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2012年8月 9日 (木)

体操 ロンドンオリンピック

8月10日

夜、帰国したての体操男子チームのインタビューをやっていた。

内村航平の言葉、「今回のオリンピックに、少し懸けすぎていた部分があったので、――いつもそんなことはないんですけど、いつも本当にどの試合もいつもどおりを心掛けてやっているんですけど、あらためていつもどおりと思うことの大切さを学んだので、そこを生かしてこの先ひとつひとつ試合を淡々とこなしていきたいと思う。」

すごい・・・・言葉が重みを持っている。そういえば北京五輪の時、まだあどけない顔の内村は跳馬を飛ぶ直前に「いつもどおり。いつもどおり。」とぶつぶつ唇を動かしていたことを思い出した。

中国は金メダル獲得への執念と団体決勝に合わせてくる調整力が違った、とも。

「気持ちを強くもっていれば練習も変わるし、練習が変われば試合でも自ずといい演技ができる、それができれば結果はついてくる。」

内村は十分強い気持ちで、やりすぎるほど過酷な練習をしてきたと思うが、普段の練習の中で、さらに状況が一変したときの緊張やあらゆるアクシデントに臨機応変に立ち向かう訓練をしておくということなのか。

加藤凌平がお父さんが叶わなかったオリンピックに行けたことについて問われ、「本当に、体操を始めた頃からお父さんを超えたいという気持ちがあったので、まあ、ちょっとお父さんに申し訳ないっていうか、強く言えないんですけど、実績としてはお父さんを超えられたのかなと、そう思います。」と恥ずかしそうに答える姿はやはり18才にしてははしゃがないというのか、落着きがすごいと思う。

8月9日

なんだかんだと忙しく余裕のない毎日ながら、オリンピックの体操やバレーボールはLiveで見ている。入江陵介も気になってしかたなかったし、卓球もすごかった。

内村航平が絶好調といいながら現地入りしてから落下が続いたり。落下したときのすごくびっくりしたような頬の上気した顔が印象的だった。

「ミラクルボディ」を見ていたり、今までの大会をTVで見ていたので、本当に天才肌というのか、別次元の選手なのだな、と思っていたが、今回のオリンピックの予選のガタガタと、すっかりやつれてげっそりこけた顔を見て、急激に興味が深まった。

冨田洋之の世界選手権金メダル後の、特に北京オリンピック前後の、あの深まりかた、常人には計り知れない体験、努力、忍耐、工夫、苦心をして、深淵を垣間見ている人間の口にする言葉の恐ろしさに痺れたものだった。もともと朴訥で、完璧主義だけれど目立ちたがりではない冨田の言葉は、実に個的体験の真実から出てきていて、その個的体験の稀有さ、稀少さ、深さに見合うように、言葉がどんどん端的に、重みを持ち、稠密になっていったのにものすごく惹かれた。

が、内村航平の言葉は・・・・彼自身の感じている個体的真実と彼の言葉はあっているんだろうと思うが、どうも身体のストレス反応による変化や疲労を言語として認識できないほどエンドルフィンが出ている状態なのかな?と思った。

それが緊張なのか昂揚しすぎなのか、器具が使いづらいのかはわからないが、とにかく内村が本能のように自在に操っていた身体の制御に不具合、不自由が出てきたということで、今までよりずっと祈るように応援したい気持ちになったことは確かだった。

アテネからずっと冨田洋之の大ファンだったので、4年前に内村航平が出てきたときは、なにか精神的に幼く見えてしまって、あまり好きでなかったのだが、あれから4年で、常人には想像できないような気の狂うほどの練習量と濃縮された時間を過ごして、すごく大人になってきたように見えた。

団体予選の時の最後の平行棒演技のときの形相は、アテネのときの冨田のような鬼気迫る顔になっていた。あの顔であれば個人総合はやってくれるという気がした。

凄みと同時に、身体そのものの美しさ、体線、動きやリズムの美しさが恐ろしく洗練されてきて、それを同時代に見るのは奇跡的な喜びだ。とにかく彼らは晒されている。その身体演技そのものに、欺瞞や虚飾の余地はない。

(ある種のアート、表現を見ても、それをやっている人の個的真実の稀少さや凄さ、過敏さや思考の深さに惹かれない場合は、まったく興味を持てないのだ。それを持てない場合は、アートよりある種のスポーツの身体表現のほうが、ずっとずっと眼からはいってくる真実を持って胸を打つ。それがそのときのあるルールとか採点法とか、いろいろなものに規制された型を持つものであるにせよ、リアルに研ぎ澄まされたはらはらさせられる生身の身体表現だからだ。

選手の言葉には身体をコントロールすることがいかに難しいかということが経験から訥々と語られていて、言葉を高度な技巧によって操る人たちのように自己韜晦がないから好きだ。)

どうなるかはらはらしたが個人総合の金メダルを獲れて、素直に「夢かと思いました」と言っているところは、素直で晴れやかでかっこよかった。

ゆかの銀メダルのときの、最後にやっと満足の演技ができて嬉しい、というのも爽やか。しかしそのあとの、皆さんに勇気を与えられる演技ができたと思うんでよかった、という発言はマズイなぁ(笑)。それは見た側が言うかもしれないことで、演技した側がいうことじゃないから。4年前よりすごく大人になってきたけれどまだまだ言葉が稠密になっているわけじゃない、ということはまだまだこれから伸びるということなのだろう。

そしてクールな美少年、加藤凌平。あの落着きは素晴らしい。NHK杯で見たときは本当にびっくりした。

団体の銀メダルのとき、加藤凌平が花束の匂いをかいでいる仕草がとても初々しかった。黄色とオレンジとピンクの薔薇に麦の穂とラベンダーの花束はイングランドの田園を思わせる素敵な花束だった(個人的には、昔行ったコッツウォルズやウインダミアの田園風景を思い出した)。

加藤凌平の魅力満載の、この「スッキリ」という番組には冨田洋之も出ていたんですね。

http://www.56.com/u95/v_NzA1ODAyMjA.html

なお、負傷した山村がなぜか嬉しそうなにやにや笑い(照れ笑いなのか?)を満面に浮かべながら冨田洋之におんぶされて退場して行った時は、本当に、ちょ・・・!? 勘弁してよ、山室~という気持ちでいっぱいでした。

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