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2014年3月

2014年3月26日 (水)

『デッサンの基本』 第18刷り / 猫のデッサン(素描)

3月26日

先日、『デッサンの基本』増刷のお知らせがありました。これで第18刷りとなります。

買ってくださった方に、本当に心より感謝です。

デッサン(素描)とは、この世にあるものとつながる手段、そのものへの愛しさを手作業によって確認する、深く味わうひとつの方法だと思います。

デッサンを始めたばかりの初心者の人、苦手な人に、もし何かアドバイスを言えるとしたら、「最初は、見た通りにうまく描けなくて苦しくても、素直に正直に見えるままを描くこと、自分勝手にごまかしたり歪めたりして「自己表現」に逃げないこと」だと思います。

ものをよく見ないで、わざと歪めて、または簡略化して描いて満足するくせがついてしまうと、いつまでもデッサンの「基本」が身につきません。

自在か自在でないかよりも、誠実にものをよく見た、気取りや嘘がないデッサンにはものすごく価値があると思います。

デッサンのモチーフにはいろいろなものがありますが、たとえば植物には、それぞれの種類によっての基本構造があります。知的な作業ですが、枝分かれや葉のつき方の決まりを観察して、自分の描いた絵が間違っていないか確認しながら描くことも重要かと思います。

この世には、自分はものをよく見ている、そのものに対する愛情がたっぷりある、と思い込んでいる人がたくさんいます。けれど実際に描いてみると、たくさんの新鮮な発見があり、今までどんなにそのものをちゃんと見ていなかったかがわかるはずです。

自分が追っている「もの」に、どこまでも自分の絵が「追い付けない」と苦しむ能力のある人はうまくなると思います。

・・・・

最近描いた素描。チューリップ(ブラック・パロット)。黒紫の捩じれた花弁と、細身の葉の曲線がなんともエレガントな花。

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チューリップ(エステラ・ラインベルト)。パロット系のチューリップの中では、花弁が肉厚で丸みがあり、花が大きい。

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チューリップ(ミステリアス・パロット)。パロット系の中でも花弁がごつごつしていて非常に描き甲斐がある花。

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ミステリアス・パロットは花弁の縁の裂も切れ込みが深く、あでやか。

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いつも花を描くことが多いですが、身近な対象として猫も描いています。過去に猫を描いた偉大な画家が多いので、そういう絵を見るとすごすぎて萎縮してしまいます。

猫を描いた名画を残した画家の中でも、特に猫を描いたデッサン(素描、ドローイング、スタディ)に限って見てみると・・・

猫を描くのが素晴らしくうまい偉大な画家で、私がまず思いつくのはかつてパリのル・シャ・ノワールのポスターを描いたスタンラン(Théophile Alexandre Steinlen)です。

スタンランは社会派(社会悪を痛烈に批判する)の絵も数多く描いた、とても芯の強い画家ですが、猫をこよなく愛し、彼の残した数えきれないほどの猫の素描は背筋が痺れるほど素晴らしいと思う。彼の残した猫の彫刻にも並々ならぬ愛情とデッサン力がうかがえる。

そしてやはり猫と言えばルイス・ウェイン(Louis Wain)です。彼は、眼の大きい擬人化された猫の絵で有名だが、初期の猫の素描における観察力は凄まじい。

ビアトリクス・ポター(Beatrix potter)。彼女も擬人化した動物のキャラクターで有名だが、幼い頃からの博物学者としての素描には少しの甘さもない。

ロダンの愛人だったグエン・ジョン(Gwen John)も素晴らしい猫の素描をいくつも残している。

第一次世界大戦で39歳で亡くなったフランツ・マルク(Franz Marc)は、ドイツ表現主義の激しい色彩の絵を描いたが、彼の残した猫の素描(インク・ドローイング)は、体温も運動も伝わってくるほど愛情にあふれている。

ドラクロワ(Eugène Delacroix)、ロートレック(Henri Toulouse-Lautrec)やマネ( Édouard Manet)もすごい猫の素描を残しているが、古くてあまり知られていないところでは、テオドール・ジェリコー(Théodore Géricault)の猫の素描が異様に野性的で素晴らしく、ピサネロ(Pisanello)の猫は、1400年代に描かれたとは思えない精妙さと魔力がある。

