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2007年6月

2007年6月30日 (土)

藜 造形

 きのう、空き地の藜とハルノノゲシ(春の野芥子)の写真を撮っていた。

 きょう、空き地には重機が入っていて、植物たちは潰されていた。

 眼の記憶には、意志が必要である。

 造形には、ただその生命の記憶の衝撃に迫りたい、という強い

意志が必要である。

 その方法を訊かれても説明する必要はない。

 経験が有機的に感受性となり、理解しがたい身体を息づかせ、また

息の根を止め、

 拒絶の観念と生理的感覚がやすらぐすきまがなくても

動物の生ぐさい息はわたしの鼻面にすりつけられてあり、

Imgp0188_20

 

                         鬱金香 Silver Foil, Pigment with Glue

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2007年6月27日 (水)

牡丹杏 もじずり

6月27日

  川沿いのスモモ(牡丹杏)の樹を見にいく。

  もう実は鮮やかに熟していた。地面には濃い赤紫の実が

 びっしりと落ちて潰れていた。枝の上のほうにはルビー色の

 大きな実が鈴生り。飛びついて採れるものだけ採った。

  背が高い人ならもっと簡単に届くのに・・・・

  野原には、もじずり(捩摺、ねじばな 捩花 綬草)がいっぱい。

  とても精妙な螺旋、小さいけれど濃い桃色の愛らしい花。

  茎の感じはおおばこ(大葉子 車前)に似ているがラン科である。

  よく見ると一輪一輪のかたちは、確かに極小の蘭である。

  捩摺(もじずり)・・・忍摺、信夫摺(しのぶずり)に同じ。

  忍草の茎、葉などの色素で捩れたように模様を布帛に摺りつけたもの

 

 みちのくのしのぶもじずり誰ゆえに乱れそめにし我ならなくに

                                 (伊勢)

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2007年6月25日 (月)

沢渡朔 

 写真家の沢渡朔氏から電話があり、久しぶりにお話する。

 以前撮影とインタビューをした懐かしい都営阿佐ヶ谷住宅について。

 今年中に壊されてしまうなんて本当にもったいない。

 あそこならいくらでも撮れるよね。

 写真の撮影場所に関して、いつも不思議なほど

 沢渡氏の感性がしっくりと私の中に沁み込んでくるのだった。

 街はどんどん変わるね。森ビルなんてオレどんなにいい展覧会

あっても、行く気しないよ。まだ上野のほうがましだよ。

 いい散歩できるところがなくなってきてるよね。

 あの、氷雨の中、空から水滴がひとつひとつ落下してくる

のが見えた多摩の廃墟。

 小鳥の巣なのか寄生した蔓なのか、不思議なパラソル

のように込み入った網目で、私を絡めてくれた川べりの裸木。

 そして真夏の午後の阿佐ヶ谷住宅。一本だけ残っていた

ひ弱な笹百合。枯れた紫陽花。葉の上の蝉の抜け殻。

 狂ったように鳴いていた蝉。

                      Chabi11_20

 

 

 

 

                            撮影 沢渡朔 2004(無断転載を禁ず)

 

 

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2007年6月22日 (金)

「人間は動物より愚かか」 ドミニク・レステル

6月21日

1時半くらいに哲学者の鵜飼哲氏から電話があって、 きょう6時から日仏会館でドミニク・レステル氏(動物行動学者、 哲学者)の講演がある、とお誘いを受ける。

内容は、とても良かった。日仏会館の6階なんて初めて行 ったけれど、集まったのは20人くらいで、ほとんどフランス人 で、快活で機知に富んで、雰囲気は最高だった。

講演を聴いていて何回も笑うなんて久しぶりだった。

 *高い知性をもつ作家が、愚かなベストセラー作家のまねを

 しようとしても、なかなかできない。(ヤン・エルスター)

 

6月22日

今日は夏至。やっと雨がふった。

一ツ橋大の鵜飼ゼミに、ドミニク・レステルの講演を聞きに行く。

 「さまざまな自己に面する動物の顔たち」

*人間に固有なものを経緯しない哲学的人間学はどういうものか。

メルロ=ポンティが、「間動物性」(間主観性だけでなく)と言った、というところが非常に気になったが、鵜飼さんに訊く勇気がなかった。

 

自転車置き場のところで摘んだ、熟した桑の実を見せるのが精いっぱいだった。

Imgp0210_20

 

                              薔薇の顔(The Face of Rose)

 

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2007年6月19日 (火)

夏至近い命日 柘榴の花、梔子の匂い

 祖母の七回忌。

 お寺に11時と言われて、暑くて具合が悪いからたぶん

行けないよ、と言いながら、今朝は六時に起きていた。

 赤羽橋から東京タワー(のふもとのお寺)を目指して7,8分、

暑さで吐きそうになりながら歩く。

 祖母は1902年に生まれ、百歳近くまで生きた。

 わたしは祖母が死ぬのが怖くてたまらなかった。

 幼い時から、ずっと、いつかその日がきたらわたしはどうなって

しまうのだろうと思った。とても、大好きなひとだったから・・・

 祖母はもういないのだから、もう、祖母が死んだらどうしよう、

と怯えることもない。     あの、

不安と、恐怖と、傷みの日はもうやって来ない。

 そして、祖母の眼の中の、およそ百年の記憶は

どんなだったのだろうか、と思う

 誰か(たとえば祖母)が死んだとき、  そのとき

そのひとの眼の中の記憶は、どこへいくのだろう

 誰かの眼の中の記憶を、    誰か(たとえばわたし)

