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2014年4月

2014年4月28日 (月)

宮沢賢治の世界 / 『ジャッキー・デリダの墓』

4月26日

「宮沢賢治の世界」(レクチャー、朗読、中世の古楽器演奏)を聞きに行く。

「永訣の朝」の真ん中あたりの「・・・・・・ふたきれのみかげせきざいに/みぞれはさびしくたまってゐる/わたくしはそのうへにあぶなくたち/雪と水とのまっしろな二相系をたもち」という部分の「たもち」という語は、何をたもっているのか。何がたもたれようとしているのか。

「永訣の朝」には、そこ以外に「みぞれ」「雪」「あめゆじゆ」という語が何回もでてくるが、ここだけが「雪と水とのまっしろな二相系をたもち」と書かれている。

『春と修羅』にも「ここまでたもちつゞけられたかげとひかりのひとくさりづつそのとほりの心象スケツチです」という一節があり、たもつことが難しいものをたもっているのだ、というレクチャーの言葉が心に残った。

野口田鶴子さんの「無声慟哭三部作」と言われる「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」、さらに「風林」「白い鳥」「手紙4」「イーハトヴの氷霧」「冬と銀河ステーション」の朗読とSally Lunnさんの中世古楽器の演奏。

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2時間超のプログラムが終了したら夕方になっていた。食事する店をさがして広尾の散歩街を抜けて有栖川記念公園のほうへと歩いて行った。外国人で賑わっているちょっとハイソな店が多くてはいれるところがなかった。

牡丹はもう花びらが失われて花芯が小さなキャンドルのように膨らんでいた。石楠花の極彩色が坂の斜面に爛れていた。

崩れた塀の前にに春女苑や蒲公英が乱れ咲く裏路地を抜け、隅へ、隅へと歩を進めて行ったら、地名が「南麻布」になり、「西麻布」になり、「まずいよ。どんどん高級な場所に歩いて来ちゃってる。」と焦って広尾の駅前に戻ると、庶民的な店「寿司三崎丸」を発見。

ちょうど一貫88円セールをやっていた。生グレープフルーツサワー。

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4月25日

PMSがひどく首、肩、背中が痺れるほど固まってしまったので、星状神経ブロック注射を打ちに行く。先週と先々週も打っていて、その時は何事もなく快適に緊張が寛解したのだが、今回は効いてきた実感のあとに喉が締め付けられる感じで呼吸困難になってしまった。

この注射で呼吸困難になったのはこれで4,5回目なので、あまり気にしていない。1時間くらい発語不能になり、涙でぐちゃぐちゃでケホケホ、ハアハアする状態にはなるが、完全に呼吸ができなくなるわけではなく、気道が押さえつけられる感じ。首、肩、背中の痛みは劇的になくなるので、この有効性を考えるとたまにある危険は我慢できる。

1時間寝かせてもらっていて、少しふらつきながらクリニックを出、その足て治療院に行き、首、肩、腰、脚をもんでもらった。私の場合、星状神経ブロックで首や肩がやや弛緩したあとにマッサージしてもらっても、まだ固いしこりがいくつもあり、がちがちだと治療師さんに言われる。

4月24日

鵜飼哲さんから新著『ジャッキー・デリダの墓』が届く。

LE TOMBEAU DE JACKIE DERRIDA by Satoshi Ukai

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少しずつ読ませていただきます。

4月23日

東中野へ。

橋をこえた先の白い八重椿はぼたぼたと落ち、細道の赤い八重のチューリップは外側に反り返り始めた。

古い写真を2L用ミニアルバムに移して数枚持っていく。そのアルバムにもともとはいっていた私の笑顔の写真と、私の絵の写真に反応があった。

「これ、私の描いた絵。」と言うと「いいねえ。」と。

4月22日

本の原稿の手伝いの仕事で新宿へ。Mで食事。3月からずっと整理していたネガの一部をデータ化サービスに出す。私にとってとても大切な人たちの映っている写真を厳選したのでとても重いデータと料金も高いStoregeを選んだ。

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2014年4月22日 (火)

コスタリカに住む人から私の絵を持っていると連絡があり、吃驚!!!

