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2012年10月

2012年10月26日 (金)

『反絵、触れる、けだもののフラボン』完成  個展2012.11 .7~12

11月5日

朝から作品の撮影、展示写真の選択。

また昨夜新しく描いた水彩に合わせてマットを切りに世界堂へ。

11月4日

新しい本、本屋さんに書名を言って注文していただければ、どこの本屋さんでも買えます。アマゾンでも買えます。

http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%95%9F%8ER%92m%8D%B2%8Eq

『反絵、触れる、けだもののフラボン』 主な目次:

緋の異貌 動物媒――中川幸夫に

若林奮 人間でないもの

もっとも劇的な雲、異空間の生成――浅田真央「鐘」に

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個展直前だが、毎日新しい絵を制作し続けていて余裕のない毎日。世界堂に2回目のマットのカット注文に行く。

11月2日

台湾からSMSで私の描いたパンジーと薔薇の絵のラベルの台湾花王の洗剤の販促グッズが届く。ミニノートなどがあり感激。

洗剤の写真と私のプロフィールの台湾のサイト

http://shopping.pchome.com.tw/?m=item&f=exhibit&IT_NO=DAAK04-A63565061&SR_NO=DAAK04

11月1日

堀内宏公さんから、私の出した個展案内のお返事で、とても素晴らしい文章の葉書が届き、ほろり、とくる。

10月31日

朝3時に起きて、ずっと水彩を描き続ける。午後、世界堂でマットのカット位置指定するのに4時間以上かかって、8時に店を出、ふらふらで吐きそうになる。

10月26日

午前中、郵便屋さんが来て、ついに出来上がった新しい本『反絵、触れる、けだもののフラボン』(水声社)が届いた。

印刷の色が見本の微妙な調子を再現出来るのか心配で、封筒を開けるのが恐ろしくて胸がばくばくしたが、すごくうまくいっていた!

すごい、印刷の職人さんの技量、そして仕上がりを想定しながら、インクの色のブレを逆算してPCのデータの色の見え方をすごく細かく調整してくれたデザイナーcoppiceさん。

本当に胸がいっぱいだ。

本は来週くらいから配本されるそう。私の個展にぴったり間に合う感じで、個展でも販売する予定です。

http://www.suiseisha.net/blog/

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福山知佐子個展 

『反絵、触れる、けだもののフラボン』   出版記念

KID AILACK ART HALL 5階ギャラリー

2012年11月7日(水)~11月12日(月)

11月7日は16:00~20:00 

11月8日~11月11日 13:00~20:00

11月12日は18:00まで

会場の都合によりお花はご遠慮申し上げます。

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2012年10月22日 (月)

牧野富太郎生誕150周年 植物画コレクション / まんまの樹の下

10月21日

個展まであと2週間ほどしかなく、忙しさも大詰めなのだが、牧野富太郎のコレクションした江戸後期から明治期の植物画を見たくて、牧野記念庭園記念館へ。

きょうは日焼けしそうな眩しい日差しの日だった。どこに行っても満開の木犀が香った。

阿佐ヶ谷からバスに乗って、荻窪、井草、石神井公園のほうを通って、大泉学園駅へ。バスの中まで木犀の匂いが漂ってきた。東京の街には、本当に金木犀が多い。今年はまだ銀木犀の花を見ていない。

大泉学園駅の近くに区の農園があり、いろんな野菜や片隅の植物が光にまみれていた。その向かいの道を右折すると鬱蒼とした牧野記念庭園記念館。

入場は無料なのであった(すごい)!受付で入場者名簿に名前を書いている間に蚊にがんがん食われる。牧野富太郎生誕記念150年記念誌、300円を買う。

受付の横にあったこの庭園での収穫物。

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牧野富太郎の使った画材が展示されていた。誰の銘だったかメモし忘れたが、名人の作った蒔絵筆が3本くらい。ウィンザー&ニュートンの固形水彩。

くるくると渦巻が巻いて、最後に「の」という字になっている恐ろしくセンスの良い自作のはんこ。

手書きの知性と画才あふれる年賀状。すごくラフに描いているのに、装飾のための植物に朝顔や藤を描く構想が決まっていたことがわかる植物図譜ペンのスケッチ。

そういうリアルなものを見て、もう興奮に次ぐ興奮。ただ真っ直ぐな探究心と、ほとばしる知性、やっていることの美しさにただ頭が下がる。

そしてすごく見たかった服部雪斎と関根雲停の植物画。

服部雪斎の画でまず感心したのはキキョウの仲間の植物。いわゆるありきたりの葉のつきかたをしていない。つまりこの個体をそのままよく見て描いている。その誠実さ。

とにかく目の前にある個体を細かいところまで、見ることのできる限界まで見て、描写している。だから、その個体のリアリティがすごい。なまめかしいまでに生命を持っている。適当に楽に簡略化してお決まりの陳腐な造形になっていない。

