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2013年7月

2013年7月30日 (火)

アート、 芸術、 自己愛性人格障害 / 介護

7月29日

最近、介護している人のブログなどをよく見ている。この矛盾した介護保険制度の中で、皆がどんなに苦しんでやっていっているのか。

それと同時に、芸術とはなにか、アートとはなにか、をよく考えている。なにか、というのは世間的な状況や定義ではなく、私にとって芸術とはどういうことか、芸術家とはどういう人か、ということである。

世に溢れるアート、アーティストという言葉になんの魅力も感じない。また旧態依然の権威主義の絵も苦痛なだけだ。

海外の人と英語で話すときは、自己紹介はアーティスト、ペインター、オーサーではあるが、これは日本語で言うのとはニュアンスが違う。

なにかと言えばアート、芸術、と言いまくっている人で魅力的な人に会ったことがない。今までの経験で、「私は絵に生きるのが宿命だから。」とか「私は厳しい芸術の道を行くしかない。」と言う人に限って、私の感覚では本当になんの魅力も才能も感じない人だった。

そういう人は自分の作家活動の重要性に対して誇大な妄想を持っている。過去にどんなにすごいことをやった人たちが累々といるのか、美術史の中で自分はどこにいるのか、見ようとしない。

自分がやりたくてたまらないから、つくるのが好きでたまらないから、というのは、作品行為の価値となんら関係がない。

身近な人が死にそうだから、必死で介護をしているので忙しい、と言った時に、「あ、そう。そんなことより僕の表現を見て。ほめて。認めて。」と言ったり、「それは個人的なことでしょ。そんなことより僕のアートプロジェクトを手伝って。僕に奉仕して。僕の奴隷になって。」と私に言った人間を、私は死ぬほど嫌いだ。

私はあなたのやっていることが大嫌いだし、興味がないので、押し付けないでほしい、と思う。私は本当に大切だと思うことに私の人生を使っているので、くだらないことにストレスを受けたくない。

私ががんで、体調が不安定だ、と言った時も、同じことをやられた。「あ、そう。そんなことより私のオン・ステージの下働きをして。」とか、「あ、そう。どんなに苦しいのかぜひ取材させて。それをネタにして感動的な作品をつくって僕のお手柄にしたいから。」ということを実際にやられた。

彼らは他者の苦痛や死など、まったく関心がないのだ。それより自分のくだらない思いつきをお手柄にして、人に承認させることに必死なのだ。実際は何も感じないが、「他者の苦痛」や「死」は「芸術」のテーマにはかかせないので、なにか考えているふりをして題材にしたがる。

無感覚なくせに、やたら「身体」と言ってみたり、まったく他人の言葉を聞かないで自分を認めろ、とわめきたてているだけなのに「他者の声をきく」と言ってみたり・・・・。

他人の不幸は、自分の作品のためのエサになればいいと思っている。自分のお手柄のために、効果的な題材を捜して他者を目茶苦茶に侵害する。自分だけは傷つかないように、何の危険もないところにいて、他者から収奪する。

目的はただ一つ、自分が芸術家、アーティストと呼ばれ、称賛されることのみ。自分が羨望される存在になること。自分が承認されること。それしか頭にない。

作品上は倫理的な見せかけをし、実際の生きかたは微塵も他者への共感能力(尊重)なく、自分が注目を集めることしか考えない人間を何人も見て来た。

(そういう人たちは、簡単に「わかります、わかります。」と言って近づいてくる。そして次の一瞬には「自分は特別。自分をわかって。自分を保護して。」にすり替わる。それからは会話が成り立たず、彼らは一方的に延々自分のことだけを話し続ける。)

そういう人たちの異常さは、「自己愛性人格障害」というやつらしい。

「自己愛性人格障害」は、まさに「芸術家」気どり、「アーティスト」気どりの人の病だ。自分だけは特別だと思いこみ、自分の表現は重要で、人に称賛されて当然と思い込んでいる。

たぶん劣等感や、不安を隠そうと(抑圧)して、異常なほどのナルシシズムになるのだろう(欺瞞的な防衛機制)。言動のすべてに、その醜悪さが迸り出る。

「お母さんの介護が作品に花開くように祈っています」としゃあしゃあと言う人間は、自分の母親が倒れても、ろく介護しないで、「母に捧ぐ」と言ってまたナルシスティックに自己表現するのだろう。どこまで行っても深いもの、シリアスなものに触れることがない。ただ自己陶酔のみ。重い荷物を背負った人がいても、荷物を持ってあげるのではなく、望まれてもいない自分のサイン入り色紙を差し出すような人間。自分はつねにスター芸術家であるという妄想。