4月22日

信じられないような、ものすごくびっくりすることがあった。

4月20日に、まったく更新していない私のFacebookを通じて、海外の人からメールが来た。

どうもスペイン語らしく、コスタリカに住んでいる人らしい。自動翻訳によると、「絵を買った、それはあなたのだろうか?」というような内容だ。最初、何かの間違いと思いそのままにしていた。

深夜、いまだにやりかたがよくわからなくて、ほとんど何も活用していないFacebookにログインして適当にクリックしていたら、私にメールをくれたコスタリカの人が添付してくれていた画像が開かれ、思わず「ええええええ?!」と叫んでしまった。そこにはまぎれもない自分の(漢字と英語の)サインがあった。そしてひと昔やふた昔よりも、もっと前の日付が。

いったい何、これ?と思い、もう1枚の画像をクリックしたら、私の描いた絵?私が描いたことを思い出せないような絵が・・・ラナンキュラスの花は好きだが、今の私なら描かないようなおとなしい、オーソドックスな画風だ。

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私は描いたこと、売ったことを自分で忘れるほど絵を量産したことは一度もない。そしてこの絵の日付は、私が初めての個展をやるより10年以上前の、本当にどこにも作品を売ったことなどない若い時のものだ。

数時間考えていたら思い出すことがあった。その頃、親しくさせていただいていた作曲家の先生がいた。その人が、ある時、「外国から来られる作曲家の先生がいます。その人に日本のおみやげとしてプレゼントしたいので、日本画っぽい耽美な絵を描いてください。」と私に言った。そして「耽美」とまではいかないが、私は夜なべして頑張って描いたのだ。

「お便りありがとうございます。たいへん嬉しいです。確かに私のです。なぜ遠いコスタリカに私の絵が渡ったのか不思議でなりません。あなたはその絵をどこで買ったのですか?」と返事を書いたら、次のようなスペイン語が来た。

Hola Chisako. Muchas gracias por su amabilidad en responder.. Compre su obra de arte en una galería que importa cosas de Bélgica. Es decir en una compra venta.
Compre la acuarela ayer en Heredia Costa Rica. Mi país.
Me alegra saber quien la hizo por lo que estoy soo happy

Si alguna vez viaja a Costa Rica me avisa para recibirla en mi casa

いろいろな自動翻訳にかけたが、今ひとつわからないのだが、ベルギーからの輸入を扱うコスタリカのギャラリーで買った、ということでいいのだろうか?

そしてきょう、その作曲家のK先生にものすごく久しぶりに電話してみた。「福山です」と言ったら、「ああ~懐かしい」と笑ってくれて、歳月が嘘のようにお声が変わらないので感激してしまった。

絵のことは覚えていらっしゃらなかったが、その当時、親しくしていたフランスやベルギーの作曲家は何人かいたそうで、絵をプレゼントしたとしたら、ベルギーの作曲家のフォールマンさんではないか、と言われた。フォールマンさんはもう亡くなっているそうで、だとしたらその持ち物が古道具屋に流れた可能性も大きいわけだ。

K先生も「それはものすごい奇遇ですね。」と喜んでくださった。

遠い昔、誰かに贈った私の絵が廃棄されていなくて、それをまた誰かが持っていてくれて、遠い地球の裏側から私に連絡をくれた。本当に不思議なこともあるものだ・・・。

私は正直Facebookが怖くてあまり活用していないのだが――それは、リアルな知り合いと実際会って話すのはいいのだが、付き合いを人にさらすのが怖いからだ。私はみんなでワイワイやるのがすごく苦手で、一対一で本音で話せる人が好きだ。私はこっそり好きな人と密会するのが好きだ。

しかし、今回のことは、私がFacebookに登録していたおかげで遠い国から探してもらえたので、外国の人と連絡がとれることにおいては、素晴らしいツールかもしれないと思った。

実は最近(ここ1週間以上)、精神的に苦しかった。私は自分の仕事に関しては悲観的な性格なので、自分が真剣にやればやるほど他人と感覚が乖離してしまい、誰にも理解されず、徒労になるように思えて、どうにもやりきれない気持ちになっていたのだ。

