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2008年6月

2008年6月30日 (月)

デリダ、異境から

6月29日

「デリダ、異境から」のDVDを見る。

4月の初めにこのDVD付きの本、「言葉を撮る」を、鵜飼哲さんからいただき、結局この本より先に「主権のかなたで」を読み、そのあとで「言葉を撮る」を読み、デリダの解説書を読み、やっと映画作品そのものを観た。

「映画の/を表すいくつもの換喩」、「事物たちの視覚的形象=文彩」、「あるいは、より言説的な形象=文彩」。

映画の作者(監督)が選び、緻密に構成するそれらが、撮られた本人を、執拗に抑圧してきて、撮られた本人は、作者の小道具の一つになる。

しかし、デリダの映画の場合は、私の映画よりも全然酷くはなかった。

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2008年6月25日 (水)

デリダ 言葉を撮る

6月24日

並木の銀杏の青い実が落ちていた。

見上げると、小梅ほどの実がもうぎっしりと生っている。6月には実って、半年ほどもかけてじっくりと熟れていく。銀杏の実は茱や桜桃や桑の実よりずっと粘り強い。幹の根元からは、まだ新芽がうねりながらどんどん伸びている。

鵜飼哲さんにいただいた「言葉を撮る」を読んでいる。デリダが出演した映画をめぐって、「そのエジプト人女性監督と共に著した唯一の映画論にして哲学への招待状。」とあるこの本は、自分が映画に撮られた時の葛藤とトラウマを烈しく想起させる、まさにその内容である。

「つねに、私、(役者)は、映画の外にいると感じていた、「私」について映画が見せるあらゆるもの、「私」から構成されるあらゆる者に、疎遠であると感じいていたということも理解させるべきであるだろう。」「それも、この巧みな構成(映画のエクリチュールの構成のことだが、私はそのどんな部分にも、どんなときにも関与していない。このことをけっしてわすれないでいただきたい)が、衝撃的な、あるいは疑問の余地なき真理の印象を生むかもしれない場合でさえ、おそらくはそのような場合にこそ、そうあるべきであるだろう。」                                        一人の盲者に関する複数の手紙=文字 デリダ

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2008年6月19日 (木)

ジシバリ(地縛り)

6月18日

 三日くらい前から、やっと平熱。ものすごく久しぶりに、駅のほうまで歩く。

 杏と枇杷の実がだいぶ色づいている。空き地の桑の実もオレンジ色になっていた。

 アスファルトの割れ目から、「田平子」と「掃きだめ菊」は咲いていたが、「地縛り」は見つからない。

 なぜか、ジシバリ、特にオオジシバリの花が恋しくてたまらない。あの茎の華奢さと、柔らかな黄色の花の記憶が、ずっと多層的に廻っている。

 数日前から、鵜飼哲さんにいただいた「言葉を撮る」を読んでいる。熱が下がったので、やっと映像的な想像力の回転エンジンがかかってきて、本が映像として記憶できるように、頭が戻ってきた感じ・・・

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2008年6月 9日 (月)

細江英公写真展 大野一雄

6月8日

 細江英公人間写真展 胡蝶の夢 舞踏家・大野一雄 (最終日)を見に行く。

  師 毛利武彦が「沃野晨明」と書いた、釧路湿原の三日月湖のあたり・・・・ 葦に混じってギシギシやヒメジョオンが乱れ伸びる中、うっとりと投げ出されてある人。

 競馬場の廃墟の暗がり、厚い硝子を漉した光が浮かび上がらせる無数の蔦の蔓のきれぎれのシルエット、その数百の窓枠の区切りの、一枚一枚の構図の、眼も眩む千切れた枯れ文字の震えを辿ると、光の射さない狭く黔い壁の角に、じっと動かない古いフランスレースの人がいて、・・・

 まだ風邪の熱がとれず、身体全体がしんどいけれど、この展示を見られてとても良かったと思う。

 

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毛利やすみさん作品

6月7日

 毛利やすみさんの作品を見に銀座へ。久しぶりにお会いできてよかった。

 植物のある卓上の静物。ものの周りの空間。

 「あれなんて言うの、花弁が四枚で黄色のはな・・・」と言われて「花菱草」と答える。「大好きで、公園から採って来ようかと思ってたら、近所の空き地に生えてきたのよ。」

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2008年6月 6日 (金)

主権のかなたで

思想家 鵜飼哲さんからきのう、「主権のかなたで」という出たばかりの著書が贈られて来て、明け方までむさぼるように読んでいた。

最近、全く関係のない(価値観が合わない、嫌悪感しか感じない)他人から、時間とエネルギーを奪われるストレスに辟易していたので、この本を読めることがことのほかありがたく、感謝、・・・

四月の初めに「言葉を撮る」というジャlック・デリダとサファー・ファティの訳書を送っていただいたばかりなのに・・・私が熱でだらだらと時間を失っている間に、才気あふれる人がどんどん仕事を進めている。仕事への集中力に頭が下がる。

4月17日の木曜日、吉祥寺で二人きりで会った。井の頭公園近くで、私は焼き鳥屋の煙が怖くて、戻しそうになり、涙を流した。レストランでは、彼は半熟卵と野菜のサラダを手慣れた様子で混ぜていた。(フランス風のサラダだったのだろうか・・・)

鵜飼さんに訊きたいことはいつもたくさんあるが、実際には「他者がいない人」からどうやって逃げるか、という切実な問題がまず一番・・・「応答」しなくていい人に真面目につきあってしまう、そうすると後から来る膨大なストレスとトラウマで身体が悲鳴をあげる。私の場合は、動物的直観で、共感できないと感じたら、我慢してつきあわないこと。

「動物」の問いをつきつめなければならない。

「人間的」「文化的」価値観を押しつけてくる人をどう拒絶するか

「人間的」言葉による善意の偽装やすり替えと、どうやって戦うか 

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2008年6月 5日 (木)

4月の個展

Imgp2051_30 4月の個展

早々に来てくださった、名古屋ボストン美術館館長の

馬場駿吉さん・・・

あまりにジェントルで、才気と気品に溢れ、軽妙洒脱にして、一瞬にして人の心をつかんでしまう包容力・・・

種村季弘さんを強烈に思い起こさせ、胸が苦しかった。

種村さんの泉鏡花賞授賞式の祝いの会場で、ずっと、お二人が談笑されているのを、見ていた、私の視線は、ただそこに、釘付けだったのを、きのうのことのように、覚えている。

今回の個展では、他人からの被害(妨害など)がありすぎ、そのことで、まだ体調が戻らない状態・・・(5月の初めに40度ちかい熱を出してから、未だ咳が止まらない)

けれど、馬場さんをはじめ、本当に私の絵をちゃんと見てくれる幾人かの人との出会いがあった、それだけが救いである。

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