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2014年5月

2014年5月28日 (水)

味戸ケイコ展 / 北青山から外苑前 千駄ヶ谷

5月24日

ギャラリーハウスマヤの味戸ケイコさんの展覧会へ。青山界隈は、あまり来ることのない場所だ。展覧会は盛況だった。

丁寧な鉛筆のタッチによって現出した闇の空気が美しい味戸ケイコさんの絵。

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初めてお目にかかった時と少しも変わらず、庭に咲いた花を胸に挿している味戸さんにまたお会いできてとても嬉しかった。水の入った小さなシリンダーのようなものに挿してあったのは変わり咲きのクレマチス。

北青山から新宿まで歩いて帰った。そこだけ鳥の激しい鳴き声が響く古い神社やお寺のある通りを歩いて外苑前の方へ。

1961年に建設されたというすごく懐かしい感じの外苑マーケット。この都営霞ヶ丘アパートは2020年の東京五輪のため、取り壊しと立ち退きをせまられているという。

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霞ヶ丘アパートの公園で、黄色い服の小さな男の子がひとりで遊んでいた。

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アパートのフェンスから歩道の方へはみ出して伸びているキャベツを発見。素晴らしい容貌にメタモルフォーゼしていた。
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明治公園の横を通って千駄ヶ谷の方へ歩く。国立能楽堂の周りには不思議な家がある。そこを散歩してから千駄ヶ谷駅前の大きな道路へ。

以前から気になっていた「泥人形」という名の店。面白い名前をつけたなあと思う。

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幻冬舎の方へ行く横道にあった広い空き地。

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チガヤとヒルガオが伸びていた。
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千駄ヶ谷から代々木へと歩く。以前から好きな代々木駅前のビル。雰囲気がある場所だなと思っていたら、ここは昔、萩原健一と水谷豊主演のドラマ「傷だらけの天使」のロケに使われたビルらしい。
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新宿南口のサザンテラスまで歩いてきたら、工事中のJR新宿駅新南口のビルが、遊園地のように見えた。

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5月26日(月)

2か月使った薬Mにより、この日の体調は最悪。貧血のためのひどい頭痛。後頭部とこめかみと眼の奥が猛烈に痛くて何もできない。

5月27日(火)

きのうに引き続き頭痛。

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2014年5月24日 (土)

ホルスト・ヤンセン Horst Janssen

5月23日

『デッサンの基本』第19刷りを記念して、(ずっと胸の中にしまっていて、今まであまり書くことなかったのだが、)私が心から愛する素描家ホルスト・ヤンセンHorst Janssen について書きます。

Horst Janssenは、尊敬してやまない幾人かの過去の画家の中でも、私がもっとも愛情と憧れを感じる画家である。

彼に会いに行くこと、会えることをずっと信じていた私にとって、彼の急死の知らせは、卒倒、号泣するほどショックな出来事だった。今もまだ、彼の死について、彼に会えなかったことについて、胸がざわついて、それを自分に納得させることができない。

だから、彼の絵の魅力について、積極的に言葉を外に出したいと思うことができない。

Horst Janssen は版画家であるが、本人も言っているように根本的に「素描する絵描き」あるいは「描く素描家」である。

「わたしは絵描きである。――正確にいえば、素描する絵描き、あるいは描く素描家である。出発の時点からわたしは素描家であり、毎日――どんなときでも――止むことなく、つまり、ものを書くときにも素描する。すなわち、真夜中にも素描する。いうならば「セックスをする」ように素描する。わが性器は眼によってのみ屹立するのだ。さらに夢の最中にも素描する。夢をみながら、二百年も過去の素描の傑作をコピーするのである。そもそも素描なるものがわたしの夢なのだ。「いくつものイメージ」を素描する―― 一筆で充分――それで地平線ができあがる。わたしの恋人(ボベト)は、可愛らしい、かすれた声で「絵描きさん(Mein Maler)」とわたしに呼びかける。それこそわたしであり、他の何者でもない。」――ヤンセンのことば(水沢勉訳、1991年「HORST JANSSEN」展覧会図録より)