が、このタイミングで、自分の予想を超えた不思議な出会いがあったことで、少し気分が楽になった。

その後、何度かメールで会話していたら、彼は以前、海洋生物学者で(今は別の仕事)、さらにコスタリカの国立植物標本館の分類学の責任者をやっていたと聞いて驚いた。植物愛がもたらしてくれた奇跡の縁だ。

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2014年4月21日 (月)

水声社『反絵、触れる、けだもののフラボン』 再販制度 / 八重桜 福禄寿

4月18日

私の『反絵、触れる、けだもののフラボン――見ることと絵画をめぐる断片』を出してくださっている水声社さんが、アマゾンへの出荷停止を決めたというニュースに驚いた。

以下、朝日新聞の2014年4月18日の記事からの引用。

「ネット通販大手のアマゾンが大学生などに対し、書籍の価格の10%をポイント還元しているサービスが、「事実上の大幅値引きで再販契約違反にあたる」として、緑風出版、晩成書房、水声社など中小の出版社が、アマゾンへの出荷停止を相次いで決めた。

著作物には独占禁止法の例外として、出版社が書籍や雑誌などの小売価格を決めることができる再販制度が適用される。

アマゾンは2012年から10%還元を始めた。これに対して緑風出版などは、10%もの還元は事実上の大幅値引きにあたり、小売価格を維持する再販契約に違反すると主張。サービス停止を申し入れてきたが受け入れられないため、5月から出荷停止に踏み切る。期間は半年間で、自社の出版物にサービスが適用されなくなれば解除するという。」

また、2013年8月21日の水声社のブログには、の社長の鈴木宏さんのお名前で、次のような文書が掲載されている。

「小社はかねてより、取次店との間で、いわゆる「再販売価格維持契約」を締結し、定価販売を旨としてまいりましたが、一部の小売書店(とくにインターネット書店)がポイントサービスに名をかりた値引販売を行っているのはまことに遺憾です。

このたび小社は、10%という高率の値引販売を1年近くにわたって継続しているアマゾン社および同社に書籍を卸している日販、大阪屋に対して、8月6日付で、下記のような申し入れを行いました。かりにアマゾン社が値引販売をやめないのであれば、小社としては、更なる対応措置をとらざるを得ないと考えております。

なお、申し添えれば、小社の加盟しております日本出版者協議会の会員社50社以上が、同様の趣旨の申し入れを3社に対して行っております。

読者の皆様のご支持、ご支援をどうぞよろしくお願い致します。」                                     

アマゾンが2012年から10%還元を始めたことも、水声社が声明を出していたことも、情報にうとい私は、まったく知らなかったのだが、たしかに大手が本を割引したら町の小さな本屋さんは、対抗できずにどんどんつぶれてしまうだろう。

私の生まれた西新宿には、かつて本屋さんは3軒あった。今は新宿駅の近くまで行かないと一軒もない。今、日本では、1日に1軒の本屋さんがつぶれているというニュースをどこかで聞いた。これは、たいへん悲惨な状態だ。

水声社は1981年に書肆風の薔薇という美しい名前の出版社として創業した。(ちなみに、「風の薔薇」とは、ドイツ語でアネモネの別名だ。水声社の封筒にはrose des vents-suiseishaと書かれている。)雑誌『幻想と怪奇』(歳月社)や『世界幻想文学大系』(国書刊行会)の編集をしておられた鈴木宏さんがつくった、憧れの出版社だ。

私自身は、一生に何冊も本を出せるとは思えない。だから水声社で出したかった。

私の『反絵、触れる、けだもののフラボン――見ることと絵画をめぐる断片』に興味をもってくださったかたがありましたら、どうか、町の本屋さんに注文して買ってください。そしてもしも、何か通じるものがありましたら、まわりのかたにも知らせていただけたら、心より幸いです。

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4月18日にSONYのデジタルミラーレス一眼レフで撮った近所の八重桜。たぶん「福禄寿」だと思う。

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こちらは4月16日に、同じ八重桜をSONYのデジタル一眼レフで撮ったもの。

