« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月

2009年9月30日 (水)

絵画制作

9月29日

12:30。ドイツ語の電子辞書が届く。(オークションで、今年出たものを格安入手。)今年からの最新の特徴は、ネイティヴのドイツ語の発音が入っていること。そして驚くべこことに60冊以上の辞典などなどが入っているのである。

1:00。母の病院へ。あい変わらず事務の人が横柄で不親切。

中央公園を通って帰る時、「七重八重 花は咲けども山吹の・・・」の太田道灌の銅像の前で立ち止まり、幼い頃の「蓑」の記憶について話していた。実を落とした後の米の穂の一部だけを使い、よく叩いて編むのだと言う。

夕方、疲れがどっと来て、少し眠ってしまう。夜中に起きて朝まで制作。オールオーバーになりたくないが、物足りないと思う気持ちが、常に過剰を生む。何度も潰した。

|

2009年9月28日 (月)

ベルリン ギャラリー

9月27日

ベルリンのギャラリーの内容(扱っている作家)をネットで調べていた。(少し古い情報だが・・・)60ギャラリー以上は見た。ひとつのギャラリーで扱っている作家が10~20人として、1000人近くの作家の、のべ4000くらいの作品の写真を見た。肩と背中がストレスで、針で刺されているような痛み。鎮痛剤を2回飲んだ。

私が絵描きだから、ギャラリー巡りとか、他の人の絵やインスタレーションを見るのが好きだと思っている人がたまにいるのだが、まったくその反対である。最近の人の作品を見るのは、相当な苦痛である。よっぽど好きな作家(ほとんどもう亡くなっている)か、よっぽどの義理かでしか、滅多に行くことはない。

それと言うのも、私は良いものも、悪いものも、感じすぎてしまうので、良いものを見られた時には全身が活性化するのだが、悪いものを見てしまうと、そのあと数年は思い出してはものすごくイライラするからだ。私の場合、もろに身体的にダメージがくる。

わりと何でも見られて、楽しめて、誰とでも楽しく話せる人が、私はとても苦手である。

私が強く惹かれるのは、パッションがありすぎて、うまく生きられないタイプの人である。

きょう、1000人見て、絵画で魅力を感じたのはひとりだけ。相当な力のある油彩の人で、詩情がある。いわゆる現代美術風ではないが、とても新鮮。「顔」の魅惑というものをわかっている人だと思う。

あと、ちょっと心に残ったのは3人くらい。その他は、ちょっと耐えられないと感じるのもたくさんあった(やたら大きくて、無感動なものなど)。けれど、全体としては、銀座のギャラリーよりずっとひどい(陳腐な)ものが少ないと感じた。リアルな問題や悲劇を抱えた人がなまなましい感覚でやったものが多いから当然である。

写真に関しては、太刀打ちできない気がした。ベルリンはどこを撮っても絵になる。

|

2009年9月24日 (木)

セブンイレブンで妖精に遇う / BAHN DE.   ベルリン

9月24日

世間の5連休が明けたらしい。新宿区役所に電話して介護認定の進み具合を尋ねると、まだ主治医からの診断書が提出されていないと言われ、眩暈がする。本当に忘れているのか、もはや不気味。

大根と厚揚げとハンペンの旨煮を作って母に持っていく。新しく買ったシーツを敷いて要洗濯のシーツを持って帰る。

9月23日

エービックで買ったジャンクのレンズキャップのバネがゆるくて外れてしまうので、カメラごと持って、替えてもらいに行く。サイズの合うのが、かろうじてひとつ見つかって良かった。

9月19日

熊野神社の例大祭の宵宮。小さい頃、闇の中に揺らめくたくさんの屋台の光と色の中を歩き、夢幻の中に入れたものだった。

9月18日

図書館で借りたベルリンに関する本を徹夜で読んだ。

9月17日

うちにプリンターがないため、D bahnのオンライチケットを予約するため、キンコーズに行く。時間を合せたり、あれこれ考えてしまううちにクラッシュを数回やって、2枚のチケットを得るのに一時間かかってしまった。pc利用料金が1250円もかかったけれど、よい勉強になった。

