«  ルイ・フェルディナン・セリーヌ | トップページ | 絵 素描 スケッチ デッサン  »

2010年5月 4日 (火)

若林奮 ゆりの樹 Liriodendron tulipifera

5月4日

若林奮が好きだった(と思う)樹、ゆりの樹の花咲く季節がやってきた。

2002年豊田市美術館での若林奮展に行ったとき、「所有・雰囲気・振動――ゆりの樹による集中的な作業」(1984)というのを見た。これはゆりの樹の葉を一枚一枚そのままなぞって、銅板をその葉のかたちに切り抜いたものを、大きい葉から順にきれいに重ねて束ねて、四角い木の彫刻の穴に収めてある。

それから「「大気中の緑色に属するもの」Ⅱ(1986)という作品の大きな銅板のかたすみにLiriodendron tulipiferaと刻んであったとき、胸が苦しいほど震えた。

ユリノキの学名はリリオデンドロン チューリッピフィラである。「チューップみたいな花を持つユリの樹」と、学名にふたつ花の名がはいっている。(dendoronはギリシャ語で樹の意味)

チューリップみたいな形の花に3枚の萼片があり、花弁は6枚で、黄緑色にオレンジ色のすじまだらが入っている。

葉は半纏のようなかたちなのでハンテンボクとも呼ばれる。葉の裂が偶数なのである。なんとも不思議な植物。

――若林奮へのオマージュ―― (2004年図書新聞に福山知佐子が書いた文章から抜粋)

  共約不可能、 個人の領域、 「概念」によらないこと、 「真実の根拠」

  「考察」よりも「事実」を重視、 

  「自分の現在と最初期の接近を考え、その間にある歴史を不要としたい」 

  人間中心主義から最も遠い場所

                                                     二〇〇二年二月三日、神宮前ナディッフで行われた前田英樹氏との対談におけるI・Wの姿を、私は忘れることができない。

その対談が始まる前、長方形の机の一端の席に座り肘をついたI・Wは、テーブルの脚のひずみを激しく感受し、ポケットから鍵の束を取り出した。ほとんど見分けがつかなく思えるような六、七枚の鍵の微妙な薄さの違いを一枚ずつ順番に実に精妙な仕草で机の脚と床のわずかな隙間に差し入れ、そのわずかな隙き間に最も適応してすっと机を黙らせる一枚を探っていた。

そのときのI・Wの顔は険しいとも厳しいとも神経質なのとも少し違う、人が限りなく細やかな神経と経験によって、その手技でしか成し得ない奇跡的な手仕事の運動の一瞬のただ中にいる時の、緊張と充溢と、少し困ったように見える顔だった。

最前列にいた私は、その手つきと最終的に選ばれた鍵の、その差し入れ方の微妙さに目が釘づけになった。その鍵は先端の一方の角を斜めに、鍵全体の五分の二ほどの深さだけ差し入れてあった。

もしその一枚の鍵がなかったら、I・Wはその席の不安定さに耐えてそこに留まることは到底できなかっただろう。――I・Wほどもののわずかな傾斜、それを支える地面のバランス、空間の充満、歪み、ずれ、そういったものとの振動を身体そのものの生きる場として「実感」的に感受していた人間はいないだろうから。

まず「個人、自分自身という個人を元にしている、ということから始めなければいけない。」(「対論・彫刻空間――物質と思考」若林奮×前田英樹)とI・Wは語っている。

他の多くの人と共通しているとは思えないような、自分自身の鮮烈な記憶、あるものへのこだわり、興味、くり返し想像してしまうこと、強く自分を捉えて離さない何か、その「ほとんど個人の領域」と思える経験を「貯えて行く過程で何かに気づく」そうやって「自分の内側と外側の関係を結びつけていく」それが彫刻の方向に向かうのはそのあとのことだという。

ごくごく「個人的な」経験から、物質、空間、距離、温度、物量、傾斜などについての意識が生まれ、思考は深まり、迷い、揺れ動き、それらのことに深く感応するようになる。その共約不可能な「個人的な」ことから始めない限り、その重荷を負わない限り、物質や空間について身をもって知ることにはならないだろうし、そうしなければ「この世界の実在の根底(前田英樹)を開くことはできないだろう。――それがI・Wの「直感的な経験」の教えてくれる信念であり、唯一の方法であった。

I・Wのようにかくも思考と同時に生成する触覚的な経験、視覚的経験の「実感」を大事にした人はいなかった。そして見えていない範囲のことを見たことにしない、触覚的に把握できる範囲を限定すること、その限定される範囲をこそ探すことにかくも徹底的にこだわった人はいなかったと思う。I・Wほど「全体の中にある一部分を考える」ことによって「概念」ではない「自然」、その「全体」にちかづこうとした人はいなかった。自分がわかる範囲を限定するということ、それは彫刻家にとっての「真実の根拠」の問題である――とI・Wは述べている。

「概念」によらないこと、このことを現在(いま)どれくらいの人が実行でこるだろうか、それはほとんど知覚の不可能性の領域を横切っていくようなことだろう。私たちは自らの眼で見たこともないことを知っているような気になってしまう。言葉に置き換え、言葉という解読格子を使って対象物を理解したり解釈したりすることに慣れている私達は、自らの身体をその中に――たとえば洞窟の暗闇の中に置いてみることなく、自らは安全なところにいて何かをすぐわかったことにしてしまう。

――中略――

人間が最初に絵を描いた時のこと、その時の状況(―中略―)絵や彫刻の成り立ちの時と現在(いま)と継続しているものについて考える。それをさらに過激化し、徹底的に考えるためにI・Wはあえて「自分の現在と最初期の接近を考え、その間にある歴史を不要にしたい」と書いている。

この言葉の重さを深く受けととめねばならない。

若林奮が一貫してやってきたことは「人間も自然の一部である」ということ、「生命は人間だけに代表されるものではない」ということ―――

それをある意味で人間中心主義からは最も遠い場所で、人間の世界の外に投げ出されてある物象と身体の倫理と気象に則して厳密に思考し、それにあるかたちを与えようとしたことだ。いま若林作品を眼の前にする時――それは生成する振動尺の(それが深い生命原理に支えられてあるような)ほとんど奇跡の手技のように思えるのである。

|

«  ルイ・フェルディナン・セリーヌ | トップページ | 絵 素描 スケッチ デッサン  »

植物」カテゴリの記事

絵画」カテゴリの記事

彫刻」カテゴリの記事

芸術」カテゴリの記事