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2013年8月 7日 (水)

花輪和一 『風童』 『みずほ草子』 / 江戸の園芸

8月7日

おととい、花輪和一から新刊『風童』(かぜわらし)、『みずほ草紙』と寺山修司の写真絵葉書が届いた。

連載は2008年からだったが、ずっと本が出なくて、どうなってるのかな、と思っていたが、急に2冊とも・・・祝!!単行本化。しかも、てかてかしたちょっと豪華な装丁(祖父江慎)。

子ども時代の、どうしようもないさみしさと、不安で恐ろしくてたまらない感じ。

愛情をもって保護してくれる親はいない。

近くにいるのは、風や雨を喜ぶ樹や草や、泥鰌や亀や蛙やタガメと、ときどきふっと現れる風の子や、人の顔をした梟。

花輪和一の描いてきたのは、いつも不安で心細い子供、8才くらいの女の子だ。

いろんな大人を見ても、自分がどう生きて行ったらいいのかわからない。

最近の話は、昔よりも勧善懲悪、因果応報の傾向がさらに薄れ、わからないのが人生、考えても考えてもわからない、だから苦しい、そしてこの世は奇妙で不思議という話。

決して、子供がのびのびと元気いっぱい暴れて周囲を巻き込んで大騒動になる、という話ではない。子供は常に受動する側であり、怯えながらも、あらゆるものをちゃんと見ている。そこが花輪和一のすごいところだ、と思う。

それに今回の2冊の本は、特に、人が年老いた時、いかに死を迎えるか、というテーマが加わっている。

最近は手や眼が疲れて、ルーペがないと描けないと言うが、これだけの描写をたったひとりでやっているんだから、長年の疲労がたまるのも当たり前だと思う。

花輪和一は23才の頃、山川惣治のアシスタントをしていたそうだ。「あなたは天分があるから、うちにいらっしゃい。」と言われたということだ(さすが)。

生きた線、動植物や雲の描写、少年少女のなまめかしいところなどが継承されながらも、さらにすごい独特な作家になっている。

ちなみに、花輪和一が子どものころ好きだったのは、小松崎茂、高荷義之、樺島勝一、岡友彦、伊藤彦造・・・・。

漫画家ではなく、絵物語の挿絵画家になりたかったそうだ。

昔、いくつかの原稿を手伝ったことがある。植物の部分の描写と、トーン貼りと、トーンをカッターで削ったり、消しゴムかけたり。細かい線のペン画というのは、ものすごく難しいと思った。

(余談だが、花輪和一が大嫌いなのは、竹久夢二、太宰治、石川啄木、相田みつを・・・などなどだそうだ。)

8月6日

「花咲く 江戸の園芸」展を観に、江戸東京博物館へ。

お目当ては江戸時代の植物画、(特に変化朝顔)だったが、展示内容は浮世絵が多かった。

江戸時代の人々が熱狂した植物の中でも、「奇品」文化は特に興味深く、屋に行っても奇形のばかり選んでしまう自分にとって、まさに感性の合う世界である。

江戸の植物画、特に「奇品」を描いた画に惹かれるのは、苦心して類まれなる植物を育てたという情熱、その珍しさ、面白さを記録しておきたいという欲求が、そのまま「画(絵)」になっていて、そこに「絵」の本来の「絵」たる魅力を感じるからなのだと思う。

写真のない時代、作者は面白い植物を見た感嘆を記録したかったので、主役はあくまで植物であり、作者は体験を受容し残そうとする側で、見たまま、ありのままを描こうとする中にも、作者の視点(見どころ)、感性がにじみ出る。

現代アートにひしめく人々のように、自己顕示欲がインフレーションを起こし、ただ虚妄の自分を他人に承認させたいがために、作品行為の存在理由をこじつけ、生きている動植物から収奪し、侵害しまくるのとはまったく逆の行為である。