・・・・

さて、偉大な画家の話のあとに僭越ですが、私の描いた習作、うちのちゃびの素描。この一枚目の絵が端的に描けて一番うまくいった。

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生きて動いているものを描くときは、うまく描けなかったところは無理にうめないでそのまま空白にして、どんどん今見えるところを描きます。

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トラ縞の質感はけっこう難しい。

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ちゃびは最近ますます私にべったりで、日常の買い物以上に家を空けると、帰宅時に「ぐるるるぁあ、ぐるるるぁあ」と爆音を上げながらしがみついてくる。

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2014年3月24日 (月)

浅田真央「ラストダンス」、 高橋大輔「アスリートの魂」  ほか

3月24日

いよいよフィギュア世界選手権が近づいて来た。

最近見た、浅田真央と高橋大輔のドキュメンタリーの感想まとめ。

「浅田真央 4分9秒の奇跡」

・・・浅田舞とのシーンがいろいろ見られるのが良かった。

翌日フルマラソンを走る舞へのメッセージとして、単にがんばって、と言うのではなく「大会のドキドキ感とか、自分の目標を達成した時ってすごい嬉しかったじゃん。スケートでもそうだし、そういうのをまたそのマラソンでも味わってほしいって、自分への挑戦をしてほしいって思います。」と言った浅田真央の言葉には彼女の誠実さがあらわれていると思う。

2012年12月24日に姉妹の全日本選手権祝勝会をやって、浅田真央がびっくりしたり喜んだりしている様子。二人で乾杯して、舞が「あ、おいしい。飲みやすい。どう?」と聞いて真央が「ううん。お酒って感じ。」と答えるのも微笑ましかった。

ソチではトリプルアクセルは絶対1回のほうがいい、バンクーバーからソチまですべてのジャンプを跳べるように練習してきたのだからエイトトリプルに挑戦したほうがいい、とお父さんが言った、と真央本人が語るところが感動的だった。

浅田舞をはじめとする真央のごく親しい人たちが語る真実にしぼって、キム・ヨナとの対決というストーリーにもっていかなかったのは良かったと思う。

私の個人的感覚では、ナレーターが香里奈だったのが残念だった。

「高橋大輔 アスリートの魂」

・・・トリノのあと、一からやり直そうとコンパルソリーをやり、エッジを自在に操ることがいかに難しいかをあらためて知ったこと、アイスダンスに学ぶためフランスに渡り、足首、膝の使い方を教わったこと。――「世界一のステップ」と言われるが、トリノオリンピックが終わってから、さらに研ぎ澄まされた高橋大輔のステップのこれまではあまり公にされてこなかった努力の過程が具体的に描かれていたのが良かった。

「こんなに滑れたんだって感じ。(以前は)もっと滑れなかったし、(今は)気持ちよくて。自分のスケートがのびてきているのを自分自身でも感じられてるんで。」という言葉と、赤いジャケットを腰に巻いて自在に滑りまくる高橋の足もとを追った映像がすごく良かった。

5月、黄色いエニシダの咲き乱れるカナダで、ローリー・ニコルにビートルズメドレーの振り付けを受けるシーン。「こっちに行くように見せかけて、そっちには行かないよって感じ」という演出を見て、なるほど、高橋にしか滑れないシャープで洗練された振り付けだと思った。

バンクーバーでは両足で交互に早いステップをやっていたが、ソチのビートルズメドレーでは最後の見せ場のステップで、片足でエッジを深く倒しながら大きなカーヴを滑る難しい技をやってのけているという。エッジを倒して滑る練習の時の映像は、カメラの角度が良かったのか迫力があった。

高橋大輔のステップがほかの誰よりもスリリングでエレガントに見える、その「裏付け」に焦点を当ててくれたのが良かった。

「裸のアスリートⅡ 浅田真央」(3月8日 BS-TBS)

・・・30分の番組なので、どうまとめるのかと思ったが、終わり方が良かった。

フリーの始まる前に、扉を開けて毅然とした闘士のような顔で出てくる浅田真央。見守る男子フィギュア選手3人の緊張した面持ち。強く励まして送り出す佐藤信夫コーチ。

そしてトリプルアクセルを決めた瞬間の「わっ!」と口を開けた高橋大輔の表情。

トリプルアクセルの着地の映像に重なって、「自分は・・・真央は、ジャンプが得意なので、人よりもひとつ上に行って、ジャンプだけでもみんなよりも先へ行きたいと思う。」という17歳の浅田真央の声がはいるところが一番良かった。

