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2013年12月20日 (金)

『デッサンの基本』(ナツメ社) 第17刷 /  古い本

12月17日

『デッサンの基本』増刷のお知らせ。第17刷りとなります。

買ってくださった皆様に心から感謝します。歳の暮れも押し迫ってから、私にとっては、本当に嬉しい驚きでした。

先日、デッサンについての質問をいただいた。鉛筆の色が濃く出ない、とのこと。「支持体が柔らかければそれだけ筆圧がかかりにくいので、硬い下敷きを使うなど工夫してみてください。」とお答えしたところ、やはり、今までは柔らかいクロッキー帳を使っていたとのことで、スケッチブックに描いてみたら楽に描けたそうだ。

「描き方はデッサンの目的によりますが、目的はなんですか?」と質問を返すと、「画力の向上」とのことだったが、それでは十分な答えになっていない。その人の求める「画力」とはどんなものかが問題になってくるからだ。

『デッサンの基本』では、とりあえず基礎のかたちのとりかたから、美大受験用のデッサンの描き方も紹介したが、美大受験用の、ある程度の時間を必要とし、多種類の濃さの鉛筆を使い分け、立体感や遠近法や光の陰影や質感にこだわったデッサンが、「画」としてよいデッサンかどうかはわからない。美大受験用のデッサンは、あくまで受験用のひとつの形式に過ぎない。ただ、ものをよく観察して描くためのひとつの契機となり、修練の方法になるかもしれないが。

世界中には、はるか旧石器時代の洞窟壁画から、いろいろなすごいデッサンがあり、非常に少ない線で生命をとらえているものや、見る人に強烈に問いかけてくるような非凡なものがたくさんある。

過去の巨匠たちのデッサンから、自分が魅惑されるものを見つける楽しみもある。基本的には、鉛筆一本で、気軽に始められるデッサン(素描、スケッチ、写生)の喜びを、多くの人が知ってくれたら嬉しい。

12月16日

新宿のこぎれいなビルの裏玄関横に猫のための家(箱)を置いていてくれているところがある。茶トラの子が食べものをもらっていた。

その手前の植え込みに、山茶花が散りかけていた。紅の花と、ぼかしの花があり、ひどくしどけない。

引き続き過去に描いた作品の修復。Mで遅い午後の食事。

12月15日

ほんの一部分だが部屋の大掃除。窓際に積んであった本から捨てるものを選ぶのに何時間もかかった。百冊や二百冊捨てても、まったく減ったようには見えない。いつまで経っても絵を制作する場所もないくらい、部屋の中は本で溢れかえっている。だが、なかなか捨てられない。

昔の画集やアンティークの写真集。こんな手間のかかったすごい本はもう作れないだろうと思えるものばかりだ。編集した人が集めた図版の選び方、見せ方のセンスがすごい。文章を書いているのは、すでに亡くなってしまった昔の文学者たち。

結局、一目ぼれして買い集めた画集や写真集は、ぼろぼろになっても私のもとに残る。

たとえば、古書店で見つけた時にはすでにへろへろになっていたけど、どうしても欲しくて買い求めたクイックフォックス社の『花の絵集』。著者はシーモア・クワストとエミリー・ブレア・チューニング。見開きごとに一種類ずつの花が、あらゆる時代の花の絵数点と文章で紹介されている。

「百日草」の見開きページには、右ページいっぱいにロマーノ・ガゼーラの「蝶と百日草」という私の好きな絵(リトグラフ)がある。明るい海辺に巨大な朱色の百日草が咲いていて、その花にとまろうとしている蝶。遠景に小さな虫のような白い馬と黒い馬に乗った人がいる。

左ページにモールズシードブラックの百日草が咲いている庭の版画、その下に、同じくモールズシードブラックの花瓶に生けた百日草の華麗なエングレーヴィング。

そして百日草にまつわる興味深い話が添えられている。「百日草の英名ジニア(Zinnia)は、18世紀にドイツのゲッティンゲン大学で物理学と植物学の教授であった(Zinn)の名誉を称えて名づけられた。」

4年前に、このゲッティンゲン大学の植物園に行ったことを思い出す。3日くらい通っただろうか。イケマなど、ドイツの植生にはないと思っていた植物があったのに驚いた。それと、樹を食う虫を観察できる場所があったことなど、いろいろと印象に残っている。

たった一冊の画集に関してもめくるめく思い出と飛躍するイメージがある。そして、これこそがとっておきの一冊、と選ぶことができないたくさんの本。

12月12日

宅配の食料品を受け取り、冷蔵庫にしまっていたらボンレスハムが入っていたので、慌ててジャージのまま寒い外に飛び出し、配達の人を大声で呼び止めた。

「肉類を食べないので、これ、誰かに食べてもらってください。私が間違えて注文したのかもしれないので、お金は払いますから。」と言うと、「配達の袋の名前が間違っていたら自分の責任だから、確認させてください。」と言われ、部屋までついて来られた。あわてて「いや、ほかの注文品は全部合ってるから、袋の名前は合ってます。」と言って止めようとしたが、乱雑にものの散らかった室内をのぞかれてしまった。

「袋より伝票でしょう。」そう言って伝票を見たら、やはり私は注文していなかった。朝から薄着で外に全力疾走したり、ばたばたしてすごく疲れた。

・・・・

フィギュアスケートについて「分かりやすい採点方法を目指してほしい」(デイリースポーツ・今野良彦)という記事がヤフートップに出ていた。

採点が不透明なのは本当におかしい。私はまったく事情通ではないが、フィギュアスケートの採点、審判の世界は伏魔殿のようだ。

釈然としないまま、もうすぐ全日本、そしてソチオリンピックがあっという間に終わってしまうのが怖い。

冷静で公正な記事を書いてくれるスポーツジャーナリストがもっと出てきてほしい。

12月11日

きのうに引き続き、過去の作品の修復作業。

ベジタリアンレストランMで定食。以前に比べ、おかずの量が半端でなく増えた気がする。野菜のおかず5~6品と玄米でお腹いっぱい。

新宿西口広場を通ると、福祉施設共同バザールと障害者作品展をやっていた。書と絵画に心惹かれるものがあった。クレーのアゲシラウスサンタンデルのような素描や、「うわ、これはすごい」と眼を奪われる繊細な線描があった。

その線描の作者は全国の展覧会などにも出品しているらしい。自分の予測を裏切るような線、意識を超えた線を描こうとして、たとえ目を閉じたまま描いても、たいていの人間は凡庸な線しか描けない。

しかしこの作品は非凡だった。線が流れていない、奇妙にひっかかりながら、無数のほどけた花びらのような、非常に細く神経の鋭い痕跡を残す。この作者は横臥しながら、たぶん相当な時間をかけてこれを描いた。

12月10日

久しぶりに南口のオッティモでランチ。

昔の自分の絵の補修をする。膠が濃すぎて亀裂がはいってしまった銀箔の作品の表面の膠を慎重に湯で溶かし取り、剥落を補修。

きのうの雨があがり、夕焼け雲がすごかった。紫の雲の下側がオレンジ色にぎらぎら光り、そのオレンジが紅色に燃え上がり、やがて空が黄緑に変わって黒紫の雲が低く地平にまっすぐに伸びるのを、非常階段の強い風に煽られながら見ていた。

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