では、どんな人が私にとって真の「芸術家」だったか、と言うと、少なくとも、自分がでしゃばりたいために他者を侵害するようなことのない人だ。何が重要で、なにに価値があるか、何をしたらいけないか、他者を尊重するとはどういうことか、何が美しくて何が醜悪か、ちゃんとものごとが見えている人だ。

そして、生きていく上のあらゆる局面において、時代がどんなに変わろうと、その人の判断力は信頼できる、その人の考えや感覚を聞いてみたい、その人についていきたい、と思える人である。

私が実際に会った「芸術家」は、今現在の「問題」を作品表現によって「外」「他者」に向けて提起しているような押し付けがましい人間ではなく、

むしろ逆に、「外」「他者」のために否応なく今現在の「自分」(自分の内)が「問題」「問い」となってしまう人である。

(当たり前だが自分の趣味や感性を「見て、見て。」と言っているような幼稚な人間ではない)。

そもそも「外」「他者」のために思考が困難になる経験もないくせに(「思考」は、いつも「他者」のために困難になるのであり、自分の勝手な「言葉遊び」ではない)、

「芸術家」の雰囲気だけに憧れて、作品や言葉の外面だけを剽窃して気持ちよくなっている「自己愛性人格障害」が、最近、周りに溢れてきている。

見かけの意匠をどう変えようと、様々なこじつけをしようと、生きていく上での他者との関わりにおいて繊細で鋭敏な感覚のない人の表現を見たいとはまったく思えない。自己愛だけで、根本の神経が死んでいる人と関わりになりたくない。

結局その人の普段の言動と作品が見せるものが一致する人しか私は好きになれない。また、作品を見ただけで、どんな性格で、どの程度の思慮深さか、問題提起能力があるのか、その作家像も、その人本人を知る前にわかるのである。

大昔の人であれ、最近の人であれ、私にとって本当の芸術家の残した作品や、覚書が、辛い状況の時も支えてくれる。

「介護」は「矛盾」のただ中で考えることであり、一寸先が見えない中で、合理性を要求されながらも、なおかつ臨機応変に「他者」に対して「応答」」(response)し、たえず身を持って実践しなければならないことであり、

何かオブジェをつくって、それに「response」という題をつければアートになるというような、安易で陳腐な自己表現とは逆のベクトルの、本当に「思考」が否応なく「危機」にさらされる状態なのである。

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7月27日金曜に区役所から母の医療の減額認定省が届き、過去12か月に90日を超える入院をした場合は、食費が一食につき210円から160円になるので申請してください、と書いてある緑の紙が同封してあったので、きょう、区役所に申請に行く。

蒸し暑い中、はあはあ言いながら区役所の4階で申請すると、

なんと・・・・・・これから食費が一食160円になるのだと言われて唖然。母は昨年12月11日から今年の5月8日まで入院していたので、入院の90日目の直後(3月11日月曜)に申請していれば、次から退院の5月8日までは160円になったと言う(もう遅いと言うこと)。どっと疲れが・・・・。まあ、9000円くらい損した。。。

「私の説明が悪かったですけど・・・」と区役所の職員に言われて、なんだかな~、と思う。母が入院してから何度も区役所の医療制度部門にきているが、まともな説明を受けていない(パンフの説明もわかりにくい)ので、てっきり療養後の還付になるのだと思っていた。。

区役所から余計な情報を郵便で送ってくることは多いのだが、利用者のためになる情報はなぜか知らせて来ない。

7月28日(日)

施設Tに断りの電話を入れる。

相談員のHさんもTさんも不在で、宿直の人しかいなかった。伝言してください、とお願いする。

終の棲家について、私が断ると言う決断をして、母のために果たして良い方向に向いているのだろうか、と考えると全身が痛くなるくらい苦しかったが、断った瞬間、すごくすっきりした。

7月27日(土)

朝一番に、郊外の施設Tの相談員Hさんから電話が来る。

すごい早口で、8月1日に母が今いる老健Eに母の面談に行きたいので、家族が同席してほしい(施設Tを母の終の棲家にするか、即、返答しろということ)とのこと。

なんと答えていいのか詰まる。8月1日は個人的には生理の体調最悪の日(吐き気と腹痛で寝込む予定)とわかっていたので、とりあえず次の週にしていただけませんか、とだけお願いする。

その直後、ケアマネさんに電話するが、きょうはお休み。留守電に、申し訳ないのですがお電話ください、と入れる。

一度見学しに行った新宿区の施設Aの相談員Tさんに電話。すごく正直で親身な答えをいただく。なにか気が進まないのであれば理由をつけて婉曲に断ってもいい、というようなこと。その言い方のヒントまで教えてくれた。

