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2013年9月

2013年9月18日 (水)

腫瘍マーカー / 阿佐ヶ谷 / 『反絵、触れる、けだもののフラボン』 絵画 

9月22日

4月に桜の写真を撮ったのが最後で、ずっと怖くて行けなかった阿佐ヶ谷住宅のほうまで歩く。

ガラスを抜かれた抜け殻の団地がいくつかあったが、ほとんど何も無くなっていた。

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暗渠の狭い道をたどって帰る。忍冬の茂みに、また狂い咲きの花を見つけた。

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きょうのちゃび。

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9月20日

鎌ヶ谷の病院に定期健診に行く。船橋まで地下鉄東西線とJRを乗り継いで行くと450円、JRだけで行くより170円も安いことを知る。船橋からは東武野田線という非常にローカルな路線に乗る。

「元気でしたか?しばらく会わないと元気にしてるかな・・・と思って。」とA先生に言われて嬉しい。最初の主治医、A先生に一生ついていくために、2時間近くかけて鎌ヶ谷まで来ている。

6月に採った血液とレントゲンの結果を聞き、腫瘍マーカーの値が、今までで初めて上がった、と言われて驚く。今までは300くらいだったのに、今回、急に836。

一瞬、動揺したが、A先生は、「レントゲンの画像は以前と変わっていない、もしもほかに転移したとしたら、最初からあったレントゲン画像の影も増えているはずだから、病院がかわったから、検査方法に誤差が出たんじゃないかと思います。」と言った。触診の感じもかわっていない、ということで、とりあえず、きょう再び3本採血することになる。

採血室に行くと、ベテランぽい優しい看護師さんで、すごく丁寧だった。M.Hさん。お名前を覚えた。

「すごくかわいいわんちゃんね~。」と言われて「ありがとうございます。」と笑った。私の大好きなGeorge.E.S.Studdy(1878‐1948)のBonzoという犬のキャラクターのTシャツを着ていたのだ。こんな犬です↓(これは9月23日に阿佐ヶ谷の「赤いトマト」で撮った写真。)

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George.E.S.Studdyは、Louis Wain(1860 - 1939)と同じくらい本当に絵がうまい人で(ちなみに二人とも、今読んでいるベルグソン1859-1941と同時代人だ・・・)、同じくらい強烈に私が好きな絵描きで、イギリスのアンティーク市がきっかけで、かれこれ18年くらいBonzoの古いグッズを集めている。古いAnnual Book、ヴィンテージの絵葉書、塩胡椒入れなどなど。このTシャツは、最近、日本で出たもの。

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歩道の銀杏の実が、もう黄土色に熟して落ちている。葉はまだ青々としているのに。

9月19日

午後3時、母の今いる施設に新宿区の施設の相談員Hさんが面談に来る。

真の満月が見られる中秋の名月ということで、夜、7時半くらいから川沿いのグラウンドまで歩いた。私のカメラでは月にピントが合わなかった。

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川の上にさーっと大きな流れ星が落ちるのを見た。よく見ると、この写真にも、向日葵の左下に小さな流れ星が写っているようだ。

どこを歩いても紅と薄クリーム色の彼岸花が満開だった。夕闇の中に白粉花の匂いがしていた。いろいろと狂い咲きの花が増えているが、彼岸花だけは毎年正確に咲いている。

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9月18日

すーっと透き通るような秋晴れの日。

我が師、 毛利武彦先生の奥様、やすみ先生から遅い残暑見舞いのお返事、やすみ先生の創画展出品作の絵葉書2枚(枯れた紫陽花のと、闇夜のアネモネの)にびっしりお便りを書いてくださったものを郵便受けに発見して感激した。

私の書いた本『反絵、触れる、けだもののフラボン』をいつも机の上に置いて夜中に何度も読み返してくださっているとのこと。やすみ先生と私とは摘む花が共通していること。

私が書いた毛利先生に関しての文章を読むと、毛利先生が私に向けて語ったことがやすみ先生にも伝わってきて、泣きながら絵を描いた、と書いてあった。

それから、もっと、ブログには書けないありがたいお言葉も・・・・。

変な言い方かもしれないが、自分が書いた文章が、自分で思っているよりも、誰かに伝わっているのかもしれない、と思う瞬間、本当に不思議な気がして、えっっ?!と驚いてしまう。