服部雪斎で、もうひとつ見入ってしまったのは、「マミラリア属の一種」疣疣のてっぺんから棘はびっしり生えている小さな仙人掌の画だった。ひとつひとつの棘を細い蒔絵筆できっちり起こしている。当時(1800年代)の絵の具で、緑色の仙人掌の構造の上にこれだけ細くぴっちり棘を浮き立たせられるのはどんな絵の具なのだろう。胡粉で蒔絵筆で一筆でこんなにきれいに線が立つだろうか。

関根雲停の画で魂を奪われたのは「蒔羅(ジラ)イノンド」(私の大好きなディルというハーブのこと)だった。一本一本の葉の細い線が全部うねっていた。そして葉の色が微妙に色が変化していた。

絵葉書が駅前の雑居ビルの本屋で売られていると掲示されていたので、駅前ビル4階の本屋に行って聞くと、そこにはなく、もうひとつの小さな小さな1階の本屋のレジのところに売られていた。6枚セットの絵葉書を買ったが、関根雲停の「蒔羅」がなくて残念。服部雪斎の「ケレウス属の一種(セレウス)」は、柱仙人掌の一種の真紅の花の画だが、絵葉書だと蕊の線がつぶれてしまっている(インクが濃くのりすぎ)。実物は大きなポスターに拡大しても絵のアラがまったく見えないほどの稠密さ。

余談だが、私の購入した絵葉書は一枚が文字の版ずれ、一枚が表書きの文字がまったく抜けていた(白紙)。これはラッキーアイテムかな、と思う。

農園のフェンスのところに、大好きなオオケタデが咲いていた。この花は「まんま」と言われる花(イヌタデやオオイヌタデ)の中でも、ひときわ花が美しくて、私にはむしろ豪華な花に感じられる。ほんとに幼い頃の感動の強烈な思い出から、ずっと大好きな花なのだ。

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矢代まさこの作品に「まんまの樹の下」というのがあったな~。睦月とみ名義だったか、大好きな作品で、何度も読み返したのでネームを全部ソラで言えるくらい。「まんまの樹のした」の収録された作品集は「ピースバードストーリー」だったか、友人に貸して返ってこなかった。私にはすごく大切な本で、まんだらけでもなかなかお目にかかれないが、いつか再会したいと強く願っている。

そのあと石神井公園にまわる。石神井公園の池は、猛暑のせいか緑の藻が繁殖して、どろどろの青汁のスープみたいになっていた。鳥は少なかった。鴨たちに甘食をちぎって投げながら歩く。

三宝寺池を一周する。こちらの池のほうが原生に近い感じで好きだ。ドイツのベルリンの公園の風景を思い出す。

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遠くにコサギが3、4羽飛び立つ中、アオサギが一羽、じっと立っているのが見えた。

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杭の上に五位鷺がいた。驚かさないように息をひそめて撮った。

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2012年10月18日 (木)

『デッサンの基本』 第14刷

10月18日

『デッサンの基本』重刷が決まりました。第14刷です。

買ってくださったかたに、本当に、心より感謝します。

鉛筆素描をする皆さん、急に寒くなりましたが、くれぐれも手の指の筋肉などを傷めないように、普段から気をつけてくだっさい。描く前には手を温めるといいです。

このたび、私は生まれて初めての腱鞘炎で、鉛筆が握れない日々を過ごし、もう一週間目です。治療院でマッサージしてもらったら、人差し指の付け根の内側に痛いしこりができていて、親指と人差し指の間の筋肉のあたりに内出血のあとがあった。各指の付け根、右手首、肘のほうも筋肉も痛い。

よくわからないのですが、たぶん、人差し指のマウスのクリックのしすぎが原因。それから本つくりの緊張による自律神経失調。朝まで眠れなかったり、不規則な生活で疲労がたまったのだ。

