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2011年10月

2011年10月25日 (火)

『デッサンの基本』 第11刷り / メルロ=ポンティ

10月25日

『デッサンの基本』の重版の知らせが来る。第11刷り。

とにかく嬉しい。次に出す本のことで悩みは尽きないが、『デッサンの基本』はその時点でできるかぎりのことをやった本だったので、自分でも好きな本であり、買ってくださるかたがあることが心からありがたい。

人物デッサンのモデルを毎日毎日探して、何カ月も町で人物ウォッチングをやっていたのは、とても楽しいどきどきした思い出。

このところ、みすず書房のメルロ=ポンティ・コレクションの『間接言語と沈黙の声』を毎日くり返し読んでいる。

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2011年10月16日 (日)

世界体操2011 / 反原発 柄谷行人 槌田劭

10月16日

世界体操2011が終わった。

予選から熱心に見ていた。演技直前の緊張した引き締まった表情と、一瞬でよくも悪くも決まってしまう危うさに惹かれて、真剣に見入ってしまう。

豊田国際をなまで見に行ったときの緊張と興奮がよみがえってきた。

内村航平選手が、あれからあまりにも大人びて顔つきもすっかり変わってしまったことに感動した。髪の毛が逆立っているさまや、跳馬の直前の何かを頭の中で精確にはかっている動作に身震いした。

そして、沖口誠が跳馬で銅、オリンピック、世界選手権の個人種目で自身初のメダルを獲れて本当によかった。

なまで見ている選手なので、そして豊田国際のときも、競技終了後、観客に向けて写真が撮りやすい位置に立ってポーズをしてくたり、サービス精神のあるかわいい顔の選手の印象があって、その彼もずいぶん顔つきが大人びて、ずっと引き締まった表情をしているのを見て、すごく応援したい気持ちでいっぱいであった。

体操は、ひとつの演技時間が短く、そのあいだ息を止めるようにして見つめられるのも魅力の一つだと思う。競技できる年齢が短く、けがの危険性が大きいからこそ、見ているほうも思いつめて見てしまう。

10月15日

柄谷行人の著書をよく読んでる友人に誘われて、柄谷行人と槌田劭の講演「原発とエントロピー」(実際の講演内容はタイトルとは異なった)を聴きにたんぽぽ舎へ行く。

まずは槌田劭さんのお話。1954年に大学に入学し、科学イコール豊か、と洗脳されて金属物理学を研究していたが、自分の子供がアトピーになった経験や、四国電力伊方原発裁判で証人となり、国側の理不尽なやりかたで敗訴した苦しい経験から、科学は部分的真偽でしかないと考えを変えたとのこと。

高度科学技術が裁判に向かないのであれば、原発の専門家でない被害者は敗けることになってしまう。これは問題。難しい言葉を使わずにすべてのことは関連していることをふまえながら連帯していくべき、という話。

1954年、広島原爆からたった9年で中曽根康弘が造船疑獄のどさくさにまみれて原子力の予算をつけた。それは敗戦のとき、国民総懺悔に問題があった。国民総懺悔は天皇陛下にひれ伏したのであって、本当の意味での戦争反省ではなかったから。原水禁の運動も、ソ連への劣等感で、都合主義に揺れたという話。

福島の人達、特に避難できない人達の痛みをわかちあいながら、原発反対運動を、という要旨だったと思う。

最後に槌田さんの「福島の子供たちに放射能汚染された食べ物を食べさせないために、60歳以上の人は福島の食べ物を食べませんか?」という発言に対しては、敵の思うつぼになってしまうのでは、という質問も出た。

次に柄谷行人さんの「資本主義は必ず終わる、自然破壊などとの関係でなく(環境論とは並行的に見ることができる)、終わる。だから、みんな資本主義に勝てるわけがない、と悲観的になりがちだが、そんなことはない。」というお話。

マルクスの理論とクラウディウスの理論について。

エントロピーの増大によって熱死(風が凪いで均衡になること、運動がおこらなくなること)が起こるが、開放系においては熱死が起こらない。

資本(剰余価値)は価値体系の差異から産まれる、という話を、商人資本、金貸し資本、産業資本に分けて細かく説明。3つの資本について、歴史的にこれ以上「外」がないから、資本主義は必ずゆきづまる、というようなお話だったと思う。

時間が足りなくなって質疑応答はなかったのだが、ちょっといろいろ質問が出そうな話ではあったのだが・・・・・・

とにかく、「原発反対」という立場をはっきり表してくれている知識人であるという点で、支持できると思う。

お二人とも、ときどき笑いをとりながらのお話で、思ったよりわかりにくい話ではなかった。

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2011年10月12日 (水)

