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2011年11月

2011年11月28日 (月)

浅田真央 アデリナ・ソトニコワ Adelina SOTNIKOVA

11月28日

アデリナ・ソトニコワの「ボレロ」の振付はすごく好きだ。このボレロの曲のアレンジも好き。

刻まれる3拍子とともに、発条仕掛けの人形がかっくんと動きだすように踊りが始まる。最初はオルゴールの音に合わせて人形が放たれるよう。ピアノの重い和音の響きがのっかってきて、音が強くなるに連れて人形は冷酷な時を操り、翻弄する小悪魔か妖精のように激しく踊り出す。時々左足を真っ直ぐ上げるポーズが印象的。ひとつひとつの体線が際立ったドラマを持っている。少年のようでもあり、人間的でないものでもあり、妖しくもあり、激しさの中に秘めたものを感じさせる。最後の決めポーズの強烈さ。その瞬間の表情も美しかった。

浅田真央との「愛の夢」対決。浅田真央のほうが圧倒的に演技が安定していた。けれど曲のアレンジと演出はソトニコワのほうが好きだ。ソトニコワのほうが奇妙な面白さがあった。浅田真央の使った「愛の夢」のアレンジはピアノよりストリングスのイメージが強く残って、すんなり流れすぎているように感じた。

ソトニコワは2010のジュニア・グランプリの時、もっと胸板が薄く、手足が細長く、動きのキレがすごかった気がするのだが、ほんの少しふっくらしたのだろうか。そのせいでバランスを取りにくくなったとしたら今回は残念であった。

たぶん個人的には自分はタチアナ・タラソワにはすごく興味があってローリー・ニコルにはほとんど興味がないのだ。

自分の得手、不得手のムラを克服し、どんどん自分を壊して新しく自分をつくっていく変化する浅田真央にはとても興味があるが、「愛の夢」の振付に関しては彼女のイメージどおりすぎて意外性がないというか、破砕されたところがないので強烈に印象には残らない感じがする。衣装も振付も甘く優しく流れていて特異点がないのである。

それにしてもグランプリ・ファイナル進出できたのは嬉しいことだ。

「愛の夢」を聴くとどうしても大野一雄の踊っていた「愛の夢」を思い出してしまう。甘く優しい夢見る曲は、戦争で7年もニューギニアに行かされていて地獄を彷徨って帰還してから踊りが変わった大野一雄が、100歳近くなって、震える手で踊っていたのを見たとき、もっとも激しく揺さぶられた。

つまりうら若い夢見る乙女は、到底うら若い乙女らしくない曲、恐ろしいような曲を選んで演技して見せたほうがぐっと引き立つと思うのだ。演技が始まった瞬間からの眼を見張るようなメタモルフォーゼが見たい。

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2011年11月27日 (日)

国分寺 お鷹の道 / V氏と初対面 / 湯立坂 銅(あかがね)御殿

11月26日

先日、高円寺ゆるキャラ祭りで西国分寺の(鐙瓦に足がはえたデザイン)非公認キャラ「にしこくん」と遭遇し、お鷹の道や武蔵国分寺のあたりの風景が懐かしくなり、久しぶりに行ってみた。西国分寺駅南口から武蔵台遺跡敷石住居跡、色づく雑木林の匂い、伝鎌倉街道、武蔵国分尼寺跡、府中街道を渡って七重の塔跡、枯れ草の中に赤紫のヨウシュヤマゴボウの茎が美しい柿畑、西日に光っていた欅の茶金色の葉、煤けた国分寺楼門、万葉植物園、真姿の池の前の直売所では赤い大根や聖護院蕪など珍しい野菜がいっぱい売られていた。寒いのに湧水を汲んでいる家族がいた。旧家の庭や畑の隅には、どこもかしこも今を盛りと薄紫の皇帝ダリアが咲いていた。茎が4,5mもあるので怖いような感じだ。

かつての「夜ふかし通り」はすっかりさびれてしまい、並んでいたアンティーク屋や喫茶店も無い。国分寺南口へ殿ヶ谷戸庭園を左に見る坂を上がると中山ラビさんのお店は健在。坂の上の珍屋(古レコード屋)だけはまだあった。国分寺アンティークモールの中の和食器の店とミリアム・ハスケル展をやっていた店をのぞいた。

ハスケル・コレクション展は私の好きなハスケルのイメージとちょっと違う大ぶりなデザインが多かった。値段はネックレスで148000円くらい。

11月25日

午前中、いろいろ見た中で一番可能性がありそうに思った新宿区の施設Dから断りの電話があり、そうとう心が荒んだ。理由は転倒の危険性が高いから、と言われた。病気で足が不自由だから施設をさがしているのだが、それが理由でいくつもの施設を断られた。