(内緒だけど、本の推敲、校正、校正、校正・・・で過緊張が続いていたときに、ストレス解消のため、深夜、PCでスパイダーソリティアをやりすぎてしまったのだ。1205のスコアが出て喜んだりして。)マウスクリックで、ここまで指の付け根が痛むとは・・・。

まだちょっと指が痛いが、きょうあたりから調子を見つつ、鉛筆素描を再開しようと思っています。

10月17日

パネルに水張りしていない大きな絵に定着液を噴霧するため、個展スタッフ(友人)とミーティング。

心配していた雨が3時頃から、やはり降ってきて困った。非常階段のところで噴霧。

夜6時すぎ、四谷で食事。雨ですごく寒い。

10月16日

夕方、高田馬場で食事。

夜、「永山則夫 100時間の告白」~封印された精神鑑定の真実~の録画を見る。

虐待の連鎖の問題が、あまりにも辛い。

愛情をまともに受けなかった人間は、他者に愛情を注ぐということがどんなことかわからない。

永山の母は、自分が母親に捨てられたから、大して罪悪感もなく、幼い則夫たちを極寒の網走に捨てた。親が愛情深くなれないのは、その親、そのまた親、そのまた親・・・・・・が愛情深くないのが原因だとしたら、・・・・・・。

しかしあの永山の才能はどこからくるのだろう。インタビューにこたえる言葉にも才能を感じる。惹きつけるものを持っている。

こういう番組を見ると、自分の父のことを考えざるを得ない。

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2012年10月13日 (土)

『反絵、触れる、けだもののフラボン』 カヴァー色校

10月15日

きのうデザイナーさんから届いたカヴァーなどの色校を持って、午前中に出版社へ。

今年初めての木犀が香った。あたりを探すと、まだ莟ばかりの金木犀がいたるところでほころび始めていた。

これで、本の制作に関しては本当に終り。次は個展の準備。

日差しが眩しかった。帰りの住宅街に、柵の向こうで外を見て、嬉しそうにぴょんぴょんはねている小さな犬がいた。ものすごく撫でてかわいがりたかったのに、少し前を歩いていたおじさんに先を越されてしまった。後ろに立って待っているのも変なので、しかたなく駅に向かった。

右手の腱鞘炎の痛みは手首から腕、肘まで及んできている。鉛筆やボールペンがまともに握れない。水道の蛇口が閉められない。ペットボトルが開けられない。

あまり寝ていなかったので眠かったが、母を迎えに4時に東中野に行かなければならないので、昼寝できなかった。

母を自宅に送り、食事と薬をとらせる。疲れていたので、父が絡んでくるのが耐えられず、少し神経が参ってしまった。

10月13日

午前中に、デザイナーさんから、『反絵、触れる、けだもののフラボン』のカヴァー、表紙、帯の色校が届いたというメールが来ていたのに、ルーターのコードが抜けていてメールも受信できていないという為体(テイタラク)。

午後に電話で話す。これからすぐ私のところに翌朝便で色校を送ってくれると言う。それで、修正希望をデザイナさんーに電話して、修正のしかた教えてもらって、私は色校修正を月曜の午前中に出版社に持っていくべし、とのこと。

デザイナーさんはサントリーウイスキー白州の工場の山の、もっと上のところに住んでいるのである。だから、一枚しか出ない色校を見に、デザイナーさんの自宅にぱっとは行けないのだ。

帯も表紙も、まあ、予想通り色がいかなくてもいいんだけれど、カヴァーだけが心配。過緊張で胃と肩と背中が痛くて、玉ねぎがんもをつまみに、鎮痛剤とビールもどきを飲んでいる。

デザイナーさんにものすごくわがまま言って、黒に近い微妙な紫色に背景を調節してもらったのである。そして表1の絵は、もとの銀箔腐食の絵をデジタル処理で華やかに色を変えてもらって、試しに色校出してもらってからさらに黒を薄く、緑や紫の銀箔の変幻の色が強調されて出るよう修正してもらい、とにかくすごく神経質に希望を言って、できるかぎり精確にオペレートしてもらった。むこうも介護で多忙なのに、本当にすご時間をとらせ、く迷惑をかけているのである。

ここまで何度も時間をかけて修正してもらったものが、最後の印刷のときにうまくいかなかったら、ほんと、死にそうになっちゃうんだろうな~。カヴァーは一回こっきりで、印刷する人の技量やセンスで決まるんだろうし、指定の意味がうまく通じるのだろうか、とか、肩が痛~い、首が痛い、逆流性胃腸炎がひどくなる・・・・・・。

さらにまずいことに、昨日の夜、個展ハガキも出来てきたので、大切な人に送ろうとしたら、右手の指の関節が痛くて、まともにボールペンを握れない。文字を書こうとすると痛くて、指をかばって緩く握ると目茶苦茶へたくそな字になってしまう。これが腱鞘炎ってやつ??今ごろ手に溜まってた疲れが出たの?