今私の部屋に貼ってあるHorstの自画像のポスター。

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その横には枯れていく時間を幾度も素描した花たちがとってある。そろそろシバンムシが繁殖するので、暑くなる前に枯れ植物を捨てないといけない。

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1999年にHorst Janssenの住んでいた家を見に行った。その時、思いがけず、ヤンセンのお孫さんが庭に出ていらして「ヤンセンのファンですか?私のおじいちゃんです。」と、声をかけてくださって、娘さんとお孫さんとお話しすることができた。

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ヤンセンの娘さんに「ここに来てください。」と言われて訪れたヤンセンの作品を扱っている出版社にて。彼の版画の原板などが無造作に置いてあった。

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たくさんあって目移りしてしまうヤンセンのポストカード。

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ギャラリーにいた猫ちゃんと。

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その時に買ってきた今私の部屋の壁にあるヤンセンの版画。右のタイトルは“Zwiebel”(たまねぎ)。

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その旅ではオルテンブルクにあるHorst Janssenが眠る墓地も訪ねた。急に雨が降ったり、強い陽が射したり、激しく天気が変わる日だった。お墓の場所がわからず、駅に戻ったり、近くのバーにはいって人に尋ねまくったり、6時間くらいかかって、やっとHorstのお墓を見つけた。

これは隣にある母親(若くして亡くなった)の代わりにHorstをかわいがった伯母マルタのお墓。

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これはHorstが生まれてから幼年期までを育てていたおばあちゃん、おじいちゃんのお墓。

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やっと会えたHorst Janssenのお墓。私は旅の疲れで溶連菌に感染し、手に湿疹が出て包帯を巻いていた。

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ヤンセンのお墓にチューリップを捧げ、泣きながらヤンセンの好きだったフランケンのワインを墓石にかけていたら、男の人が通りかかって話しかけられた。そのときに、今度オルテンブルグにヤンセン美術館ができるのだ、と教えられた。

のちに、ヤンセンの娘さんが手紙と新聞の記事のコピーを送ってくれて、その男の人がオルテンブルクの地方紙の記者で、私のお墓詣りの様子が記事に書かれていたことを知った。

その頃のハンブルクの港の倉庫街には素晴らしく魅力的な廃屋があった。

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そばを犬が通り過ぎたお気に入りの写真。

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2003年、 東京の「紙舗直」でのヤンセンのイベントにいらしたヤンセンの娘さんランメさんとヤンセンのかつての妻フェレナさんと。

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17才のヤンセンの才能を見抜き、「君は偉大な素描家になるだろう」と言ったヤンセンの恩師アルフレート・マーラウのデザインしたお菓子をランメさんにいただいた記憶がある。

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購入した本にサインをいただいているところ。

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ヤンセンが素描に使っていた和紙も何枚か買ったが、もったいなくてまだ 使っていない。自分にとっての「素描」が、もっと自在に描けるようになってから使いたいと思う。

 

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2014年5月21日 (水)

『デッサンの基本』(ナツメ社)第19刷り

5月21日

『デッサンの基本』増刷のお知らせ。第19刷りとなりました。

とても、とても嬉しいです。買ってくださったかた、心よりありがたく存じます。

個人的には、最近、非常に体調が悪く、首や肩や背中が凝り固まって痛くて、仕事に集中できない状態なのですが、苦心して作った本が今も生命を持って、少しずつ売れているということに、本当に感動を覚えます。

予めとらわれている観念を突き破るように「見る」こと、そのものを生まれて初めて「見る」ように「見る」こと、そこから「個人」の「デッサン(素描)」が生まれてくるように思います。

私は「本画(タブロー)」と「デッサン(ドローイング、スタディ、素描、習作、写生)」を区別することにあまり意味があるとは思わないが、過去の偉大な画家たちの仕事について、あえて区別するとしたら、「本画」よりも断然「デッサン」のほうに惹かれる。