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こちらのカメラは重いので、最近は専らミラーレスで撮っていたが、こうして見るとミラー付きのほうがだんぜん光の玉ボケがきれいだ。

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「福禄寿」は「一葉」や「普賢象」のように、花の真ん中に黄緑のキバ(葉化した蕊)がない。花がこんもりと鞠のように密集して咲くさまが、なんともあでやかだ。

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この重いデジタル一眼レフと、重いマクロレンズと、さらにDVテープのビデオカメラも一緒に背負って、ドイツで撮影をしていた時のことが信じられない。

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2014年4月13日 (日)

八重桜 新宿御苑

4月11日

八重桜を見に、新宿御苑へ。

旧新宿門衛所。昭和2年に建てられた素敵な小さな家。Sdsc02999

薄紅のぼかしが美しい「一葉」という八重桜。

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緑の若葉と一緒に咲く白い大きな一重の花びらの「大島桜」。桜餅に使われているのは、この「大島桜」の若葉らしい。

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これも「一葉」。

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さて、私は大好きな「普賢象」と「一葉」を混同していたことがわかりました。

なぜ混同したかと言うと、名前の由来となる花の中央から伸びた葉化した雄蕊が、「一葉」は一本、「普賢象」は2本だが、実際の花をひとつひとつ見てみると、どちらにも葉化した雄蕊が1本の花と2本の花が混在しているからです。

下のが「普賢象」で、室町時代から記録されている古いサトザクラの品種。花の中央から伸びた葉化した2本の雄蕊が、普賢象菩薩の乗る白い象の牙に見立てられている。

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下も「普賢象」。「一葉」が満開の時に、まだ莟が多い状態。一番見分けやすい特徴は、「一葉」は若葉が鶯色で、「普賢象」は若葉が赤紫がかった褐色なこと、外側の花びらの紅色も「普賢象」のほうが「一葉」よりも濃いことだ。

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下のは「御衣黄(ギョイコウ)」。黄緑色の花びらに緑の線がはいる八重桜。新宿御苑に2本しかない。

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もうひとつ緑の八重桜でおなじみの「鬱金」があったが、少し満開を過ぎて紅色に変化していた。

午後3時過ぎ。眩しい陽光と人混みを避けて、木立ちの中を歩いた。

「これ、なんて言うか知ってる?・・・・「蛇の髭(ジャノヒゲ)。青い実がなるの。実を地面に叩きつけるとよく弾むので、「はずみ玉」ともいうんだよ。」という私の説明に喜んでくれる友人と歩くのが嬉しい。(思えばジャノヒゲにものすごく惹きつけられたのも、私が幼稚園の時に読んだ絵本の巻末に載っていた植物探索の漫画が記憶に残っているからだ。)

「これは「タチツボスミレ」。これは「スダジイ」。これは「ヒマラヤスギ」。これは若林奮先生が好きだった「ユリノキ」。リリオデンドロン チューリッピフェラ。」これらの巨樹はいつからここに生きているのだろう。調べてみると1800年代からだった。

閉園のサイレンがなって門へと急き立てられる頃。八重桜(左)としだれ桜(真ん中、少し盛りを過ぎた淡い紅)と大島桜(右、野性的な白)が遠目に映えていた。

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今回びっくりしたことは、10年ほど前に比べてものすごく人が多かったことだ。以前は「染井吉野」のお花見は人が多いので避けていたが、八重桜の時はほとんど人気がなく、十分に景色を満喫できた。今回は、どの樹の下も人だかりで、なかなか写真も撮れなかった。特に中国人の団体さんが目立っていた。2度ほど撮影を頼まれてシャッターを切った。

旧大木戸門衛所。こちらも昭和2年に建てられた素敵な建物。

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昼間は紫外線が強かったのに4時半に門を出る頃には冷たい風が吹き付けていた。急に10度くらい下がった感じ。

大木土門から四谷三丁目へ大通りを歩く。懐かしい感じの古い毛糸屋さんを発見。

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ここも懐かしい感じの喫茶店。

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シャンソン「蟻ん子」のピアノを弾いている蟻の看板がかわいかった。