それで、最低、PCやメールを持っていない私の尊敬する先達には、右手が痛くてもなんとか手紙や案内はがきを送ろうと思います。ブログなどで見て、興味を持ってくださったかた、申し訳ないですがはがきは送れない(宛名が書けない)と思いますが、どうか、個展にお越しいただけたら幸いです。よろしくおねがいします。

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2012年10月12日 (金)

個展はがき 新しい本『反絵、触れる。けだもののフラボン』責了 IZIS(イジス)展

10月11日

朝9時前に、オンデマンドでお願いした個展のハガキが届く。ちょっと黒っぽいというのか、全体に墨が強くかかってしまったけど、まあ、これはこれで、派手さはないがきれいかなあ、と思う。

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明け方4時ごろ緊張で目が覚めて、しかたなくサングリアを飲んで一時間半くらい台所に立っていたので(その後また眠ったが)眠い。

もう一度PDFを確認。最後の最後にまだプロフィールの表記に修正を見つけた。編集さんに電話して聞くと、きょうの午後、もうデザイナーさんのつくったカヴァー、表紙、帯のデータも本文と一緒に入稿、明日には簡易色校が出てくるると言う。その簡易色校はデザイナーさんに即、送られ、デザイナーさんには月曜に出版社に着くように修正を入れて送り返してもらう、と言う。

ハガキの背景の黒紫が潰れて墨になっていたのですごく不安になり、すぐにデザイナーさんにメール。ハガキの見本を送る。午後、デザイナーさんと長電話。カヴァーの印刷の話とお互いの病気の話と猫の話。

夕方、IZIS展を見に、日本橋へ。

IZISの初めての大回顧展が2010年にパリであったと書いてあった。1911年生まれだから生誕100年ということか。

1911年、帝政ロシア支配下のリトアニアのユダヤ人家庭に生まれる。本名はイズラエル・ビーデマン。1918年にイズラエリス・ビーデルマナスに改名。

ずっと前から大好きな写真家なので、絶対見たかった。写真の中は静かで、ゆっくりと時が流れ、画家を志した人だという感じがものすごくする。

リトアニアのユダヤ人大虐殺からからくも生き延び(両親と弟は殺された)、激動の人生を生きたイジスだが、彼の写真は詩的なルポルタージュであり、報道に傾き過ぎず、あくまでその表現は抑えた中に豊饒な詩を感じさせる。政治的メッセージや戦争の悲惨さをあからさまには撮っていない。

同期のロベール・ドアノーの写真集も見たが、やはり微妙にイジスのほうが繊細で人見知りと言うのか、レンズを向ける対象への接触のしかた、愛情のありかたが違う気がした。

実際「カメラを持って人々に近づくには長年かかった。しかし、次第に彼らを見ないで撮影出来るようになった。私が撮る人々は自分の世界、つまりは自分の夢の中で多くの時間を過ごしていたので、私を見ることがなかったからだ。」と語っている。

私もゲッティンゲンで、かわいすぎる子どもたちの行動をさりげなく撮った。決して、撮らせてくれますか?とは言えなかった。石でできたライオンの彫刻のついた階段の手すりにまたがっていたかわいい8歳くらいの美少女・・・・・・お姉さんらしき女の子に撮られてるよ、と告げられて恥ずかしそうにぱっと降りていたっけ。私もすっとカメラをそらして知らないふりをした。木の蔓でつくった弓矢でポールに命中させる遊びをしていた3~5歳くらいの幼稚園児たち。夕暮れの灰色の世界で、嬉しそうにはしゃいでいた子供たちの記憶がずっと繰り返し動きながら見えてくる。

イジスにものすごく共感するのは、「散策」の感覚だ。彼の撮る写真はつくったものではない、そこにあるのは「自己表現」ではない、歩き廻って、見つけたものの瞬間をそこにとどめているだけだ。その発見する「眼」に心底魅了される。