母を北新宿のKに迎えに行く。4時過ぎだったのでタクシーが入れる小道がありスムーズに。

7時に新宿でMが大学時代の同級生Vさんと会うというので同席させてもらい、話をうかがう。Vさんはポストモダンを地でいく人という感じ。彼が面白そうだと思うことをやって生きてきた。私とは全然嗜好が違うが、ポストモダンの言説を振り回しながら内実は権力志向で支配的で損得勘定の露骨な似非ポストモダンの人たちとは違う。直観的には正直な人のように感じた。Vさんが十数年前にMから借りていた昔のジャズのレコード十枚ほどをMに返却していた。借りた物を返すのは当たり前とは言え、よく持っていてちゃんと返したな、と感心した。

11月24日

母の施設の面接に文京区のHへ。茗荷谷で降りて湯立坂を下る。銅御殿(あかがねごてん)と呼ばれる古いお屋敷の巨木に眼を奪われた。幹回りが320cm超のムクノキとのこと。

Hの面接ではセンサーマットが6つしかないから難しそうなことを言われた。

帰りに人気のない小石川植物園の脇の道を歩いた。西日が射して輝く桜の紅葉が強い香気を放っていた。クマリンというのだろうか。なじみのある桜の葉の息の匂い。大きな蔦のからまる巨木。黄金色に染まった銀杏の木。

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2011年11月20日 (日)

エリザベータ・トゥクタミシェワ (トゥクタムィシェワ) Elizaveta TUKTAMISHEVA

11月20日

エリザベータ・トゥクタミシェワ(トゥクタムィシェワ)Elizaveta Tuktamisheva。初めてアストゥリアス(Asturias イサーク・アルベニス Isaac Albéniz作曲) (振付 ゲオルギー・コフトン Georgi Kovtun) の演技を見た時、衝撃であった。アストゥリアスの曲がそれまでのイメージと別物になってしまうくらい劇的に感じた。

極めて陰影の強い印象的な演技。

今回のピアソラのタンゴも、ラテン・セレクションも、ゲオルギー・コフトンの振付。

腕の使い方がすごい。肩、腕、手首、指の動かし方。指はまるで江戸乱菊のよう。それぞれのポーズが記憶に強く残る絵になっている。

あどけない華奢な身体。細い腕、細い指。シャイな表情、ぱぁっと花開いた大きな澄んだ眼。

彼女はわずか14歳で、演技の瞬間のドラスティックな変容、特異点というものをわかっている。芸術というものが特異点を超えることだと知っている。

きょうはきのうの大雨が一気に乾いたせいか、積乱のような雲が出ていた。風邪熱が下がってきた。冬なのに22℃もある。去年10月の色づいたベルリンが恋しい。しかしベルリンに行って凍るシュプレー川を見るなんて自分の身体では絶対無理と思う。むこうは今すでに最高気温4℃の世界。

11月19日

朝から風邪熱で頭痛。

雨の中、母を北新宿のKに送る。お寺の横でタクシーを降りて歩いて行った。玄関のソファに母を座らせて、私がすぐ横の受付に向かったほんの数秒の間に、母が私を追って立ち上がったせいで転倒してしまった。うつ伏せにうまく両手のひらで受け身になったようで、大事無くてよかったが焦った。

昼過ぎに上がる予報だった雨が夕方さらに強くなった。風邪のせいか肩痛、腰痛ひどい。

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2011年11月19日 (土)

すばる文学賞 パーティー

11月18日

すばる文学賞のパーティー。年に一度ホテルでごちそうを食べる日。

着るものをかき集めてマンハッタンの夜の高級クラブに冒険の旅をした十代半ばのカポーティーとフィービーのような気分で、黒のベルベットの古着の上に15年くらい前にイギリスのアンティーク屋で買ったミリアムハスケルのくすんだグレイの3連パールネックレスとイヤリングをして行った。

たくさんの人が集まっていると人に酔いそうになるが、ひたすら料理をとってきてテーブルで食べる。肉類が恐怖なので、もっぱら魚介の前菜みたいなものを食べる。風邪で少し熱っぽいせいで、まったくアルコールを飲む気にならなかった。

今年の魚介料理ですごかったのは、アワビの薄切りを魚介ムースやテリーヌを混ぜたものを直径30cmくらいのホールケーキのような形に仕上げたもの。アワビの薄切りがびっしりタルトタタンの林檎みたいに飾ってあり、その上にキャビアやシシャモの卵みたいなのが飾ってある。この濃密な魚介のケーキは、ほかに海老バージョンと蟹バージョンがあった。ウニの殻に入ったウニのムースもきれい。

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魚介のケーキをトングでとるとこんな感じ。上、タラバガニのマヨネーズソース。下、エリンギのように見えるが全部アワビの魚介ムースあえ。

