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2009年4月

2009年4月30日 (木)

福井桂子全詩集

4月30日

福井桂子詩集が届く。

白い雪が降りしきる中に立ち枯れの花が佇んで震えている。絵を描く以前からのイメージどおりの装丁となった。(少ない言葉で意をくんでくれた鎌倉春秋社さんに感謝。)

また、真底、感覚身体の共鳴する作家が亡くなってしまった。一生に逢えるか逢えないかの稀有なひとが、逝ってしまった。

そのひとの全集に、絵を捧げる機会を与えられたことは、悲しみのなかの、なんとも言い難くありがたいことだ。

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2009年4月26日 (日)

水沢勉 版画に見る戦後ドイツの美術

4月26日

おとといの夜、ゼロックスのギャラリーでの講演を聞きに行き、久し振りに水沢勉さんと会う。

去年のちょうど今頃、四谷のスペースで展示をして、ひどい目に遭わされた時、水沢さんに電話して助けていただいたお礼を言う。

水沢さんに会えてよかった。やはりドイツに行くべきだと思った。

そう言えば、以前ヤンセンの墓参りと家に行ったのも、水沢さんに励まされてだった。もちろん、あの時は種村季弘先生に報告したい気持ちもいっぱいだったが・・・

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2009年4月24日 (金)

春女菀 カミツレ

4月24日

シュテファンの撮影の覚書の続き。

春女菀をさして、これ知ってる?と聞くと、シュテファンは、カモミール(カミツレ)だと言った。(違うと思うのだが・・・・)ドイツではよくカモミールのお茶を飲むし、小さな怪我にカモミールのクリームを塗るのだと言った。

たんぽぽの穂綿をさして、ドイツ語の呼び名を教えてくれた。穂綿には特別な名があるんだと。たんぽぽ(レーベンツァーン)はドイツ語もフランス語も「ライオンの歯」って言うんでしょ。と私が自分の前歯を指して言った。

針の穴を通るほどの無数の雨滴のビーズが髪についていた。風はほとんどなかったが、時折絵の具が水に暈けるように髪を滲ませた。

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2009年4月20日 (月)

Stefan撮影  新緑、曇り、小雨、微風

4月16日

午後から雷雨の予報だったが、チャンスがいつどうなるかわからないので、出発。

多摩で、シュテファンを撮る。いつ真っ暗になるかわからなかったので、私は焦っていた。

丘の上の壊れたフェンスの前で、マクロを使って撮る。薄水色と若葉の色と、鉄錆色の淡い背景に、髪の飴色が光って見えた。ほんの微かな、去年の立ち枯れの脆く細い枝にピントがあって、彼の顔がぼけているとき、これはいったい何なのだろうと、衝撃を受けるほどの、ちょっと人間ではない美しさがあった。

いい樹が欲しいと言うと、彼がフェンスに囲まれた林でも入れると言うので、道のない原生林の眼を突きそうな無数の小枝を掻き分け、新緑のけぶる中に入っていった。蔓草がないと今ひとつ難しいが、とにかく数枚撮る。そのあと、樹に上っている動作を撮る。

バスで川のほうへ出て、土手の手前で、きり倒されてそのままになっているたくさんの枯れ樹の上で撮る。大きな動物の骨のような異次元の造形。アカシアの樹のずいぶん高いところに猫がいたのでびっくりする。どこか外国の森のような不思議な場所。

最後に、暗くなって来た川べりで、メランコリックな滲んだ雲の色と立ち枯れの中で撮る。時折の微風に、初めて逢った時よりもだいぶ長くなった彼の髪が絡まって揺れるのが心地よかった。

ほんの少し角度を変えるだけで、彼は野性的にも、儚げにも、思索的で触れがたくも、甘くかわいらしくも変わる。恐ろしく知的で繊細なのだが、神経質すぎず、ふわっとしていて正直。彼は決して自説を語らない。けれど、こちらの質問に対する応えかたに、いつも並々ならぬ知性を感じさせる。

Stefanは、オオバコ(大葉子)の花を一本摘んで、これ知ってる?二人で引っ掛けてどちらが切れるか競うのだと言った。ドイツの子供たちも全く同じ遊びをしているのだと知って、嬉しくて心から笑った。

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2009年4月15日 (水)

沢渡朔 新緑 ピーターラビットのパン

4月14日

免許の書き換えに府中試験場へ。バスが三鷹から神代近くを通り、ICUを過ぎ、野川緑地に挟まれた道路を通るとき、細かな点描のちかちかしたさ緑が、いっせいにざわざわ囁いているように、車体が振動するのを感じた。