やはり、Tさんが相談員をしている施設Aは、Tさんの人柄により施設全体のイメージがアップし、安心感があり、いきいきして見える。それに較べて、施設Tは、確信があるわけではないが、なにか不安なのだ。

過去において私の直観はあたることは多いが、当たり前だが100パーセントではない。心配し過ぎて見誤ることもある。ひとつをパスして、次に縁があったものが前にパスしたものよりもいいとは限らない。

どうしたらいいのか、私が母の最期の生活の質、幸福感を決定すると思うと、すごく苦しい。

さらにショートでずっとお世話になっていた新宿のKに電話で様子を聞いてみる。ショートのときの相談員のKさんはすごく優しい人だったが、特養のほうの相談員のTさんは、このとき初めて話したが、取りつく島もない冷たさ。順番についてはいっさいわからない、の一点張り。

夕方、ケアマネのMさんから電話をいただく。正直に経過と気持ちを話す。

Mさんは、ピンとこないのであれば、見送るのもいいんじゃないか、その際、Tさんの言ったように、うまく感じよく断った方がいい、と言われた。Mさんがきょうはお休みなのにも関わらず、長い時間を割いてくれ、ちゃんと思いを聞いてくれたおかげで、だいぶ気持ちが楽になった。

7月26日(金)

次の母の移動先の候補、恵比寿の老健Gの家族面談に行く。

華やかなガーデンプレイスを抜け、蒸し暑い街路を歩く。サッポロビールの会社の庭にオレンジ色のカンナと、大好きな夏水仙が咲いていた。日仏会館を過ぎ、坂を下ると急にさびれた住宅街にはいる。

相談員Mさんはしっかりしていて親切。

施設Tから声がかかったと言うと、狭き門だから、とりあえず申し込んで、今回はいれるかわからないのだからGの申込書も早めに出してください、と言われる。

帰りに休憩しようと恵比寿の駅前に降りると、駅前広場は盆踊りで盛り上がっていた。

7月25日(木)

郊外の施設Tに見学に行く。新宿から私鉄で35分くらいだろうか。それから徒歩。駅前には何もない感じだったが、施設の周辺には緑地もあり、悪くないと思った。

だいぶ迷ってやっと到着。違和感は施設にはいってからだった。なんとなく、暗い・・・・・。

きょうは今にもゲリラ豪雨が来そうな暗い灰色の空なので、建物の中に日が差さないというのもあるのかもしれない。けれど、なんとなく静かで、生気がない・・・・。

ほかに多くの施設を見学していないので比較しようがないのだが、明らかに新宿区内の施設Aより暗い感じがする。対応してくれた年配の女性相談員Tさんが、明るい表情をしないでなんとなく困ったような表情なせいなのもある(Tさんのもともとの性格で、それがこの施設と関係ないのか、関係あるのかもわからない)。「F市では700人待ちで狭き門です。」と言われたが・・・。

もちろん老健とは違うのだが、入居者のお習字や絵が貼っていないいないことや生花が活けられていないことなど、なんとなく楽しそうな感じがしないのだ。

来たときと違う私鉄の駅まで歩いた。満開のオシロイバナ(白粉花)。栗や玉蜀黍の畑。周りの景色は好きだ。けれども・・・・。

帰宅してから特養について調べていたら、やはり特養は要介護度が進んだ人ばかりなので、介護職員さんはやるべき仕事をこなすだけで精いっぱいで、流れ作業みたいになる、入居者との会話などないような話も多々あるようだ。施設によって雰囲気は違うと思いたいけれど。

何か決断できない。ここを終の棲家とさせることが怖い。もう薬のことを心配しないでも済むし、通院も職員さんがやってくれるから家族は楽になるというのに、不安でたまらない。

7月21日

郊外の特養Tから電話。10人の希望者に声をかけていると言う。こんなに早く声がかかると思っていなかったので少し不安。

急遽、25日に見学にいくことになった。

7月18日

母が今いる老健Eから電話があり、3か月延長してもいい、と言われる。

薬はメネシットだけは出してもらえるそうだ。ドネペジルと抑肝散を止めても、8月に追い出されるよりはずっといいと思う。

次に移る老健に面接に行け、と矢も楯もたまらない催促だったが、こちらもやむを得ない事情で行けないでいるうちに延長許可が出た。

今Eにいるほかの入居者さんが何人外に移るか、E入所待ちの人の状態などの兼ね合いだと想像するが・・・。とりあえずほっとした。

介護制度は本当に矛盾している。

今、母がいる老健という施設は、薬代が込みで、薬代を料金に上乗せできない。しかし実際は経営上の理由で薬代を出せないから、入所時に3か月分持参してくれと言われる。

老健は中に医師がいるため、「医療施設」扱いであり、そのため、薬が切れた時は、外の病院で薬を処方してもらうために病院を受診する際には、ダブル医療保険にならないために、一度二泊三日で退所するといった方法をとらねばならない。しかしこうなると何のために老健の中に医師がいるのか、ほとんど意味が分からない。

