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2013年11月

2013年11月26日 (火)

〈外〉の千夜一夜 / フィギュアロシア大会

11月24日

室伏鴻プロデュースによる〈外〉の千夜一夜のトークイベント、「裏返しのダンス」 鈴木創士×丹生谷貴志、 「リトルネロと外の身体」 宇野邦一 を聴きに横浜赤レンガ倉庫へ。

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「裏返しのダンス」 鈴木創士×丹生谷貴志に関するメモ。

フランスの哲学は「外」を問題にする(アメリカの分析哲学は「外」を問題にしない)。

「外」と「外部」は違う。

「器官なき身体」とは、有機的に構成されていない身体、腐った粘液上のものをイメージする人がいるが、それは間違いで、身体を砂漠のように感じることもある。

「外」とは死からの逃走、生からの逃走。臨死状態。こっち側、あっち側ではない中間。皮膜。

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「外」をめぐるトークについて。

私は「外」にいる。

いつも激しく恋しているから。

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「リトルネロと外の身体」 宇野邦一に関するメモ。

「リトルネロ」とは『千のプラトー』(ドゥルーズ、ガタリ)の真ん中辺の奇想天外な文章であり、リフレイン、繰り返しが帰ってくる、と言うような意味。

子どもが口笛を吹く、鼻歌を歌う、カオスの状態からほんのちょっとした繰り返し(秩序)を抽出する、領土(テリトリー)が形成される、

音楽史以前、小鳥の歌をテーマにしている。庭師鳥(舞台をつくる鳥)。葉を集めて裏返しにし、その色彩を操る。鳥がアートをやっている。

ガタリは色々な概念を毎日提供し続けた。ドゥルーズは(やり方は複雑ではあったが)それらをまとめた。

『失われた時を求めて』(プルースト)を分析するときにリトルネロを重視。

マーラー、ドビュッシー、バルトーク・・・ロマン派から現代音楽に移行する時に面白い作曲家が出ている。

オデットの顔をリトルネロに結びつけるガタリの発想、読解。

リトルネロは領土化、家を持つこと。創造性の始まり。

マイナスの人を閉じ込めてしまう、そこからどうやって外に出るのか。

ヴァン、懐かしいオデットの顔と結びついた外に出る契機。

ロマン派:大地を発見した。ロマン派後:宇宙に向かう。クレー。

リトルネロから始まり、民衆、大地、大きく展開。

非定型で非物質的なエネルギー。壮大な芸術史。

現代社会は非定型なエネルギーにさらされ、その中で表現(アーティスト)はある種の戦争。

「この地上で殺し屋として生きるのか、詩人として生きるのか。」(ヘンリー・ミラーがランボーについて書いた引用)殺し屋の顔をした詩人。詩人の顔をした殺し屋。

アルトーのリトルネロについて。

若い頃のアルトーは輝くばかりの顔、眼をしている、とル・クレジオも指摘。

これからアルトーを読もうという人に、(宇野さんが)何よりもまず読んでほしいのは『冥府の臍』『神経の秤』『芸術と思考』。

神経の波動をはからなければならないということ。思考とは波動の強度。

「私は考えることができない。」「私は思考を生まれさせなければならない。」

「私は先天的な生殖性である。」「私は自分自身の生殖性を鞭打たなければならない。」

「私は先天的な自己を信じない。」「私は自分自身を生み出さなければならない。」

思考とはなにか。自己とは何か。

思考のイメージ。思考にはイメージがない。否定的なイメージ。

生殖性を鞭打つ、神経をはかる、とは、アンチ・オイディプス。父母は関係ない。自分で自分を生み出すこと。

この妄想がたいへんな生産性を持つ。

「器官なき身体」について。パターンは10くらいあげられると思う。

器官のない闇、暗黒。晩年の精神病院での文章に頻出。

皇帝ヘリオガバルス。政治的アナーキーだけでなく性的アナーキー。もろもろの器官を敷き詰めた道を通って神の道に向かうことは難しい。これらの器官は、我々を拘束し、排他的な現象を押し付ける。