は想像しようとしていた

 それは そのひとが生きているときも

そのひとに触れない現在(いま)も

   かわらない

 

 風の薔薇(あねもね)-福山キョウに。

 Chabi04_30   

 

 

 

 

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2007年6月18日 (月)

空き地の藜(あかざ) 離れて住む大切な友達へ・・・・

 近所の空き地にはすっと伸びた藜(あかざ)の葡萄色の茎が美しい。

 ここには年とった動物のような木の家がほんの少し前まであったのだが、

車椅子にのったおばあさんと、それを押しているおじいさんが住んで

いたのだが・・・・その人達とわたしは言葉を交わしたこともないのだが・・・

 人が圧殺しないのであれば、空き地は息をし、息を吹き返し、

蒔かれ耕されることなくても

植物はやがて驚くべきそれぞれの形を形象しはじめる。  

  

  遠いところに住む私の大切な友達

    離れていても、しょっちゅうあなたのことを

     思い出します

  騒がしい嘘が嫌いで、くだらない褒め言葉が嫌いで、

  皆の集まりが嫌いで、

   静かに、集中して何かをつくって

  いるとき、誰よりも活き活きと全開する

 わたしの 大事なともだち 

                         Chabi02_18   

                  

                            

  

   

             

  

                            

                                                                             

                         Iris (silver foil, pigment )

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2007年6月17日 (日)

Iris

6月17日

 大好きなジャーマンアイリスはとうにかれてしまったが、

 山の沼地ではあやめが咲いているのだろう。

 菖蒲と書いてあやめと読む。

 アヤメとショウブとカキツバタの違いが、

 昔(小学生の頃)から気になってしかたない。

 {「あやめ」は花菖蒲、杜若(かきつばた)、ジャーマン・アイリス、

 あやめなどアヤメ科の総称としていう場合があるが、

 カタカナで「アヤメ」と記した場合は、イリス・サングイネア

 (シベリア・アイリスの一種)。

  また古い時代にあやめとかあやめぐさとか呼ばれたのは

 サトイモ科のショウブのことで、ここでいうあやめとは

 全く別種。}  { }内参考文献…「講談社 週刊花百科 あやめ」

  鳶尾(イチハツ)は一番先にさくアヤメ類だから、

 「一番お初に・・・」

  Iris10_6                                                   

  アイリス              

  ギリシャ語で虹               

  虹の女神イリス                         

      豊穣と死の象徴                              

    虹彩                        

    眼球の角膜と

         水晶体の間に   

    あり、

                        中央に瞳孔をもつ 

   Iris (silver foil, pigment)        円盤状の角膜

                  

                           

                                                               

                            

  

  

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琵琶の枝落としー真夏日

六月十五日

 真っ青な空を巨大な雲が駆けていく真夏の暑さの日。

 近所の石屋さんの、大きな琵琶の木の枝落としを、粋なおじさん二人がかりでやっていた。

 母と二人で橙色の実のびっしりついた80センチほどの枝を四,五本いただいた。

 濃い香り高い味で美味。少しずつ食べている。

 種は割って蜂蜜につける。

 

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2007年6月13日 (水)

春日昌昭TOKYO・1963-1966

6月6日の記憶

  写真家の高橋亜季におしえてもらった春日昌昭の写真を見に、

 東京ミッドタウンの富士フィルムフォトサロンに行く。

  1963年から1966年の新宿南口、新宿西口、しょんべん横丁、池袋・・・・・

 すごくよかった。自分の原感覚という感じがした。

  20歳か21歳の頃撮った写真ということだが、その衝撃は言葉にできなかった。

  45歳くらいで夭折されたらしいのだが・・・、らしいというのは、

 迷ったのだが肩と腕が痛いので重たいその写真集を買わずに、

 記憶の中で強烈に何度も反芻するほうを選んだので、

 うろ覚えだからなのだが・・・・・

  また必ず出会うと思った。素晴らしい写真、余計なもののない強靭な表現だった。

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6月4日 薄荷 むしとりなでしこ

6月4日の記憶

  写真家の高橋亜希と善福寺川沿いを歩く。

  坂の上の廃屋の横の空き地に住むミケちゃん元気。

  空き地は可憐なむしとりなでしこと、実になった雛罌粟

  でいっぱい。

  人の住まなくなった家の陰に、青々と芽吹いていた

  薄荷(ミント)の葉を噛んだ。

  細い道を、水色の紫陽花と桃色のむしとりなでしこを

  1本ずつ摘んで手に持った小柄なおばあさんが

  やってくる。わたしは、とてもかわいい(絵になる)

  と思ったが、いきなりカメラを向けるのは悪いと

  思い、できなかった。

  僅かの言葉と笑顔で過ぎ去ってしまう一瞬の時間たち。

  山吹の黒い小さな実は誰にもかえみられることがない。

  川添いでは緑色の鸚哥たちが桜の実をついばんで

  騒いでいた。

  のりうつぎの眩い白、斑の山小菜(ほたるぶくろ)、

  斑の鳥兜(とりかぶと)、日ごと色ついていく琵琶の実、

  まだ青い牡丹杏の実、足が痛むほど暗くなるまで

  わたしたちは歩いた。 

  函館にもこんなに草木の密集しているところはない

  と彼女は言った。 

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2007年6月11日 (月)

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