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2011年7月

2011年7月24日 (日)

若林奮 人間でないもの

7月23日

ここ数日ずっと若林奮についての文章を書いている。

その前はずっと困難に耐えながら師毛利武彦についての文章を書いていたのだが、それよりもさらに困難で、ほとんど不可能なことをやっている。

若林奮は『彫刻』(この「彫刻」の定義がおそろしく難しい。オブジェではないものだとすると過去の日本の彫刻などはすべて彫刻でもなんでもないことになりそうである。)をつくっていたのであり、若林奮の残した言葉は、ほとんど共訳不能の言葉、彼の個人的感覚、個人的体験、秘密の領域に属する言葉だから。

わからないこと、不明のことを知識や情報で知ったことにしない、という若林奮の徹底した思考にそって何かを書こうとしたら、いかに誠実に自分の限界を書くかということになるだろう。

若林奮が自分が自然の一部だということを確実に知るために、「人間に興味を持たないようにする」と言ったラジカルさが、あまりに私を魅惑する。

人間でないものの表面と自分の表面の間にある空間(対象も自分も含まない空間)をはかろうとした、そのためには人間に興味を持たないことは必然となる。

「彫刻では表面を決定しなければならないが、表面は決定し得ないのです。」「また物質の表面は無いと考えざるを得ないと思う。」

7月21日

ポンジュ、ジャコメッティ、メルロポンティ、その他、6冊の本を並行して読みながら若林奮について書いている。若林奮と比較したらはるかにジャコメッティの文章はわかりやすいのである。若林奮をある程度でも(身体的に)理解できる人なんてこの世にいるのだろうか?

7月20日

台風の影響で蒸し暑い雨。次に出す本の話でYと会う。数冊の本を濡れないように胸に抱きしめて傘をさして歩くのがたいへんだった。

「負の思想」の話。「普遍」なんていうのはもっともクズな言葉だとYは言った。一般には理解不能な突出した「個的感覚」しかないのだと。

一瞬で嫌悪感を感じるものに近づかないこと。退屈だと思うこと、ストレスを感じることにつき合わないこと。死んだ人にしか熱狂できなくても、仮にこう質問したら、その人はこう答えるだろうと想像してやっていけ、とYは言った。

Yは私の数百倍は本を読んでいる(と思う)が、「用語」を一切使わない会話で、考えていること、このところ思っていたことがものすごいスピードで確実に伝わる。そして悩んでいたいろいろな煩雑なことにスパッと答えてくれる貴重にしてありがたい尊敬できる親友。

花屋に珍しい野生のヤマユリが売られていたので買って帰った。すばらしい匂い。ユリではヤマユリとカノコユリが一番好きだ。雄蕊を取られた百合はかわいそうで厭だ。

7月16日~7月18日

3連休で映画のDVDを20枚以上観る。(1枚50円だったから。)映像のセンス、台詞の符牒、エピソードの深み、役者のチャーム、いろいろ比較して見た。どうしてもこれは許せない、0点よりはるかに下、最悪!!!と叫びたいようなのもありました。

7月13日

映画のDVDを3枚借りる。

7月12日

斎藤恵子さんの詩集「海と夜祭」の装丁の画像を編集するためにデザイナーIさんの自宅へ。2色分解した画像をPCのソフトでいろいろ変化させてみるのをやらせてもらって、とても楽しかった。

デザイナーさんらしいとてもおしゃれなご馳走(ベジタブルペーストのカナッペ、オオナメコのチーズ焼き、ブリのグリル、トマトとミョウガの甘酢漬け、ワインなどなど)をいただく。

深夜、震災以来連絡がつかなかった今宮城県にいる友人Jに連絡がつき、skypeで動画つき会話。とにかく生きていてくれてよかった。

近所の人もたくさん津波で亡くなったという。

彼と初めて会ったとき彼はまだ21歳くらいで学生だったが、頭の回転の速さと、見解がはっきりしていて感覚的かつ理知的でおもしろい会話は健在だったので嬉しかった。話のキモが説明なしにすっと通じて直観的で的確な答えが返ってくる。私が名をあげた幾人かの著者も読んでいた。こうでないと、私はストレスで人と付き合うのが苦痛で堪らなくなってしまうのだな。

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