それは、読んでくれた誰かが私に感想を伝えてくれたり、誰かが感想を書いてくれたのを私が偶然発見したりする瞬間に起きる驚異だが、基本的に私は悲観的で、自分の言葉が誰かに伝わるとはあまり思えないのだ。

毛利先生の奥様が、私の書いた毛利先生に関する文章を大切に読んでくださっていると思うと、苦労して本を出したかいがあったと思われ、ものすごく嬉しいが、同時に信じられなくて、畏れと恐縮で身体が縮み上がるような気がする。

3日ほど前に、読書メーターに『反絵、・・・』の感想を書いてくださった人が何人かいるとのメールをいただき、それを見てびっくりしたばかりだった。まったく見知らぬ人に、感想をいただける不思議、それは私にとってたいへんうれしいことです。

私は絵も文章も、しばらく時間が過ぎて、自分がそれをつくったことを忘れたころにならないと、自分で自分を評価することができない。誰でもそうかもしれないが、私は特に自分のつくったものを不安に思う傾向が強い。

すごく緊張や不安が強いと言うことは、絵でも文章でも、それを終える瞬間が見極められないということでもある。

18才で美大に入った時は、絵を描くことが苦痛でたまらなかった。

価値評価のわからない不分明な世界に入ったのだ。

絵を描いているとき、自由だなんてとても思えなかった。苦痛で、恥ずかしくてたまらない絵をほめてくれたのは、毛利先生と、早くに亡くなったA先生・・・・。今思うと、あの時ほめられなければ絵をやめていた。自分では自分の絵がいいと思えなかったんだから。

9月17日

台風18号が去って陽が射した。

2日ほど前、近所の金柑の花が、今年5回目の満開になっていた。その樹についたアゲハ蝶の蛹が、嵐で落ちていないか心配だったのだが、無事だったのでほっとした。幼虫も元気でいた。お願いだから無事に羽化してほしい。

小さい頃、アゲハを卵から育ててかえすのに夢中になって、緑色の幼虫がかわいくて鼻のあたまにのせたりしていた(「気持ち悪~い」とか言う女子には心底頭にきたのを覚えている)。

9月15日

台風18号。

いくつかの古い映画のDVDを観る。

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2013年9月10日 (火)

枯れたチューリップの素描 / アンリ・ベルグソン(Henri Bergson)

9月8日

枯れたチューリップの素描(2回目)

捩じれのディテイルをよく見ておきたかったので、再び枯れたチューリップの素描。

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構図は意識せずに、今見ておかなければ二度と見ることができない(時間とともに絶え間なく変化している)ところ、今の時点でのクライマックスを眼で追う。

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前後に並べた二つのガラスのコップに挿してあるチューリップを一気に見、眼がたどるべきと選択したところを線でなるべく誠実にたどる。

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前田英樹先生が送ってくださった『ベルグソン哲学の遺言』をずっと読んでいる。

難しい言葉づかいが多く、なかなか進まず、やっと半分まで読んだところ。

ベルグソンは難解で、簡単に要約できるような内容ではないが、私の理解としては、まさに「絵画」の問題、まさに「素描(デッサン)」の問題、そのものを言っている、ということだ。

アンリ・ベルグソン(Henri Bergson)は1859年にパリで生まれ、4冊の主著と2冊の論文集、そのほか2著を刊行し、1941年にパリで亡くなった。

ベルグソンが言う「持続」とは、まず時間には繰り返しがないことを強調したい、ということである。

「しかし、この持続というもの、科学が振るい落とし、思い描くことも表現することも困難なこの持続というもの、人はそれを感じ、それを生きているのだ。それが何かを探究すれば、どうなるか。それは意識にどう現れてくるか。」

「私が視る視覚像は、直前の視覚像とは異なっているほかない。なぜなら、その視覚像は一瞬で古びるからだ。私の記憶がそこにあり、この現在のうちにあの過去のうちの何ものかを押し込む。私の心の状態は、時間の経路を進みながら、みずからに積み重ねる持続で絶え間なく膨らんでいく。」
(アンリ・ベルグソン「序論(第一部)、『思想と動くもの』所収)

「〈観る〉努力を省いて〈理解する〉人は、「持続において思考」しない。」

(前田英樹『ベルグソン哲学の遺言』 第Ⅵ章〈器官についての考え方〉 1哲学はいかに〈努力する〉のか p142)

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