すばる文学賞 受賞パーティー
11月20日
吉田文憲(詩人)の招待状に便乗して、友人と、シュテファンを誘ってすばる文学賞のパーティーへ。目標はただただ帝国ホテルのおいしいビュッフェのみ。文学賞自体には興味ないのだが、シュテファンに普段食べられないようなおいしい日本の魚介類を食べてもらいたかった。
行きの電車の中で、忍者をどう思う?と聞いてみたら、彼は実際は映画なんかと違うのじゃないか、文楽の黒子のような人だったのじゃないか、と言ったのに鋭い知性を感じた。
意気ごんで、会場に着いて、唖然、愕然。パーティーは明日だった。毎年、ボジョレーヌーボーの解禁日にやってたと思い、早合点だった。とにかくどこかでおいしいものを食べようということになり、丸ビルに移動。全員丸ビル初体験である。
丸ビルの蕎麦屋で、シュテファンが行った日光東照宮の話になり、吉田文憲が、鳥居は止まり木であり境界であり、鳥は彼岸と此岸を行き来する、眠り猫はたぶん鳥に呼応する何かだと言い、私はそれを英訳するのにどきどきした。
そのあと、巨大な東京駅をさまよい、駅の中の居酒屋でまたビールを飲む。
ゲッティンゲンのガチョウ姫の伝説の話になり、シュテファンも知らないことをグリムやブロッケン山の話とからめて、英語で質問するのがたいへんだった。皆よく笑った。シュテファンの専門が日本学と同時にアルゴリズムと聞いてびっくり。夏休みには大手広告会社で、複雑なソフトの管理の仕事をしていたそう。9歳の時から16年もPCを勉強していると言った。ドイツに兵役があることも初めて知った。(彼はやや華奢なので免れたそう。)
彼の家はリューネンブルガー・ハイデとい美しい名の荒野にある。ハイデは植物の名、低くて紫の花の草、と言われて、それって、ヒースじゃないの?と聞くと、そう、ヒース!と答えた。
帰りの電車の中で、私はずっとPCもほとんどわからないし、インターネッットにも、携帯電話(持っていない)にも恐怖を感じると言ったら、シュテファンは、そのほうがいい、PCは人を奴隷にする、と言った。私はずっとシャイで、子供の頃は唖のようだった、と言うと、ドイツでもそういう性格の学生が、日本に来たいと思っているんだと言った。
それから彼は、時々、今パンを焼く仕事をしていたほうがよかったと思うときがある、ものを作る仕事、手作業の結果を見られる仕事はあなたを救う、と言った。
11月21日
再びシュテファンを迎えに行く。昨日の質問の答えを調べてくれていた。
メルヒェンは、メイル(手紙、情報)にヒェン(小さな、かわいいの意味で、日本語の「ちゃん」がこれにあたる)を合体させたものだそう。
ドイツ語のハイデ、英語のヒースは、ロシア語でエリカでしょ、と言うと、そう、自分のおばあちゃんの名はエリカだった、と言った。
ニーダーザクセン州は、英語で言うとロウアー・サクセニー、旧東ドイツにもザクセンと言う州があり、ニーダー(低い土地の意)で区別されるとのこと。
きょうはやっとビュッフェにありつけ、シュテファンに海胆(雲丹、海栗)や鮑を英語で説明する。海胆も鮑も生まれて初めてだけど、おいしいと言った。彼は食べ物を写真に撮って、漢字をメモしていた。箸使いもエレガント。ドイツで使ってたの?と聞くと、そう、最初は先をすぼめるのが難しかったけど、2週間毎日練習したらできた、と言う。
身体とストレスの話題になる。
忍者はとてもしなやかだったと思う、だから目立たないでいることができた。力よりもしなやかさのほうがずっと重要でしょう、と言うとそのとおりだと彼は言った。
自分を理解しないだろうと思える人が、しつこく意見してきたとして、あなたならどう対応する?と聞くと彼は、それはよくあるけど、それが自分にとって重要なら議論するが、そうでないなら、やっぱり、そうそのとおり、と言うだけ、と言った。
帰りの電車の中で、「モイン」というのは、ドイツ北部の漁師言葉で「おはよう」の意味だと聞く。(辞書にもなく、長年気になっていた言葉の意味を初めて知る。)
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