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それらを通り過ぎて、おなじみの店で食事。

4月10日

.母に会いに行く。

東中野の線路沿いの、上は桜、下は菜の花と諸葛菜の景色を撮るのを忘れていた。撮影に行ってみたら、だいぶ盛りを過ぎていた。

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「盛りをばみる人おおし散る花のあとを問うこそ情け なりけり」――夢想疎石[国師](1275-1351)

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中央線の東中野駅と中野駅の間にある、この景色を窓越しに見たら春爛漫で胸がいっぱいになる、という言葉を聞いたのは、私がまだ中学生の時、ラジオの深夜放送でだった。その言葉をずっと覚えていて、大学に通う中央線の中から、脳裡に強く焼き付けるようにして、毎年大切に見ていた。

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ここは、昔「桜山」という地名で、八重桜の名所だったが、戦火で消失してしまい、その後、昭和29年に染井吉野を植えたそうだ。私にとって愛しく思える風景。

母の施設に行く途中、変わったチューリップを見つけた。丈が短い真っ赤な八重。いつもチューリップの品種を調べている私にも、初めて見る品種だ。

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葉のウエーヴがとてもはっきりしていて、童話に出てくるような風情に、宮沢賢治の「チューリップの幻術」を思い出した。

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2014年4月 6日 (日)

武井武雄 / 『薔薇の葬列』

4月2日

生誕120年記念「武井武雄の世界展」を見に日本橋高島屋へ。

武井武雄は、「童画」(大人が子供ために描いた絵)という言葉を最初に創った人らしいが、幼い頃に見た武井武雄の絵の強烈さは、私の感覚に一生影響している。

幼い頃見たアンソロジーの絵本で、10人くらいの画家が絵を描いている中で、武井武雄だけに惹きつけられたのを覚えている。いかにも子供向けの、ふわっと可愛い絵や、子供を丸々と健康的に描いた絵は大嫌いだった。

私が夢中になった武井武雄の魅力は、怖さを感じさせるほど強烈に奇妙で飽きない絵、ということだ。

なぜそう感じさせるかの理由に、すべてが不思議に満ちていることと、細部の緻密な描写がある。たとえば、ある町の絵(虫の町や妖精の村)があり、その中には不思議な植物が生え、いくつかの奇妙な建物があり、凝ったお店があり、それぞれに出入りして、遊んだり、仕事をしたり、買い物をしたり、しゃべったりしている奇妙な生き物たちがいる。その個々に性格があり、皆、生き生きと動きまわっている。

絵を見る者は虫や小動物のように小さくなり、町の中の面白い店を訪ねたり、そこで活動している生き物たちに話しかけたり、自由にいつまでも遊んでいることができる。

そこは空想的というよりむしろリアルで、皆が絡み合いながらたえず新しく何かが生まれている、興味の尽きない世界だ。子供の頃の私は、その絵の中を探検することに引きずりこまれた。

また、言うまでもないがアールヌーボーやアールデコに繋がる得も言われぬ線の魅力がある。それは嵩のない、装飾的な、しかし生き生きとした生命体だ。

特に1922(大正11)年、彼が28歳の時に創刊された『コドモノクニ』の挿画には、細くて洗練された線と微妙な色使いの、痺れるような絵がたくさんあるが、今回の展覧会ではその時代のものが展示されていなかったので残念だった。

1928年の『アンデルセン童話集』に武井武雄が描いたチューリップの中にいるお姫様の絵(たぶん『親指姫』)や、1926年の『ラムラム王』の、薔薇の枝にまたがって笛を吹く少年の絵、1929年の「ドウブツ ノ エンクワイ」の絵などは、水彩の色使いも溜め息が出るほど素晴らしい。それらのカラーの絵をいつか見てみたいものだ。

展示はなかったが、絵葉書だけ売られていた「ドウブツ ノ エンクワイ」

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タッシェンが、2013年に世界の童画家や絵本作家が描いた絵を集めたアンデルセン童話集に、1928(昭和3)年に日本で出版された『アンデルセン童話集』に武井武雄が描いた挿画を掲載したという素敵なニュースがあった。しかし、それはモノトーンの線画作品のみのようだ。