特養は医療施設ではなく、福祉施設なので、入所していながら外の医療機関に受診が可能である。薬代も受診代も込みではなく、別料金になる。家にいるのと同じなので「薬は出せない」ということにはならない。

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2013年7月10日 (水)

『デッサンの基本』(ナツメ社) 第16刷 / 絵、素描について

7月9日

『デッサンの基本』が重版、第16刷になったとのメールをナツメ社よりいただく。

ものすごく嬉しい。

このところ精神的にも肉体的にも苦しい状態が続いていたので、本当に、この瞬間だけでも救われたような気持ちだ。

買ってくださった方々に、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

精神的に苦しいのは、介護で時間と体力を奪われるから自分の仕事に集中できないというような理由ではない。

衰えたり、死が迫ったり、という避けられない状態に対して、いろいろ胸が痛むこと、心配事がありすぎる、というのか・・・病状の不安定、介護保険制度の不備(改悪)、現場の人たちのたいへんそうな様子(待遇)もわかるし、加えて個人的な家族の事情(非協力)など、積もり積もって苦しんでいる。

どこまでやるべきか、どの選択をすべきか、心配して迷うことが多く、気持ちが割り切れないで苦しい。これでいいのだろうかという葛藤によって消耗するということなのだと思う。

真に理解しあえる友人たちが皆、やはり親が弱って生命危機の状態にあり、皆、生活も切羽詰まっていてたいへんで、以前のように話すことができない。

あり余る時間があった学生時代には話すべきことが茫洋としていて、今思えばばかみたいに無意味な時間を過ごし、話すべきことも信頼できる人もはっきり見えている今は、現実的に話す時間がない。

自分にとって、数少ない親友と、決して一般的ではない感覚について「この作者についてどう思う?」「これについてどう思う?」と夢中で話しながら、カメラを持って未知の風景の中を歩きながら、細々とした不思議なものを見つけては写真を撮っていた時間が、私の中で最も輝いている大切な時間。(たぶん、そういう相手を得られ、何の違和感もない幸せな時間を持てたことは、幸運なのだと思う。)

この先、もしも出会いがあるなら、私の本『反絵・・・』を読んでくれた人で、なにか感じてくれた人との出会いしかないとはっきり思う。

さて、デッサン、絵画についてですが・・・・・・

最近、古代からのたくさんの絵画と素描(ドローイング)を見ていろいろ考えていた。

どういう絵に私がものすごく惹かれるか、というと、やはり自分の外にあるものと強く関わっている絵である。外と関係なく、脳内妄想のようなもの、ただの模様のようなものには何も惹かれない。描いた人が何かを見た、感じたと強く感じられるものに惹かれる。

何かを見て、それを伝えようとして描いたのだが、描いた人の豊かな感受性のために、見たものを見たまま、という以上に不思議なものを持ってしまっている絵。

私が惹かれるのは大作よりむしろ小さな優れた素描であり、それに適した個々の必然の筆勢で引かれた簡潔な線で対象の本質に迫った素描を見ると心底しびれる。

たとえば人物素描では、線の中身が空洞になっているシーレの「頭を傾けた少女」(シーレは画面上の線の位置、微妙なカーヴ、線をどこで止めるかの加減にも天才の感性があった)、

ピエロに扮したアンソールの自画像、ピカソの「サロメ」の恐ろしい緊張感、レオニード・パステルナークの「ライナー・マリア・リルケ」、ケーテ・コルヴィッツの描く子供や女性の顔、四散する意識を縫いとめるようなアルトーの涙が出るほど真摯な自画像の素描。

ダ・ヴィンチの右下に首を傾けて眼を閉じた女性の頭部の夢見るような、何かを諦めたような静かな表情(確かに天才だと思う。これに比べたらモナ・リザなんてゴミみたいなものだ)。

ゴヤの鳥の巣からの(たぶん卵)盗人の素描にも、魂を奪われた。そのほかにも語りつくせないたくさんの過去の素晴らしい素描。

動物素描ではスタンランの猫はもちろんのこと、ウージェーヌ・ドラクロワのユーモラスな猫、レンブラントの象、ゴッホのツバメ、ロートレックの兎、ルーベンスの驢馬、ハインリッヒ・クレイの蝸牛や鰐、イングレスのペンでさらっと描いた猫や、ボナールの泥をはねる犬たちの素描などなど・・・・・・、いきいきとして涙が出るほどうますぎる。

