« 2ちゃんねる  Twitter  写真 ことば 芸術 | トップページ | 浅田真央 「鐘」   身体芸術 アスリート »

2010年3月28日 (日)

浅田真央  「鐘」  身体芸術  大野一雄

3月26日

ここ3,4日、すごく体調が悪く、寝てばかりいて、ほとんどろくに食べられなかったのだが、久しぶりに友人と外食。稚貝のワイン蒸しとエビとホタテのフライ、おいしかった。

ものを見る力について、ほぼ絶対的に信頼をおいている親友に、オリンピックの浅田真央の「鐘」の演技の録画を見てもらった。(友人は、仕事で忙しくて、全くオリンピックを見ることができなかったという。)私は、録画の映像見ただけで、また落涙・・・・・。すると、友人は

「すごい!!・・・・何、これ?!!うわ・・・・・・・・・タラソワってすごいよ。異常だよ。狂ってるよ。」そして最近、私が涙を流しながら『鐘』の凄さを熱弁する理由が、今、やっと、わかった、と言った。「やっぱり、見なきゃわかんないもんだな。これは、ちょっと、ありえない。」

「これは、凄すぎる。まっっったく、一般向けでない。よくぞこんなプログラムをつくったもんだ。浅田真央はタラソワと絶対離れないほうがいいね。」と言った。

これについて、何か言葉にするとしたら、どうなると思う?と聞いたら、「言葉になんてできないでしょ。他のスケーターとまったく次元が違うんだから。これがフィギュアスケートだなんて思えないようなものでしょ。これが一体何なのかなんて言えないくらいの、ものすごいもの、なんだかわからない何かだ。」と言った。

そして、「今回の浅田真央の理不尽な状況、絶体絶命の状況をタラソワがわかっていてこの「鐘」を選んだのだとしても、それにしてもこのプログラムの、タラソワの、ものすごい情念というのか・・・・単に眼の前のオリンピックで金を獲るため、という目先の目標だけでは、こんな異常にすごいもんはつくれないだろう。タラソワっていったいどんな人生歩んできたんだろって思うよ、この「鐘」を見たら。」と言った。

そうだね。そして浅田真央は、天才的な感受性で、タラソワの意図したものを直感的に、身体的に掴んだ。本当に運命としか言いようのない奇跡的な出会いなんだね。浅田でなければ、こんな恐ろしいものを自分のものにするなんてことはできなかったろうから。でも、なぜかマスコミが、このもの凄さをに認めようとしないのが、すごーく、気持ち悪いのよ。

「一般の大多数が鈍いのは当たり前。キムのほうが滑りがきれいだとか、理由はあとからなんとでもつけられる。でも、これだけの厳しい決断を自ら意志的に選んでそれを実際に生きている浅田真央に対して、少しでもちゃかすようなことを言ったとしたら、それは余計な発言であり、ちょっとおかしい。何か大きな汚い力が働いてるのかもね。こんな極限の、ありえないプログラムやってたら、長くは続かないだろ。それほど「鐘」は人間じゃない次元にいっちゃってる。それに対して、確かに評価は酷すぎる。」

以前、日本が世界に誇る至宝、大野一雄先生の踊りを前に、私の眼前で、「そうとう気持ち悪いもの」と言った(絵画評論の本出してる)人がいたので、眼で見る力が全くなくて(あの恐ろしいほどの美しさ、気高さを感じなくて)も、平気でそういう本書けるんだ、と心底唖然としたけど・・・・鈍い感覚の人はどうしようもないとしても、それにしてもマスコミの妙な態度は解せない。浅田真央のような稀有な才能を潰すようなことをして、ちゃんと評価しないで、いったい誰が得をするんだろうねえ・・・?

「それにしても、(この演技は)いい。氷に引っかかってしまうところさえ、全て含めていい。恐怖を感じるほど凄い。衣装もぴったりあってるし、完璧に思える。本当にいい曲を選んだ。」

「もし、リアルタイムで、オリンピックでこれを見ていたら、衝撃が強すぎて、ちょっと精神的に耐えられなかったかもしれない。これを見て、採点のおかしさに滅茶苦茶に傷つくのは当然でしょう。滅茶苦茶ストレスたまるよ。」と親友は言った。

ストレスで、ほんとに全身痛くなるけど、それでも、その恐ろしい瞬間を見たいと思うのが私の性格なのだ。そこから、その眼で見たものに震撼するような体験を生きたいのだ。

|

« 2ちゃんねる  Twitter  写真 ことば 芸術 | トップページ | 浅田真央 「鐘」   身体芸術 アスリート »

身体」カテゴリの記事

芸術」カテゴリの記事

フィギュアスケート」カテゴリの記事