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2013年3月29日 (金)

最後の阿佐ヶ谷住宅 桜

3月28日(木)

桜が散る前に阿佐ヶ谷住宅まで歩いてみる。壊されているのを見るのが怖かったのだが、植木を刈ったりしていたが本格的な破壊はしていなかった。

大好きな場所での最後の桜が見られた。やはり前川國男はすごい。建築家というのも素晴らしい才能の人間と汚らわしい奴とが設計したものにはっきり表れる職業だと思う。

緑地の中をS字にカーブする道、174戸のテラスハウスも知れぞれの庭も均一な形状ではなくいろんな個性があり、さまざまな場所が入り混じって個別でもあり融合してもいる、すべてが有機的にうごめいている生きもののような場所だった。

テラスハウスの前の錆びたブランコの柱と片側の枝を切られたアシンメトリーの桜の樹。

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この三角形の枝振りが好きだった。平屋のテラスハウスの前の庭にはシロツメクサとタンポポが咲いた。

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阿佐ヶ谷住宅案内図と桜。

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ひろびろとした原っぱを前に気持ちが落ち着くこの構図を幾度の春、見たことだろう。

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草木が茂った小道がいくつもあった。(きょうはだいぶ草木を刈られてしまってはいたが。)それそれが違う雰囲気を持ち、この小道をくぐり抜けたらどこに行くのだろうと思わせた。

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南天、椿、棕櫚、雑然として生き生きした草木の中を抜けるとぽっかりした空間があるようにつくられている。

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このあたり、「蛇のひげ」の茂みから出てきた大きな蛇と出会った場所。

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いつも静かだった一角。

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団地とテラスハウスの中を通るバスも通る道。

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団地の庭。梨の花が香気を放っていた。錆びた手すりも共鳴していた。

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山桜はもう散っていたが梨の花は今が盛り。

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李(すもも)の樹は花が散って新緑になっていた。日差しが強烈になる頃、たわわに実る李を見せてくれた大好きな樹。この李の樹にくっついた家には子供がいた。

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李の樹の横にも優しくうねる細い小道があった。蕗の薹の花がいっぱい。

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阿佐ヶ谷住宅の後ろはすぐ善福寺川。今年もまた、「あいおい橋」からのの桜を見ることができた。

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小学生の男の子から「すみません。この近くにロケットみたいな公園ありますか?」と尋ねられ、私はわからなかったのだが、通りすがりのご婦人が「ここからだと随分歩くわよ。大宮八幡のちょっと手前。」と言った。ロケットのかたちの遊具があるの善福寺緑地公園のことらしい。

善福寺川から一歩はいるとすぐ団地。お母さんを車椅子に乗せて桜を見せている男の人がいた。

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阿佐ヶ谷住宅の魅力は、植物に覆われた空間。たくさんの「裏」と「陰」と「隙間」。均質でなくそれぞれが個性的な個々の場所の融合。

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この薄い陰になる小道も美しかった。くぐり抜ければ真ん中の広場に出る、その裏にあるだけで静かな陰影の小道。

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広場を子どもが駆けていた。いつも桜が満開の時期でもあまり人がいなくて、ひろびろしているのも好きだった。

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この家も周りの植木などが一段とおしゃれで好きだった場所。

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その近くに、いつも阿佐ヶ谷住宅で会う猫ちゃん。友達を見つけてしのびよる。

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いつも同じ場所で仲良しの、いつもの2匹だ。

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6月には眩しいほど鮮やかな立葵が咲いていた45番の棟の前。今はハナニラ。

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45番の棟を桜並木側から見た風景。裏が表でもあり、さまざまな光の質があった。

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小さなわんこが家に帰りたくないとむずかって強力に抵抗していた。

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大好きな古木の桜並木。

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桜に限らないが、大好きな草木を大好きな人とふたりで見られた記憶ほど素敵なものはない。

桜の花吹雪、川面の花筏(はないかだ)。春女苑、ジシバリ(地縛り)、モジズリ(ネジバナ)、シロツメクサ(白詰草)、菫、藤、ミモザ、スモモ(李)、花桃、柘榴、獅子柚子・・・・

一緒に見た人、写真を撮ってくれた人、写真を撮らせてくれた人、静かで美しい時間をありがとう。

3月27日(水)

N病院。Y院長から「ごめ~ん。お母さん、きょう転んじゃったあ。」と言われる。レントゲンを撮ったが怪我はなしとのこと。

3月26日(火)

12時~3時の約束なのに11時30分に配送業者から「外で待ってます」との電話が来て焦る。ついに新しい冷蔵庫が来た!!!

木曜から死にそうになるくらいの荷物(主に絵のパネル)の大移動と掃除を続けて、やっと終わった。昼からビールもどきを買ってきて新しい冷蔵庫に入れてみる。そして飲んじゃっている。

3月25日(月)

母の骨折入院以前の訪問診療の主治医に処方を出してもらえないので、N病院退院直後にN診療所で診察を受けて処方を出してもらえないかをN病院の3Fのメディカルソーシャルワーカーに尋ねるようにケアマネさんに言われたので、そのとおり電話で尋ねる。

初めて電話で話したが、3FのMSWのSは2FのMSWのKさんと違って感じが悪く冷たかった。(電話中なので電話が終わったら電話させます、と言われてから一時間以上、。痺れをきらして電話してみたらすぐ出るとか。)