現実の中に詩があふれ、夢想と現実が交錯する。それは現実であり、もっともながく残る「思い出」なのだ。

私の好きなフランシス・ポンジュのポートレートがあった。

コレットとの「地上の楽園」。カポーティ―がコレットの家によばれ、ガラスのペーパーウェイトのコレクションの中からひとつをもらい、それがきっかけでペーパーウェイトのコレクションにのめりこんでいった話を思い出した。

10月10日

新しい本の第三校の修正をずっと提出しないでいたが、編集さんから電話があり、最後の最後のチェック。PDFで出したもらった部分に2ページ、さらに不安で前提出した原稿のコピーをもらっておいたページに修正箇所があった。

最後の最後でまだ修正があるということはものすごく不安だ。

若林奮と毛利武彦の文章からの引用において、たとえば毛利武彦が行替えで頭ぞろえで書いていた文章について、詩ではないので、行替えを示すためのスラッシュを入れるのか、入れないのか、最後まで迷って、結局入れた。

毛利先生の文章では「絵具」という表記だが、私の文章では「絵の具」。若林奮の文章については「或は」という表記に統一、しかし私の文章では「或いは」と「あるいは」の二つの表記をコンテキストによって使い分けた。若林奮の文章では「向う側」という表記を、私の文章では「向こう側」などなど。

文章全体は友人によんでもらったが、引用元の文章は友人にも編集にも、誰にも読んでもらっていない。つまりは私ひとりがすべての引用元を確認していったら百箇所くらいの修正があった。

それで怖くなって、何度読んでも胃が痛くなる緊張状態が続いたが、年貢の納め時ということで、編集さんの指示により、きょうの午後PDFの修正を送り返した。

明日の午後には、もう入稿するとのこと。

10月9日

母を東新宿のKにタクシーで送る。

朝、母の歩行がいつもより不安定で足がもつれている。大通りまで歩くとき、右手で母の右腕の付け根を持って、左手で左肩を抱いて歩いたら、右腕の上部が痛いとしきりに言う。

打撲かと思ったが、施設の保健士さんに診てもらったら、虫刺されだと言う。施設の薬は初日、応急でしか使えないので、継続治療のためにステロイドと抗生物質入りの軟膏を買って持ってきてくれ、と言われる。施設は駅からけっこう離れていて、届けるのはたいへん。会社勤めで絶対時間が取れない人なんかはどうしているのだろうか。施設の薬使用料として、あとで請求してくれていいから、施設の薬を塗っておいてくれたらいいのに、と心底思う。

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2012年10月 9日 (火)

個展 新しい本 若林奮

10月8日

所持している額と写真用フレームのチェックのため、預かってもらっている友人の事務所へ。

写真用のフレームは、中に、以前一度だけ展示した写真がはいっていて、すごくいっぱい。絵画用の額もいっぱい。中身を入れ替えるだけで、もう一生買わなくていいな、と思う。マットだけ精妙に絵の形に合わせてカットしてもらえば。

世界堂に行き、新作の素描のために紙を6種類ほど買う。今までたまっていて展示するかわからない多数の作品の保存用ポートフォリオも買う。大きな平面作品を入れようかと思っていたポスターパネルは、安っぽく見えるので購入をやめた。それなら額なし、パネルなしで裸で展示したほうがいいと・・・。

遅く帰宅したらデザイナーさんから個展案内ハガキのデータのPDFが届いていて焦った。制作年と地図の修正あり。

そう、1か月前なのに、まだ個展のハガキができていないのである。デザイナーさんのせいでなく、自分のせい。早くに頼んでなかったから。

新しい本の最終校正がまだ入稿されていない。最後の最後、今一度、読み返す必要があるので。

個展の成功(何を持って成功と言うのかは本当に自分の感覚でしかないのだが、やってよかった、素敵な人、感覚が合う人と一瞬でも触れ合えた、という感覚でしょうか)と本が後悔なく仕上がること、そして数人でも興味を持ってくれる人が買ってくれるということ、しか今の望みはない。

前の個展は対人関係で本当につらい嫌な体験が残ってしまったので。

やってよかった、と自分で感じること、本当にそのほかのことは何も望んでいない。

2日前、胸が痛くなるような感じがあった。いろんなことが時間不足で、いっぱいいっぱいで、すごく不安で苦しかった。この不安の感じがすごく強くなって、自分で抑制できなくなると過呼吸とかパニック障害になるのかなあ、と想像したりした。