(自立した作品として完成を目指した「本画」以上に、)そこに自分の外側に在るものに触れた驚異や感動があるからだと思う。

デッサンとは、自分の外側に在るものを見たり、触れたり、耳を澄ましたり、匂いを感じたりしてそれに近づき、記録しようとする受動的な表現のことだと思います。

過去の偉大な画家たちのデッサンを見ると、いかに彼らが自分の外側にあるわけのわからないものを感知し、それをつかまえて紙の上に定着させる能力にたけていたかがわかる。

外側にあるものと関わることは、この世界を深く味わい、生きる時間を濃くする方法だと思います。

昼顔に巻き付かれる春女苑の素描(数年前、今の季節に描いたもの)。

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古いスケッチブックをめくると、描いたことを忘れていた素描が新鮮に見える。自分が描いたことを忘れて、あるものとして絵と出会うと、初めてその絵が見えてくる。

・・・・・・

きのうに引き続き星状神経ブロック注射を打ってもらった後に治療院に行った。麻酔は効いていると感じるが、それでも首も背中もがちがちだと治療院で言われる。

 

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2014年5月19日 (月)

戸山から早稲田、高田馬場へ

5月18日

戸山を散策。大好きな秘密の花園は健在だった。濃い青紫のホタルブクロ、澄んだ青と薄ピンクのラクスパー、黄色のハナビシソウ、蜜柑色のキバナコスモス、白いカスミソウ。ピンクのムシトリナデシコ。

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ヒルガオやヤブカラシに巻き付かれているアイリス。

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透明な青の二ゲラ。

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花園から緑地の丘へ。

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緑陰幽草。ひんやりとした空気の漂う小さな教会の壁。

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丘を登り切ったところの叢にいた野性的な猫ちゃん。ハルノノゲシが美しい。

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ヤブカラシの蔓(猫ちゃんの左上)には蜥蜴もいたようだ。

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大好きな欅(ケヤキ)の大木。 この樹に会えるとほっとする。

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国立感染症研究所昆虫科学部の横の道を行きかけてから、早稲田のほうへ坂を下った。2年前に黒く爛れかけたヒナゲシを撮った住宅街の公園はどこだっただろう、と思いながら 。早稲田住宅をのぞくと正面に見える不思議な塀のようなものが気になった。

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更地の隅に残っていた古い看板。「ワセダグランド商店街 学生の町です。古本屋、喫茶店。食堂、etc......ぜひ、なじみの店をみつけて下さい。」と書いてある。

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白い病院のような建物に惹かれて、その脇の狭い道を通って行ったら、それは早稲田大学の材料技術研究所だった。

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子育て地蔵尊のすぐ近くの雰囲気のある古本屋さん。早稲田の古本屋さんはめっきり少なくなってしまったが、まだいくつかは健在。

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インド大使館の横の坂の上にもいくつかの素敵な建物がある。かつて下宿屋だったような民家。

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ついに名曲喫茶・らんぶるが無くなっていたのを見て大大ショック!!!ここでは何度も写真を撮った。このらんぶる横の崩れた階段も大好きだった。

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諏訪公園の近くの昔から変わらない石段を上ると、細い一直線の道がある。

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その細い道を進むと雑草の花が乱れ咲く薄紫ピンクの塀。タンポポ、ハルジョオン、ハコベ、オニタビラコ、ドクダミ・・・・・・。

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塀の僅かな亀裂の隙間から 黄色のカタバミやハッカがのびていた。

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人がすれ違えないほど狭く細長い魅力的な通路。

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右側には鬱蒼とした学生下宿屋さんのような建物。

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木枠のガラス窓も、玄関の灯りも素敵だ。

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建物の脇には置き去りにされた自転車が。

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山ほど花の鉢を並べているマンションの奥の錆びたドア。

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有刺鉄線と寂びたドアの向こうの建物の、空中にせり出している三角の部屋が気になる。

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鉄の扉の隙間から覗き込めば、素晴らしい空き地のある一角。

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かつてアンティーク屋さんがあった裏道からビックボックス横の坂に抜ける。