1920年代の武井武雄は、流麗な線と淡くシックな色使いで恐ろしく洗練されているが、1960年代、70年代の絵は、より色彩が強烈で、線は「奇異」さを強調するように、いびつとも言えるようなとっかかりを見せてくる。それらは子供時代の私の心に激しくアピールした。

たとえば、きれいなチューリップの花びらの真ん中の花芯の部分に花の顔がある。武井武雄の描くその顔は、苦虫を噛み潰したようだったり、眉が吊り上って憮然としていたりする。花だからかわいい優しい顔をしているわけではない。こういう顔が、人間の都合の良いようには擬人化されない小さな生き物の魂を思わせる。

また、私の大好きな1971年の『したきりすずめ』の原画が見られたら最高だったのに、と思う。1970年代の『したきりすずめ』は、1928年の『舌切り雀』よりもずっと絵が自由に、面白くなっている。あでやかな着物を着て踊る雀たちの魅力も、大きいツヅラから出てきた様々なお化けの奇想天外な描写も、ずっと凝っている。

武井武雄の絵の中で、宮沢賢治の童話を読んでいる時に脳内に見えてくる、いろんな生き生きとした生き物に会うことも多い。

武井武雄は1894(明治27)年に生まれ、1983(昭和58)年に没している。宮沢賢治は、夭折したせいでずっと昔の人に感じるが、賢治のほうが3つ年上である。

武井武雄は、おもちゃをはじめ、いろいろなものを手作りしているが、小さなもの、小さな世界への愛情と、こまやかな手仕事に胸を打たれる。今回の展示の中で、特に私が感嘆したものは、戦後まもなく、紙がない頃に、娘のために、古葉書を使って一枚一枚手書きでつくったトランプだった。

「武井武雄をあいする会」というところで、武井武雄の生家を保存、活用を求める署名をやっているようです。

http://p.tl/eGSA

本に関連するデザインの熱狂的愛好者のWattsさんのページで武井武雄や『コドモノクニ』の絵を見ることができます。

http://50watts.com/Takei-No-Kuni

4月3日

強い雨。新宿のMで食事。雨の中見た高層ビル街の、今開いたばかりの欅(ケヤキ)の新芽がすごく美しかったので、明日写真を撮ろうと思う。

まったく更新していない私のFacebookをフォローしてきた外国の人が、好きな映画に松本俊夫の『薔薇の葬列』と実相寺昭雄の『哥』と『無情』をあげていたので驚いた。彼女の写真はヘラジカばかりだ。カナダの先住民の人らしい。

そういえば『薔薇の葬列』をまだ観てなかったな、と思って深夜に観だしたら、けっこう面白くて最後まで観てしまった。

素顔は別人のような(特に美少年でもなく、大人っぽくもない)若き日のピーターが、化粧でがらっと魔的な美女に変身する。新宿の小田急ハルク前が、まだ30cmくらいのコンクリートの四角い敷石でできていた頃。(68年の新宿騒乱で活動家たちがこの敷石を投げたので、その後、アスファルトになったと聞いたことがある。撮影時は直前だったのだろうか?)

今の小田急エースタウンでパンタロンファッションを見て、「素敵ねえ」と言ってから、うずたかく盛り上げられたソフトクリーム(おそらく小島屋)をなめながら闊歩するゲイの3人組。

幾度も出てくるゴーゴーのシーン。棒のようにスキニーなピーターが踊ると、すごくかっこいい。

「生涯の本質的な部分を歩くことに費やして、しかも歩く人ではないということもありうる。また逆に、結局少ししか歩いたことがなく、歩くことがたいして好きでもなく、上手に歩けた試しもないのに、それでも異論の余地なく、歩く人だということもありうる。」というル・クレジオの言葉が記憶に残る。

ピーターがパゾリーニの『アポロンの地獄』のポスターの前に立つシーンが出てくるのでパゾリーニを観ようと思った。おなじみのオイディプス王の話を何度も観るのはきついので、今度はジョルジョ・アガンベンが出演している『奇跡の丘』のほうを観ようと思う。