チャールズ・レニー・マッキントッシュの植物のすっきりした端麗な線描。ゴッホの歪んだ樹の太い鉛筆の線描。モンドリアンの数多くの菊と百合の魔的な素描。ヤン・ファン・ハイスムの水彩素描(昔、一連のネーデルランド花卉画の暗さに夢中になったことがあったが、本画の前のスケッチを見たら、そちらのほうに格段に惹かれる)。

余計なタッチ、無駄な線がない、生命の躍動がそのまま端的にとらえられている。別の言い方をすれば、必然の線のみが的確に選択されて、必然をかたちづくっている。

誰もに知られている絵ではないもの中に、異様な凄いものが存在する。

そういう名作を見ると決して追いつけないすごさを感じる。生きているうちにこの次元にいくためには、ものすごい努力と鍛錬と、どれほど濃縮した人生を生きることが必要なのだろうかと思う。

日本の(他国の現状は知らない。)美大受験のための絵(デッサン)をやることの弊害もあると思う。これに慣れてしまったあと、必ずここを抜けださないとまずいと思う。もちろんここを通っても才のある人はびくともしないのだろうが、どこに感動したのか、何を描きたいのかわからないようなステレオタイプの絵をまったく良いとは思えない。

いわゆる「オーソドックスな」絵というのは、「絵」の次元に行っていないと思う。何も感じていないのに描いている表面的に整っているつまらない絵が嫌いでたまらない。かと言って、自己顕示だけの、自己満足だけのはったりも嫌い。

うまい、へたは関係なく、真実に「触れて」いるものだけが好きだ。

私の場合、興味がないというよりもむしろ嫌いな絵(表現)がはっきりしている。嫌いな絵(表現を見ると身体が傷つくような激しい苦痛を感じる。見なければいい話なのだが、それを見ろ、ほめろと強制された時には、嫌いだと正直にはっきり言うしかないのだろうな、と思う。

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三島のK美術館の館長越沼さんよりメールで、明日午後0時20分から、NHKテレビ「ひるブラ」で 三島の源兵衛川が放送される旨、お知らせをいただいた。

越沼さんは「源兵衛川を愛する会」で、清流を蘇らせ、絶滅危惧種ホトケドジョウなど、多くの生き物たちや在来植物群を守る活動をされている方だ。
味戸ケイコさんの作品を見にK美術館に行った日、源兵衛川の中にある遊歩道をずっと下って行ったことを思い出す。
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夜になって、福島第一原発の危機に身を捨てて指揮した吉田元所長が亡くなったニュースを見る。
彼の貴重な証言を聞く機会が失われたことがショック。そして何も解決していないのになし崩しになっていく恐怖を感じる。

7月7日

平年より15日、去年より19日も早く、きのう梅雨明けしてしまい、すごく暑い日(35度)。正直、私は梅雨が好きなのでとても残念だ。雨に打たれた夏草を見ていると気持ちが落ち着く。自律神経失調で体温調整できないし、日光アレルギーもあるので、かんかん照りほど苦手なものはない。

母の食事介助に行く。

池袋小学校の前の欅並木と桜並木の間の陰になる道で、桜の葉の匂い(クマリン)をかいで、見上げた前方の空に、光る積乱雲を見た。

ぎんぎんの夏雲だな、と思った瞬間に、頭の上にはぽつぽつ雨粒が落ちていた。

お寺の横の道。珍しい八重のドクダミの花は茶色く枯れていた(葉は青々と元気)。

はちきれそうになった大きな白百合のつぼみがあった。

百合の中ではヤマユリが一番好きだ。あの黄色いスジと朱の斑がたまらない。最近は、花屋ではカサブランカばかりだけれど、一度だけ野生のヤマユリが売られていたことがあり、狂喜した。その次に好きなのは鹿の子百合。これも山に行かないとなかなか見られない。

母の夕食介助。最初は傾眠で自分でスプーンが持てなかったが、濡れたおしぼりで指の腹をマッサージしてあげると眼がさめ、自分で食べられた。

私がヤマユリの花が大好きになったのは、とても幼い頃、田舎育ちの母に

「ヤマユリは本当にきれい。すごくいい匂いがして、見たら、ススキぼうぼうの中に、人の顔よりも大きなヤマユリが咲いててね。見つけたら嬉しくって、蛇が怖いんだけど飛んで行ってとるの。10個も花をつけた大きなヤマユリを見つけた時は最高だった。」