器官(オーガンヌ)に対する凄まじい警戒感。

すべてのエクリチュールは破廉恥である。名作、戯曲を演じていればいいと思っている。残酷劇の意味。

思考不可能性とは、思考を取り戻せばいいと言うことではない。
思考=神経。非定型、非物資的なエネルギー。

土方巽『美貌の青空』のなかの「アルトーのスリッパ」。肉体を打ち切る思考。非常に捩じれた繊細な文章。アルトーのスリッパが最後の思考。

「器官なき身体」の意味はとても難しい。樹木すれすれ。リゾーム←→樹木 両義性。
経絡、樹木、気の流れも、ひとつのパターンだと思う。ほど遠いものではない。それがどう体験されるか。

アルトーが一番神秘的になるのは、病院に入る前。キリスト教を含む神秘思想にのめりこんだ。それに対する逆批判。キリストがなぜ現れたのか。リインカーネーション、肉となって現れる。

『神の裁きと訣別するため』 神秘主義者になって、そこから抜け出す、自分自身で実験。

狂気の歴史の中でアルトーは滅多にないケース。ヘルダーリンなどと違い、アルトーはかえって来る。

自己治癒の力。少し醒めていないと、どこがぎりぎりかもわからない。

視角の中に触覚がいかに介入してくるか。

マーク・ロスコが生きているときに書いた美術史論。

絵画は遠近法のときから変になった。幻覚。エジプト絵画には奥行きがない。横向きの人物。空気の中に人間がいる触感に忠実な表現としてとらえている。これはニジンスキーと関係あるかもしれない。ロスコの色彩。体感。

ドゥルーズのベーコン論。具象でも抽象でもない。非有機的伝統。ごつごつした。イスラム。ゴシック。地中海ではない。「装飾」という領域に、そういうものが絡んでいる。運動と時間。

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故若林奮先生が旧石器時代の洞窟壁画についての話の中で、「「装飾」という言葉を考え直さなければならない」と言っていたことが強烈に蘇ってきた。

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赤煉瓦倉庫。ずっと昔、横浜を歩いていて偶然ここに迷いこんだ時の衝撃、素晴らしく隔絶した異空間は失われてしまった。あの時の眼を射た古い門。錆びれた引き込み線。雑草。頬を切るような北風。今は眼の前にあるものよりもずっと強烈な、記憶の中の風景。

記憶の中の「新港埠頭保税倉庫」は強烈に魅惑的だ。
(下は観光地化された現在の赤煉瓦倉庫。)

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11月24日

グランプリシリーズのロシア大会も終了。いろいろ波乱の多いロシア大会だった。

村上佳菜子は曲のかけ間違いが気の毒すぎるし、14才の頃の「アストゥリアス」の魅力が凄かったトゥクタミシェワは、なかなか調子が戻らないし、残念・・・。

町田樹だけは、よくがんばった。

「「timshel(ティムシェル)汝、治むることを能う、自分の運命は自分で切り開く!」 と哲学的な言葉をテーマに挙げた町田は、「この timshel(ティムシェル)という言葉に、凄くインスパイアされたので、大きなテーマとして掲げ、グランプリファイナルを目指したい!」 と他の選手の度肝を抜き 」というGPS前の会見の記事。この「他の選手の度肝を抜き」というところ、何度読んでも笑ってしまうのだが、本人が大真面目にしゃべっていることに、ちゃんと優勝という結果が出てよかった。

今までの発言を読むと、え?と思うことも多いが本当に面白い人だ。正直だし、よく工夫しているし、思い入れと同時に冷静さもある。

ABTのバレエダンサー、フィリップ・ミルズに振付を依頼したというが、SPの出だしのところの両手を前に掲げて、ぐっ、ぐっ、と握り拳を胸に引き寄せる動き、あそこが妙に印象に残りすぎるのは私だけなのだろうか。