「時代の先へ、翼を広げて。」というナレーション。 今の時代の採点では、浅田真央がどんなに難しいことをやってのけても得点として評価されることがないかもしれない。それでも彼女は時代の先へ、リスクが高くても自分が信じるところの最高難度のジャンプを跳び、美しく力強い演技を舞う。

3Aを3回も成功させたのに2位。3A-2Tが3Lz-3Tよりはるかに難しい技なのに、バンクーバーでは浅田真央の3A-2Tが9.7点、キム・ヨナの3Lz-3Tが12点だったという事実、「難易度より完成度の時代」という言葉。 浅田真央が誰よりも高難度なことをやっているのに(なぜだかはわからないが)点数には出ていないということを言ってくれているところは良かった。

浅田真央の以前のジャンプは体重移動の時に重心が上下していて距離や流れが少なかった、と言われても、『鐘』の曲には恐ろしく合っていたし、あのプログラムは表現として申し分なかったと個人的には思ってしまう。

キム・ヨナとの対決という構図は、もう物語として提示してくれなくていいと思う。浅田真央自身は自分の信念を貫く、自分の完璧を目指すとずっと言っているのに、マスコミがライバルだと煽るのはつまらない。

朝日新聞デジタル「浅田真央 ラストダンス」

・・・浅田真央のフリープログラムの名場面、34枚の写真とそれに添えられた彼女自身の言葉はすごく見応えがあったと思う。

気になったのは、ショートプログラムの演技開始位置につくまでの流れるような仕草を描いた、物語のスタートの線画アニメーションの絵柄だ。 制作側からしたら自信作なのかもしれないが、個人的な感想としては、浅田真央はこんなにモッサリした素朴な垢抜けない容貌をしていない、誰これ?と思ってしまった。

この部分はさらっとした簡潔な線でなければならないと思うが、もうちょっとアスリートらしい締まった(できれば妖艶さも併せ持った)かっこいい姿に描けなかったのだろうか。特に脚の線と顔が、美しくない。本人よりはるかに不細工に描くというのが私の感覚ではわからない。

もうひとつ、気になったのはバンクーバーの結果を「フリーでは、トリプルアクセルを2度成功させた。一方、それ以外のジャンプで2度の失敗があった。結果は銀メダル。」と書いていることだ。

記述として間違いではないのかもしれないが、 バンクーバーで点数が低かったのはジャンプで2度の失敗があったのが理由ではなく、トリプルアクセルのような難しい技を成功させるよりも、簡単な技にとどめて出来栄え加点を狙ったほうが高得点になるという「採点の偏重」によるものだろうと思う。なぜかいろんな番組や記事で、2度のミスがあったせいで銀メダルだったと解釈されるように報道されているのが釈然としない。

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2014年3月23日 (日)

鎌倉 / 病院

3月21日

ドイツ人画家Zuse Meyer(ツーゼ・マイヤー)さんの個展を訪れるついでに久しぶりにぶらぶら歩こうと鎌倉へ。

新宿10時30分発の湘南新宿ラインに飛び乗る。大船で乗り換えて鎌倉駅へ。連休初日なので人が多い。

まずは東口の本屋に行く。その後、トンネルをくぐって西口へ。ここにあった横山隆一(1909-2001「フクちゃん」などで有名な漫画家)邸がなくなっていたのでショック。私の記憶ではテラスにテーブルがあって、とても素敵な家だった。

西口に出て古い趣のある御成小学校の建物の前を通る。

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ツーゼさんの個展、鎌倉ドローイングギャラリー。 ツーゼさんは東工大の講師をしている日本の古い文化大好きなドイツ人で、「人生は冒険。」と言いきる、すごく自由に生きる人だ。

ずっと何年も描き続けているという絵とドイツ語の文の日記帳が素敵だった。ドイツ語で綴ると文字も絵のように見える。

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ギャラリーを出て、近くの店でランチ。鰆のポワレ、ホウレンソウのポタージュソース。サラダとパンとコーヒー付きで1000円。

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ホテルニュー鎌倉の前を通って東口へ。昔からあって、何度もペンキで書き変えたあとが味のある絵になっているホテルの看板。

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昔から好きな和紙の店、「社頭」に寄りたくて小町通りへ。観光客でごった返している。古いアンティーク屋などが無くなって、けばけばした安っぽい汚い店が増えているのにショックを受ける。川の流れの周辺だけは昔のまま変わっていない。

