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2010年3月 1日 (月)

浅田真央 身体芸術 アスリート

2月28日

フィギュアスケートと体操(と新体操)は、昔から興味があって、よく見ていた。言葉だけの、いんちきな、あとづけの正当化による観念や倫理的発言みたいなもの(文学、絵画、思想、あらゆる場面でよく出会う)が大嫌いで、いつも、本物の、極限の、身体そのもを見たい(そんなものを見られる機会はそう無い)と思うからだ。(私の場合、特に日本人を応援したいという気はない。身体的(芸術的)衝撃力のある稀有な才能にだけ惹かれる。)

浅田真央が彗星のごとく現れた時も、陰影(深み)のないブルジョワ的印象で、その表現に全く興味はなかったのだが、今回、「鐘」を見て、初めて、烈しい衝撃を受けた。私がドイツに行っていた間(去年の10月)に、浅田はすごいことになっていたらしい。

しかしタラソワもすごい人だと思う。(帝政ロシアの)抑圧され、理不尽に踏みにじられる民衆の烈しい怒りを表現するって、浅田に本来(最も)欠けている人生体験を、そのまま・・・・。

しかも現在のフィギュアスケートの理不尽な採点法(意味不明のルール改悪)では、まさに、今、リアルに浅田がその身をもって、その「理不尽さ」をまともに体験することになった。「鐘」の重さは、現実の重さだから、浅田が4年後にこのプロをやったほうが良かった、というのは誤りだ。タラソワは19歳に、よくぞこんな素晴らしい本物のプロを贈ったと思う。タラソワは賢い。どんな溌剌とした明るい曲でも、この採点の闇ルールには勝てないし、この状況では身体が(明るい曲に)乗るわけもない。

つまり、最も暗く、重厚な曲と、極限の難度を課したプロをやること(他の誰にもできない、フィギュアスケートの限界を破るような、異状な困難に立ち向かう状態)で、初めて「自由」な発露を得る、というわけだ。

浅田は、ノーミスで、完璧に「鐘」をやり遂げれば、金メダルもあると信じていたんだね。もちろん愚直な私も信じていた。だけど現実は、最初から全く理不尽な採点方法で、もう結果は決まっていた、というわけらしい。

FSでは、冨田洋之以来の、本当の、鬼気迫る身体と、本物のアスリート魂(侠気)を見せてもらいました。

自分の出番の直前に、世界中にさらされた中で、(わーーっという歓声と、キムの意味不明な超高得点という)公開の理不尽な暴力(凌辱)に遭った浅田の、それでも必死に集中しようとする表情ほど、胸に迫るものは無い。

阿修羅のような顔だった。「鐘」は全く暗すぎる曲ではなかった。「今」の瞬間にふさわしかった。ここで、明るく楽しい曲なんて、できるわけないし、くだらない。、身体と精神の極限の「危機」そのものだった。曲が始まって、ものすごい度胸と集中で、3Aを2回決めたあと、どんなに必死に集中しようとしても、ふっと、(何かを)考えてしまうのは生き物である限り仕方ない。

スパイラル、ツイズルから恐ろしいほどの気迫のステップを見たとき、この瞬間の最大振幅を生きる生命を見た。

鉛色、白金、閃光、波、金属、錆、狂ったように乱れる髪、砕ける飛沫、泥、引き裂かれる布、夜の森、はためく襤褸、爛れた動物、暴風、散る一瞬前の花、鳥の叫び、血のにじんだ皮膚、軋む骨、など・・・・

私の場合、(希少な芸術作品や、動物や、ごく特別な人間に)最高に揺さぶられる時には、いくつもの映像や色彩が重複して見えるのだが、まさに時の渦巻きがいくつも同時に視覚的に訴えてきて音も躍動する色彩に見え、言語化不可能な、長さのわからない時間であった。見た経験の順番も、螺旋状に混じってしまう。一瞬のまたたきの時間に、あらゆるものを同時に見てしまうので、そう感じるのだろう。

ミスと言って取りざたすほどのミスではなかったと思う。そのミスも含めて、とにかく物凄かった。(そのように極限まで、精神的にも肉体的にも、内側からも、外側からも追い詰めたのだから、当たり前なのだが)恐ろしく異質であったし、凄み、痛み、緊密、衝撃、無名色、迫るもの、必死で息をする身体そのものであった。

よく耐えて、よく潰されないで、全て出し切ったと思う。これだけひどいことをされて、発狂しないだけでも、転んで意識がぶっ飛んだりしないだけでも、すごいと思った。悔し涙も含めて、(たくらみの無い)真正面切った作品だった。誰よりも高難度で奇跡的なプロを、とにかく完璧に、ノーミスでやりたかったし、できる確信があったから、悔しかったのだ。

伊藤みどりをはるかに超え、芸術性も超高水準の浅田が金メダルを獲れないルールって理解不能。高難度な技をやるより、簡単な技をきれいにやるほうが爆点(恣意的なGOE)の出る競技なんてあり得ない。(フィギュアはいつから、こんなに気持ち悪い採点法になったのか??)

カタリナ・ビットやビアンカ・パノヴァが好きだったけれど、今回の浅田の「鐘」に較べれば、物足りないような気になる。

キムの演技は、省エネで、きれいにまとめられていたが、特に、芸術的ショックを受けない。この戦略(内容)で、機械のように正確にできるまで、何万回も訓練させられてきたのかと思うと、かわいそうだ。よく、その国家プロジェクトに、耐えられると思う。新しい困難な技に「賭ける」という新鮮味(自由)なくして、よく我慢できる、と思う。EXを見て、なんかほんとに気の毒になった。(勝利の喜びがほとばしる感じではなかった。007なんて、本人は、やってて楽しくないから、とてもEXでやる気にはならなかったのだろう・・・)

浅田は若干19歳で、こんなすごいプロをもらったのだから幸せだ。19歳で、これだけの苦しみと深みの実体験ができ、それを自分の本物の作品にしたのだから。この残虐さに耐えて、今までなかった艶が出てきたように思う。

ロシェットはいつもどおり、平凡だった。Pチャンはもっとひどい(不気味)。ウィアーは良かったのに(採点が)気の毒だった(色気も愛嬌も技術もあるのに)。美姫もちょっと(採点が)、かわいそうだった。

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