思い入れたっぷりに演じるところと、いわば即物的に、淡々と動きを見せるところの変化をつけたほうが表現的には良くなると思うが・・・。

ロシア女子のソチ代表争いも気になる。トゥクタミシェワとソトニコワがずっと好きだったのだけど、やや調子悪いの心配。NHKフィギュアのエキシビションのラジオノワのゾンビ―ダンスがすごくよかったので、ラジオノワも好きだが、ラジオノワはまだソチには出られない年齢なのであんなに無邪気な滑りができるのだろうか。

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今年最後のコスモス素描。

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11月16日

夕方、高円寺の北口のちょっとぼろいビルの2階の小さなイタリアンの店「I」の前を通り、いつものように看板が出ていなかったので確認しに階段を上がってみたら、「閉店」の無造作な張り紙があったので滅茶苦茶ショック。

すごくお気に入りで、この「I」くらいしか外食できる店がなかったのに。まさか夜○○?としか思えない状況。

「I」は無口な初老のマスター一人で切り盛りしていて、15年くらい前はJRガード下の、3人くらいしか座れない屋台のような店だった。こんなところに本格イタリアンが?と驚いたものだ。

蟹のクリームパスタ1400円くらいだったから、私の生活水準からしたら高くて、たまにしか来られなかったのだが、原材料の高水準ぶりを考えると安いと思えた。

私が大好きな食べ物屋さんはつぶれることが多い・・・・・。

11月13日

2日間チラジンを飲むのを止めた。それと関係あるのかわからないが、微熱がなおってきた。

甲状腺摘出以来、一応毎日3錠の甲状腺ホルモン剤を飲んでいるが、飲み忘れたり、飲んだのを忘れて過剰に飲んでしまったり、かなりいい加減だったが、熱が出たことも頭痛がしたこともない。

だから今までの微熱の原因はよくわからないが、最初のきっかけは喉の炎症だったと思う。現在、喉の痛みは完全治癒。

11月11日

五日間、抗菌薬とアレルギーの薬を飲み続けたのに、今朝熱を計ると37度あった。少し脳天に頭痛。顔と頭が相変わらず熱い。

午後3時からの診察で先週の血液検査の結果を聞く。

白血球もCRP(炎症と細胞破壊)も正常値。白血病でも、何かの炎症でもなさそう、ということだ。よくわからない、と言われ、膠原病の血液検査をするか、と聞かれて断った。膠原病「かもしれない」ということでステロイド剤なんかを処方されたら、それこそものすごく体調を崩しそうだからだ。結局、またリンゲリース(ロキソニンのジェネリック)を出された。

FT3とFT4(甲状腺ホルモン)の値が高め。私はもうずいぶん前に甲状腺がんで甲状腺を摘出しているので甲状腺ホルモン剤を毎日飲んでいるが、今はちょっと強く効きすぎている状態ということなのだろうか?

9月に鎌ヶ谷の病院で採血した結果を聞いていなかったので、がん転移の活性化と関係あるのかどうか、A先生に電話で尋ねてみた。検査の結果、6月に異常に高くなっていた腫瘍マーカー値は、以前と同じくらいまで戻っていた、と聞いてほっとした。とりあえず、1か月半も続く熱は、がんのせいではないと思っていい、と言われた。

甲状腺機能亢進を調べてみると、微熱、動悸、倦怠感、筋力低下などは私の今の症状とあっている。でも、頭痛という記述はない。A先生も頭痛はしないはず、と言っていた。

近所のクリニックの院長に、いかにも神経が細そうだから気のせいの頭痛かも、と言われて腹が立った。緊張性の頭痛ではなく、発熱した時の頭痛だから困っているのだ。とりあえず苦しくて堪らない時だけ痛み止めを飲むことにして、様子を見ることにした。