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周りの環境がひどくなっても「社頭」が健在だったので感激。お気に入りの切子の和紙の封筒を買う。

鶴岡八幡宮の横を抜けて岐れ路の方へ。

途中、お蔵を家に改造したらしい魅力的な邸宅があった。ローラースルーゴーゴーで走る子供も昔の子どもみたい。

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褪せたピンク色の素晴らしくそそられる写真館を発見。歩道がなく、車がぎりぎりのところを通っていくので撮りづらかったが、この建物の風情にすごく惹かれたのでいろんな角度から何枚も写真を撮った。

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鎌倉最古の寺、杉本寺を目指して延々歩く。けっこうな距離を歩いた気がする。

やっと杉本寺に着いたら、お堂の屋根の改修工事中で、お目当ての苔の石段が閉鎖されていた。

このお寺は734年に建立され、行基自ら刻んだ十一面観音が安置された。次に、851年に円仁(慈覚大師)が刻んだ十一面観音が安置され、さらに985年に源信(恵心僧都)が刻んだ十一面観音が安置され、坂東大一番の札所と定められた。

その後1191年、源頼朝が上の三尊像を内陣に安置し、別にその前に運慶作の十一面観音像を寄進した。

弁天堂の池に山椿の花が落下して、ぽちゃん!という音が響いていた。

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弁天堂の脇の崖。

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本堂拝観して十一面観音像を見た。

その後、お墓の方へ山道を上っていったら遥かに富士山が見えた。

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富士山のアップ。

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山道でにゃあにゃあと現れた人なつっこい猫。甘えてすり寄って来たのでだっこ。

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杉本寺を出た後、橋を渡って山の方へはいり、釈迦堂跡の切通しの方へ歩いて行った。昔は人気のない山道という印象だったのに、新興の住宅地になっていて大ショック。

しかも、切通しは通行止めになっていて中に入れなかった。初めてこの場所の虜になったのは鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」を見た時だが、崖肌の植物も素晴らしく、鎌倉で一番好きな場所だったので悲しくてたまらない。

こうなったら久方ぶりに海を見て帰ろうと思い、裏通りを由比ヶ浜に向かって歩く。

横に平べったいアパート。窓の位置に段差があったりして不思議だなあと思う。こういう何気ない変わったものがすごく気にかかる。

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途中、蛭子神社に寄ってみる。古事記によると、蛭子(ヒルコ)はイザナギ、イザナミの間に生まれた最初の神だが、骨のない子として生まれたので葦の舟に入れられ流された。

流された蛭子が流れ着いた伝説は各地にあり、そこでえびす(恵比寿・戎)と習合、同一視されて信仰された。

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樹齢何年なのか、大きくなりすぎて、木肌の縦の亀裂がなくなっている御神木の銀杏。

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古い魚七商店。ここから戻り、若宮大路に出てみる。

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鎌倉野菜直売所。

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その向かいのボタン屋さん。

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古い倉庫。

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由比ヶ浜近くの街路樹はくねった面白い枝振りのものが多い、強い海風に吹かれたことが関係しているのかもしれない。

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たくさんのヤドリギに宿られている街路樹。

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風が冷たくて、寒くて、由比ヶ浜前のコンビニで使い捨てカイロを買った。

やっと海に到着。

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きょうは雲が美しい。

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昔に比べたらきれいな貝殻がほとんど拾えなくなったけれど、それでもしっかり薄紅の桜貝と白いツノガイを拾った。貝殻を見つけるコツは、海藻などが漂着している吹き溜まりを探すことだ。

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帰りは六地蔵の方から戻ることにした。

大通りから裏道に入ると階段だけが残っている魅惑的な野原があった。高い金網に囲まれていたので背伸びして勘で下の方にカメラを向けて撮った。ここにもどこからか小さな椿の花が落ちていた。

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一か所だけ残っている 水色のタイル。私は人が表現としてつくったオブジェに感動することは滅多にないのだが、 偶然に残された造形にはものすごく感動する。

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江ノ電和田塚駅近くの線路沿いの狭い道。側溝の上を歩くのが面白い。

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和田塚駅近くで二十年近く前に大好きだったアンティーク屋さんがまだ健在で、以前より駅の近くに引っ越していたのを発見して感激。記念に「Beau Jewels」の赤いイヤリングを買った。

