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2009年8月

2009年8月31日 (月)

台風 カポーティ おしろいばな

8月31日

台風。カポーティの伝記とドイツの本を読んでいる。魔的なもの。ふぁっしねいてぃんぐなものが描きたい。あとらくてぃぶ・ぼうるど!な絵。

8月30日

雨が今にも降りそうだったが、傘を持たずに、植物採集に行く。ざわざわと、強い風に樹がうねり、さざめくのを感じたかった。途中、ばらばらと雨粒が落ちて来たが、かまわずゆっくり歩いた。

去年と同じ場所に、赤紫と、白と、黄色がまだらに入り混じった大きな一株の白粉花が咲いていた。私はこの花の匂いが大好きだ。一輪、一輪、花を近づけて匂いを確認する。そして、朝顔にしても、チューリップにしても、まだら(斑入り)の花がとても好きだ。よく見ると白粉花の赤い花には、赤紫のと、朱に近い少し黄みを帯びたものがあった。黄みを帯びた花の咲いている株は、葉も茎もすべて黄みを帯びているのだった。

ひしゃげたヒメムカシヨモギを描きたかったのだが、お目当ての廃屋の庭、都営住宅の庭も全部、嫌味な感じに草が刈り取られてあった。ずぶ濡れになりながら帰宅。阿波踊りの鳴りものが遠くまで響いている。

8月29日

オークションで安く手に入れることができたジェラルド・クラークのカポーティの伝記に夢中。活字が2段組みで、700ページ近くある重~い本。面白くて止められない。

8月27日

十二社。手作りのエビとツナのコロッケ。きびだんご。びわゼリー。入浴。

その後、HIS。

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2009年8月24日 (月)

花輪和一 ドイツから帰国

8月22日

花輪和一と電話。きのうドイツより帰国したそう。(11日に出発。生まれて初めての海外旅行。自由旅行でも、仕事でもなく、車椅子の人の付添として行った。)

「行く前は、ドイツじゃなくてルクセンブルクに行くって言ってたじゃない。ザールブリュッケンなら、ルクセンブルクじゃなくてドイツじゃない。」「だって、みんなルクセンブルクもドイツだって言うんだもん。」と、あいかわらず漫才のような会話が続く。

ザールブリュッケンと、トリアーと、その周辺(どこ行ったのか、説明してくれないからよくわかんない、ということ。)は、民家の一軒一軒がすごくきれいで、ほんとうにメルヘンだった。ドイツは(景観の)意識が日本とまるで違うんだねって感心した、ドイツ人もきれいな人が多かった。ビールとワインはうまかったということ。

「樹は日本と全然違うでしょ?」「うん、ほんとに全然違う。どこが違うってわかった?おれわかったよ。葉がみんな小さいの。だからドイツの樹はみんなさわさわさわって細かく揺れるんだよね。」外国に行ったら、植物がどう違うか観察してみたい、と昔から言っていた。

何よりもすごいのは、写真を撮るより、スケッチばかりしていた、ということ。さすがに彼らしい。

8月21日

青山のドイツ文化センターから赤坂まで歩く。久しぶりに「しろたえ」のシュークリーム(甘いものが好きでない私の唯一好きなお菓子)を買ったので満足。

8月20日

十二社。白和えとサンマの塩焼き少々。

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2009年8月22日 (土)

『デッサンの基本』(ナツメ社)重版 /   大日方明

8月17日

「デッサンの基本」(ナツメ社)が重版になったとのお知らせが来る。

非常にびっくり。(早いと思う。)少し、肩の荷が下りた。

フジヤカメラとエービックに行く。編集機材の相談。そのあと古本屋とアンティーク屋巡り。

大日方明の絵の「ロビンフッドの冒険」の絵本があったので、購入。この本は、物心つくかつかないかの最初の時期に、私のエロスの感覚の決定的基盤をつくった。

大日方明の、「幸福の王子」、「リヤ王」、「人魚姫」、輝く皮膚と、優美な顔立ち、身体の生命感と、背景の大人びたシックな色彩と詩情。特に腕とふくらはぎの表現に、子供心にも感じるものがあったと思う。

8月18日

日暮里のY医院。そのあと十二社(じゅうにそう)。

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2009年8月12日 (水)

Capote   George Plimpton / Gerald Clark

8月11日

母のつきそいでT医科大学病院へ。血液検査でやたら待たされ、母は椅子に座っているのが辛いと言って、横になっている。相変わらず不親切で要領を得ない。自宅に近いという以外は、私は何一つこの病院に好感を持てない。