ここ数週間、命に関わる状態を宣告されることを考えていた。その時に何を書き残したいかずっと考えていた。

どういうふうに書いたらいいのか、あまりに難しくて、今までも充分に書けていないのは、言語に絡め取られないもの、動物の命についてだ。

自分の本も、今まで書いてきたあらゆる文章も、絵も、すべてそのことを書いて(描いて)きたつもりだが、ごくたまに何か通じる人もいるようだが、通じない人にはまったく通じない。

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2013年11月11日 (月)

フィギュアグランプリ日本(NHKフィギュア) / コスモス水彩素描

11月9日

浅田真央の「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番」。

冒頭、バンクーバーの「鐘」を思い出させるロシア正教の重い鐘の音と、それに合わせて両手を振り上げる始まり。

トリプルアクセルの飛翔と同時に、曲は激動のメロディに変わる。最後の怒涛のステップまで、疲れを見せず、大きく速く、華麗に、迫力の演技。

全体的に、あらゆる葛藤と闘いながら、それに打ち勝っていく浅田真央が、しかし悲壮ではなく、意志とエネルギーに満ちた浅田真央が見える。

不穏な感じからいきなり激情的になったり、最後は最高の心拍数に盛り上がるような、不思議な魅力に満ちた曲だ。

この曲を作曲していたころのラフマニノフは、交響曲第一番の酷評にあい、鬱や精神衰弱と闘いながら、この美しく劇的な作品を完成させたらしい。

バンクーバー以降、すべてを基礎からやり直してきた苦労を想像するだに、浅田真央が今、すごく充実して活力と意欲に満ちているのを見ることができて本当に嬉しい。

次はトリプルアクセルを2回入れたいとか。本当に、本人のやりたいように、その通りにうまくいきますように。期待でどきどきしすぎるので、グランプリファイナルと全日本が早く来てほしくないくらいだ。

高橋大輔の「ビートルズメドレー」。

やはりCome Togetherのタンゴが好きだ。それと最後のThe Long And Winding Roadの大きく伸びやかに広がるところ。

祝!今季世界最高得点。

個人的にはショートプログラムのほうが曲、振付ともに共感しやすい。が、とにかく本人が満足いくように、怪我にだけは気を付けて思いっきり極めてほしい。

11月8日

ついにNHKフィギュア。

高橋大輔のショートが始まる前、この日本戦まで、もう少し時間があればいいのに、と思うくらいすごく緊張して観ていた。

「バイオリンのためのソナチネ」(佐村河内守)。この作曲者は被曝2世であり、35歳で聴力を失い、抑うつ神経症や不安神経症、頭鳴症などに苦しみながら絶対音感を頼りに作曲しているらしい。しかも同情が嫌で聴覚障害を隠していたというすごい人だ。

このプログラムは、曲が始まった瞬間の出だしの演技がとても印象的だ。ジャン!と辺りの空気を研ぎ澄ます緊張感と期待感。

そしてこれまでの悪夢はなんだったのか、というような4回転ジャンプ。好調、不調というのは本当にわからないものなのだと驚嘆した。

嵐に翻弄されながらも、耐えてしなる樹のように、音の響きにぴったり合った両手の振りあげと同時に連動して勢いよく振られる首(頭)がまさに高橋らしかった。

人が何かを演じている、何かをやっている、というのではなく、まるで自然の事物、しなやかな樹や、雲や波の現象や、動物の動き、その驚異の瞬間を見ているように感じる。それほどの、わざとらしくない激しいうねりと流れ。

全身で、激しく、深く、劇的に、詩情たっぷりに、そして意志を貫きとおすような透徹した感じの、強烈に心に残る演技だった。

覚悟と矜持。それにしても、こんなにも短い時間で修正してくるというのは驚異だ。どんなに強く念じても、過剰なほど練習しても、ほんの微かな本人にも意識できないような何かで、うまくいったり、いかなかったり、という競技だと思うが、高橋大輔がうまくいくときは、奇跡のようなすごいものを見せてくれるので目が離せない。

モロゾフの号泣を見て思わず涙。モロゾフは多情だけど芸術家肌というか、魅力ある人物だと思う。スケートアメリカのあと、彼が高橋を激しく鼓舞したらしい記事を読んでいたので、非常に泣けた。

