味戸ケイコさんからの手紙 / 文章、絵について
6月24日
昼間、耳をつんざくような雷と豪雨。夕方、友人と会う。
文章についての話。それと今現在の私の状況――父が死にかかって、担当医師にもほとんど生きて帰れないだろう、非常に厳しい状態と言われたのに奇跡的に生き残ったこと。それによって家族の非常に悲惨にこじれた愛憎と精神的苦痛がまた問題になっている話。
文章についての話はとても難しい。
私の生は結構陰鬱でしんどい部分がある。それなのに植物と絵画についてのことだけを書いて、どういう価値が生まれるのか、自分自身でよくわからない、焦燥を感じるところが大きい。
絵についての話。
私が最近すごく惹かれてやまないもの。ヴィクトル・ユーゴーの絵。ピサネロの素描。モンドリアンの花の素描と水彩。エドワード・リアが14才の時に描いた鳥の素描。ロートレックの動物の素描。C・R・マッキントッシュの花の素描。ハイスムの花の素描。ジョン・ラスキンの素描。
意識して選んだわけではなく、あまり知られていないもの、巨匠の代表作と言われていない絵のほうに断然惹かれる。
たとえばモンドリアンの水平と垂直で仕切られた赤、黄、青の絵を私はあまり見たいとは思えない。それよりもモンドリアンの、心がざわざわと掻き立てられるような夕暮れの、ものの輪郭が曖昧になってきた時間の風景や、繊細な樹の素描や、涙をいっぱいためたような百合や菊の水彩のほうが魅力があると感じる。
かつて赤、黄、青の抽象が最高の到達点であると認めた権威者がいて、もちろんモンドリアンの「冷たい抽象」はその時代の必然、その時の作者本人の意志の必然であったのだろうから、そこでモンドリアンの価値は決まったのかもしれないが、彼自身はその抽象が高く評価された後も、憂いに満ちたような花の水彩を描いている。今の美術界で機能している絵画の評価基準とは何だろう、今、現在の批評とはどこにあるのか、と思う。
友人はそれはものすごく重要な問題だと言った。
夜、調布や府中で猛烈な雹が降って、植物がずたずたに裂かれてしまったニュースを見る。
・・・・・・
先週の金曜(6月20日)に味戸ケイコさんからお手紙をいただいた。前に本と一緒にお送りした手紙の返信。どこをとっても凝縮されているような、とてもあたたかく、素晴らしいお手紙だった。
味戸さんの文字は、本当に味戸さんの絵と同じ、丁寧でコスモスの葉のようにそよいでいる植物の生命そのもののようなかたち。
「「思い出すことと忘れられないこと」は、見事に不思議にも子どもだった私と重なります。ふつう(ふつうとは何なのか未だにわからないけれど…)とはちがう、ふつう誰も目を向けない心をかけない、もの、ことにたまらなく惹かれ、愛着を持ってしまう子ども…
今の季節なら、あまり陽の差さない場所に咲いている細くてくねくねした枝にはらりと薄く小さいまばらな花びら、色合いも水をふくんだような、そんな紫陽花を愛おしい…と、相当、おとなになったはずの私も、いまだに変わらずに、こうして、生きています。
子どものときの知佐子さんに子どものときの私が会っていたら、きっととても仲良しになったと思います。でも今、こうして手紙を書けるのが嬉しいです。」 という、とても身に余るようなお言葉。
絵を見ればわかることだが、味戸さんも子どものころから話すのが苦手だったそうだ。「絵で話せばいいということなのかしらとも思っています。」 私もしゃべるのが苦手だった。家族とごく親しいともだち以外、人前ではまったく口を開かないような子どもだった。
味戸ケイコさんの文章で、僭越だが私がものすごく共感したものを引用させていただく。(『終末から』1974年4月)より。
「草むらのなかには空家がぽつんと、うつむいてたっていました。入口はしっかりクギづけされて窓のなかはいつもまっ暗でした。まるで夜を切りとったような暗やみがおそろしくて、いつも駈足でとおりぬけたのです。でもいつか、あの窓のなかを見てみたいというおもいに胸いっぱいになりながら走るのでした。そしてある日、とうとう決心したのです。ゆらゆらと背のたかい草は揺れていました。目のおくでまわりのものが白く滲んでゆきました。きがつくとわたしは、おそろしい窓のまえにたっていました。そして、その暗やみにすっぽり包みこまれたとき、そこにあったのは海の底にもにた優しい空間だったのです。」
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