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2013年4月

2013年4月18日 (木)

2013フィギュアスケート国別 浅田真央 高橋大輔

4月15日

浅田真央がソチで引退というニュースに大ショック。とにかくソチを集大成としたい、そこにすべてをかける、ということだと思うが、本当に「いろいろ」たいへんな負荷がかかっているのだろう。

彼女にしかわからない負荷に心身ともに耐えながら、ブレることもなく、人に甘えることもせずに、誰よりも高いレヴェルの難しいことに挑戦し続けてきた浅田真央が、今、ここで口に出すのであれば、それは彼女にとって必然だったに違いない。

テレビで、あるコメンテイターが浅田真央について愚劣な発言をしたらしいが、まったく「下衆」という形容がふさわしい。フィギュアスケートをめぐる言説の最もうわべの末梢的なところだけに関わりながら、さも本質を言い当てたかのような、思い上がった、恥知らずなハラスメント。

浅田真央のすごいところは、むしろ「老成」という言葉が出てきそうなほど、いろいろな過酷さをのみこんでしまうところだと思う。彼女の闘う姿勢には、むしろあらゆる意味で「甘さ」がない。本当に稀少な選手だと思う。

浅田真央は言葉で考えているのではない、とは言わない。ただ、彼女は、一般的な概念という仲介物に頼って考えるのではなく、身体の言葉で、いわば「直観的に」考えていると思う。正直だが余計なおしゃべりはしない。彼女は言うべきでないことを言わない、ということがわかっている、と感じる。

彼女の競技姿勢には、余計なナルシシズムがない、もっとも大切なことに集中したいという強烈な欲求は、彼女の実像と乖離していない。「ストイック(禁欲的)」であること、そこには作為も滑稽さもなく、ただ、あるがままにして神秘的な光を放つ。

最後の「白鳥」。

凛として滑り出し、なよやかに羽を震わせ、最後の激しいステップのときは笑顔もつくらず、渾身の力で羽ばたいた。もっと体調のよいときの勢いのあるステップではなかったけれど、それでも乱れず、端正さを失わず、誰よりも美しく香気のある舞い。

彼女のまわりは氷った湖と、透明な光と、ネージュ(雪)だけ。

瀕死の白鳥。

息ができなくても激しく羽ばたく彼女の舞いは、躍動と同時に静謐な世界。

浅田真央の魅力は、「私を見て!」と誇示するのではなく、自身のすべてを演技の瞬間に消滅させてしまうような透明な次元、そこから紡がれる硬質な抒情だと思う。

ダイナミックな身体の空間性と繊細な所作の生成。余計なものが削ぎ落とされ、しかも緊密に詰まった演技の瞬間に、艶と香気が醸される。生と死のエロス。

この静かで硬質な演技のできる不世出の選手、浅田真央の闘う姿が見られなくなる日がいつか来るのだろうが、今はソチで彼女の最高の演技が見られることを楽しみにしたい。

高橋大輔の『月光』。

最初の4回転は失敗なのかもしれないが、見ているほうにはまったく気にならない素晴らしい演技。プログラム曲を途中変更というリスキーな冒険に出たことが嘘のように、完全に自分の世界をつくりあげていた。

深い藍色の闇と、静かで冷たい月の光の世界。

激しい動きの合間に、ふっと手を斜めに天の月に向けて伸ばすようなところ、両手をふわっと広げるような仕草のところなど、最初に披露した時とは比べものにならないほど、美しく完璧に仕上がっていたように見えた。

ステップでは高橋大輔ならではの、首から上を遠心力にのって振り回すような、高難度の迫力ある踊りを見せてくれた。この細い重心軸で身体全体を振り回すような難しい演技が、高橋の色気を増大させていると思う。

彼にしかできない深いエッジとも関係していると思うが、斜めに大きく揺すれるダイナミズム、倒れそうな姿勢で力強く安定している危うさと危なげのなさが、まさにセクシーだ。

『道化師』。

直前のメンショフが怪我で棄権というアクシデントで、高橋がたったひとり、リンクで2分間のウォーミングアップを滑っているときは見ながら緊張してどきどきした。

しかし、高橋は落ち着いていた。最後の『道化師』は本人も「やった・・・。」と口に出、自らパンパンと拍手が出る素晴らしい出来。

気持ちのこもった演技で一位をとることができて、本当によかった。

エキシビションの『ブエノスアイレスの春』。

いろんな選手がこの曲を演じていると思うが、高橋は世界一ピアソラの似合うスケーターだと思う。ぐっとためる動きと激しく速い動き、感情たっぷりなところとふっと抜くところの緩急。何回も見せてもらっている演目だが、また凄みを増したようだ。

『マンボ』は、もう何も言うこともない。今季最後に素晴らしい演技を見せてもらえて本当にありがたかった。

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