映画 「遠野物語 」 中村貴之(NSP) 田渕純

10月11日

中野ブロードウェイの商店街で当たった映画「遠野物語」(1985年の作品 DVD未発売)の上映会へひとりで行く。

岩手県からの申し出で、岩手を盛り上げようということで、中野ブロードウェイ商店街振興組主催、中野サンプラザが協力してもうけたイヴェントらしいが、映画の主題歌を歌ったNSPの中村貴之と、元和田弘とマヒナスターズの最後のボーカル田渕純のミニライヴもあるという超濃いというか渋いというか、マイナーながら強烈なイヴェントであった。

まず、監督と脚本家のお話。監督は村野鐵太郎、脚本は高山由紀子という「月山」「国東物語」と同じコンビである。監督は無口でストイックそうな方で、「ただ遠野の春を撮りたかった。新幹線が通ると何もかも変ってしまうので、新幹線ができる前に撮りたかった。」とあっさり。

次に、遠野の本物の語り部の方のお話(もちろん遠野弁)。オシラ様の起源について。これがすごく怖い。昔、美しい娘が愛馬と結婚したいと言ったのに怒った父親が馬を気に吊るして、生きたまま生皮を剥いだ。激しく泣いて馬にすがりつく娘。一陣の突風が吹いて馬の皮が剥げ、娘をくるんで天高く飛び去った。天から娘は両親に、馬を吊るした樹の葉を取って30日(?ここよく聞き取れなかった)桶に入れて、そこから育った虫の出す糸で織り物をつくって売れ、と告げる。それからその木の枝を二本とって、ひとつは私の顔を、ひとつは馬の顔を彫ってくれ、と。これが養蚕とオシラ様のはじまり。

そして「遠野物語」上映。オシラ様の起源の話にもちなんだ悲恋の話。古い大きな茅葺の曲がり屋、齢千年をとうに超えて凄絶に満開の桜。民間信仰のほこら。ぼろぼろの廃屋。凍るような吹雪の荒野。映像はすばらしく美しい。そしてもろもろのエピソードのシーンは限りなく残酷で暗い(怖い)。

時は明治37年。飢饉のときに、実の子にひもじいから、と頼まれて鎌で子供を殺してから、さすらいの琵琶師になった男。日露戦争に行った息子の足が痛まないようにと河原で平べったい石を拾って、縄で干し柿のように結わいて祠に吊るす老母たち。先頭に幼い弟が戦死した兄の名誉の歌を高らかに歌いながら山道を行列する田舎の葬式。戦死した息子の嫁を犯す義父。貧富の差激しく、因習強く、呪術に頼るばかりの、あまりに悲惨な暮らしは、幻想的というよりはリアルな描きかたであった。

上映後にブロードウェイ推奨アーティスト、「ムード歌謡の貴公子と言われています。」と登場した田渕純。華奢でかわいい顔と高いしゃべり声から、歌うと一変。「北上夜曲」という曲を私は知らなかったのだが、情感たっぷり、よく響く声、ものすごい歌唱力に感動。

NSPの中村貴之登場。懐かしいNSPの「17才」、そして「遠野物語」のテーマを熱唱。最後は田渕純と「雨は似合わない」をハモって歌った。

帰宅してyoutubeを見たら、田渕純は「青い部屋」などにも出演していて、若いのにムード歌謡からジャックスの「からっぽの世界」やタイガースの「青い鳥」やクロード・チアリの「私だけの十字架」なども歌いこなす人であった。

周りは年配のかたばかりだったが盛り上がっていた。思いかけずコアなイヴェントに行ってよかった~

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2011年10月11日 (火)

中川幸夫 花 メルロ=ポンティ

10月10日

中川幸夫の花についての文章をずっと思考している。

彼と会って話していたとき、どんなに全身がどきどきしたか、彼のひとこと、ひとことの深みに、どんなに痺れたか。彼はいつもとびきり面白いことを考えて実行していた。立ち姿さえかっこよかった。彼の才と、あのチャーム、あの強烈な生命力に触れてしまうと、ほかのどんな男もひどく退屈に感じてしまうほど。