と聞かされたからなのだ。幼稚園児の頃から、母に影響されたことが多い。植物に関心があること。黙って絵を描かせておいてくれるために、裏が白い広告の紙をたくさん集めておいてくれたこと。

食事介助をしながら、母に「きょう、七夕だよ。外はすごく暑くて百合が咲いてるよ。ヤマユリ好きでしょ?」と言ったら、「順番に咲くのよね。」と答えた。「そう、つぼみがいっぱいついてて、下から順番に咲いてくんだよね。」

きょうは、まあまあ元気だった。ここ1週間、いろいろあって、来られなかったので心配だったが、まあ一安心。

7時ごろ外に出たら道が濡れていた。このとき雹を含む雷雨があったとあとで聞いた。

7月6日

安藤美姫の出産が話題になっているようだが、彼女が父親を公表しないのは、かつて自分の死んだ父親についての取材でマスコミにいいように収奪され、傷つけられたことへの復讐なのだろうと思う。

父親が誰であれ、容疑者の取り調べではないのだから、プライバシーを絶対に正直にマスコミに言わなければならないという倫理はないと思う。(マスコミは商売のためにやっているのだから、そこに一方的に利用される必要はない。マスコミに宣伝してもらって持ちつ持たれつだから、敵味方分かれて事情が複雑になるのだろうが。)

父親ならすべて打ち合わせ通り、嘘つくにきまってると思うけど。

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カナダのLori G さんが私のアネモネの絵に対して。Your work is amazing and lovely.というコメントをくれた。共通の趣味を持つ人にほめられてすごく嬉しい。

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2013年7月 4日 (木)

『黄金の眼に映るもの』 / 介護

7月3日(水)

母の難病医療券の更新手続きに行く。

3時に中野のN病院に臨床個人調査票をとりに行き、そのあと新宿の事務所に保険証のコピーを取りに行き、区役所に父の非課税証明を取りに行ったら受付で年金のところにまわされ混んでいて 、結局、区役所を出る時には4時50分になっていた。西口の保険センターまで必死で走ったが、着いた時には5時を2分くらい過ぎていた。

一応2階に行って「もう時間過ぎちゃいましたよね・・・」と聞くと、意外にも「いいですよ。」と言われ、親切に手続きをしてくれた。

前に電話で母の調査票を書いてくれる主治医がいないことを相談した時、対応してくれた人も出てきて、「心配しましたがN病院で書いてくれたんですね。本当によかった。」と言ってくれた。親切な職員さんたちに何度も御礼を言う。

そのあと5時30分まで保健士さんと面談。薬のこと、次の老健に受かるかわからず、困っていることを話す。施設にいるあいだ、(食事介助などに)無理して通わないで休んだほうがいい、介護者が倒れてしまうから、と言われる。

7月2日(火)

渋谷のウエマツのセールに行く。

昔は山ほど絵の具を買ったが、最近は清晨堂の面相筆の大と中を2種買うだけが楽しみ。厚い束で安売りされていた紙(一束100円)の中に、昔、名刺に使っていた紙があったので買っておいた。

その後、新宿に寄り、NSビルで食事。

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このスカイエレベーターから中央公園側を望む風景が、私にとってほっとする故郷の風景。左が住友三角ビル。右が三井ビル。上は食事前に撮った写真。

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上は食事後に撮った写真。真下に見える変な丸いデザインの建物は都庁。

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NSビルから新宿郵便局に向かう道、アベリアの花に鼻をくっつけて匂いをかいだ。新宿中央公園の中のこの花にたくさんのシジミ蝶やオオスカシバが吸蜜に集っているのを見ていたのが子供のころの思い出。

6月28日(金)

N病院に前の訪問診療の主治医A先生の書いた臨床個人調査票とT医大の主治医の書いたもののコピーと書式を提出に行く。

6月26日(水)

N病院のMさんより、院長先生が臨床個人調査票を書いてくれるとの電話を受ける。よかった。これで一つ解決。

6月25日(火)

再び福祉課相談係のNさんに電話。難病医療券の診断書を誰が書いてくれるかについて相談。N病院の主治医(院長)に頼むのが一番いいと言われ、N病院の事務のMさんに電話。

6月22日(土)

真昼間歩き、ものすごく暑さがこたえる日。

四季派学会夏季大会のご案内はがきをいただいたので、市ヶ谷の大妻女子大へ。

久しぶりに吉増剛造さんの講演を聞く。

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帰り、代々木で降りて、前から気になっていた一角の写真を撮る。都会の中で、何年も変わっていないほったらかしの場所、ごみっとしていて何か魅力的な懐かしいような場所。少しもおしゃれでない場所が好きだ。後ろにNTTの白い塔が見えている。