4月4日

きのうとうって変わって陽光の強い日。気温22度。

昼過ぎ銀座へ。泰明小学校の校舎にたくさんの鳩がいた。

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新宿駅の西口、京王プラザホテル前の欅の新緑。

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近所なのに上がったことがなかった都庁の展望台に上ってみた。中央公園と福山家の方を望む。ピンク色なのは公園の桜。

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きょうは、積乱雲と黒い雨雲が混在するような劇的な空だ。ヤコブの梯子も荘厳。宮沢賢治はこの現象を「光のパイプオルガン」と呼んだ。

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逆の窓から新宿御苑のほうを望む。あちらにも桜。

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この後、中央公園の中を歩き回っていたら、気温が急激に下がって大粒の冷たい雨が降ってきた。雹も少し降ったらしい。

センタービルのオーガニックカフェで食事。ここは静かな穴場だった。いろんなおかずに玄米も食べられて良かった。

夜、ジョルジョ・アガンベンの姿を見たくてパゾリーニの『奇跡の丘』を観た。

ピリポ役のアガンベンの顔はしっかり拝んだが、歩き疲れていたせいで、途中、うとうとしてしまった。1973年のテッド・ニーリーの『ジーザス・クライスト・スーパースター』は、好きで何度もくり返して観たが、『奇跡の丘』は、もう一度観ないといけない。

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2014年4月 1日 (火)

世界フィギュア選手権2014 / 桜

3月31日

世界フィギュア選手権が終わった。いろいろ感じることが多すぎて、言葉がなかなか出て来なかった。

「ノクターン」の最後のビールマンスピンで微笑みながら回っている浅田真央の表情を見て涙が流れた。

浅田真央の望む通りの最高の「ノクターン」がついに完成したこと、なによりも、「現時点で、世界で自分しかできないトリプルアクセルを入れて最高の演技ができた上での」世界歴代最高点を、浅田真央本人が「すごく嬉しかった」と言ったことが、本当に良かったと思えた。

薄紫のグラデーションの最高に綺麗な衣装(これからデルフィニウムの花を見るたびに私は「ノクターン」の演技を思い出すだろう。)で、陶然と優雅に舞った。

そしてラフマニノフの「ピアノ協奏曲第二番」。もうこれで最後なのかと思うと信じられないような、堪らない気持ちだった。私は、なんと言っても、可憐で清楚な浅田真央が強靭な魔物に豹変するような、激烈なメタモルフォーゼのあるタラソワのプログラムが好きだ。

最後とするにふさわしい、生き生きとした鮮烈な演技だった。

3Aが認定されていないというまさかの結果を聞いたときは愕然としたが、浅田真央自身が今回の世界フィギュアは「100点」と笑顔で言ったのだから、ジャッジがどう採点しようと、そこには真実として成功があったのだ。

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今回、男子で一番印象に残ったのは町田樹だった。

「エデンの東」は、最後のルッツを降りたあとの激しい踊りに、吹きすさぶ風になびく広い草地が見えるようだった。ジャンプがすべて決まったあとに、思いっきり彼の世界が炸裂した。

「火の鳥」よりも、町田樹本人の等身大に近いテーマ、激しく何かを切望し、ひとり苦悩し、あがきながら進んでいく、まだ大人になりきれない青年の生のようなものを感じた。

そして、どんな苦労もいとわないという彼の強い意志が、瀟洒でも小粋でもなく、朴訥とさえ感じさせるのだが、ある「抵抗感」を持つ強い表現となって、非常に直接的に心に訴えた。

ソチの団体戦の時に、失敗はあったにせよ、よくプルシェンコの後に堂々と滑った、と感心したのだが、あれから個人戦、そして今回の世界フィギュアと、どんどん強く、表現も豊かになっているのがすごいと思った。

町田樹の演技の魅力は、濃厚な表現への志向というのか、激しく、たっぷりと訴える、彼独特の感性、加点とあまり関係ないような動きの見せ方にも手をぬかない情熱、そして最後に向かって壮大に盛り上がるところにあると思う。