セブンイレブンにお惣菜を買いに行っていたら、「すみません、頼んでいいですか。」と声を掛けられ、ふりむくと、妖精のように小さなおばあさんがいた。棚の一番上の商品を取って欲しいと言われた。

焼き鮭の身をほぐして、骨を取り、母に食べさせる。

|

2009年9月16日 (水)

美しい雲   芸術的才能   エロス  動物

9月16日

涼やかに光る美しい雲の夕焼け。

動物とエロスについての覚書。

私にとって、芸術的才能のある人とは、その人といると、それまで何気なく見過ごしていたものが、活き活きと輝き出して、世界の細々としたものが面白くて仕方なくなるような人である。

すなわち、その人自身が、とてつもないエロスの感受身体であり、限りなく新鮮な発見を続ける眼であり、一緒にいるとそれが共鳴して、こちらまで身体がビリビリするほど豊かになるような人。

確か、テオ(ゴッホの弟)が、ゴッホと野山を歩くとき、そのような不思議が起こると言っていたように思う。

私にとって、Horst Janssen や、Capote や、中川幸夫さんのような存在である。このような人たちの使う言葉は、社会的人間の言葉とは全く正反対で、エロスを殺すどころか目覚めさせ、増幅させる。

ここで、動物とはエロスそのものであるが、すぐれた芸術家は人間よりも動物(エロス)に近い。

逆に、私にとって退屈極まりないのは、一緒にいるとこちらの感覚身体がくたくたになる人。世界の輝きが全て収奪されてしまうように感じる人。こちらの自由な身体を、圧殺してくるように感じてしまう人である。

|

コリウス(金襴紫蘇)  

9月14日

介護について書きたくはないが、頭にきたので、覚書のためにここに書いておく。

介護保険の申請をして、新宿区役所の人が自宅に審査訪問に来たのが、8月4日。判定に2週間くらいくらいかかると言われて、ずっと待っていたら、8月の終わりに、10月3日まで判定結果延期とのお知らせのハガキが来た。理由は「意見の相違」ということだった。待っている内にどんどん体調が悪くなってしまう。どういうことなのか、きょう、新宿区役所に電話したら、まどろっこしい説明のあとに、「主治医の診断書がまだ提出されていない」と言われた。8月の初めに、私の眼の前で書いてもらったのである。すぐにY医院に電話。ごめん、忘れてた、と言われた。

私が怒りが収まらないのは、Y医院より、新宿区役所のほうである。なぜ、わざわざ、意見がまとまらないから判定延期、というような嘘のハガキを送ってくるのだろうか。今さら、「区役所のほうからY医院に電話してみます。」と言われ、黙っていたら、2か月間は、判定を遅らせるように(なるべく介護保険を使わせないように)しているのかな、と思った。

9月13日

透明な光の日。母を連れて久し振りに歩く。一直(その昔、料亭だった近所の古い木造の旅館の名前)の横を通る時、いきなり、「今日は子供が来てるから、珍しく歩いてるのよ。」と母が言ったら、簾のかかった窓の中から「あら、そう。こないだの娘さん?」と声がして、おかみさんの顔がのぞいた。

小さな子ども公園に行く途中、もう一人のおばあさんに母が声をかけた。うちの亡くなったお祖母ちゃんに孫の着物の裁縫を頼んだことがある、と言っていた。その人は大正生まれだと聞いて、元気な人は元気だなあ、と思う。

子供公園には、終わりかけの白い芙蓉が少し淋しそうに咲いていた。楠の根元に、植えたばかりの鮮やかなコリウス(金襴紫蘇)がたっぷりの水に濡れていた。いつも、ひとりで、この公園の植物の世話をしているおじさんがいるのである。

久し振りに歩いたら、やはり、すごく疲れて具合が悪いと言う。毛布が重いと言うので、何度もタオルを掛けなおす。

|

2009年9月12日 (土)

花輪和一  ニッポン昔話  ドイツ 

9月11日

花輪和一からニッポン 昔話(上・下)の本と手紙が届く。

改めて、ねずみやうさぎなどの表現に感動して、涙ぐんでしまった。とくに、前足の表現など、ちゃんと見ている人だけが描ける、愛情溢れる表現ではないかと感じる。植物、動物、虫や魚への、あの、生命に対峙する誠実さと濃やかさ。「嘘」がないのである。