そのあとジュンク堂で本を買う。賢治や太宰の装丁を見る(あまりいい装丁はないと思った)。

夜、ジョージ・プリンプトンのカポーティの訳、下巻を夢中で朝までかかって読んでしまう。ジェラルド・クラークによるカポーティ公認の伝記(これは英語版しか持っていない)の写真を照らし合わせてみるとさらに興味深い。こちらには、「世界一の男娼」「暗黒の天使」と呼ばれたデナム・フーツの写真が載っている。端正で神秘的な貌。少年の着るような白いシャツ。

カポーティの若いころの写真。煉瓦の壁にもたれたCecil Beatonのもすごいけれど(これはGeorge Primptonの本に載ってるのと、Gerald Clarkeの本の載ってるのでは僅かに顔の表情や薔薇の位置が違う。Beatonが、同じ位置でかすかにニュアンスを変えて何枚か撮ったことがわかる)、Carl Van Vechenの撮った貌が、一番そそられる。backdropは、アンソールの仮面のような不気味な人形である。

8月12日

区役所の人来訪。

野坂昭如訳の「カメレオンのための音楽」の「序」「モハーベ砂漠」「手彫りの柩」などを読み返している。

相変わらずの胃痛。毎日、ゆで卵とキュウリにたっぷりのディルとシーザードレッシングをかけたものばかり食べている。ディル(生のハーブ)の強烈な味と香りがやみつきになっている。

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2009年8月10日 (月)

毛利武彦 デッサン 素描 ことば

8月8日

毛利先生宅に「デッサンの基本」に載せるためにお借りしていた素描作品を返却に行く。

ご自宅裏の玉川上水前の空き地の浅い水たまりで、アゲハ蝶が幾度も水を飲んでいた。恐ろしく蒸し暑い日。

玄関前に固い幹の端正な樹があった。あれは、何の樹ですか、とあとで奥様に尋ねると、「やっぱり、気づいてくれた?あれ、辛夷。」とおっしゃった。

毛利先生は白い顎髭をはやされていた。肌色のワイシャツ。明るい色がいいのだとおっしゃるそう。

アトリエで、しばしスケッチブックなどを見せていただく。今更であるが、膨大な数の、ものすごい素描がある。馬の素描や、花びらが落ちた後の百合の素描が特に心に残った。

春日井建(歌人)の本の装丁をされていたので意外だった。奥様に言ったら、従兄だと聞いて驚く。

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2009年8月 8日 (土)

デッサンの基本

8月5日

髪を15cmほど切る。洗ってから乾かすまでがすごく楽になった。

8月6日

大阪のMさんより、フェアトレードのカモミールティーと手紙が届く。「デッサンの基本」を、本当に一語一句、ていねいに読んでくれたのだと感じ、感激しました。

8月7日

佐藤亨先生から、「デッサンの基本」の中の文章の一部の英訳をいただく。英語に訳すにしても、あまりにもいろんな訳し方があり、詩的な響きにするためにどの語を選んだらよいのか、格調高い英語の文章を普段から読んでいなければ無理(だから私には無理)なんだと感じた。

The little reverberations of conversation and vulnerable expressions repeat themseives in the deep memory and leave unknown-colored light and scent behind.

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2009年8月 5日 (水)

Marilyn Manson Sweet Dreams / Capote ANSWERD PRAYERS

8月4日

角筈の区役所へ行く。そのあと十二社へ。

夜はきのうからずっとMarilyn Mansonの動画を見ている。特にSweet Dreamsが気に入ってしまって、何回見ても飽きない。なんて歌がうまいのだろう。この曲を聞いていると気持ちが落ち着く。

Capoteの「叶えられた祈り」を夢中でよんでいる。

「叶えられなかった祈りより、叶えられた祈りのうえにより多くの涙が流される」――聖テレサ

センシティビティがかき消されないように。

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2009年8月 3日 (月)

写真 モデル

8月1日

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土曜。Stefanの写真の整理。α200のデータの日時がずれていたので、数百枚のデータを一枚、一枚修正していたら、左肩に針で刺すようなひどい痛みがこびりつく。

恍惚と不安で全身が傷みを感じなくなるほどの、撮影本番が終わった。今は、すがすがしい気分だ。

一緒に住んだら、当たり前だけど、失望したり、困惑したり、ちょっと頭にくることもあったけど、Stefanは、私にとっては得難いモデルである。とにかく、日本の男のように自意識過剰じゃないところが良かった。どうすればいいか、と彼はいつも聞いてきた。私が髪を直そうがポーズを直そうが、そのとおりに一切の照れもなく、文句も言わず、ただ、やってくれる。それは、とても気持ち良かった。