空想でも虚妄でもない実際に生きた植物を育て、そこから生れ出た珍しいものに驚き、喜ぶ、その体験が、さらに「絵」という手仕事で残されているからなのだと思う。

武士の愛した「奇品」植物を描いた画で、面白かったのは「椿図屏風」。年代作者不詳である。二十数種類の様々な品種の椿を横一列に並べて描いているが、花の美しさ、面白さの比較と同時に、当時流行っていたらしい椿の接ぎ木の技術を記録しているのが素晴らしかった。

だが、学芸員の説明書きがわかりにくかった。椿の品種の読み方を提示したほうがいいと思う。「ひときわ目をひく○○は・・・」と書いてあったが、どれを指しているのかわからなかった。

「松葉蘭譜」。マツバランとはシダの仲間の着生植物(古生代からの生き残りと言われる)で、葉も花もなく、奇妙な枝振りや模様を楽しむもので、当時、熱狂的な園芸ブームがあったそうだ。

枝振りのうねりの面白さを丁寧にとらえた画に惹かれた。

変化朝顔に関しては、『あさがほ叢』(四時庵形影、1817)、『三都一朝』(成田屋留次郎著、田崎草雲画、1854)、『朝顔三十六花撰』(万花園主人撰、服部雪斎画、1854)などの一部を見ることができた。

『朝顔三十六撰』の中の「鞠水州浜葉照千花笠フクリン数切獅子牡丹度咲」の画が素晴らしかった。

しゅうすい(葉の色、葉の模様)、すはまば(葉のかたち)、てるてるちはながさ(花の色)、覆輪(花の模様)、すうきり(花の模様)、ししぼたんどさき(花の咲き方、形)。

展覧会の図録は買わなかったが、江戸の花に関する資料を買った。

私は珍奇植物の写真には情報としてしか惹かれないが、花の珍しさを描いた画にはすごく惹かれる。

「大和絵」「浮世絵」の様式から、西洋画のものの見方が入ってきて、写実的、科学的なボタニカルアートに至る、そのはざまの江戸の植物画に、現在「日本画」と呼ばれる死んだ様式の中にはない新鮮な魅力を感じる。

逆に、植物学的、博物学的に正確に描かれた西洋のボタニカルアートの歴史を見ると、1700年代、1800年代のボタニカルアートに、ある様式美や、写実だけではない作者の並外れた感覚を感じ、やはり現代のボタニカルアートにはない強い魅力を感じる。

たとえばヨハン・ヴァインマン(1683-1741)の『薬用植物図譜』は江戸末期に日本に伝わり、岩崎灌園が模写し、『本草図譜』に加えられたという。

思いつきで描いた模様ではなく、生きている植物に接したという生の感覚と、そのものを正確に伝えようとする「眼」と、そこにひそむ謎のようなものを描きたいという執念が「手仕事」の力で、ある緊張感を持って、線や色として現れる。

ただの写実的な絵にはまったく惹かれないのだが、個体の持つ鋭い感覚によって、ものとの関係性のなかに写実以上の何かが生まれる過程のなかに「絵」があるように思う。

8月2日(金)

母のいる老健Eからきのう電話があり、薬の件で家族の了承を得るためというので、きょう面談に行く。

行ったら、まず相談員さんに面談室に呼ばれ、新しい薬に切り替える話ではなく、老健の医師がメネシットを含め全部の薬をなしにしたいと言っている、と聞き、唖然。

相談員Oさんも、「メネシットを切るなんてとんでもない、どうしてもここの医師には任せられないと思ったら、よそに移ってくれていいですから。」と言うが、このクソ暑い時に、弱っている母を遠くの施設に移動させたくはない。

面談中、やはりここの医師はおかしい。耄碌と、最初から専門外についてすごく無知なのに断言したがるのと両方だ(パーキンソンの薬を抗鬱剤だと思っていて、副作用があるからやめさせたいと言う)。

なんとかなだめすかして、メネシットだけは切らないよう、お願いする。

まともじゃない他人のせいで、どうしてこうも余計なストレスがかかることが多いんだろう、と思う。

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