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2008年10月19日 (日)

一ノ関圭 2

10月15日

一ノ関圭氏の予定を月曜(10月13日)に編集から訊いてもらい、「ああ、明日でいいんじゃなあい。」と言われた、と聞いて、「だめ、ぜったいだめ!心の準備というものがあるから。」と言って雨の心配を理由に、一日遅らせてもらったのだった。

約束の45分前に茶房に着き、過緊張で、心臓が苦しく、何をどう準備すればいいかもわからない。

到着した一ノ関氏は、小柄で、かわいらしい方で、朗らか(笑うのが好きで、面白いことが好き)。しかし、こちらの緊張が解けるわけではない。ものすごい才能の人と接する、ということが、その畏れが緊張させるのである。

まず、私が気になるのは、子供の頃のことである。いったい、どんな子供時代があのような天才を生むのか。漫画はとにかく大好きで、いっぱい読んでいたそうである。絵本は、あまり読まないけど、たとえば「赤毛のアン」なんかは興味なかったけど、「ドリトル先生」とかは好きだったとのこと。好きな漫画家はいっぱいいるけど、関谷ひさしの「ストップ!にいちゃん」はすごくおかしかったわ~、という話で私も笑ってしまった。関谷ひさし、忘れていたけれど、すごくうまい人だったなー、キャラも明るくて線が達者で。その他、いろいろ、バロン吉元は好きだったとか、赤塚不二夫はあまり好きじゃなかったんだけど、「まりっぺ先生」は面白くて・・・などのコアな話題で、盛り上がる。

小学生の頃から、鉛筆で漫画を描いていて、将来は漫画家になる、と言っていたそう。

しかし信じられないのは、学生の時、初めて習作として、サガンの小説を原作にして、40ページくらい描いたのが、ペン入れした最初の作品で、ビッグコミック賞を受賞した「らんぷの下」は、ペン入れ第二作目(オリジナルとしては最初の作品)だというのである。

いったい、どんな、異常な事態があったら、25歳で、最初のオリジナルで、あんな恐ろしいすごいものが描けてしまうのか。想像を絶しすぎて絶句、である。

「らんぷの下」は、どのコマをとっても、完全な一枚絵であり、完全なデッサンであり、完璧な映像であった。

(私は、タブローと、エチュウドと、デッサンと、スケッチと、クロッキーと、写生と、エスキースの区別をつけない。具象と抽象という言葉も使わない。あえて言えば、「絵」であるのか、「絵」でないのか、だけである。その「絵」のなかでも、自分はまったく追いつけない、別次元のものには、ひたすら驚異を感じてしまう。)

表現形式は関係なく、身体を通して、外(身体の外)との関わりあいのなかで、心身を使っているもの、さらに、余計なものがない平面のものだけを「絵」と呼んでいる。生の体験の時間が感じられないものは、、自分はまったく興味がないのである。

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