その後、ケアマネのMさんに電話で相談。

再びN病院に電話。この前の面談に同席してくれた看護師のUさんをお願いしたがきょうは休みで、かわりにYさんが聞いてくれる。Yさんはお顔がわからないが優しい人。

入院以前にショートでずっとお世話になっている施設K苑のKさん、SホームのHさんに、電話で介護度が急に上がったので特養のほう、よろしくお願いしますと言う。

その後、手持ちの余っている薬を確認したら8週間分ほどあったので、老健FのOさんに電話。N病院の出してくれる薬2週間分と合わせて、なんとかその期間だけでも入所させてもらえるようにお願いする。とりあえず即、申し込み書類を書いてくれと言われる。会議で審査するとのこと。

もし老健Fに3か月入れたとしても、その後はどこに行けるのだろう。

夕方、母の夕食の介助にN病院に行く。冷蔵庫買い替えのために三日N病院に行けなかったら、もう、すごい量の洗濯物がたまっている。

Y院長あての手紙に、母の薬のあまりがあった件と前の訪問診療の主治医の薬に関する意見のファクシミリのコピーを添えて、療法士のKさんに伝え、看護師のMさんに手紙を託す。

3月24日(日)

Hちゃんが来てくれて新しい冷蔵庫を部屋に入れるための荷物の大移動。ほとんど場所を占めているのは絵のための紙を張った木製パネル。

冷蔵庫の後ろ側を拭いたり、急な大掃除で筋肉痛。

夕方7時頃、新宿に出る。ヨドバシでシャープの人にいろいろ尋ねる。結局シャープの157cmのものを買う。

疲れ果て、gewaと登り亭でうなぎを食べる。懐かしい店。小さい頃、よくおばあちゃんが連れて来てくれた。昔はこげ茶色の木の素材のイメージの店だった気がするのだがインテリアは変わっていた。うなぎなんて高騰してもう二度と食べられないと思っていたのだが、登り亭は急な値上げ後、また値下げしたらしい。

3月23日(土)

溶けたエビを炒めたが、大好物のエビが、エビだけだと気持ち悪くて食べられない。

3月22日(金)

母の骨折入院前の主治医(訪問)にファクシミリでたずねたら、今定期的に訪問診療していないので、制度上、老健のための薬は処方できないとのこと。これで老健の3か月の薬の処方をお願いするために無理に一時帰宅させる意味は無くなった。

新宿のヨドバシカメラに冷蔵庫を見に行く。左ドアがないこと、大きすぎるか小さすぎるかで140cmくらいの高さの品がないことにショック。LABI、ビックカメラと廻るが無い。すごく疲労。

小さい冷蔵庫では私に絶対必要である花を花瓶ごと入れるスペースがない。大きすぎる冷蔵庫は電子レンジを載せられない。

3月21日(木)

母の主治医が院長のY先生にかわってから初めての面談。

母のリハビリは3点について成果があがっているとのこと。認知状態、食事(手作業、咀嚼、嚥下)、歩行(車椅子から立ち上がって移動の訓練)。

N病院はリハビリ専門なので3か月で出なければならない。転院後どうするのか決めてほしいと言われる。

院長Y先生は前の主治医のように病院の都合で、絶対帰宅しなければならないとは言わなかった。今の状態では自宅で家族が介護するのは無理だと思うと言った。

老健に3か月入るとしても、N病院では2週間しか薬の処方ができないとのこと。骨折する前の主治医に薬について意見を聞いてほしいとのこと。

・・・・・・・・

菫の鉢の土に氷をのせてあげようと思って冷凍庫を開けたら、氷が解けていた。冷凍食品全部が解けていた。え?!という感じだが、いきなり冷蔵庫の冷やす力が切れている。冷蔵部分の灯りだけが点いている状態。とりあえず百均で保冷バッグを買ってきて、クイーンズで保冷剤をいっぱいもらって来て溶けたエビを冷やした。

Hちゃんに電話したが留守。深夜来てくれて冷蔵庫を動かして電源の確認するのを手伝ってくれる。牛乳を2本預かってもらう。

冷凍庫の中のナウマン化したさまざまな商品を捨てる。それでも、どうしても捨てられないものは・・・・・・

銀座O画廊の個展に来てくださった鈴木清順監督がくださったマキシムのチョコレートとか――いただいたの、もう8年くらい前だっけ・・・・・??清順先生が80歳を超えた頃だと思う。

鈴木清順さん、お歳を召しても全然変わらず、すごくセクシーで、かわいくて、頭がキレて、天才肌で、気取らなくて、大好きな人だ。清順先生と言葉を交わした瞬間の時間、本当に、思い出すだけで好きすぎてかーっとなる。

愛するホルスト・ヤンセンの愛娘ランメ(カトリン)さんがくれたチョコレートも箱ごととってある。ホルスト・ヤンセンの教師アルフレート・マーラウが箱のデザインをしたチョコだと言って私にくれたのだ。

「1947年にわたしの教師アルフレート・マーラウは、わたしが偉大な素描家になるだろうといった。」というホルスト・ヤンセンの言葉が残っている。才能のある教え子に出会えることは、教師にとっては千載一遇の幸せ。生徒にとっても一生に初めての素晴らしい瞬間。マーラウはヤンセンほど有名にならなかったが、マーラウもすごい見る眼のあった人だと思う。

笠井久子さんに私の個展の時にいただいたデメルの猫の舌というチョコレートも、なんかもったいなくて食べられなくてずっと箱ごととっておいた。意外とブルームも出ずにチョコは劣化していないみたい(まだイケル)。

3月20日(木)

N病院。すごくかわいい療法士のK・Hさんに声をかけられる。きょう、母を屋上の花壇に連れて行ってくれたそう。誠実なだけでなくチャーミングなK・HさんにP.Tを担当していただいていることは本当に幸せだ。

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