コスチュームジュエリーのブランドの中ではほとんど知られていないが稀少な「Beau Jewels」のイヤリング。

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その近くの旧横浜興信銀行由比ガ浜出張所の素敵な建物。今はバー。

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このあと、近くの古書店に入った。もう東京でも珍しくなってきた大正時代のかっこいいい装丁の本なども置いてある昔ながらの古本屋さん。

澁澤龍彦の訳したシュペルヴィエルの『ひとさらい』(薔薇十字社)が気になった。

近くのレストランが満席で入れなかったので駅に戻る。歩きすぎと冷えすぎで左脚の膝上の筋がずっと攣って痛かった。駅前に最近できたビルの2階で食事。生シラスの軍艦巻きや蟹の天婦羅などをつまみに生グレープフルーツハイを2杯飲んだ。休憩したらなぜか脚の攣る箇所が膝上の外側からひざ下の外側に移動していた。

・・・

帰宅し、鍵を預けていたHちゃんに、かつて大好きだった切通しの話をしたら、「あの、「ツィゴイネルワイゼン」の?」と言われたので、「そう!!よく知ってるね。」と喜んで叫んでしまった。

由比ヶ浜で拾った貝殻。紅色の桜貝は2枚貝のまま残っていた。

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3月17日

私を執刀してくれたA先生がいる鎌ヶ谷の病院へ。

JR、東西線、JRと乗り継いで船橋まで行くと450円なのに、JRだけで船橋まで行くと610円かかる。2回乗り継いでも間に地下鉄を入れたほうが安い。

きょうもまずレントゲン2枚。それから血液検査4本。4本も採られるの辛いな~とぐったりしていたら、

中国人の陽気な看護師さんに、「きれいな服ね~。コン・リーって知ってます?チャン・ツィーが有名だけど、コン・リーはチャン・ツィーとよく顔が似てるから親子の役するね。コン・リーは中国で一番有名な女優ね。コン・リーがよくこういう緑と赤の花柄の服着てる。」と言われた。

私はコン・リーを知らなかったのだが、笑って話を聞いているうちに血を4本抜かれ終わっていた。

前回BONZOのTシャツをほめてくれた看護師さんも愛嬌のある人だった。やっぱりこの病院はいい。都心の病院とは一味違う。

A先生に「大地震が起きた時などに、薬を飲めない状態になったら何日くらい命が持ちますか?」と質問したら「一週間くらい」との答えだった。また大きな地震が来て、鎌ヶ谷の病院までは来られなかったら、緊急ということで処方がなくても近所の病院に頼んで出してもらったらいいと言われた。

また、私がしょっちゅうテタニーになるのは、食事量が少ない、または食事を抜くせいだそうだ。アルファロールはカルシウムの吸収を助けるが、カルシウムそのものに転化するわけではないので、アルファロールだけ飲んでもカルシウムを含む食品と一緒に採らないとカルシウム不足になるとのこと。

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2014年3月14日 (金)

福島の小児の甲状腺がん / 鈴木創士 『ザ・中島らも らもとの三十五光年』

3月14日

きょうの明け方(東京では気づかなかったのだが)、瀬戸内海西部の伊予灘を震源とする大きな地震があったらしい。愛媛の伊方原発や松江の島根原発に異状はなかったというが、「瀬戸内海は地震が少なく安全」というのは嘘だと思う。

3月11日の報道ステーションで、福島県で発生している小児甲状腺癌を大々的に報道していた。

通常100万人に1人から2人と言われるほど稀なはずの小児の甲状腺癌の発症が、現在、福島県では27万人中33人。

福島原発の事故由来の放射能と、当時18歳未満の福島の子どもたちに甲状腺癌が出たことには、国や県は因果関係は「考えにくい」と言っている。

子どもが実際に甲状腺癌になってしまった母親の苦悩。家族も親戚も「放射能の話、がんの話をするな」と言ってくるという。

18才未満の甲状腺癌の検査をやるのも、診断の権限も福島県立医大のみ、と県が決めているという。この県立医大の鈴木眞一教授は放射能と小児がんの因果関係に否定的。県立医大では患者自身の検査データについて、本人に説明も情報公開もしてくれない。

放射能と、小児の甲状腺癌の因果関係について、国が「考えにくい」と言っている根拠は、チェルノブイリの事故の直後、4年間は小児の甲状腺癌が出なかったからだと言っている。

