなかった。)

 

Sさんが自宅の横に植えているブルーベリーの実がこんなにたくさん!

庭で育てているカモミールと姫薄荷も。とてもいい匂い(猫には薄荷は毒なので注意)。

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ちゅびも興味しんしんでソワソワくんくん。

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この野菜たちを、イタリアのチナミさんが送ってくださったウンブリアのオリーブオイルでいただけるなんて、最高に幸せ。

心優しい友人たちに心より感謝。

 

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