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ロブスターのオイル焼き。

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よくわからないがロブスターの氷の彫刻。

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会場は広く、シェフさんたちのいるブースは中ほどに洋食2か所と壁の廻りに寿司、中華などがいくつもある。

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ケーキもいろんな種類があるが甘いものは眼で見ただけでおなかいっぱい。

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フルーツがとてもおいしい。

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マスクメロン、パッションフルーツ、イチジク、オレンジ、ラズベリー、ブルーベリー、マンゴー、キウイ、マスカット。ふだん食べることのないパッションフルーツは強烈な香気があり新鮮に感じる。

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人気のない夜の日比谷公園の端っこ、日比谷花壇のネオンや装飾を眺めて遊んで帰る。

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帰宅してからバレーボールワールドカップ女子の最後の試合、対アメリカ戦の録画を見たらストレート勝ちだったのですごく嬉しかった。最初の試合の頃とは見違えるほど強くなっているのに感激。

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2011年11月14日 (月)

フィギュアスケートグランプリ 浅田真央 高橋大輔/バレーボールワールドカップ /高円寺フェス ゆるキャラ /介護

11月14日

フィギュアスケートの録画を見た。

浅田真央の「シェヘラザード」。ラピスラズリ色の衣装。膝下のところが飾りバンドのようなもので押さえられていて、スピンのときの足が綺麗に映えていた。今季初戦だが溌剌としていたと思う。

「愛の夢」。昨年は清楚すぎる線の細さだったが本来のダイナミックさが出た。今まで練習してきたことが着実に実を結んでいるということなのだろうが、アデリナ・ソトニコワとの直接対決が楽しみだ。

高橋大輔の完成度にも驚いた。やはり手首、指、腕、肩の使い方がすごくうまい。首や腰の重心移動、一瞬ごとのポーズの体線の見せ方が美しい。腕をすっと軽く伸ばすのでなく、ぐっとためて重厚に見せる動きがすばらしい。

11月13日

介護施設面接に湯島まで行っていたので、フィギュアの男子フリーとエキジビションは録画。

不忍池の枯れ蓮が美しかった。

帰りに新宿御苑前のPlaceMで、沢渡朔写真展「昭和三十五年」をみる。沢渡朔大学2年の年、モダンジャズにのめりこみ、横田基地で黒人女性「バーバラ」や「ハローウィン」の子供たちを撮る。同年、60年安保闘争があり、そのときの激しい小競り合いの写真、子犬を抱いてリヤカーを引く少女と小さな少年の写真、陸奥湊駅前と書いたバス停の標識の前で待つほっかぶりの婦人たちと古い映画のポスター。とてもよい写真展だった。

バレーボールワールドカップ、対ブラジル戦を見ていたがすごい試合だった。荒木のブロックのとき涙が出た。すばらしいプレイがいくつも出て世界ランク一位にストレート勝ち。

11月12日

高円寺フェスのゆるキャラ祭りをのぞきに行った。けっこうな人だかり。

まずは私の好きなハッピーくん(フリーペーパー ハッピー高円寺のキャラ)。子供に人気のかわいいデザインと仕草。

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高円寺のハッピーくんのすごいところは口の左端がキュッと上がっていたり、腕がみじかかかったり、服の線が斜めだったり、とにかくよくできている(かわいい)のだ。

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戸越銀座商店街の戸越銀次郎。路地裏の野良猫らしい。この子もかわいくて大人気。

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なんだかよくわからないぬいぐるみを持つ銀次郎。足元にちっちゃい子供が来ていたが、足元のほうは見えづらいらしく、スタッフの人に「銀ちゃん、足元におともだち。」と言われてしゃがんでいた。そのあとその子供の頭の上にぬいぐるみを乗せて「銀ちゃん、そゆことしないのよ。」と言われていた。

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これもかわいい杉並区のキャラ、なみすけ。スギナミザウルス島に住んでいた妖精。写真では写っていないが背中に背びれがある。H18年に一般公募で選ばれたらしいが、その時の審査員にバロン吉元の名前があることに驚いた。

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次のは江戸東京博物館の「えどはくタワーズ」。来年の都市と塔の展覧会に向けてのキャラバン隊だそうだが、子供が笑っていない。東京都のやることだからセンスが悪いのかもしれないが、なんかデザインがきたない。

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続いて西国分寺のアンオフィシャルキャラ、にしこくん。最初ライオン?と思ったが、なんと武蔵国分寺の鐙瓦(あぶみがわら)のデザインと聞いて俄然興味がわく。私の大好きな国分寺崖線、お鷹の道周辺のキャラであった。鐙瓦の模様の箸置きなど、出店のグッズもしゃれていた。キャラ自体の性格は珍奇で人気者らしい。