しかし、番組がチェルノブイリを取材すると、事故当時(1986年)は精密に検査機械がなく、触診だったこと、精密な機械が手に入ったのは1989年~90年だったという証言が出てくる。事故4年後から爆発的に小児甲状腺癌が増えたのは、それまでは確実にデータが出る検査機械がなかっただけかもしれないという疑問が出てくる。

事故直後、被曝量を調査するために浪江町にはいっていた弘前大学の床波教授は、県からの圧力で、住民の被曝検査をやめさせられたという。つまりその時期の被曝データがないので、被曝量とがんの関連を証明できないようにさせられた。

実際に甲状腺癌になってしまった若い人や、その母親がものすごく不安になるのは当然なのに、福島県の行政も、県立医大の医師も、学校の教師も、癌と放射能と関連付けることに抵抗を見せ、放射能に怯える被曝者本人の口をふさごうとしていることがショックだった。

福島県から人口が流出することをおそれてか、県の物産が売れなくなることををおそれてか、健康被害に対する補償をしたくないからか、とにかく実際に癌になってしまった子どもに対して行政が酷い扱いをしている。そのことを報道してくれたのは画期的だったと思う。

この方たちが番組をわかりやすくまとめてくれています。

http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3607.html

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2007.html

甲状腺癌のうち、多くは乳頭癌という発育が遅い癌だが、年齢がいくと悪性の癌に転化することがあると言われている。

甲状腺癌で甲状腺を全摘してしまうと、甲状腺ホルモンがまったく分泌されなくなってしまう。甲状腺ホルモンは、全身の細胞の代謝に関わる重要なホルモンなので、無くては生命を維持できない。だから毎日甲状腺ホルモンの薬を飲むようになる。

また、甲状腺に隣接して副甲状腺という内分泌腺があり、これはカルシウムの吸収に関わっている。甲状腺癌を摘出する際に副甲状腺も摘出してしまうと、カルシウムが吸収できなくなるので、毎日ビタミンDを飲むようになる。

ビタミンDを飲んでいても、血中のカルシウム濃度が低くなり、手や足の指が攣る(テタニー)。私の経験では、長時間、食事をとらなかったりすると、手や足の指が硬く内側につっぱる感じで折れ曲がって、すごく痛い。もとに引っ張って戻してもすぐまた攣る。外にいる時にテタニーに襲われたら、とりあえず牛乳を買って飲むが、なかなか治らない。

もしも災害などで、甲状腺ホルモンの薬を飲めなくなったら、何日くらい生命を維持できるのかわからないが、薬はどこへ行くのにも持っていたほうがいいのかもしれない。

3月10日

毛利やすみ先生からお知らせのはがきをいただいていた展覧会を見に、日本橋高島屋へ。

やすみ先生の作品は暗い、でも暖かい月夜に、紅薔薇と水色のオキシペタラム(ブルースター)の花束が宙に浮かんでいる絵だった。

花束に結んだリボンが非常に丁寧に描かれている。

亡くなってしまった大切な人・・・毛利武彦先生たちに捧げられているのだと思った。

3月7日

鈴木創士さんが『ザ・中島らも らもとの三十五光年』(河出文庫)を送ってくださった。『中島らも烈伝』にさらにその後の文章と対談を加えた本だ。

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「らもは稲垣足穂の「歴史に対して垂直に立つ」って考え方が好きで、つまり当時の新左翼のマルクス主義のように、水平的に集団的に時間を動かすということが嫌いだったわけ。だからなんとかしてに垂直に飛ぶ、というかむしろ、スカラベか蝸牛のようにのろのろ上昇するやり方を見つけなければならなかった。そこで最初に出会ったのがヘンリー・ミラーとセリーヌだったわけです。」

「たしかにまったく矛盾なしに、結果でもなく、ましてや原因でもなく、何かの薄い皮膜のように、破れそうで破れない、何かおかしなもの、何か奇妙なもの、あるいは何かの結晶のように硬質で、愛に満ちたもの、あるいは軽くて、ゆるやかで、精妙で、繊細なものがそこにはたしかに存在するのだと思う。らもの本を読むことがそういうものであってくれれば僕もいいと思う。」

「俺はいま神学に興味があるんだ、スコラ哲学だよ。」、と鈴木さんが言って、「それはそれは」とらもさんが応える。鈴木さんがドゥンス・スコトゥスが気に入っている話をして、らもさんがその話につきあいながら、「でもおまえ、あいかわらず頭ワイてるんとちゃうか?」と笑う。