そもそも「花」とは何か。茎の先端にあって目をひくもの。裂けて、反りかえり、しなだれ、朽ちるもの。花の死はいつ始まるのか。花のスペクタクルとは。

中川幸夫は「前衛というのは好みません」「もっと自分との距離が短くて、それを純粋に」と語っている。「現物から掴むのよ。」と私に何度も言っていた。

植物自体が、芽吹くときにも、種子のときにも、生の運動と同時に死や破砕の運動を含んで変化し続けるものであり、その時間の中での、彼と花との出会いかた、彼のその花の時間の切り取りかたは、中川幸夫の極めて個人的な、身体的なものである。

花は生きものであり、匂いを持ち、水分と強く関係し、動いているものであり、それをどう生けようと、決してスタティックな造形とは考えられない。

中川幸夫の花は花の文化史やいけばなの文化史のなかだけで語るべきでない。

中川幸夫は絶えず、どんな解釈にも決まりごとにも染まっていない「なま」の、花を見てきた。その花と見つめあい触れ合う交接の中から凄烈な異貌の花が生まれた。

花を見、花から見つめられるるまなざしを持つものにだけ見える花。

その花は言語媒ではない。動物媒だ。

……………

「つまり、ただ楽しむだけの芸術などというものはない。すでに整えられている観念を別のかたちで結び合わせたり、すでに見られた形態を示したりすることによって、人を楽しませるものを作りあげることはできる。このような二次的な絵画や音楽が一般には、文化というものだと思われている。

バルザックやセザンヌが考える芸術家は、開化した動物であることに満足していない。そもそものはじめから、文化を引き受け、それを新たに築きあげる。最初の人間が語ったように語り、かつて誰ひとり描いたことがなかったかのごとく描くのである。

その場合、表現とは、すでに明白になっている思考の翻訳ではありえない。なぜなら、明白な思考とは、われわれのなかで、あるいは他の人びとによって、すでに語られた思考であるからだ。」

「セザンヌの不安動揺や孤独は、本質的な意味では、彼の神経組織によってではなく、彼の作品によって説明されるのである。」――メルロ=ポンティ「セザンヌの疑惑」粟津則雄訳

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2011年10月10日 (月)

錆 ひび割れ 剥落 かすれ 植物 絵

10月9日

ある植物を探して川沿いから西永福のほうまで歩く。

川沿いの道、貧しいコスモスにかわいい斑の蝶。

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怪奇な大蛇のような藤蔓のある小さな丘(好きな場所)。

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鮮やかな赤い朴の実

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溶接加工工場の猫

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大宮八幡の近くの駄菓子屋さん

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個人的にはパンダの「カステーラ」と「餅太郎」が気になった。

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私の大好きな錆びた塗炭の場所。

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何かを見ながら描いたものであれ、記憶を描いたものであれ、「絵」はどんな絵でも抽象作用を経たものと言える。だから、抽象画なのか具象画なのかと分類することはおかしいと思う。

人間が意図的につくったのではない錆やひび割れ、剥落、かすれ、滲み、線、かたちのすごさを見ることによって、自分のつくるマチエールや形態がいかにくだらないものかがわかる。壁のしみも花であり、植物である。変化運動する線も、色の深みも、すべてそこからくる。

偶然の壁のしみや塗り重ねられ、また剥げたペンキの剥落などに興味のない人間の描いた絵を見るとつまらないと思う。その人の絵を見てすごくストレスを感じる人に会うと、壁のしみも植物の曲線の運動も見たことがない人なのだろうと思う。

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以前、この壁をずっとVX2000で撮っていたら、「何を撮ってるんですか?」通りがかりの人に話しかけられて、「世の中には変わったものに興味がある人がいるものですねえ。」と言われたけれど、画家か写真家だったらその意味が当然わかるだろうと思っているが・・・

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人間に出せないニュアンス、通念的な解釈でないものにだけ惹かれる。

いかにも見え見え、といったぬるっとした装飾画は大嫌い。見え見えの汚なさをねらった絵と同じくらい嫌悪感でいっぱいになる。どちらも通俗、陳腐である。

ものと関係がない(世界を見ていない)という次元では同じ。

組成や運動、枯れて腐る生を感じさせない装飾的な花の絵を描く人、大嫌い。

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錆やひびわれ、剥落の美しさは、予想を超えていて、いつまで見ていても飽きない。

最近、とみに、厭だと思う絵を見ると胃がおかしくなる体質になってしまい困っている。

(へたな絵はむしろ好き。型として凝り固まった表面的な絵には耐えられない。)ここまで厭だと感じる人為的なものに身体的拒絶反応が出てしまう人間はいないと思うほど。

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西永福の床屋さんの看板うさぎ。動物、植物、大好き。古色、さびれたもの、大好き。

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アロエを食べている

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2011年10月 9日 (日)

