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2013年7月10日 (水)

『デッサンの基本』(ナツメ社) 第16刷 / 絵、素描について

7月9日

『デッサンの基本』が重版、第16刷になったとのメールをナツメ社よりいただく。

ものすごく嬉しい。

このところ精神的にも肉体的にも苦しい状態が続いていたので、本当に、この瞬間だけでも救われたような気持ちだ。

買ってくださった方々に、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

精神的に苦しいのは、介護で時間と体力を奪われるから自分の仕事に集中できないというような理由ではない。

衰えたり、死が迫ったり、という避けられない状態に対して、いろいろ胸が痛むこと、心配事がありすぎる、というのか・・・病状の不安定、介護保険制度の不備(改悪)、現場の人たちのたいへんそうな様子(待遇)もわかるし、加えて個人的な家族の事情(非協力)など、積もり積もって苦しんでいる。

どこまでやるべきか、どの選択をすべきか、心配して迷うことが多く、気持ちが割り切れないで苦しい。これでいいのだろうかという葛藤によって消耗するということなのだと思う。

真に理解しあえる友人たちが皆、やはり親が弱って生命危機の状態にあり、皆、生活も切羽詰まっていてたいへんで、以前のように話すことができない。

あり余る時間があった学生時代には話すべきことが茫洋としていて、今思えばばかみたいに無意味な時間を過ごし、話すべきことも信頼できる人もはっきり見えている今は、現実的に話す時間がない。

自分にとって、数少ない親友と、決して一般的ではない感覚について「この作者についてどう思う?」「これについてどう思う?」と夢中で話しながら、カメラを持って未知の風景の中を歩きながら、細々とした不思議なものを見つけては写真を撮っていた時間が、私の中で最も輝いている大切な時間。(たぶん、そういう相手を得られ、何の違和感もない幸せな時間を持てたことは、幸運なのだと思う。)

この先、もしも出会いがあるなら、私の本『反絵・・・』を読んでくれた人で、なにか感じてくれた人との出会いしかないとはっきり思う。

さて、デッサン、絵画についてですが・・・・・・

最近、古代からのたくさんの絵画と素描(ドローイング)を見ていろいろ考えていた。

どういう絵に私がものすごく惹かれるか、というと、やはり自分の外にあるものと強く関わっている絵である。外と関係なく、脳内妄想のようなもの、ただの模様のようなものには何も惹かれない。描いた人が何かを見た、感じたと強く感じられるものに惹かれる。

何かを見て、それを伝えようとして描いたのだが、描いた人の豊かな感受性のために、見たものを見たまま、という以上に不思議なものを持ってしまっている絵。

私が惹かれるのは大作よりむしろ小さな優れた素描であり、それに適した個々の必然の筆勢で引かれた簡潔な線で対象の本質に迫った素描を見ると心底しびれる。

たとえば人物素描では、線の中身が空洞になっているシーレの「頭を傾けた少女」(シーレは画面上の線の位置、微妙なカーヴ、線をどこで止めるかの加減にも天才の感性があった)、

ピエロに扮したアンソールの自画像、ピカソの「サロメ」の恐ろしい緊張感、レオニード・パステルナークの「ライナー・マリア・リルケ」、ケーテ・コルヴィッツの描く子供や女性の顔、四散する意識を縫いとめるようなアルトーの涙が出るほど真摯な自画像の素描。

ダ・ヴィンチの右下に首を傾けて眼を閉じた女性の頭部の夢見るような、何かを諦めたような静かな表情(確かに天才だと思う。これに比べたらモナ・リザなんてゴミみたいなものだ)。

ゴヤの鳥の巣からの(たぶん卵)盗人の素描にも、魂を奪われた。そのほかにも語りつくせないたくさんの過去の素晴らしい素描。

動物素描ではスタンランの猫はもちろんのこと、ウージェーヌ・ドラクロワのユーモラスな猫、レンブラントの象、ゴッホのツバメ、ロートレックの兎、ルーベンスの驢馬、ハインリッヒ・クレイの蝸牛や鰐、イングレスのペンでさらっと描いた猫や、ボナールの泥をはねる犬たちの素描などなど・・・・・・、いきいきとして涙が出るほどうますぎる。

チャールズ・レニー・マッキントッシュの植物のすっきりした端麗な線描。ゴッホの歪んだ樹の太い鉛筆の線描。モンドリアンの数多くの菊と百合の魔的な素描。ヤン・ファン・ハイスムの水彩素描(昔、一連のネーデルランド花卉画の暗さに夢中になったことがあったが、本画の前のスケッチを見たら、そちらのほうに格段に惹かれる)。

余計なタッチ、無駄な線がない、生命の躍動がそのまま端的にとらえられている。別の言い方をすれば、必然の線のみが的確に選択されて、必然をかたちづくっている。

誰もに知られている絵ではないもの中に、異様な凄いものが存在する。

そういう名作を見ると決して追いつけないすごさを感じる。生きているうちにこの次元にいくためには、ものすごい努力と鍛錬と、どれほど濃縮した人生を生きることが必要なのだろうかと思う。