大人になってもそういう友がいるというのは―鈴木創士さんが15歳の時に中島らもと出会って、中島らもが死んでしまうまで、三十五年もずっと濃い付き合いが続いたということはすごいことだと思う。そして中島らもが亡くなって十年経っても、今も濃いつながりがあるということも稀有なことだ。

私にも大切な友がいる。しょっちゅう会うわけではないが、決して裏切らず、真夜中に電話しても話を聞いてくれるような友。虚栄が嫌いで、優しくて、才能溢れる友が。

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2014年3月 8日 (土)

浅田真央、高橋大輔ドキュメンタリー / ミステリアスパロット

3月6日

初めて、やっと手に入れることができた最近出た新しい品種、ミステリアスパロット(チューリップ)の素描(クリックすると大きくなります)。

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大きく開く前は花被片に黄緑の部分が多い。外側の花被片に上向きと下向きの角のようなものがあるのが特徴。

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黒紫の花弁のブラックパロットとかたちはほとんど同じだが、ミステリアスパロットは花被片のギザギザ部分に白い縁どりがあり、モーブ(灰色がかった紫)と赤紫の混じった色。

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パロット(鸚鵡の羽)咲きのチューリップは一重咲きの突然変異で、1620年頃に現れたらしい。この花の中に在るたくさんの曲線を全部追いたい欲望にかられる。

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5日(水)の明け方から6日(木)にかけて体調はどん底で夕方まで起きられなかった。6日の夜からなんとか復活して夢中で描いた。

ここ十日以上、毎日同じ三分づきの無農薬玄米にグリーンピースを加えた豆ごはん(それにほんの少しのおかず)ばかり食べている。

3月5日

ソチオリンピックが終わってからの、浅田真央と高橋大輔のドキュメンタリーを見て。

「浅田真央 誰も知らなかった笑顔の真実」(2月28日 フジ)

・・・個人的に三宅正治アナが苦手なのでがっがり。競馬やプロレスの実況にはぴったりの人なのかもしれないが、浅田真央のインタビューにはふさわしいと思えない。

浅田真央がどれほどひたむきな努力家かは伝わったが、このオリンピックのプログラムの凄さはほとんど語られていない。他の選手にはできない、浅田真央にしかできないこと、どれほど難しいことを成し遂げたのかについて、トリプルアクセル以外についてもちゃんと説明できる人の発言がほしかった。

浅田真央にしか演じきれない芸術性についてのタラソワの言葉がもっと聞きたかった。浅田真央のすごさは、不幸や失敗から這い上がる強さだけではない。自ら高いリスクを冒して困難な道を選択することだけでも。浅田真央の成熟した表現能力について語れるのはタチアナ・タラソワしかいないと思う。

浅田真央の演技について子供っぽいなどと評価したフィギュア関係者がいるらしいが、よっぽど芸術的感性の欠けた、何を見てもまともに評価できる能力のない人間なのだろうと思う。

「高橋大輔 日本のエース”最後”の戦い」(3月2日 日テレ)

・・・ソチまであと何か月、あと何日、という緊迫した時間を追ったのは良かったと思う。

しかし何とも釈然としない終わり方。演出、構成、編集に問題があるのだろうが、確かに最後の質問は神経が死んでいるとしか思えない。

ソチが終わってすぐ、結果にショックを受け、悔しい気持ちを隠しきれない傷心の高橋が自らを語るのに対して。「うん、うん、うん・・・。」と相槌をうち、「じゃあ、今の日本のエースは?」と問いかける取材者。まったく不要な、不適切な質問だと思う。

怪我に苦しみ続け、血の滲むような努力を続けてきた体験も、特異な才能も、すべて高橋本人のもので、他人にはうかがい知れないもの、安易に言葉で触れてはいけないものだ。たまたま取材している人間がなんの権利があって、無礼で傲慢な質問をしているのだろうかと思う。何年か密着取材していてこういう言葉が出てくるってどういう感情の体系(または知能)なんだろう。

才能がある人間ほど向上心も強く、苦しみに耐えて努力する能力も高く、常に自分に対して完璧を求めるので、少しのミスも許せず、自分を責め、自虐的にもなる。

密着取材したスタッフは、採点と順位しか見ることができず、高橋本人の卓越した演技を目の当たりにしても、その凄さを理解できる能力、感嘆する能力、尊敬する能力がないのだろう。非常に一般的な鈍い制作者が、少しの人間の怒りをかおうとも、たくさんの視聴者の暇つぶしになる番組をつくれれば成功ということかもしれない。