・・・・・・・

右手の親指にカッターで切ってしまったらしい傷ができていたのでキズパワーパッドを貼る。

5月17日

次の本の打ち合わせ。

「相手に通じる通路が深く狭い――斥力」

「梶井基次郎の『交尾』、ものを見るということはすでに何ごとかであると言った。

ものに対する暴力的な触れ方、直接的で散文にならない。

梶井基次郎、安岡章太郎、吉行淳之介の流れがあり、それは古びていない。」

「マルドロールの歌は、当時は読める人がいなかった。詩とはこういうもの、という概念があって、それとはまったく違っていた。」

5月16日

金曜日。星状神経ブロック注射を打ちに行く。

爽やかな風香る季節なのに、最近(この4月、5月)、ものすごく体調が悪い。急に温度が上がる日に、自律神経失調が酷く、勝手に首と肩ががちがちに緊張してきて、頭痛に襲われる。身体が勝手に緊張状態になると、心拍数もあがり、精神的にも勝手に緊張して苦しい。

神経ブロック注射を打ってから15分から1時間ほど、ふわ~、と弛緩する。どこにも痛みがない状態とはこんなに楽なものなのかと感動する。

5月11日

駅の向こう側の花屋に行ってみたら、予想以上に母の日の花を買う人で賑わっていたのに驚いた。私の母は、カーネーションなんて全然いらないから、買わないで、と小学生の私に言う人だったので。私もそうだが、形式的なこと、皆と同じことが嫌いだ。

5月10日

母に会いに行く。食堂に集まったたくさんいる入所者達の中で、母だけが傾眠だったのでショック。

車椅子を廊下の丸テーブルに移動して、夕食をとらせるために、あらゆる努力をした。かなり大きな声で幾度も話しかけたり、指の腹をおしぼりでこすって刺激してみたり、自動販売機で冷たい缶コーヒーを買ってきて額や脳天や頬にあててみたり・・・・・・。とにかく夕飯のおかず(タンパク質)をとらせるため必死で努力した。

一昨年手術してから、外科からリハビリ病院に移って、32kgまで痩せてしまったのを、昨年5月に老健に移ってからは、施設スタッフさんと私の食事介助の努力により、36kgまで回復した。しかし昨年の10月末に特養に移ってから、今年の正月にはまた32kgに減ってしまった。

食べられなくなったら死ぬしかないので、とりあえずできることは努力している。がくっと頭を垂れて熟睡のところを、必死で起こして、うつらうつらしながらもおかずを完食させ、そのあと薬を飲ませ、プリン(極み)を食べさせた。しかし、本当にたいへんだった。

プリンがまだ口にはいっているので、このまま眠って誤嚥、窒息しませんように、と職員さんにお願いして帰る。明日は母の日なので、何人かの家族が来て廊下のテーブルは使えなくなると思ったので、あえて今日訪問した。

このまま死んでしまうのじゃないか、と不安に思い、一生懸命食事介助して、心身ともに疲れた。

そのあと中野で降りて、久しぶりに古本を見、天婦羅を食べた。私はご飯なし、ビールなしで天婦羅盛り合わせと「めごち」の天婦羅(これは最高においしい)を頼んだ。

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2014年5月 8日 (木)

高円寺 / 父 /  表現者の心の病 

5月7日

朝の3時51分、部屋の電話がなった。親友のGからだった。「もう寝てた?まだ、起きてた?」と。

(以前、会ったこともないNという人から朝の4時過ぎに電話が来て、ふいをつかれて我慢して話に応じてしまったその時の自分への自己嫌悪と、自分勝手に喜んでいる相手への怒りで、あとからすごくイライラしてしまったことがあったが、あれ以来の明け方の電話だ。)

しかしGからの電話は、私がこのところずっと、ものすごく悩んでいたことへの、(一応の)解決のための電話だった。その電話をもらっったことで、理不尽に思っていたこと、理解できなかったことへの情報を得て、(一応は)楽になった。

夕方、ひどく凝り固まった首をほぐすため、星状神経ブロック注射を打ちに行く。前回ほどではないが、また気道が詰まって呼吸が苦しくなった。気道が狭くなると、吸う時にクウーと音が鳴り、吐くときはエヘンと咳になり、涙が止まらないの繰り返し。