学を衒っているのか、ウケをねらった冗談かわからないような彼のおしゃべりも悪くないが、しかし、むしろ黙している時の彼にこそ誠実さを見る。

また、今回、町田が自費で招いたというフィリップ・ミルズを見られたことが良かった。フィリップ・ミルズをテレビで初めて見たのだが、滋味があり、かつ枯れているというのか世俗的なギラギラした感じがない、私が知る芸術家らしい風貌の人なので眼を引かれた。この人が振り付けたのか、と思うと、なるほど、と得心するところがあった。

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エキシビションでは、冒頭と最後の放送がなかったことで、せっかくのわくわく感や最後の感情の盛り上がりがそがれたと思う。ソチのエキシビションの時は、登場シーンから気持ちがときめいたのに。相変わらずフジテレビの余計な編集にイラついた。

4位のポゴリラヤのキャッツが、今度こそ見られると楽しみにしていたのにがっかりだ。ジェレミー・アボットも見たかった。

しかし、浅田真央のおかげでなごむことができた。何よりも良かったのは、浅田真央が演技を終えた後に、いつものように脚を少し広げて座っていて、カメラに気づきパッと脚を閉じて「油断してた」と笑うシーンだった。心からの楽しそうな笑顔が見られて本当に良かった。彼女はそのままで、何も気にしないでいて、美しい(脚をお決まりのように斜めにして座るタレント達よりずっと)。

リプニツカヤの踊る「ジュ・テーム」に、雪原でひとり踊る赤い服の少女が見えた。私はスピルバーグが嫌いなので、「シンドラーのリスト」にはコメントしたくないのだが、エキシビションはのびのびとしていて感動した。彼女ばかりをあまりマスコミが追わないであげてほしい。

私の生家から5分ほどの新宿西口中央公園で、白いモクレンの花に微笑むユリアの写真を見て感激。木瓜の花と撮った写真はNSビルの近くかな、と思う。彼女の国では厳しい冬が長く、ビル街の公園に何気なく咲いていた花も、春を告げる大切な徴だったのかな、と思う。それでも樹木をめでるような少女に最近滅多に会わなくなったので、愛しく、ますます彼女が好きになった。

・・・・・・

夕方、川まで歩いてみた。近所に咲いていた五色の椿。奈良の百毫寺のも有名だが、速水御舟の描いたのは、京都の地蔵院にあった五色八重の椿だ。近所を散歩してよく見ると結構庭木にある。しべの部分が花弁化している花とそうでないものが混在していた。

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染井吉野(ソメイヨシノ)ではない、小ぶりで紅色が濃い桜。莟がなく、全部開花していた。

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川沿いはソメイヨシノが見ごろだった。去年の名残りの枯れ蔓と一緒に撮った。

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この時期、柔らかな柳の新芽が風に揺れるさまがたまらなく好きだ。

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柳の線を透かして桜を眺めた。

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毎年、ここをくぐるのが楽しみな山椿と乙女椿と桜のトンネル。

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柊(ヒイラギ)の黄色い花は小さくて目立たないのだが、素晴らしい香りを放っている。

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桜の下にやたらとキノコが生えていた。桜の時期に生えるアミガサダケだと思うのだが、黒くて不気味。ろうそく状で黒色なのでスッポンタケかと思ったが、根元に卵状の球形がないし、スッポンタケの生えるのは梅雨から秋なので、やはりアミガサダケだと思う。

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猫が通るような細い暗渠の道を辿っていたら迷ってしまった。魅力的な木造アパートを発見。

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紅の花桃と建物の色が合っていた。

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3月30日

夕方、雨が上がってから外に出たら、片側の空は陽が射していたが、反対側は重いカオス雲が垂れ込めていた。

大地が濡れて暖かくなって、近所の駐車場に15cmくらいのウシガエルがのそのそ歩いていた。

5時半ごろ、東中野の神田川。カオス雲がうまく撮れなかった。

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6時半ごろ。電車が通った瞬間。

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帰り道、出かける時にウシガエルがいたすぐ近くに、またウシガエルがいた。こちらはだいぶ小さいので、先ほど見た個体とは別の個体だと思う。

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この後、世界フィギュアのエキシビションを見ている時、激しい雨音がした。

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