さっそく御礼の電話。「うさぎの鼻面を自分の口の中に入れて、スーハースーハーするところ、すごくいいよね。実際にやってたの?」と聞くと、「前、田舎で猫飼ってた時にやってた。」「やっぱりね。私もときどきやってるもん。」(外で食事して帰って来たとき、猫は何を食べてきたのかを知りたがり、口の中を嗅いでくるので、私は思い切り大きく口をあけて、猫が鼻先をつっこめるようにするのだ。)

そして、ドイツ旅行(初めての海外)の感想を書いてくれた手紙がまた、素晴らしい。

「視覚の記憶の強い人は王者である。世界を目で知る人は幸せである。」という堀内誠一の言葉がこだましてくる。

手紙の一部抜粋

Dsc03116_4

Dsc03117_4

Dsc03118_3

9月10日

I君よりtel。借りていたVXを返すため、9時に会う。うちの近くまで来てくれて(私が非力のため)、それからJRの駅まで一緒に行く。せっかく貸してもらったのだが、私以外に扱える人がいなかったため、使えなかったのである。(当初は自分のVXと合わせて2台使う予定だった)

駅の灯りの元で、I君に、沼沢地と廃墟で撮った写真を見てもらう。stefanの写真を見て、「人間じゃない。天使が舞い降りたみたい。」とI君は言った。Stefanは日本人みたいに自意識過剰にならないから、とても楽に撮れる、と言ったら、「自分だってこのルックスだったら自然にできますよ。」と言う。「ええ?そういう問題なの?!」と言うと、「そういう問題ですよ。」と言った。

前ボケ、後ろボケなど、私がこだわっている点について、すごくいい、と言ってくれたので、感激。とにかく私は、「絵」がわかる人に会いたい。(知識でなく、経験によって)「眼」の感覚を持っている人と、いつも話がしたい。

自分が本当に撮りたいと思う人と出会えるのは、人生の中で、ほんの数回であり、その人を実際撮らせてもらえることは奇跡であり、その人との撮影がうまくいくことはさらに奇跡である。そしてその作品をいいと思ってくれる人がいることも、また、人生の中での極上の幸せである。

.

|

2009年9月 7日 (月)

金子國義、堀内誠一、   ハンブルグ、ゲント

9月5日

コロナブックスの清水さんと電話で話す。金子國義と堀内誠一の本の御礼と、ハンブルグのギャラリー・Bについて。

金子國義の絢爛たる部屋の、調度や、資料の中には、ちょうど今、私の気になっているリチャード・アヴェドンの写真(アヴェドンの撮ったヌレエフはものすごく良い・・・、もっと気になるのはカール・ヴァン・ベクテンだが)、エロール・フリン、ハーパース・バザー、そして私が昔から大好きな50年前のシュタイフの羊や犬やバンビが見える。

堀内誠一のことば。「視覚の記憶の強い人は王者である。世界を目で知る人は幸せである。」

私の大好きな数々の絵本をつくったひと。「ぐるんぱのようちえん」も良いが、私が夢中になったのは「くるまはいくつ」のほうだった。幼稚園児心にも、最高にクールな感じがした。1970年創刊から72年のアンアン(あのころの女性ファッション誌の、なんとリリカルで夢があったこと!)のアート・ディレクションをした人でもある。そして、沢渡さんの「少女アリス」の装丁をしたのも、このひとである。

清水さんは、8月に、ファン・アイクを見にゲントに行ったそうだ。最高の祭壇画を「独り占めできた」という言葉にはうつくしいものがある、と思った。

|

2009年9月 3日 (木)

市村弘正

9月3日

午後2時くらいに市村弘正さんに電話してみたが、誰も出なかった。3時過ぎにもう一度してみたら、ご本人が出て、今起きたばかりで、ご飯を食べていると言う。30分後にかけなおしてくださり、久し振りにお話する。ずっと、お身体のことが気になっていたが、4か月も外国に行かれていたと聞き、とにかく声が聞きたかった。

電話する前は、すごく緊張したが、話していたら、以前お会いしたときの感じ、(初めてお話した時からまるで昔からのなじみのような感じだった)に戻る。結局1時間半くらい話していた。