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福島放送のときまる。(重そう。)

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バレーボールワールドカップは韓国にストレート勝ち。

11月10日

池袋の介護施設の面接。そのあとバッグを預けていた友人と一瞬のよそ見で池袋の雑踏の中ではぐれてしまい、たいへんな苦労をする。

お財布もなにもかもないので帰れない。中央通路のJRのインフォで構内放送してもらうが会えず。このJRインフォの若い女性が口のきき方を知らない(「おっしゃいましたよね」、というところを「申しましたよね」と言ってきたり)。場所について聞くがたいへん横柄で不親切。

このあと一緒に乗るはずだった副都心線で放送してもらうが会えず。

西口交番に届けるが、きっちり交通費しか貸してもらえないそうで、人にもよるが、警官が昔にくらべて恐ろしく不親切になっている。

結局3時間近く探してから親切な副都心線の職員さんに切符代を借りて帰り、大家さんに鍵を開けてもらう。家の電話の着信記録から連絡がついた。

こんなに疲れて苦労しても、私はまったくケイタイを買う気にならない。

11月9日

母を落合のSに送っていく。エントランスで受け付けを待っていたら黒いスーツの人が集まっていて、何の会合かと思ったら、カーテンの向こうから歌が聞こえてきた。白い棺が出てきてお葬式と気づいた。これもあっさりしていていいと思ったが、自分の両親も、自分も式はなしで、火葬だけしてもらったらいいと思った。

今まで経験した葬式には儀礼的で醜悪な場面の思い出が多いので、本当に儀礼抜きで、悲しむ人だで悲しんだらいいと思う。

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2011年11月 6日 (日)

言葉 詩 批評

11月2日

きのう久しぶりにMさんに電話し、即、会うことになった。3時に会って、あまり煙くない穴場の喫茶店に行き、話が盛り上がり、そのあと比較的静かな飲み屋に移動して話し続けた。気がついたら12時を超えていた。

私にとって話が合う、ということは、自分にとってもっとも切実なこと、もっとも重要なことについて、腹を割って話せて、相手もそれに関心を持って聞いてくれるという状態であり、相手が私の話のキモに興味を持たないのであれば親友になれるはずもない。

それは私の場合、必然的に何を書くか、何が「絵」なのか、という話になってしまい、つまりは毎日の生存の感覚と乖離していないことなのである。毎日の体験から疑問に思ったこと、理不尽に思ったことが問題になるのであり、通りがかりに発見したもの、実際に見たものが(記憶であれ、)絵になっていくのである。

私が心底敬愛した数少ない画家や造形作家は、作品と、実際その人に合っているときの感じ(厳しさや豊かで鋭敏な感覚)が乖離していなかった。だから一生ついて行きたいと思った。逆に言えば作品にその人らしさがすべて出ていたので裏切られることはなかった。むしろ出会ってみて、その人の恐ろしい深さに触れて、ますます惹かれていった。共通して言えることは、私が偉大な芸術家だと敬愛した人たちは、いつもまわりが見えていたし、観念でなく、「もの」をよく見ていた。仕草ひとつとっても、芸術家の血が通っていたのである。

私が敬愛した画家や造形作家には「嫌悪」するものがあった。だから、そういう対象にはひどくはっきりと意思表示するときがあった。私はそれを見て、なおさら惚れ惚れした体験があった。

ところが、物書きの場合は、事情が全く違うのである。

どうも言葉というものは、その人の身体を介さなくても、素晴らしい内容のことが書けるらしいのである。たくさんの書物を読んでお勉強好きで、情報処理能力に長けた人には高度な言語技術が身につくらしいのである。

少なくとも私は「詩」について饒舌に声高に語り続ける人には興味を持てず、存在自体が詩的な人に惹かれる。逆に言えば、存在や雰囲気に「詩」がない人、ものが見えていなくてナルシスティックな人にすごいストレスを感じるのである。

そんな話や、最近のいろんな体験から思ったことを話していたら、あっという間に時が過ぎていた。

10月31日

新宿でHさんと会う。

初めて会う人だったので、ものすごく緊張した。この対人恐怖はどうしようもできない自分の資質であり、自分の仕事をベストのかたちでやりたい、そのために出会えるものなら理解者に出会いたい、という希求のあらわれである。

相手がすばらしい引力を持ち、尊敬できる人であれば、がっかりされたくないために緊張し、相手に引力がなく、話が通じず、こちらががっかりすれば疲労し、どちらにせよ初対面の人には緊張する運命にある。

新宿のど真ん中の地下のお洒落なバー。5時過ぎはティータイムで、アイスチョコレートを飲んだ。6時過ぎからバータイムになり、赤いサングリアを飲んだ。

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