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2014年5月 8日 (木)

高円寺 / 父 /  表現者の心の病 

5月7日

朝の3時51分、部屋の電話がなった。親友のGからだった。「もう寝てた?まだ、起きてた?」と。

(以前、会ったこともないNという人から朝の4時過ぎに電話が来て、ふいをつかれて我慢して話に応じてしまったその時の自分への自己嫌悪と、自分勝手に喜んでいる相手への怒りで、あとからすごくイライラしてしまったことがあったが、あれ以来の明け方の電話だ。)

しかしGからの電話は、私がこのところずっと、ものすごく悩んでいたことへの、(一応の)解決のための電話だった。その電話をもらっったことで、理不尽に思っていたこと、理解できなかったことへの情報を得て、(一応は)楽になった。

夕方、ひどく凝り固まった首をほぐすため、星状神経ブロック注射を打ちに行く。前回ほどではないが、また気道が詰まって呼吸が苦しくなった。気道が狭くなると、吸う時にクウーと音が鳴り、吐くときはエヘンと咳になり、涙が止まらないの繰り返し。

そのあとカメラを持って高円寺をうろついた。ブロック塀にむせかえるような甘い香りの羽衣ジャスミン。

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その小さな階段を上ると

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商店街のすぐ裏に、人気のない細い路地があり

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近所なのに、いつも通る道の陰にかくれていた初めて通る道だった。

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空き地の隅に帆立や牡蠣の貝殻が残っていた。

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最近あまり見かけないカステラ色の壁のアパート。

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大通りを渡って、図書館の方へ行く道。お寺の隣の古い医院。

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お寺の墓と墓のあいだの狭い道。

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昔からあるナカムラパン、ロッテチョコレートの古い看板。

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その奥は古い木のベンチのあるしゃれた店。

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通りを渡ると、かつて窓ガラスにびっしりと古いLPレコードのジャケットが飾られていた店。

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ここにもむせかえるほど甘いジャスミンと、猫が通る狭い暗がりの道。

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昔からある私が好きな篠崎商店の建物は、まだ壊されていなかった。

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南公園の近くの古着屋さん。最近は外に靴をたくさん並べている店が多い。

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壁にきれいなビー玉やタイルをびっしり埋め込んだレコード屋さん。

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夕方の空気が藍色がかってくると店の灯りが美しく見えてくる。

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全国でも珍しい気象神社の近く、ガ―リーな古着屋さん。

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ひとつ奥まったデッドエンドにある花園は昔と変わらない。人の家の庭だが大好きな場所。

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以前はいったことのある妖しい雑貨を売っていたCLUB SKULLの看板はまだあった。

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駅近くの裏道。

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緑青の色が美しい西村屋書店の建物。

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昔からずっと惹かれていたこのフヂヤ薬局の建物は大正時代からのものだそうだ。

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以前は2階の壁に「實母散」の看板がくっついていたのが素敵だった。 かわいいみいちゃんという名の三毛猫がいたのを覚えている。

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おしゃれな珈琲店、七つ森。

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2階がハーブガーデンのようになっている雑貨屋さん。

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5月3日

記録では26度だったが、日差しが強く、もっと暑い日に感じられた。

母の介助に行く。

整理してまとめた古い写真のアルバム(重い)を持って行った。

私が生まれる前の父の昔の写真を見せて、「これ誰?わかる?」と言ったら、「ああ、きれい。」「いい男。」という言葉が返ってきて唖然、慄然。

「ええ?!じゃあもし時間が巻き戻されたら、やっぱりこんな悪い男にひっかかって、やっぱり私たち家族はひどい目に遭う運命ってこと?!」と驚いて見せたら、意味が通じたのかわからないが、久しぶりに母がすごくおかしくてたまらないように笑った。

久しぶりに身体中から湧き出るような満面の笑顔を見られたので嬉しかった。

父は家族を守るとか養うといった意識が欠落していて、あまり働かず好き勝手にわがままをやって家族にさんざん苦労をかけた人だ。父のせいで重労働をした過労とストレスで私はがんになったし、良くも悪くも父は私の一生涯の性格を形成した要因だと思う。

父は心の弱い逃避型の人間なのだろう。先日も、わざわざ付き添いの人を頼んで、タクシーで往復3000円かけて母の面会に行きながら、母がベッドで眠っていたのを見たら、5分も待たずに、もういい、と言ってすぐ帰宅したという。

父は、私のようにベッドの脇に座って母の手や肩をさすり30分でも寄り添うということができない。母の目が覚めるのを待って食事介助したり、通じるかわからなくても、とにかく話しかけたり、昔の写真を見せたり、そういうことに耐えることができない。衰弱していく母を見ることが怖いのかもしれないが、父の心の弱さが、私からすれば本当に耐えがたい。

家族のために真面目に働く父親のもとに生まれた子どもは、ルサンチマンがなく、のびのび、おっとりとした余裕のある性格になり、うらやましいと、私は子どもの頃からずっと思っていた。

しかし大人になるにつれて不思議なことに気づいた。私から見たら明らかに裕福な家庭に生まれ、存分な教育機会に恵まれ、他者のために必死に働かなくてもいい特権を持っていながら、非常に空虚な、いわば心の病になる人が多くいる、ということだ。

表現をして自己承認を得ようとする人の集まりには、恐ろしいほど感覚や神経が欠落している人、異様にナルシスティックな人、現代の心の病のサンプル一覧ともいえる人たちがいる。

彼らを見ていると、私とはまったく切迫する現実(現実性?)が違い、生きている感覚が違い、価値の感覚が違う、としか思えない。

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