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2010年3月 5日 (金)

市村弘正  /  母の怪我 

3月5日

がんセンター。血液検査4本取られて、見ただけでぐったり。その後2枚胸のレントゲン。11350円もかかった。

その後実家に行き、母を外科に連れていく。野菜と鰯のすり身の煮物、おいしいと言って食べてくれる。

坂の途中の小料理屋の五色の椿の木の下で、ほら、椿満開なのよ、と言うと、あそこの枝のが、一番大きい、と指をさす。眼で見る快感を知る者は、生きている。

3月3日

市村弘正さんと茅ヶ崎で会う。その前に1時間ほど、東海岸という地名の、不定形に屈折した細い路地を歩いた。

3月2日

2月28日(日)の夜、母が室内で転んで、肘の薄い肉がV字に大きく裂ける、けっこう大きな怪我をした。月曜の朝、近くの外科に行き、出血がひどいので、とりあえず傷の中に止血綿を詰めて、ざっくりと縫った。

きょう(火曜日)は、私は、まず東京医科大に行って、母の在宅診療のための診断書と紹介所をもらいに行く。きのうから風邪の熱がきつくて、はあはあ言いながら小走りに急いだ。

3階で医師に面談してから、1階へと階段を下りて、ふと気付くとマフラーを無くしていた。会計から各種登録に回されて、相当待たされてから、防災センターに問い合わせに行った。紫色で、けっこう大きくて、こういうモコモコとした素材、なんて言いましたっけ?とぼーっとした頭で尋ねたら、70がらみの警備員さんに、「ふりーす。」と教えられた。

そのあと、実家により、母を外科に連れて行った。きょうは、気温6度くらいで、母は、しきりに寒いと言っていた。私は熱で、ぼーっとしていて、あまり寒くなかった。包帯を取ると、中のガーゼは、恐ろしいほど血だらけだった。止血綿を取って中の血を出して、細かく縫うので、とりあえず私は処置室の外に出された。家族がショックを受けるほどには、本人が痛がらないのが救いだった。

作っていった煮物を、おいしいと言ってたくさん食べてくれる。

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