試験場の庭にはたくさんの椿がぼたぼた乱れ落ちていた。一本だけの普賢の八重桜が今を盛りと、妖艶に咲き匂っていた。雨が来ると急激に気温が落ちて、薄着した身体を固くしてバスを待っていた。

帰りに吉祥寺で降りて、すごく久し振りに駅ビルの中を見て遊んだ。ピーターラビットのパン屋さんを見つけ、国内産小麦と白神こだま酵母に惹かれて、はちみつ豆乳パンやいちじくとクルミのパンなどを買う。本当に動物たちがこねたような素朴な味。

4月15日

沢渡朔さんに久し振りに電話。デッサンの本に、以前撮影していただいたポートレイトの使用許可をたずねると、「もちろん!」とのこと。それから人物撮影の光についていくつか質問した。小雨くらいならカメラの故障は気にしなくてもだいじょうぶ、光が強い時は相手を日陰に入れて撮る。女性なら曇りのほうがソフトに撮れる。男性なら光の強烈な陰影が絵になる。でも基本的に、光はその時々でどうなるかわからないから、あまり考えないで、瞬間瞬間を捉まえたほうがいい、とのこと。

人生あっという間に終わっちゃうから、失敗しても気にしないでどんどん(新しい発表場所の開拓など)やったほうがいい、と言われた。

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2009年4月13日 (月)

おにたびらこ むらさきけまん からすのえんどう

4月13日

西新宿の実家へ。たまたま点いていたTVで、桜を描いているおじいさんが特集されていた。「あ、うまい、ちゃんと見て描いてる。」と私が言うと、母が「でも、桜の枝にしては真っ直ぐすぎる。」と言ったので、びっくりした。時々、母は物忘れが烈しい老人らしくない鋭い感性を示す。「わあ、すごい、鋭い。」と言うと、「だって、桜の枝って、あんなに真っ直ぐなのは少ないでしょう?」と笑っている。

そのとおり、桜の枝は、天に向かってなまめかしく反っている。特にわたしの好きな普賢象は、しなやかに反った枝が美しい。ソメイヨシノも、描くとしたら、うっすら反った枝が魅惑的である。

母を連れて中央公園を歩く。ずっと具合が悪くて寝てばかりいると言うのだが、一緒に歩くと、苦しそうでもない。はるじょおん(春女菀)、たんぽぽ(蒲公英)、おにたびらこ(鬼田平子)、むらさきけまん(紫華曼)、からすのえんどう(烏の豌豆)、なのはな(菜の花)、昔から馴染みの春の花束ができる。

そめいよしの(染井吉野)はもう散って、翆緑になっていたが、歩道の隅に厚くこんもりと溜まった薄紅の花びらを見つけて、「ほら、こんなにここに全部花びらが溜まってる。」と言うと、母は、「歩きたい。」と言って、その上を踏んで歩いた。

この前母と歩いた時は、まだ少し寒く、桜はほんの二分咲きだった。今は八重の桜が満開。照手の八重桃もまだ咲き乱れている。

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2009年4月 6日 (月)

鵜飼哲 吉祥寺

4月4日

鵜飼哲さんと吉祥寺で逢う。花見の学生でごったがえす公園口を離れて、静かな細い路地へ。車の来ない石畳。古い米屋の壁。昭和初期の古時計がたくさん掛っている小さな総菜屋。ずっと前から約束していたブイヤベースのある店でお酒を飲む。

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2009年4月 4日 (土)

谷川俊太郎邸

4月2日

吉田文憲さんと谷川俊太郎邸へ行く。

緊張していたが、ご本人はさすが大人で、とても軽快でスマート、スターらしいサービス精神もユーモアもあって、優しい感じだったので、嬉しかった。会話が洗練されていて抜群に若々しい。

絶対お忘れだろうと思って黙っていたら、どこかで会ってない?と言われ、98年の私の個展に来てくださったことを覚えていてくれた。

「僕が沢渡朔さんと作った絵本があるの、知ってる?」と言われ、「なおみ」というレアな写真絵本をいただいて感激。

紀元前のものだという青銅の小さな動物たちがたくさん並べられている棚の前で記念撮影。

谷川さんのお宅に行く直前に、強烈な北風の中、阿佐ヶ谷住宅の桜を見る。半分が蕾で、西日に照らされて紅が濃く見え、清冽に美しい。大好きな団地がまだ(ぎりぎり)壊されていなくてほっとした。

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