本を出すにしろ、個展をやるにしろ、誰に強制されたわけではなく、自分が自主的にやるんだと思うと、こんなものでいいのか、もっと、自分の極限はここではないのではないか、すごく恥ずかしいことをやってしまっているのじゃないか、という不安にかられる。

1日経って、自分の過去の作業を確認しだしたら少し落ち着いた。やっぱり過去に撮っていた写真も、そのセレクションも、今でも同じものを選ぶと思う、と確認したら自分の最大限の力はこんなものだ、と安心できた。

自分の限界でしか、ことはなされない。しかし、限界とはどこなのか。後悔しないように努力したいだけだ。

今回の新しい本の中で、一番書くことと校正に苦心惨憺したのは若林奮へのオマージュである。あとは中川幸夫と毛利武彦について。取材をして調べ上げたわけではなく、自分の体験して知っている範囲で書くことはひどく不安だが、そういう書き方を選んだ。

若林奮の言葉を読めば、つまりは、ものを見て、感じている普段の自分の絶え間ない生を断面として切り取ったものが作品となる、ということだ。

何か表現するものを持っているとか、作品を作り上げる、という考えかたはおかしいということ。

逆に考えれば、常に絶え間なく何かを見て、何かを感じ、思考している人間の、その生の時間そのものが興味深くなければ、それのどこを切り取っても、別に面白い作品はならないということだ。生そのものが常に新鮮な眼と思考で継続している人間でなければ、作品も、その人の言葉も、何も面白くないということ。

この考えはとても共感できると思う。

結局、この人は普段どんな世界を見て、どんなことを心底感じているのだろう、この人の情熱はどこにあるのだろう、と興味を持てない人には、私は全然興味を持てないのだな。つまりは作者の生ということ。

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2012年10月 7日 (日)

個展 2012.11.7~11.12

個展までちょうどひと月をきってしまいました。

福山知佐子個展 
『反絵、触れる、けだもののフラボン』   出版記念

KID AILACK ART HALL 5階ギャラリー

2012年11月7日(水)~11月12日(月)

11月7日は16:00~20:00 

11月8日~11月11日 13:00~20:00

11月12日は18:00まで

会場の都合によりお花はご遠慮申し上げます。

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KID AILACK ART HALL
 
〒156-0043 東京都世田谷区松原2-43-11
[京王線/京王井の頭線・明大前駅より徒歩2分]
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10月7日
 
午前中激しい雨が降り、午後20度くらいだった。
 
 
今年初めてすっきりした秋らしい空気を感じた。それと同時に、2年前ベルリンで見た美しい絵になっていたゴミの風景や、古い壁の落書きがフラッシュバックして見えた。
 
空気の温度と湿度と、光の漢字の記憶によって、そのときと同じような気象の体験の記憶が鮮やかに蘇る。地下鉄の匂いまではっきりと、今、感じる。
 
 
10月6日
 
新しい本と個展について、特に新しい本に関して、最後の最後の詰めになって、ふいに不安に駆られた。
 
誰でもものすごく神経を使ってがんばったことについてはそうだろうが、考えるほどきりがない。考えるほど修正が出てくる。 
 
 
それで、ひどく心もとなく、心配になった。 
 
引用元を調べて確認して、間違っていたと気づくとき、自分の杜撰さがひどく厭になる、というのか、何をやってきたんだろう、と思う。ああ、注意力散漫だなあ、と。それでたまらなく怖くなったりした。なんというのか、もっと本来書くべきことが書けたんじゃないだろうか、私の頭がもっと冴えている状態だったら、という不安。
 
 
第3校を読んでいたら提出した修正がなおっていない箇所があった。それくらいで普通なのだろうが、また不安。
 
 
深夜、フェイスブックに個展情報をのせようとして、あれこれ説明を読んだがよくわからない。なにしろ親しい友人はひとりとしてフェイスブックもツイッターも使っておらず、友人に一般からフェイスブックのタイムラインの情報が読めるか尋ねてみると、私のタイムラインの情報は何一つ読めないと言う。
 
フェイスブックの個展情報なんてまったく検索にもかかっていないと言うのだ。
 
なんだかさっぱりよくわからないまま一応フェイスブックに載せてみた。
 
 
まだ本の最終稿が決定していない状況で、個展の準備は、まだ全然始めていない。とりあえず未発表のものが何点くらいあるのか確認する予定。それと合わせて新作も同時に制作。
 
 
 
 

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2012年10月 5日 (金)