だから、私は、ストレートに、シンプルに、言えば良かった。それは私がいつもそうなりたいと思っているのになかなかできないような、(写真撮影においての)他者とのつきあいかたであった。彼を撮っている時、ものすごく濃密な時間を生きることができた。だから、終わったあとは気が遠くなるくらい疲れた。

撮影本番の前日、私は、天候が死ぬほど心配、雨だとカメラが壊れてしまう、第2の撮影場所に私が入れるのか、身体能力的に心配、それに車の運転も心配、胃が痛い、と言った。その時、StefanはJust do it. Do our best.と明るく言ってくれた。それで、なんだかすべてなんとかなる、と安心できるような気になれた。

今現在、全身の筋肉痛。28日の撮影本番、一日で1Kg体重が落ちた。あの夜、鮨屋で食べて以来、疲れでほとんど今まで食べ物がのどを通らない。胃が荒れているのだと思うが、空腹をまったく感じない。まだ、緊張がとれないのだと思う。

午後、フジヤに失くしたレンズキャップを買いに行く。まんだらけで、以前持っていて人に貸して返してもらっていない矢代まさこの「サーカス」を見つけたので購入。帰ってすぐ読んだら、やはり恐ろしく良かった。奥付を見て、初めて読んだのが27年前と知り、不思議である。全く時の流れを感じない。ほとんど正確にコマを記憶していたせいもあるが。

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2009年8月 1日 (土)

7月 31日 Stefan帰国

7月30日

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Stefanはまた3時くらいまで起きない。やっと起きてから、二日酔いのまま、教務補助のバイト(スイスの大学との共同プロジェクトのプログラミング)の賃金請求の紙を書いている。

Der Katerでしょ、と言う。これはデッサンのモデルの撮影の後で、最初に彼と食事したときに、彼が教えてくれたドイツ語。ドイツでは「二日酔い」のことを「オス猫」と言う。

プログラミングの仕事は週14時間。自給900円と書いてあったので、たいへんそうなわりに安いのに驚く。彼はそのあと大学と友達に自転車を譲る登録など、最後の事務処理に行く。

8時くらいに帰ってくる。きょうは、ものすごく蒸し暑かったね、といいながら、きのうつかまれたところのいくつもの青痣を見せる。Did I hurt you?とびっくりしている。ゴメンナサイ。と顔から汗を流しているので、面白いので一部始終を説明してやった。When you drunk, you are very grand, fearless, and manly.いつもの自分らしくない、と焦っている。Are you a schauspieler ?と言ってやる。You are very interesting  と言ったら、.I think so.と言った。

そのあと荷物をトランクに詰めるのに、2時間くらい苦しんでいる。20Kgにするために、いろいろなものを捨てることにする。いちいち、使う?と私に聞いてくる。単語帳の切れ端や綿棒まで。はい、ありがと。

最後に二言三言録音をするが、あまりうまくいかなかった。飲んで上機嫌が加速していくときが、最高にうまくいく。今は二日酔いで、逆に機嫌が悪いのだ。私のことを、「普通の人とはものすごく違っている」、という。うん、知ってるよ。だけどその言い方についても昨日の夜のほうが良かったな。昨日の夜のように彼の言葉が出てこないので、私もイライラする。私が自分を責めると思っているので、彼も少し反抗的になる。HamburgのBlankeneseってすごくきれいな地名。大好き。と言ったら、彼がstupid.と言ったので頭に来る。でも、そのあとBlankeneseの語源について調べてくれる。Blankeは砂嘴。neseはnoseから来ているらしい。

寝る前にやっと明日の飛行機に間に合う時間を調べている。あなたは見かけよりずっと,いろいろだらしないところがあるんだとわかって良かったよ。物静かなときのあなたは近寄りがたいほどgracefulだからね、と言ってやる。

7月31日

朝5時30分起床。きょうだけはちゃんと起きる。今までの毎日の、いつまで経っても起きない彼の超リラックスぶりはなんだったのだろう、と思うくらい、すぐ起きて洗面している。それから、なんか忘れてるような気がする、と言いながら荷物の確認。私はほとんど何も話さない。

6時30分。.玄関で、Stefanが私に挨拶。私はうん、うん、と黙って頭を下げて挨拶。それからhug.。やっぱり駅まで行く。と言って、私は寝巻き兼作業着の綿ジャージのまま、サンダルをつっかけて一緒に外に出る。外はひんやりと小雨だった。マンホールの蓋を指さして、smile faceだよね、と言った。うん。

改札で、帰ったら10日くらいcongressですごく忙しいけど、それが過ぎたらメールする、と言った。うん。(私は、基本的には別れていく人とまた会えることを信じない。)

電車の入ってくる音と同時にhug。最後に私が少し腕に力を入れた時、Stefanはにこっと笑って、See you soon!と言った。

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