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あとから知ったことだが、こここそが、あの名作ドラマ「傷だらけの天使」の撮影をしたビルなのだった。「傷だらけの天使」はショーケンこと萩原健一が一番かっこよかった頃のドラマである。私は情報としては知っていたが、まだ観たことがなかったのだが、今度必ず見ようと思う。

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棕櫚の樹と、崩れかけた樹の塀がたまらない。

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代々木ゼミナール近くの金魚CAFE(後方に見える朱色の金魚の看板)のある狭い路地。これもあとから知ったが、ドラマ「最高の離婚」の撮影舞台だ。

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6月21日(金)

前のN病院の調査票など一式をGに送る。

6月19日(水)

保険センターに電話で相談。

難病医療券のための臨床個人調査票を書いてくれる医師がいないこと。

8月の頭に今の老健を出なければならないが、そのためには一度退所して、その間に医療機関に薬の処方を出してもらわなければならず、前のN病院でも最高1か月、ほかの病院の初診では2週間しか処方が出ないこと。

ずいぶん時間がたってから、区役所の高齢者福祉課高齢者相談係のNさんから電話があり、渋谷区のG(老健)なら今の薬を出してもらえるという信じられない言葉を聞く。

夕方6時くらいになったが、Gの相談員Mさんと連絡がつく。Gに受かれば一番いいのだが。とりあえず書類をまとめる。

6月17日(月)

区役所から母の難病医療券の更新の書類が届く。主治医がいない今、専門的な書類を誰に書いてもらえるのか。とりあえずケアマネさんにメールで相談。

6月15日(土)

牛込柳町のAに見学に行く。曇り空。

相談員のTさん、正直でいい人だった。施設全体の雰囲気もいい。

行きは大江戸線で行ったが、帰りは巨大な大日本印刷と自衛隊駐屯地のだだっぴろい敷地脇の道をたどって、市ヶ谷まで急な坂を下る。くちなしの花が満開だった。

6月14日

今、ものすごく悩んでいることは、母の薬(去年骨折入院する前に処方が出ていた分)が8月の頭でなくなってしまうことだ。

今の制度では医療保険と介護保険を同日に使うことができない。老健(介護保険)に入所している間は医療保険は使えない。老健で薬を出してくればいいのだが、実際は経営難のため、薬は3か月分持参してくれ、と言われる。

老健の入所単位が3か月と言われるのも、3か月以上入所させるとペナルティで保険の点数が下がるという理由らしい。まったく自宅で介護困難な利用者のためにならない介護保険法の改悪によってそうなっているらしい。

パーキンソン薬は、難病医療券によって無料になっているのに、介護施設では医療保険を使えないために無料にならないのも矛盾している。薬価が高い薬は老健で嫌がられる。

だから薬が切れたら老健を少なくとも2泊3日退所して、その真ん中の日に医療機関で薬の処方を出してもらわなければならない。

実際問題として、2泊3日、自宅に引き取って、そのあいだ付ききりでみながら、かつ病院から処方をもらってくるということは困難な状態である。それを1か月毎か2週毎(薬がなくなるたび)に繰り返すのは不可能だ。

今いる施設Eの相談員から、他の老健にいくつも申し込んで断られたということなら延長できるかもしれないから、他もいくつかあたってほしい、と言われている。Eの相談員からのほかにも申し込め、というけたたましいしゃべり方に神経を消耗する毎日。一日に10回以上も電話とファクシミリ(うちのファクシミリも留守電も故障していて受信不能)をしてくるとか、上司から急かされているのだろうが、ちょっと異常だと思う。

ほかの老健に申し込むために、外部の病院で健康診断(血液検査)を受けなければいけないから予約してください、と軽く言われるけれど、家族(私ひとり)が車椅子を押して母を暑い昼日中、外の病院に連れて行くのはそうとう不安だ。母が待ち時間に具合悪くならないだろうかと思う。

武蔵境の施設Aと早稲田のFに電話した。

Aでは、8月は暑いので退所する人がいないから無理、と言われ、たとえ入所できても隣のM病院ではメネシットは処方できないと言われた。

Fでも、薬を3か月持ってこないと入所不可と言われた。また、新しく外部の病院に行って健康診断(血液検査など)を受けないと書類審査さえもできないとのこと。

前に入院していたN病院はリハビリ病院だから絶対に3か月分の処方は出せないようだ。

今の制度が本当におかしいと思うが、3年もお世話になっていた訪問診療のA医師は、母が3か月以上入院したために、制度上主治医ではなくなり、処方が書けないと言う。入院していたN病院では、リハビリ専門病院のため、基本的に2週分しか処方は出せないと言う。ほかの病院でも、初診では2週間しか処方は出せないと言う。