沼沢地 /烏瓜 木犀 酔芙蓉

10月8日

久しぶりに大好きな沼沢地に植物や鳥を見に行く。

今年の春にいろんな植物の新芽を見に行くつもりだったのに、放射能が気になって行くのを延期していたのだった。

前にフィルムを撮影した場所の様子が変わっていなかったので嬉しい。

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そして、何よりも一番胸につかえていたこと――バードサンクチュアリにも関わらず、毎回、私が行くと必ず車で乗り入れて来てものすごい騒音でヘタクソな調子っぱずれのドラムを大音量で叩いていた男――鳥がかわいそうだし、鳥の鳴き声に耳を澄ませないし、映画を撮ったときも騒音がはいってしまったので、実に殺してやりたいと感じるほど、私にはストレスだった――がいなくなっていたことが、もっともよかったことだ。

奥の小さな沼のほうに行くと、息を殺して同一方向に大きな望遠レンズを構えている鳥写真家さんたちが4人くらいいた。鳥は繊細なのだ。きっと鳥を愛する人たちが抗議をしてくれたのだと思う。今回こそ警察に通報しようと思い、友達にケイタイを持ってきてもらっていた(私は携帯を持っていないため公衆電話がないと電話できない)のだが、問題が解決していてすっきりさわやか。

私が近づいて鳥が逃げたらたいへんなので、なんの鳥が来ているのか聞きたかったけれど、写真撮影中の人たちとは離れて、水辺に座り、鴨の親子たちを見ていた。

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前に「オフィーリアの湖」と勝手に名付けた場所。

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シュールな絵(子供のあたまにつのがはえている。)にも見える歩行者道。

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まだ葉は緑で、一番お先にトコロ(山芋)の葉だけが黄色になっていた。

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カラスウリの朱の点が茂みの中に見えたので取ってきた。(ここは植物保護区の外で多摩川の近く)

川沿いから町に出ると、どこもかしこも木犀が満開。風の断層が捩じれながら移動するのに乗って、香りの断層がふわっと全身にかかり、また遠くへ運ばれる。花に鼻をつけたら強く香ると思うと、そうでもないのが木犀の香りの特徴。秋のひんやりした空気によく似合う。

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人家の庭で、酔芙蓉を見た。実物を見たのは初めて。なんと風流で艶っぽい花なのだろう。開花したときは白いのに、夕方にはピンクに染まり、しぼんだ花は柔らかい紅色でくしゃっと丸まっている。

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芙蓉といったら、小学生の頃、夏休みによく公園で大きな薄桃色の花を眺めていたが、酔芙蓉は秋に(秋まで)咲くのだろうか。

帰宅してからカラスウリを貝殻コーナーに飾ってみた。

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すかさず邪魔するちゃび

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2011年10月 3日 (月)

毛利武彦 花輪和一 秋の贈り物

10月3日

毛利武彦先生の奥様から絵葉書が2枚届く。芦ノ湖の成川美術館での毛利先生回顧展の時の感想ノートが届き、私の感想文を読んでくださったそうだ。

台風近い曇り日に、人の少ない美術館の静けさの中で、いつまでも対峙していた毛利武彦の絵の記憶。奥さまも最終日近い日にずっと床に座って見ておられたとのこと。

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花輪和一氏から小包が届く。開けたら鮮やかな、今年最初の七竈(ナナカマド)の実。七度竈に入れても燃えないとか。

電話すると、札幌も急に寒くなり、きょうは手稲山の頂上が白く見えたという。最近まで夏だったのに、まだ紅葉もしていないのに、もう山の上が白くなるなんて異常だと言っていた。

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いけばな作家の中野正三さんからは、今年の秋の最初の果実の赤ワイン煮の瓶詰が届く。洋梨や林檎やオレンジ、無花果にジンジャーやベイリーフなどのスパイスも利いていて大人の味。

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通りに木犀の匂いが漂っている。体調不良も戻りつつあり、本格的な秋が始りそう。

自分のための最近の体調メモ

9月19日 脱原発6万人集会のあいだ、貧血で真っ暗になる。9月22日~23日 貧血 その後胃痛の日々が続く。9月28日 朝、水を一口飲んだら強く嘔吐。頭痛、首痛がひどい。休んで薬を飲もうとしても激しく嘔吐。クリニックで抗生物質と吐き気止めと眩暈止めの点滴。熱は胃炎のせい、動悸は脱水症状と言われる。9月30日、10月1日点滴。タイプロトン、サクロフト、フォリクロン、デアノサート。

きょうは、わりと調子良い。

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