機械じかけの小児病棟 Fragle / イラつくメールについて

10月3日

第3校のPDFが戻ってくるちょっとした間に、リフレッシュのため(?)映画を見る。

最近高い評価のスペインのハイメ(ジャウマ)・パラゲロのホラーである。

「機械じかけの小児病棟」――原題は「Fragile」という私の大好きな言葉。格調高すぎてどんな映画かわからないと思ったのだろうか、「機械じかけの小児病棟」とはちょっと安っぽい邦題にしたものだ。

「Fragile」という原題はすばらしい。Fragileなのは子どもたちであり、心に傷を負った主人公であり、命であり、・・・この何とも言えない薄闇の病院の廃墟であり、そこに残された埃だらけの痙攣するぜんまい仕掛けの人形でもある。

病院の廃墟の映像を見られるだけでも、感動してしまった。廃墟には薄暗い緑の光が似合う。

キャリスタ・フロックハートはとても好きな女優なので久しぶりに見られて嬉しかった。アリー・マイ・ラブの時は摂食障害だったというが、華奢なのにすごくフル回転で演技していた。あの可憐さ、かわいさと同時に哀愁がある表情を持っている知的な雰囲気が好きだ。

まわりをとりまく病院関係者も皆少しずつアクがあり、全面的に信じていい味方は誰もいないところがリアルである。主人公に気があるのだがちょっとデリカシーに欠ける医師や、最初から全ての事情を知っていそうな病院長が、過去の遺恨の原因のキーパーソンではないか、と疑わしくなる。

中では一番いい人っぽい(幽霊に恨まれそうもない)黒人が殺されるのは、なぜ?という感じがする。

「眠れる森の美女」のアニメ(なぜか59年の美しいディズニー映画ではない、最近のディズニーっぽいが変な、美しくない絵のアニメ)を子供たちが見るときに嫌な予感がしていたのだが、最後に主人公が瀕死の状態になって蘇生術を受けるときに、あの俗物男の医師が口をつけて人工呼吸するんじゃないだろうな、そういうオチだけは許せないけど、と思ったら、最後に愛の口づけで救いに来たのはあの男ではなかった。ああ、よかった。

最後に出る「死後もそばにいてくれた君へ」に泣ける。

10月2日

10月2日、skypeのSMSに、「知佐子さん、最近どう?」(英語)のメッセージが来る。もう話したくない相手なので無視していた。すると次の日、「あなたのskypeはオンになってるんだけど(どうして返事しないの?)最近どうなの?」というメールが来る。話したくないからですよ、とイラッときたが個展が近いのでものすごく忙しいです、とメールで返事する。すると「どこで個展するの?」とメールが来て、返事したら、その次に、「Would you be interested in a small illustration job?」というメッセージが来たので、忙しいって言ってるのに、とイラッとくる。何に関してのイラストレーションで、どういう条件なんですか?とメールを返信したら、返答が来ない。

すご~くイラッと来る。仕事の話を持ちかけるときは、内容、条件を書いて来るのが当然だと思うが。条件がわからないなら返答しようがないでしょ。それともただ私と関係を断ちたくなくて、絡んできてるだけなの?相変わらず相手の状況無視し、自分中心、懲りねえな~。

ほとんど年下(ごくたまに年上のバカもあり)の人にしか当てはまらないが、未知の人で、自分から話(メールなど)を仕掛けてきて、こちらから質問するとナシノツブテ、というのが何件もあり、すごく腹立たしく、全く意味不明だ。じゃあ、なんでそちらから連絡してくるの?こちらの質問にきちんと答える誠実さもないのなら、信用できないし、どんな人が判断しかねるので、付き合えるわけもない。完全に拒絶したい相手でない限り、私はわりとすぐに返事を出す。まして目上の人には文面に細心の注意をはらって、丁寧に返事する。目上の人には大抵はきちんとした文字で封書で手紙を書く。最近の若い人は自分から誘いをかけておいて、平気で返事を無視し、自分の気がむいたときにメールするのだろうか。

こちらの質問に返事がなかった時点で、私は向こうから拒絶の意味と取るのだが、期間が空いてから、何もなかったように、最近どう?みたいなメールとか、信じられない。本当にイライラする。一度こちらの意味のある質問メールを無視されてからの、しばらく経って意味のないメールをよこされても、私はもともと相手に興味ない。友人としてふさわしくない人と無駄話する余裕はない。用件はなんなの?仕事の話じゃないなら、うぜえんだよ、ボケ。

