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2013年12月22日 (日)

フィギュアスケート全日本2013 高橋大輔「バイオリンのためのソナチネ」

12月21日

フィギュアスケート全日本選手権。

高橋大輔の「バイオリンのためのソナチネ」。足の怪我はそうとう苦しいようだ。しかし直前の6分間練習でも成功しなかった4回転を果敢に跳び、着氷した。

ジャンプやスピンのミスもいくつかあり、点数も伸びなかったが、私にはこの前のNHK杯の時のショートの演技よりも、さらに心を動かされるものがあった。

最初の出だしの素晴らしく引き込む動作のところもそうだが、ステップの時の腕や首の表現、自分が動かしているというより何か大きな力に翻弄されているように揺さぶられる上半身の動きが、素晴らしく劇的に見えた。

こういう動作をやっています、という感じではなく、何かの必然で動かされているように、身体表現がこの次元までいける人はなかなかないと思う。

もちろんスポーツであり、アスリートであるから、勝ってほしいし、ソチでの演技を見たいのは希求するところだが、今日の演技も、やはり高橋の唯一無二の身体表現は出ていたと思う。

足の怪我でほとんど練習できずに、本番でうまくいく可能性は低い、とわかっている不安と緊張でいっぱいの中、すべてが賭けであり、「すごい自分を見て」と誇示する余裕など寸分もない状態で、ただ高橋の本来持っている稀有な才能が裸の状態で出ていた。

ぎりぎりに追い詰められた土壇場で、怪我の不自由による悔しさはあっても、パッション(受難)そのものの、切りつめられた「表現/反表現」だった。

終わった時の茫然とした無表情もそれを語っていた。

私個人は、どうしても身体全体の美しい動き、体線、その鋭さや機微が、どれだけ謎めいてイメージを刺激してくれるかに関心が集中してしまう。

「アート」の世界では、ナルシシズムのない表現そのものを見せてもらえることはほとんどない。

今、フィギュアスケートを芸術にまで高めているのは、別次元として高橋大輔と浅田真央だと思う。

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