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2008年7月

2008年7月20日 (日)

新宿美術研究所 

7月19日

猛暑の中、新宿美術研究所へ人体クロッキーに行く。

今日のモデルさんは、濃い眉と大きな眼の、健康そうな若い女性。先週の人もそうだったが、立ちポーズのとき、足が撓り過ぎるので、描くのが難しい。

基本的なかたち、ということなのかもしれないが、なぜ、ずどんと立ったポーズばかりやらせるのだろう。私は、ごろんと横になったポーズや、地面に座ったポーズが好きだ。さりげない、くつろいだポーズが描きたい、と思う。立ちポーズなら、ちょっと腰をひねって、体の線に流れをつくったのが好きだ。

10分ポーズのとき一度、モデルさんが、うつぶせにねて頬杖をつき、両膝を曲げるポーズをとった。このときは、すごくかわいらしく、生き生きと見えたので、すぐに前の席に移って夢中で描いた。

正面向いて立って、両手を上にバンザイ、なんてひどすぎる。(さすがにこれはモデルさんもやらなかったが)。

帰り、梔子や、花梨の生い茂った近くの廃屋の写真を撮る。新宿7丁目の、ぐにゃぐにゃ折れ曲がった不思議な細道をふらふら歩いていたら、道に迷った。

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沢渡朔 ナディア

7月18日

沢渡さんからお知らせいただいたJCIIフォトサロンの「ナディア」作品展へ。

やはり、素晴らしい。写真も、高橋睦郎さんの文章も、時代が変わっても全く色褪せることがない。

光の野原を背にして、暗い針葉樹の陰で、ネットに手を絡ませてうっとりとした表情のナディア。桑や小楢の葉の柔らかな点描のトーン。歓喜の、不安の、一瞬の、消失の、張りつめた、・・・沢渡さんが一緒に歩きながら、少し手ぶれした写真に、特に「時の息づき」を感じる。

ナディアの手紙の実物が展示してあった。すごいものが、こんなところに何気なく置かれてあることに、どきっとする。ナディアが手紙の中に描いたたくさんの絵・・・クローバーの隣に描かれていた二輪の花は菫だった、と、この時気づく。

そのあと、半蔵門から赤坂見附まで、呼吸が苦しいほどの蒸し暑さの中をあるいてみる。

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2008年7月17日 (木)

7月17日

Tの命日から一年が経った。

白百合は崩れてしまった。マドンナリリーも、カサブランカも、ヤマユリも。

夜、今年初めての白粉花が匂った。

あれから一年、もう一生会いたくない、とはっきり思う人が何人もできた。デッサンに、有りもしない線を交錯させ、ある部分は省略し、ある部分は強調してそれらしく見せる技術が有効なように、対人にも、他人に蹂躙されないための技巧が必要なのかもしれない。

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国立がんセンター

7月14日

国立がんセンター。5月6日からふた月も続いた咳は、がんと関係なく、マイコプラズマでもなかった。ただ、異常なストレスで、抵抗力が落ちていたらしい。

清志郎が、腸骨に腫瘍が見つかったというニュースを聞いた。

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新宿美術研究所

7月12日

酷く暑い日。新宿美術研究所で人体クロッキー。

偶然知ったこの研究所で、なんとなく気が向き、やってみようかと思い、恐ろしく久しぶりに人体クロッキーをやる。

私は、本来、描きたいと思う人、自分にとってすごく絵心をそそる人しか描けない。普段、ほとんど人間以外のものにしか描きたい気が起らないのである。

受験のために、人体を描け、と言われて描く時、特にモデルが豊満すぎる肉体の時、ひどく苦痛で、全くやる気のないひどいデッサンしか描けなかった。ほかの人たちが、石膏を描くように無機的に人体をこなしていけることが不思議だった。

クロッキーのとき、特に5分ポーズでは、何を意識して見るのか、自分が何に集中するのか、まさにそこが問われる。

久し振りで、すごく緊張していて、5分の中ですべてを見ようと(描こうと)した。だから、20分、10分、5分とだんだん絵が小さくなり、終わったあとで卒倒しそうになるほど疲れた。

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2008年7月 8日 (火)

すいどーばた美術学院

7月6日

きょうは、すいどーばたの見学。

人に絵を教えるってどういうことなのだろう。

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新宿美術研究所 廃屋 桃

7月5日

仕事がらみで、新宿美術研究所を見学に行く。

じりじりと暑い日、久しぶりに真昼間、外を歩いたので、脳天がくらくらした。

懐かしい木炭や油絵の具の匂いのするひなびたアトリエ。人の良さそうな、少し耳の遠い先生。

クロッキー部屋の感じも良かった。「絵」を描きたい人の集まり、という感じがした。

少なくとも一昨日見学した阿佐ヶ谷美術専門学校より、ずっと「絵」に関わっている場所、という感じが直観的に身体に来た。だから、居心地は良かった。

その後、洗濯機(16年前のものが壊れたため)を買いに西口へ出、そのあと新大久保まで夕暮れの線路沿いの道を歩いた。土手に白粉花はまだ咲いていなかった。

ぼうぼうに藤や蔦の絡まった廃屋は、緑の繁りと無数の蔓にすっぽり覆われて隠れていて、そのぎゅうぎゅう詰めの塀の中から隣の空き地のほうにとがった枝を旺盛に広げる桃の木があり、今、まさに重たそうに熟した薄黄色から薔薇色にぼかしのある芳醇な果実が、惜しげもなく空き地にぼたぼたと落ちて転がっていた。

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2008年7月 4日 (金)

両性花 ウズアジサイ

7月4日

今年初めての真夏日の暑さに紫陽花もぐったりしおたれている。

アジサイ(ホンアジサイ)は、偽花(装飾花)だけの集まりのように見え、実は両性花が残っている。

四つから七つほどの装飾花の集まり(花序)がいくつか束ねられ、その束がさらにいくつか束ねられて、大きな球体の花房になっているのだが、花影に分け入れば、最小単位の四つほどの花の柄の束の真ん中には、必ずひとつずつの、4,5mm小さな両性花が隠れている。

が、偽花よりも早く、儚く、そこだけ茶色に枯れていた。

浅緑から藤色、空色、ラベンダー色、濃紫が滲む、球体の中のひんやりとした空間に入ってしまえば、花弁(実際は萼)の色よりも、花の柄の色の鮮やかさに驚かされる。花弁よりもずっと濃縮された、瑠璃色である。

百年近いと思われる桜の古木の近くで見つけたウズアジサイは、ひとつの球体の花房の中に、ウズアジサイとアジサイが入り混じる、キメイラ状の花であった。

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2008年7月 1日 (火)

李、紫陽花、金銀花

4時半ごろ、川沿いの団地のほうへ。5時くらいから急に陽が射し、汗ばむような夕べ。

李(すもも)は、深紅に熟した大きな実が地面にびっしり落ちていて、濃厚な匂いで充ちている。まだ青い小粒な実をひとつ、採ることができたが、陽にさらされた高い枝には、真赤な実が鈴生りに光っていて、手が届かないことがもどかしい。

狐の手袋(ジキタリス)の赤紫の斑の鮮やかさ。柏葉紫陽花の白、大手鞠の白、梔子の白。

不思議な、白い縁のあるオレンジの八重咲の、豪奢な柘榴の花を見つける。

紫陽花と、金銀花(すいかずら、忍冬)と、梔子をひとつのガラスのコップに挿している。すいかずらは、最も好きな匂いの花。

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