ここでも「収奪」が行われている。他人の持っている尊いものを、その人のものとして尊重しないで、勝手にやりたいように扱って自分(制作側)の表現に利用してしまっている。本来やるべきことをやらないで、やってはいけないことをやっている感じがする。

私は今回のオリンピックの男子フィギュアでは高橋大輔の演技が傑出していたと思う。もし芸術性、見る者の感覚に強く訴える演技に高得点がつく採点基準だったなら、圧倒的に金メダルだったと思う。

私個人は高橋大輔という稀有な才能に惹かれるのであって、日本男子フィギュアの世代交代には興味がない。この先、日本人で高得点を出せる選手が現れても、こちらの感覚を激しく刺激するような芸術的な演技でない限り、全く興味がもてない。

3月4日

このところずっと苦しんで明け方まで作業していた古い写真の整理がとりあえず終わったので、髪を切りに行った。容貌は酷くなったけれど手入れは楽。

3月2日

3日前に、市場にはあったが高価のため、50本買い取りでないと入荷できないと言われて諦めていたミステリアスパロットを、10本お店に入れてくれた、とオランダ屋さんから電話があってびっくり。さっそく買い取りに行く。

パロット系で奇妙なかたちと紗がかかったような微妙な紫色がミステリアス。

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ここ数日、デジタル化するために昔の古い写真を捜している。 ものが積み重なった部屋の中を探索していたら、冷えたせいか右足の裏の拇指球の真ん中あたりが急に激しい 神経痛になってしまった。痛くて触れないし、うまく歩けない。お風呂にはいって温めたが治らず、お湯の中でも痛くて揉めない。靴下の上から使い捨てカイロを張って一晩寝たらやっと治った。

きのう、きょうといつもより早いPMSが最悪。肩、首、背中の緊張に加えて吐き気。

3月1日

東中野のKから中野へ。中野では探している古本に出会えなかった。空腹のまま食事せずに帰宅。

2月28日

新宿駅周辺へ。

落ち着く自然食の店で午後3時に今日初めての食事。

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きょうのメニュー。

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春の花はまだ梅と椿くらいしか咲いていないけど、線路脇の片隅に寒さにめげずに咲き続けるイエローマーガレットとラベンダーの花を発見。

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小田急フローリストでチューリップフェアをやっていた。ミステリアスパロットという札だけがあって、本体はなかった。優しい友人が、すかさず「ミステリアスパロットってここに書いてあるんですけど、以前は入ってたんですか?」と店員さんに聞いてくれた。1本500円で少し前には売られていたそうだ。

きのうオランダ屋さんから電話が来て、頼んでいたミステリアスパロットが市場にあったが、1本400円で、特注の場合、50本購入しないと仕入れられないと言われた。20000円のモチーフ代くらい許容すべきなのかもしれないが、チューリップ50本を生かしてやれる器も持ち合わせていないので涙をのんだ。雪の影響で国産の花は高騰しているそうだ。

しばらく前に買ったモンテオレンジ(八重のチューリップ)の開ききったところ。

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2月25日

四谷三丁目。坂の多い地形。須賀神社 参道を下り、谷底のくねった道を辿り、観音坂を上って大通りに戻った。

2月24日

浅田真央の外国人記者クラブの会見を見た。

司会をしていたのがデヴィッド・マクニールだったのでびっくり。

私が『デッサンの基本』という本をつくる時に、絵心をそそわれるモデルに出会うまでずっと街頭で行き交う人々を何か月も、のべ何万人も眺め続け、やっと心惹かれる人物に出会えて、ハントしたのがドイツ人の留学生シュテファンだった。そのシュテファンがとても性格の良い友人として紹介してくれたのが、アンドレア(イタリア系カナダ人)で、アンドレアが紹介してくれた魅力的な友人がアイルランドから来た外国人記者のデヴィッドだった。

デヴィッドはすごく知的で落ち着いた感じの人物だ。外国人記者として福島原発の近くや北朝鮮に取材に行ったりしていたのは知っていたが、こういう記事も書くのか。

偶然の巡り会いが関心がある人に繋がっていて、不思議な縁を感じる。

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