絵画 言葉
12月11日
フィギュアスケートグランプリファイナル。ちょっと残念な感じであった。高橋大輔・・・・安藤美姫はショートの曲も衣装も替えたのに緊張がうまい具合に保てなかったってどうしたんだろ。
身体表現において身体運動能力をピークに合わせることの難しさ。
12月12日
寒くなったと言っても、9月の終わりにいたベルリンよりも暖かい。ずっと、あの旅のときの転んで膝が破れたままのヒートテックパンツをはいている。(2か月半、面倒なので毎日ほとんど同じ格好。)
曇り空。風はないので、公孫樹の黄色はまだ散り残っていて鈍い銀の空に映えている。
絵を描く人なら皆そうだと思うが、それぞれの色を質感で記憶する。粉っぽい青磁色なのか、甘く艶のあるとろりとした青磁色なのか、というように。
近くの医院の花壇で、真冬の百日草と真冬の松葉牡丹を見た。首から下がカサカサに枯れて茎ばかり残っている松葉牡丹の花が2輪だけまだ咲いていた。ふちが赤い薄オレンジ色の八重の花弁。赤い花の茎は赤い。大谷石のくすんだ薄黄緑の上の蔦の紅葉の浮き出し方が美しい。
色彩も、筆触も、質感も、なにもかもが言語にすぎないのかもしれないが、何をやっても、言語に回収されてわかりやすくてつまらないものにされてしまうのかもしれないが、また、私が全くつまらないと感じるものが言語の力で価値づけされて強大な力を持っていくのかもしれないが、それでも「言語化不能なもの」のほうへ向かいたい、と考えるほうが好きである。
真冬に残っている真夏の花の状態を見ることは俗なことでもなんでもない。けれどそれを言葉でなく絵に描こうとしたら、その似姿を描かずに、つまらない絵にならないようにそれを成し遂げるのは至難の業である。
その造形と質感と色の何が惹きつけるのかを抽出して、身体に刻んだとしても、支持体の上に現れる時にまったく違う質感、触感になってしまう。言語化不能なものを言語でないものに造形するには自分の予想を超えた能力(自分で描いたとは信じられないような)がいる。
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