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2013年3月20日 (水)

フィギュア世界選手権2013  浅田真央 高橋大輔/ チューリップ(エステラ・ラインヴェルト、パロット・キング)素描

3月20日

十数年ぶりに会えた大好きな花、エステラ・ラインヴェルトがついに散ってしまった。

最近描いていたチューリップの素描のまとめ(画像はすべてクリックすると大きくなります)。

チューリップ(エステラ・ラインヴェルト)パロット咲き 買ってきた日(3月11日)

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エステラ・ラインヴェルト(3月12日~3月13日)
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エステラ・ラインヴェルト(3月16日)

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エステラ・ラインヴェルト(3月17日、3月19日)

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エステラ・ラインヴェルト(3月17日)
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ぱらりと散り出したエステラ・ラインヴェルト(3月17日) 肉厚の花弁

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茎についているものは少しひからびてきたエステラ・ラインヴェルト(3月20日)

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3月19日

17日のことになるが、すごく楽しみにしていた2013世界フィギュアが終わり、見ていてちょっと体力を消耗したのか胃腸が痛くなった。やはりPCSの根拠とか、GOEの基準とか、素人にはわかりにくい。誰がその説明責任者で、誰がきちんと解説してくれているのか・・・よくわからない。

だとしても、浅田真央は日々新しく生まれ変わり、「自分自身思っていたより良い演技で、良い結果を残すことができた。来季につながる良いシーズンだった。」と、誰よりも迷いなく、自分がやろうとしていることをどれだけできているのか、次に何をすればいいのか、ちゃんと自分でわかっているようだ。

実際『白鳥』(黒鳥)は素晴らしかった。最初にひとつ、ふたつジャンプのミスはあったにせよ、そのあとは集中力が高まり、身体がどんどん動き出して、音楽も高まっていった。

氷の上を滑る優雅でひんやりとした空気を放つフロストフラワーのような白鳥。陽の光とたわむれるなまめく白鳥。そして精緻に統御されながらも、誰よりも強く激しくはばたく高速のステップの黒鳥。溢れる生命力がほとばしる。身体がもっともっとと駆り立てる。息が切れるのも見せずに最後まで笑顔で大きく、美しく羽を光らせた。

ジャン!と両手をあげたときの勢いと輝くやりきった顔。フリーの点数が出たときも素直に嬉しそうだった。

ジャンプもつなぎの演技も、今の自分の限界を超えるような高難度のプログラムに挑戦し、それを完璧にやりきること。

彼女は自分の限界を極めたいと思っている。そのために、自分のすべてを一度破壊してゼロからやり直す必要があった。ゼロの場所に立つことの不安は並大抵ではない。ものすごく辛いこともいろいろあっただろうが、彼女には着実に自分自身が良い方向に変わってきている確信がある。

本当の意味であらゆることに「さらされている」人間は、ものごとの価値がわかっているし、ものごとを安易に考えない。自分の毎日一歩一歩進む道がどんなに困難かわかっていて、そこに自らをおいて、「練習の過程は最高のものだった。」と言う浅田真央は本当にすごいと思う。

友人の吉田文憲(詩人、宮沢賢治研究家)と、時々フィギュアスケートについて話すのだが、本当にひとりだけ突出して才能を持つ人間がいた場合、それがスポーツだとしても、もはや他人との勝ち負けとか関心がなくなってしまうだろう、それは当然だ、と言った。

フィギュアスケートはスポーツだけれども、芸術と非常に似ているのは、最高難度のことに挑戦する人間がいて、その人間が極めて突出していた場合、それを正当に評価できる人間がいない、あるいはそれを正当に評価したくない人間がいる、というところだと思う。最後は「誰がこれを正当に評価できるのか」という問題になる。

ここに「信憑」ということが出てくるのだが、結局誰がその価値をきちんと言葉にして救えるのか、ということだ。

「芸術性」ということがPCS(特につなぎ、身のこなし、振付、音楽の解釈)だとしたら、私の確信する芸術性とフィギュアスケートの採点が高く出るプログラムはまったく違うものだ。

高橋大輔も最高に芸術性の高いフィギュアスケーターだと思うが、あとはジャンプさえうまくいけば・・・。しかし「スポーツだから」とさえ言う必要はない。彼にとって、ジャンプが「うまくいく」とは、ゲーム(競技)の既存のルールの範囲で勝つこととは次元を異にするからだ。既存の言語では語りえない、あの身体表現の凄み、深み・・・こんなにすごい選手もいないと思うけれど。

見るものの「信憑」を成立させている構造には、深く身体が関わっている。目だけでなく、手さぐりの、身体の、いわば「盲目性」が――。

「宿命」――は見ることはできない。語ることもできない。見ることのうちの盲目性によって見られ、語ることのうちの沈黙によって語られ、「宿命」は革新となる。

浅田真央と高橋大輔にはあらゆる困難に耐えてものすごい境地に達する「宿命」、本物だからこそ背負わされた宿命のようなものを感じる。

スポーツだから採点がすべてなのだけれども、明らかにその次元を超えてしまっている存在。それは二人のどんな苦しいときにも甘えやナルシスティックなところがなく、淡々と努力する態度にも、言葉の正直さにもあらわれている。深さがあって虚飾がない。

他人にはわからない次元、採点されるかどうかわからない次元に挑戦している、とも言える。

ショートを新しいプログラム『月光』にかえたとき、「何が正解かはわからないんで、とりあえずその時、自分がいいと思ったことをやって、間違っていてもそれはそれで、自分のためにもなるし。」と高橋大輔が語っていたが、リスキーなことに挑戦して、良い結果にならなくても、その経験が身体の細胞をつくるように自身の深みになる人間はそんなにいない。それが深みになる人間を、本当に才能のある人間というのだと思う。

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最近描いたチューリップの素描のまとめ。

チューリップ(パロット・キング) 黄色が輝く花。(3月6日)

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パロット・キングとモンセラ。右上2本のモンセラは小型の八重咲き。黄に赤いスジのチューリップだがなぜかすぐ枯れてしまった。

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パロット・キング(3月9日~3月10日)

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大きく開花したパロット・キング。しなりの線のカーヴを見ている。(3月12日)

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かさかさして散ってきたパロットキング(3月13日)

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チューリップ(ライオンキング) フリンジ咲き。(3月2日)

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チューリップ(ゴリラ) フリンジ咲きで色はブラックパロットと同じ黒紫。(2月21日)

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ゴリラ(3月5日)

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チューリップ(フラッシュ・ポイント) 八重咲きの濃いピンクの花。葉の縁にも薄いピンクのすじがある。葉脈の白い線を描きたかった。(3月6日)

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