日本の(他国の現状は知らない。)美大受験のための絵(デッサン)をやることの弊害もあると思う。これに慣れてしまったあと、必ずここを抜けださないとまずいと思う。もちろんここを通っても才のある人はびくともしないのだろうが、どこに感動したのか、何を描きたいのかわからないようなステレオタイプの絵をまったく良いとは思えない。

いわゆる「オーソドックスな」絵というのは、「絵」の次元に行っていないと思う。何も感じていないのに描いている表面的に整っているつまらない絵が嫌いでたまらない。かと言って、自己顕示だけの、自己満足だけのはったりも嫌い。

うまい、へたは関係なく、真実に「触れて」いるものだけが好きだ。

私の場合、興味がないというよりもむしろ嫌いな絵(表現)がはっきりしている。嫌いな絵(表現を見ると身体が傷つくような激しい苦痛を感じる。見なければいい話なのだが、それを見ろ、ほめろと強制された時には、嫌いだと正直にはっきり言うしかないのだろうな、と思う。

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三島のK美術館の館長越沼さんよりメールで、明日午後0時20分から、NHKテレビ「ひるブラ」で 三島の源兵衛川が放送される旨、お知らせをいただいた。

越沼さんは「源兵衛川を愛する会」で、清流を蘇らせ、絶滅危惧種ホトケドジョウなど、多くの生き物たちや在来植物群を守る活動をされている方だ。
味戸ケイコさんの作品を見にK美術館に行った日、源兵衛川の中にある遊歩道をずっと下って行ったことを思い出す。
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夜になって、福島第一原発の危機に身を捨てて指揮した吉田元所長が亡くなったニュースを見る。
彼の貴重な証言を聞く機会が失われたことがショック。そして何も解決していないのになし崩しになっていく恐怖を感じる。

7月7日

平年より15日、去年より19日も早く、きのう梅雨明けしてしまい、すごく暑い日(35度)。正直、私は梅雨が好きなのでとても残念だ。雨に打たれた夏草を見ていると気持ちが落ち着く。自律神経失調で体温調整できないし、日光アレルギーもあるので、かんかん照りほど苦手なものはない。

母の食事介助に行く。

池袋小学校の前の欅並木と桜並木の間の陰になる道で、桜の葉の匂い(クマリン)をかいで、見上げた前方の空に、光る積乱雲を見た。

ぎんぎんの夏雲だな、と思った瞬間に、頭の上にはぽつぽつ雨粒が落ちていた。

お寺の横の道。珍しい八重のドクダミの花は茶色く枯れていた(葉は青々と元気)。

はちきれそうになった大きな白百合のつぼみがあった。

百合の中ではヤマユリが一番好きだ。あの黄色いスジと朱の斑がたまらない。最近は、花屋ではカサブランカばかりだけれど、一度だけ野生のヤマユリが売られていたことがあり、狂喜した。その次に好きなのは鹿の子百合。これも山に行かないとなかなか見られない。

母の夕食介助。最初は傾眠で自分でスプーンが持てなかったが、濡れたおしぼりで指の腹をマッサージしてあげると眼がさめ、自分で食べられた。

私がヤマユリの花が大好きになったのは、とても幼い頃、田舎育ちの母に

「ヤマユリは本当にきれい。すごくいい匂いがして、見たら、ススキぼうぼうの中に、人の顔よりも大きなヤマユリが咲いててね。見つけたら嬉しくって、蛇が怖いんだけど飛んで行ってとるの。10個も花をつけた大きなヤマユリを見つけた時は最高だった。」

と聞かされたからなのだ。幼稚園児の頃から、母に影響されたことが多い。植物に関心があること。黙って絵を描かせておいてくれるために、裏が白い広告の紙をたくさん集めておいてくれたこと。

食事介助をしながら、母に「きょう、七夕だよ。外はすごく暑くて百合が咲いてるよ。ヤマユリ好きでしょ?」と言ったら、「順番に咲くのよね。」と答えた。「そう、つぼみがいっぱいついてて、下から順番に咲いてくんだよね。」

きょうは、まあまあ元気だった。ここ1週間、いろいろあって、来られなかったので心配だったが、まあ一安心。

7時ごろ外に出たら道が濡れていた。このとき雹を含む雷雨があったとあとで聞いた。

7月6日

安藤美姫の出産が話題になっているようだが、彼女が父親を公表しないのは、かつて自分の死んだ父親についての取材でマスコミにいいように収奪され、傷つけられたことへの復讐なのだろうと思う。

父親が誰であれ、容疑者の取り調べではないのだから、プライバシーを絶対に正直にマスコミに言わなければならないという倫理はないと思う。(マスコミは商売のためにやっているのだから、そこに一方的に利用される必要はない。マスコミに宣伝してもらって持ちつ持たれつだから、敵味方分かれて事情が複雑になるのだろうが。)

父親ならすべて打ち合わせ通り、嘘つくにきまってると思うけど。

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カナダのLori G さんが私のアネモネの絵に対して。Your work is amazing and lovely.というコメントをくれた。共通の趣味を持つ人にほめられてすごく嬉しい。

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