生まれて初めてお話した時から、私たちの話の内容はいつも同じ。「お互い社会性がない、鎧を何重にも着て社会に溶け込んでいる人もいるけど、あなたの場合は「剥き出し」っていうんですか、社会に需要のないことばかりやってるから生活が苦しいんですよ」と言われる。

塗炭の錆びのつくる絵を眼で追いながら撮ったり、なめくじの這った痕を探したり、一番絵になる蜘蛛の巣を求めて、いくつもいくつも蜘蛛の巣を探して歩いたりするのが一番楽しい、と言うと、「スーザン・ソンタグの「エロティクス」そのものをやってるわけだから。「反解釈」の「反」は、「アンチ」じゃなくて「アゲインスト」なんですよ。社会的解釈を加えられていないもの、まだいじられていないもの、と言う意味。」と言われた。つまり、社会市民的にはまったく理解されないということ。

スーザン・ソンタグも映画を撮った、と言われて、「エロティクスなもの、そのものを撮ったんですか?」と聞いたら、「いや、彼女は全然芸術の才能がないから、理論ずくめのことを映画にして失敗した。」と笑っていた。

市村さんも私も身体的にはいつもぎりぎりである。病院といろんな薬のお世話になっている(私の場合は、全く不眠にもならず、身体は弱いが精神は動物並みに健康と言われるが)。けれど市村さんと話すといつも感じるのは、烈しい生命の何かである。その生命の激しさで、(お互いに)我が身を転げ回らせるほど苦しめているのだが、すっと、核心に入ってしまう会話が、同類として、すごく端的で気持ち良い。

(特に弱い者に対して)とおりいっぺんの対応でなく、心の奥の本性において、冷たくない人である。そしてなんとも言えないキュートな魅力を持っている。さまざまな屈折と、あらゆる局面で割り切れないような、不器用で曲がりくねっった性格が、ユーモアと不思議な色気で人を惹きつける。

「書いていないとおかしくなってしてしまうから、書かずにいられない。あなたが絵を描かなければいられないように。このことを見つけたのが最大の良いこと。」

「仕事で、行きたくないのに行くのは最悪の行き方だけれど、外国は、行きたいと思ったときはすぐに行ったほうがいい。何か変わろうとして行くなら、必ず何か変わるから。」と言われた。

|

2009年9月 2日 (水)

カポーティ / T医大 

9月1日

T医大に母の付き添いで行く。いつもどおり血液検査で時間が1時間以上かかり、母は、身体が苦しいと言ってソファに横になったり、横になると息が苦しいと言って、起こして、と言ったりの繰り返し。

久しぶりに公園を通って帰る。辛夷(コブシ)の樹に実がなっていた。「春一番先に咲くでしょう。」と母が言った。それから、公園ができた時に最初に植えられた鈴懸(プラタナス)の樹と、棕櫚(シュロ)の樹を見た。

角筈の区役所と図書館。そのあと大戸屋。

昨晩は、ジェラルド・クラークのカポーティを読むのが止められず、朝(5時過ぎ)になってしまった。ついに読み終えた。カポーティの恐ろしい魔力は、あまりに強烈すぎ、また、共感しすぎて、一言では言えない。私が中学生の時に、最初に心底狂っ「た小説が「遠い声、遠い部屋」であった。それから、何十回読み返したか知れない。原書も買った。その次に好きな小説が「無頭の鷹」である。

マッカラーズの「心はさみしい狩人」も素晴らしかった。けれどやっぱり小説家の中で最高の憧れなのはカポーティである。

妖精のように魅惑的で、素晴らしい魔力のある言葉をしゃべり、文句なしに誰の魂もとりこにし、白熱するようにエネルギッシュで、愛情深く、烈しく、傷つきやすい。普通の人間だったら、到底乗り越えられない不運と不幸な生い立ちを、型にはまらない真の才能と、度胸と、自己鍛練によって、跳ね返した。

特に言葉を映像そのもののように操れる能力に惹かれる。私の場合も、人がしゃべった言葉も、言語ではなく映像(絵)として記憶する癖がある。

|

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »