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2014年5月21日 (水)

『デッサンの基本』(ナツメ社)第19刷り

5月21日

『デッサンの基本』増刷のお知らせ。第19刷りとなりました。

とても、とても嬉しいです。買ってくださったかた、心よりありがたく存じます。

個人的には、最近、非常に体調が悪く、首や肩や背中が凝り固まって痛くて、仕事に集中できない状態なのですが、苦心して作った本が今も生命を持って、少しずつ売れているということに、本当に感動を覚えます。

予めとらわれている観念を突き破るように「見る」こと、そのものを生まれて初めて「見る」ように「見る」こと、そこから「個人」の「デッサン(素描)」が生まれてくるように思います。

私は「本画(タブロー)」と「デッサン(ドローイング、スタディ、素描、習作、写生)」を区別することにあまり意味があるとは思わないが、過去の偉大な画家たちの仕事について、あえて区別するとしたら、「本画」よりも断然「デッサン」のほうに惹かれる。

(自立した作品として完成を目指した「本画」以上に、)そこに自分の外側に在るものに触れた驚異や感動があるからだと思う。

デッサンとは、自分の外側に在るものを見たり、触れたり、耳を澄ましたり、匂いを感じたりしてそれに近づき、記録しようとする受動的な表現のことだと思います。

過去の偉大な画家たちのデッサンを見ると、いかに彼らが自分の外側にあるわけのわからないものを感知し、それをつかまえて紙の上に定着させる能力にたけていたかがわかる。

外側にあるものと関わることは、この世界を深く味わい、生きる時間を濃くする方法だと思います。

昼顔に巻き付かれる春女苑の素描(数年前、今の季節に描いたもの)。

Sdsc03629_2

古いスケッチブックをめくると、描いたことを忘れていた素描が新鮮に見える。自分が描いたことを忘れて、あるものとして絵と出会うと、初めてその絵が見えてくる。

・・・・・・

きのうに引き続き星状神経ブロック注射を打ってもらった後に治療院に行った。麻酔は効いていると感じるが、それでも首も背中もがちがちだと治療院で言われる。

 

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