そのあとカメラを持って高円寺をうろついた。ブロック塀にむせかえるような甘い香りの羽衣ジャスミン。

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その小さな階段を上ると

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商店街のすぐ裏に、人気のない細い路地があり

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近所なのに、いつも通る道の陰にかくれていた初めて通る道だった。

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空き地の隅に帆立や牡蠣の貝殻が残っていた。

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最近あまり見かけないカステラ色の壁のアパート。

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大通りを渡って、図書館の方へ行く道。お寺の隣の古い医院。

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お寺の墓と墓のあいだの狭い道。

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昔からあるナカムラパン、ロッテチョコレートの古い看板。

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その奥は古い木のベンチのあるしゃれた店。

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通りを渡ると、かつて窓ガラスにびっしりと古いLPレコードのジャケットが飾られていた店。

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ここにもむせかえるほど甘いジャスミンと、猫が通る狭い暗がりの道。

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昔からある私が好きな篠崎商店の建物は、まだ壊されていなかった。

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南公園の近くの古着屋さん。最近は外に靴をたくさん並べている店が多い。

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壁にきれいなビー玉やタイルをびっしり埋め込んだレコード屋さん。

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夕方の空気が藍色がかってくると店の灯りが美しく見えてくる。

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全国でも珍しい気象神社の近く、ガ―リーな古着屋さん。

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ひとつ奥まったデッドエンドにある花園は昔と変わらない。人の家の庭だが大好きな場所。

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以前はいったことのある妖しい雑貨を売っていたCLUB SKULLの看板はまだあった。

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駅近くの裏道。

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緑青の色が美しい西村屋書店の建物。

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昔からずっと惹かれていたこのフヂヤ薬局の建物は大正時代からのものだそうだ。

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以前は2階の壁に「實母散」の看板がくっついていたのが素敵だった。 かわいいみいちゃんという名の三毛猫がいたのを覚えている。

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おしゃれな珈琲店、七つ森。

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2階がハーブガーデンのようになっている雑貨屋さん。

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5月3日

記録では26度だったが、日差しが強く、もっと暑い日に感じられた。

母の介助に行く。

整理してまとめた古い写真のアルバム(重い)を持って行った。

私が生まれる前の父の昔の写真を見せて、「これ誰?わかる?」と言ったら、「ああ、きれい。」「いい男。」という言葉が返ってきて唖然、慄然。

「ええ?!じゃあもし時間が巻き戻されたら、やっぱりこんな悪い男にひっかかって、やっぱり私たち家族はひどい目に遭う運命ってこと?!」と驚いて見せたら、意味が通じたのかわからないが、久しぶりに母がすごくおかしくてたまらないように笑った。

久しぶりに身体中から湧き出るような満面の笑顔を見られたので嬉しかった。

父は家族を守るとか養うといった意識が欠落していて、あまり働かず好き勝手にわがままをやって家族にさんざん苦労をかけた人だ。父のせいで重労働をした過労とストレスで私はがんになったし、良くも悪くも父は私の一生涯の性格を形成した要因だと思う。

父は心の弱い逃避型の人間なのだろう。先日も、わざわざ付き添いの人を頼んで、タクシーで往復3000円かけて母の面会に行きながら、母がベッドで眠っていたのを見たら、5分も待たずに、もういい、と言ってすぐ帰宅したという。

父は、私のようにベッドの脇に座って母の手や肩をさすり30分でも寄り添うということができない。母の目が覚めるのを待って食事介助したり、通じるかわからなくても、とにかく話しかけたり、昔の写真を見せたり、そういうことに耐えることができない。衰弱していく母を見ることが怖いのかもしれないが、父の心の弱さが、私からすれば本当に耐えがたい。

家族のために真面目に働く父親のもとに生まれた子どもは、ルサンチマンがなく、のびのび、おっとりとした余裕のある性格になり、うらやましいと、私は子どもの頃からずっと思っていた。