かかりつけの医師がないという状態になり、どこにも3か月の処方は出してもらえない。本当にどうしたらいいかわからない、極度のストレス。

6月13日

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台風の影響で雨。母のいる施設に行く途中、池袋の住宅街で、八重のドクダミの写真を撮った。一か月ほど前に見つけ、八重のドクダミなんてすごく珍しい(初めて見た)と思い、撮ろうと思っては毎回カメラを忘れていた。

雨の中、しゃがみこんで撮っていたら、スカートの後ろ側の裾が水たまりの中に浸かっていたらしく、びしょびしょに濡れてしまった。

6月某日(本を返却して手元にないので、正確な日時を忘れてしまった)

大田区の図書館にあったカーソン・マッカラーズの『黄金の眼にうつるもの』を読んでいる。カーソンはたった21歳か22歳でこれを書いた。

カーソンはこの作品を恋い焦がれた片恋の相手、男装の麗人アンネマリー・シュヴァルツェンバッハに捧げたらしいので、その献辞を読みたかったのだが、この文庫版には、その献辞はなかった。

二組の夫婦とひとりの召使いとひとりの若い兵隊の互いに傷つけ合う奇妙で醜怪な人間関係。

登場人物の中で一番普通に共感できるのは召使いのアナレクト(フィリピン人の若者)だ。彼はいつも哀れな(自傷行為が激しく、ついには心臓発作で死んでしまう)女主人アリソンを気遣い、絵に才能があっても自分の才能に気づくこともない芸術家だからだ。(彼の自己顕示は無垢の範囲を逸脱しない。あくまで無邪気であって小賢しくなく烏滸がましくない。だから私は彼に共感できる。)

小説では自分と似たような、自分が感情移入できる人物を書く必要はなく(そういう読者が感情移入できる人物を書いたほうが多くの読者を獲得できるのだろうが)、奇妙な、欠陥ばかりの目立つ人物たちを描いてどうしようもなくもの哀しい現実をつきつけるカーソンが清潔に思える。

しかし必死に生きようとする子猫を無感情になんとなく殺すようなペンダートン大尉は、同性愛者であることを隠しながら、愛の対象を激しく憎んでいると思い込んで(混乱して)しまうほど、その真実に苦悩する、おそらくカーソン自身の分身である。

その熱狂的な愛の対象である(大尉の思いにまったく気づかない)若者ウィリアム一等兵も、大尉の妻レオノーラの魅惑的な肉体を見ることだけで(決して触れることなく、相手に気づかれることもなく)、それに完全に支配(魅了)されてしまう、やはりカーソン自身の分身である。障害のある子供に死なれたショックから立ち直れず、浮気している夫からは自分のことなど少しもかえりみられず、その苦悩から鋏で自分の乳首を切り落としてしまうアリソンもまた、カーソンの苦悩の分身である。

たぶん登場人物の中で、頭が弱く自分が他者を傷つけていることに無感覚で、しかし性的魅力にたけているだけの理由で気まぐれに(自分の性的魅力を充分に自覚して、それを利用して人生を謳歌しようという野心などさらさらなく)、ただ漫然と気楽に生きるレオノーラだけが、カーソンの生き方とはかけ離れていると思う。(決して必死にならない、この行き当たりばったりの蒙昧さ、最悪の不幸に落ちるかもしれない無自覚な平静さがレオノーラの魅力だ。)

パヴェーゼの『月と篝火』の登場人物のサンタを思い起こした。サンタは撃ち殺されてから、さらに死体に火をつけられた。このあまりに魅力的な女は死体になってからも男を誘惑しかねない、という理由で。この頭の弱いレオノーラは撃ち殺されない。レオノーラに魅惑された若者が目の前で撃ち殺されたのをただ漫然と眺めるだけだ。

この小説はマーロン・ブランドとエリザベス・テーラー主演で映画化されたらしい。映画は見ていないが、酷薄で醜悪な大尉の役には、マーロンは繊細でチャーミングすぎるように思う。

映像で実際に見たわけではなく、この文章を読んで一番(脳内の)映像に訴えたのは森の木立と木漏れ日。そして馬が疾走して、振り落とされまいとその腹に必死でしがみついている(死を覚悟した)大尉の恐ろしい形相。それを無表情で見つめる若い兵士の顔。

そして夫と別れたらアナレクトと二人で「エビ漁」をやろう、と想像するアリソンの『エビ漁」という言葉が夢のように素晴らしく印象に残った。

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