会話のキャッチボールができない人、こちらの質問には答えないで、自分の気分や感情だけをぶつけてくる人、本当に気持ち悪い。正直、なんで私にわざわざ話しかけてこようとするのか、わけがわからない。自分だけの世界に住んでいるなら、話かけて来ないで、勝手に自己完結していてほしい。

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2012年10月 4日 (木)

新しい本 『反絵、触れる、けだもののフラボン』

10月2日

新しい本『反絵、触れる、けだもののフラボン』の第3校を持って出版社へ。細かいところではあるが、まだ修正すべこところが細々とあり、そのページだけ確認のためPDFを送ってもらうことにする。

デザインはカヴァーの修正も何度もやってもらい、帯も決定、あとは表紙のデザインのみ。

きょう、表紙のインクの色も決まった。セピアにしようと思ってたのだが渋すぎるということで、結局菫色。こんなきれいな色でいいのかなあ。腐った葡萄(巨峰)みたいな色がいいと思うんです、と言ったら編集さんが笑われた。

あと一週間くらいで印刷にまわってしまう、と思うとすごく怖くなる。誰でも校正はきりがなくなる、と編集さんは言ったが、本当に、自分で望んでいた本、精魂込めた本が、いざ印刷されるとなると、すご~く不安というか、こんなんでいいのだろうか、もっと死ぬほど頭を回転させて推敲すべきなんじゃないだろうか、と思ってしまう。

もっと、もっと、頭が切れる状態にしなければ(自分自身の限界はもちろんあるけれど、)いけないのじゃないか、それには、集中したら少し休んだりしながら、頭を限界の状況まで使い切らなきゃいけないんじゃないかという思いがある。

詩的なあいまいさも含めて、どれほど言葉が適格なのかが絶えずわからなくなる。一度、二度、と読んで何十回も読んでいると感覚が変わってきて、自意識の苦痛と不安でおかしくなってくる。

自分の書いた文章を読むのは、自分の描いた絵を見るよりも苦痛だ。ものすごくいたたまれない気持ちがする。しかし削ってしまうと真実が消えてしまうようなこともある、みっともなさの感覚とどこまで冷静に向き合えるのかの毎回せめぎ合いで苦しんでいる。

結局は「信憑」ということだ。誰がその才能のあるなしを判断するのか、未知の領域だ。

9月27日

かわいい動物の写真を見た直後は集中力が高まる、と広島大の入戸野(にっとの)宏准教授(41)=認知心理生理学=のグループが米科学誌に研究結果を発表。

確かに、ちゃびがいてくれるだけで集中力が高まる。かわいいなあ、といういつも新鮮な驚き、昂揚した感情がやる気のドーパミンのようなものを出させているのか、ストレスを解消させて落ちかせているのか、とにかくこの研究は素晴らしい。

先日の、おしゃべりが過ぎる人を黙らせる機械でイグ・ノーベル賞を受賞した栗原一貴さんと塚田浩二さんの発明もすごい、なんてすばらしい発明を、と思った。声が大きい人がなんとなくその場で優位に立つ人とかほんとおかしいし、話がつまらなくて饒舌な人とかすごく嫌いなのだ・・・本当にそういうおしゃべりのターゲットにされた時、内心、ものすごいストレスで死にそうになるのだ。そういう機械をはやく小型化して発売してほしいと思う。

9月25日

うちの近所の商店街の、ある店が突然取り壊されて古い木の骨組みだけになっている。

いつもその道を歩くたびに、好きな店だなあ、と思っていたのだが、その店は珈琲の豆を売る店で、私は珈琲の香りが大好きだが、胃が逆流性胃腸炎ぽいので、そしてコーヒーメイカーを持ってないので、買うことはなかった。

デル・ムンドというその店の名は「世界の王」なのか、「世界一」なのか、池上遼一が昔描いていた23歳で事故死した永遠のチャンプと称されるボクサー大場政夫のまんがで、大場政夫が過酷な減量の中の練習で、「デル・ムンド!デル・ムンド!」と鬼気迫る表情で叫んでいたことを、この店の前を通るたびに思い出していた。

この店にはかつて年とった(ように見える)華奢な濃いグレーのおとなしい猫がいた。その猫が、ゆっくり静かにこの店を出入りするのをじっと見ていた。どうか長生きしてよ~!!!と願いながら。

お店も、可愛い猫も、大好きだった。

この店の前を通るときの、素晴らしい珈琲の香りの記憶とともに。

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