浅田真央のショートは、高橋のショートを観る前ほどは緊張せずに見ることができた。期待通り、心身ともに充実した落ち着いた演技。身体も引き締まって、調子よさそうだ。

きょうは本当によいものを見せてもらった。

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ひどくはないが、まだ熱と頭痛に苦しみながら素描。

半分開いて半分閉じているコスモスのかたちが面白い。コスモスを描くときは外側の総苞(緑色のがく)の位置とともに、内側の苞葉(つぼみを包んでいる黄緑色の膜状のもの)の位置に気をつけて描いているが難しい。

開いた花を裏から見ると、緑の総苞は花びらと花びらの間に放射状にあり、内側の苞葉は花びらの中心にある。

きのうに続いて2枚めのコスモス水彩素描。(クリックすると大きくなります。)

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11月7日

駅の向こうの花屋まで行ったら、もう今年は終わったと諦めていたコスモスの切り花があったので嬉しい驚きだった。丈が80cmくらいある大きな花。なるべく茎を切らずにそのまま観察した。

コスモスの切り花を買う時の、私にとって一番のポイントは葉のかたちだ。線のような葉が直線的で裂片がギザギザと細かいものは絵にならない。葉の線がゆったりと曲線を描いていて、裂が少ないものを選んで描いている。コスモスの葉は双子葉類の葉脈だけのようなものなのだろうか。

葉の線の一本一本の流れと、線の絡み合いの雰囲気を大切に心がけて描いている。

このコスモス素描は、真ん中の大きな花の水彩着色に失敗。さらっと完成させたいのに紙をこすりすぎてぼけてしまった。右の、花びらの中心が白っぽいピンクのコスモスのほうが、あっさりうまく描けた。

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11月6日

北越後のコシヒカリ新米が5kg届いたのでびっくりした。なんと城南信用金庫の預金の懸賞だった。

一昨年、原発反対の意思をわずかにも実践するため、みずほ銀行から原発反対を表明する城南信用金庫に預金を移したのだ。

ちなみに100万円当選が10本もある太っ腹な懸賞で、10万円1007本、3万円1007本、1万円20140本、3千円302100本、私の当選した新米コシヒカリは残念賞だが20140本も当たるので確率は高いと思う。

クリニックで薬をもらって2日目だが、熱を下げるだけなら市販のタイレノールを飲んで2時間後のほうが確実に下がっていた気がする。36.8度は変わらず。大した熱ではないのに頭痛がするのが苦しい。

11月5日

連休明けの火曜日。ずっとだらだらと治らない37度弱の微熱が苦しくてたまらないので、ついに近所のクリニックに行く。

9月29日に、母のいる施設のお祭りに参加していた日の帰り道、夕方の空気の中、猛烈に喉が痛くなって、唾を飲むのも痛いくらいだった。次の日、38度弱の発熱(咳なし)。市販の風邪薬で2日くらいで37度に下がったが、それからずっと、咳はないが、微熱はひと月経っても治らず、頭痛と動悸がして身体がだるく、まともに仕事ができない。

クリニックで血液検査。感染症と同時に腫瘍マーカーも調べてもらうことになった。結果は1週間後。

レボフロキサシン(ニューキノロン系抗菌薬)、リンゲリース(ロキソニンのジェネリック)、アルジオキサ(胃腸薬)、エルピナン(朝飲むアレルギー薬)、ヒスタブロック(夜飲む抗炎症、アレルギー薬)をもらった。

仕事が進まないことに焦燥しながら昔描いた水彩などの写真撮影と整理などしていた。

薬はすぐには効かないようで、夜、また発熱に苦しんだ。熱に浮かされた夢の中で、白い雨の背景に白い大きな紫陽花の花が描いてあるカンバスの絵を何枚も見た。それと毛筆のカリグラフィの下に水彩の色見本が描かれている和紙の絵を見た。

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