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2014年6月14日 (土)

父の救急搬送、入院(2)

6月12日(木)

父の消耗品と洗濯したパジャマ2枚を持って病院へ。3日連続なのですごく疲れてきた。

きょうも医師からの説明があるので、先生が来るまで待てますか、と言われた。K医師から、転院先にリハビリ病院は難しいと思う、この状態だと療養型病院と言われ、去年、母の転院先を探していた時に面談しに行った療養型は料金が高くて、支払いが無理だったと答えた。

明日、MSWから私に電話をくれる、電話で話してから面談の日時を決めてくれと言われた。

とりあえずケアマネさんに電話。頭がわりとはっきりしているのに、寝たきりの人ばかりの療養型はかわいそうですよね、と言ったら、そう思う、と言われた。MSWさんに家族はリハビリ病院希望と言ってみようと思う。

淡い優しいヨーロッパ風の花が植えてある病院の庭。ヒルガオが絡まっていた。

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ラベンダーも盛り。

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後ろの樹もふわっとした繊細な葉の樹だ。

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とても良い匂いのフサフジウツギ(ブッドレア)。
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夏草が生えっぱなしなのが嬉しかった。この敷石を踏んで遊んでいるのは私くらいしかいない。

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6月11日(水)

父のリハビリのための上履きと靴下を買って病院へ。

若い親切な看護師さんとしばし話をする。父は家に帰りたいと盛んに言っているが、帰宅すればまた煙草も吸い、薬も飲まず、そしてまた同じことの繰り返し、人の迷惑を考えずに勝手にやり、お金にだらしなく、困ったときだけ人を呼び出す。私は耐えられないと思う。

帰りに、もろもろのものを取るため大江戸線で福山家に寄る。大荷物を持ち、三井ビルのオーガニックハウスで休んだ。

6月10日(火)

新宿区の介護関係書類を病院に提出。日にちがかかると思っていたのに、あっさりその場で書いてもらえたのでびっくり。N病院では1階受付に出す規則で、2、3日後に事務の人が書いてくれてから、取りに来てくれと自宅に電話連絡がくる仕組みで面倒だった。

父は救急病棟の個室から同じ救急階の内床と呼ばれる大部屋(一階の最初に救急車で運ばれた部屋と同じつくり)に移されていた。

酸素マスク(非侵襲的な人工呼吸器)が取れて、酸素カニューレのみになったので移動されたそうだ。酸素レヴェルは94。

きのう妹に延命処置の説明を医師からしてもらい、納得してもらったばかりなのに、もう、きょうの父は普段とあまり変わりないくらい、もとに戻っているように見えた。

「何で俺は救急車で運ばれたんだ?俺は誤嚥なんかするはずない。」と言うので
呼吸困難で死にそうだった、肺がひとつしかないのに誤嚥肺炎になっていて、糖尿で、肝臓も悪く、長年の喫煙で肺が委縮して硬くなっていて、昔やった結核菌がまだ出ている可能性もあり、結局菌は出ていなかったが、今度また誤嚥するか肺に穴が空いたら即死ぬから、と言っておいた。

担当のA先生から今の父の状態の説明があった。血中炭酸濃度は74とまだ非常に高く、
通常の人なら意識混迷、70歳代でこの値なら死ぬような値だが、しかし、普通にしゃべれ、きょうは少し歩くリハビリもやったそうで、この値でも生きていけるように身体が順応してきたのだろうとのこと。

だから、近々、この病院を出なければならない、その転院の相談を相談員と私でしてほしいと言われた。

リハビリに必要だから運動靴を買ってきて、と看護師さんにいわれた。

ストレスによる不正出血で鮮血が出ている。首がずっと鞭打ちのような状態。首は左、肩は右、背筋は右が痛い。治療院で触ると明らかに背筋が固く盛り上がっている、と言われる。

6月9日(月)

自分のがんの主治医による定期健診の予約日だったので、鎌ヶ谷の病院へ。

「体調はどうですか?」と言われて、父が救急入院したので、慌ただしく、緊張が抜けなくて「星状神経ブロック」を最近よくやってもらっています、と答えたら、「えっ!星状神経ブロック?!気を付けてくださいね。」と言われてショック。

「首を手術していろいろとっていると、動脈のポイントの位置がずれるので、私たち頭頚科の医師は、手術した患者さんには怖くて星状神経ブロックは打てないんですよ。」と言われた。ひぃぃい~・・・・。そうとう危険なことをやっていたのだろうか、そう言えば気道が詰まって息が苦しく、声が出なくなったことが、もう5、6回もある。

「一番まずいのはどんな危険なんですか。」と質問すると、「声帯を傷つけてしまうと声が出なくなる。」と言われて怖くなった。私は左右ふたつある声帯の神経の片方を手術の時に切ってしまっている。(どっちの声帯を切ったのか忘れているので、A先生に確認すべきだったのに、うっかりしないでしまった。)

東武野田線の進行方向左の景色には、まだ古い神社や森が一部残っているのを発見した。雨に濡れた森や野原が素晴らしく綺麗に見えた。秋にはあそこを歩きたいと思う。

うちの近所の杏の樹の実が色づいた。

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6月8日(日)

病院から電話があり、延命処置についての私の考えの確認をしたい、と言われた。

私は、最初に医局長から説明を受けた時に答えた通り、器官挿管はなし、心臓マッサージも、本人が炭酸ガスが脳にたまって苦痛がない状態なのに、肋骨を折って痛みを与えて数日延命するのはかわいそうだと思う、と答えた。

しかし妹が心臓マッサージについて決められないと言っている、と答えたらK医師から妹に、父の状態に関しての心臓マッサージ効果がどんなものか説明してくれる、と言われた。

雨が止んだあとの曇り空、近所を散歩した。

ソルダムの中身を連想する雨に濡れたタチアオイ。

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近所の家の庭木にあった李(スモモ)。阿佐ヶ谷の団地にあった鈴生りの李の樹を恋しく思い出した。

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これなんの種だっけ?近所の細い小道にあった面白いかたち。

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ドクダミとアナベルアジサイ。

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薄緑色の変わり咲きの鉄線(クレマチス)。

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全部罌粟坊主になった空き地の雛罌粟。

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とても紫が濃いアジサイ。

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6月7日(土)

きのう、むちうちのように首が硬くなって、首を傾げたり横を向くことさえ痛くてできなかったのがきついPMSの症状にそっくりだったのだが、その翌日の今朝、ひどい不正出血で綿ジャージもシーツも貫通して敷布団が血だらけだったので愕然とする。5月26日、27日に、頭痛で何もできないほどの大量出血があったばかりで、もうふらふらだ。

ストレスのせいと思うが、とにかく身体がしんどい。治療院に行ったら、きのうも首、肩の硬さがひどかったけど、きょうはさらに腰や脚までがちがちになっていると言われた。

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