しかし大人になるにつれて不思議なことに気づいた。私から見たら明らかに裕福な家庭に生まれ、存分な教育機会に恵まれ、他者のために必死に働かなくてもいい特権を持っていながら、非常に空虚な、いわば心の病になる人が多くいる、ということだ。

表現をして自己承認を得ようとする人の集まりには、恐ろしいほど感覚や神経が欠落している人、異様にナルシスティックな人、現代の心の病のサンプル一覧ともいえる人たちがいる。

彼らを見ていると、私とはまったく切迫する現実(現実性?)が違い、生きている感覚が違い、価値の感覚が違う、としか思えない。

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2014年5月 2日 (金)

言葉、詩について /  樹の上の眠り猫(チェシャねこ)

5月2日

言葉について、詩について友人と話したことの備忘録。

友人Aの言葉。

「「解剖台の上での、ミシンと傘との偶発的な出会い」 以後、無意識が解放されて以後と言ってもいい、 詩は、極めて修辞的な態度になった。それは、身体を空っぽにしたいという態度であり、ものを見ることがすでに何ものかになる人間は稀である。言語化できないものに躓きながら、何かを書く人は非常に少ない。」

友人Bの言葉。

「無意識が解放されて抑圧が無くなり、超自我がなくなり、誰もが何をやってもいい、やりたい放題でただ自分を認めろ、と駄々をこねる赤ん坊になった。グループをつくり、お互いに甘えあい、許しあうようになった。」

「ブルトンがいた時はまだ指針があった。皆が大人として扱われていた。今は規範がなくなり、自己正当化のためにおつむを使う人たちがいる。」

「格差社会はますます広がり、普通の生活が脅かされている自分たちにとっては、まったくどうでもいい話。」

5月1日

3月からずっと整理している膨大な昔のネガの一部をデータ化したもの(StrageDisc)ができたのでヨドバシカメラに取りに行く。

三井ビルのオーガニックカフェで食事。ここは、とても静かでいい場所なのだが、夕方なのでほとんどおかずがなくなっていた。

4月30日

高円寺大道芸の日なのだが、強烈な日差しと人混みを避けて、人がやっと通れるようなひっそりした細い裏道を通って、阿佐ヶ谷のほうへ歩いて行った。
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懐かしい明治牛乳のポストを発見。かすれてきれいな空色だ。

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阿佐ヶ谷の商店街に抜ける暗渠に、樹が覆って陰をつくっているところがある。向かって左は胡桃の樹で、その隣が梅の樹。

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問題はこの梅の樹のほうなのだが・・・・。

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阿佐ヶ谷にある(改装されてだいぶ変わったけど、それでもまだ)70年代の素敵な感じたっぷりの「赤いトマト」で、懐かしい(日本に初めてピザが入ってきた時の生地のタイプの)ピザと コーンサラダを食べた後に、この道を引き返すと、

なんと、梅の樹の上に 悠々と眠るチェシャ猫がいたのである。

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ごろにゃぁ、ぐるぐるにゃぁ、と声帯模写で鳴いて呼びかけると、しっかり眼があった。

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けっこう大きな梅の樹で、そうとう高い枝にいるので、まさかとは思うが、どうか寝ぼけて落ちませんように。

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この遊歩道には、これまた懐かしい「かけはぎ」をやっている洋服センターがひっそりとある。

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私の憧れだった素晴らしい桜の古木と蕗の薹が茂る庭がある古い平屋の家が重機で崩されていたので大ショック。

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さらにこの道の先、私が毎年必ずチェックしている忍冬(スイカズラ)の花が咲いている場所、壊れたブロック塀から旺盛に外に触手を伸ばしてくる忍冬の群生が、刈られていたので大ショック。

夏になるにつれて強い忍冬の蔓がめげずに生成していきますように。

4月28日

一か月前から薬をTからMに変更。それで楽になるのを期待していたのに大量出血。頭ががんがんして首を動かせない。眼窩の縁と眼の奥もすごく痛い。とにかく苦しくて何もできない。

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