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2014年8月

2014年8月31日 (日)

変化朝顔展示会 日比谷公園

8月30日

夜から朝まで雨模様だったが、楽しみにしていた日比谷公園の「変化朝顔展示会」に出かけた。展示は正午まで。

昔から変化朝顔にとても興味があった。国立科学博物館に行った時に資料を購入したり、国立歴史民俗博物館から資料を取り寄せたりしていたが、本物を実際に見るのは初めて。

初めは『朝顔三十六花撰』(服部雪斎画)、『三都一朝』(田崎草雲画)などの変化朝顔を描いた植物画(版画)を見て、とりこになったのだが、実際に見た変化朝顔は、とても妖艶で摩訶不思議なのと同時に華奢で儚い魅惑があった。

(写真はすべてクリックすると大きくなります)

獅子牡丹

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風鈴獅子
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管弁獅子牡丹
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これもたぶん管弁獅子牡丹
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名札はないが「渦小人」(うずこびと)と説明の人が言っていた青紫の小さな朝顔。購入して帰った『変化朝顔図鑑』(仁田坂英二著)によると、「渦小人」とは「渦」と「桔梗渦」の複合した系統で、小さく縮こまって厚味を増した葉質は「顰」(しかみ)と呼ばれるらしい。

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白と濃紫の風鈴獅子咲き牡丹 風鈴もありそう(?たぶん・・・)

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采咲

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糸柳牡丹

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茎が帯化した変化朝顔

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これも茎の帯化した変化朝顔

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展示場の屋外で雨に打たれてしまっていた牡丹咲の朝顔。

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これも屋外で濡れていた黒い花色の変化朝顔の莟。

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昼前に展示場を出てから日比谷公園内を散歩。昼近くになると陽射しが戻ってきて急に暑くなった。

夏の終わりの頭を垂れた大きな向日葵がいっぱい並んでいる小道があった。

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懐かしい感じの売店。屋根の上の雀たちがかわいい。いくつかある売店のうち、こちらは川原売店。

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「いらせられませ楽しいルーム 昭和4年から時は流れ今も尚、豊かな記憶がここにある  〈見学無料〉」と黒板に書かれている日比谷公会堂アーカイブカフェーの入り口。

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屋根が湾曲している不思議な建物があった。窓の鉄格子の隙間に軍手が押し込んである。近くに行って中を覗いてみると、地下に行く階段があった。

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日比谷グリーンサロン前の花壇。シオカラトンボを撮ろうとしたがすばやく逃げて撮れなかった。メニューを見ると珈琲300円と書いてある。日比谷公園の中にいくつかある食事処の中で、グリーンサロンが一番安いみたい。

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ちょっと散歩していただけで7か所くらい蚊にさされた。代々木公園の蚊のデング熱が話題になっているので虫よけスプレーを忘れたことを反省。

8月29日

26度。きょうもちらちら雨。

ここ3日くらい秋のように涼しいのに、今頃夏バテなのか、体重が44.5kgになっている。8月5日の健康診断の日には46kgだったのに。6月の初めに箱根に行った夜、温泉で計った時は48kgくらいだったような気がする。

頭の打撲はまだ痛く、ずっとではないが冷やしている。

8月28日

23度。肌寒いくらい。ちらちらと雨。

きのうぶつけた後頭部が、まだ相当痛い。保冷剤で冷やしている。

近所の金柑に、またつぼみがついた。これで今年6回目か7回目のつぼみだ。今回は実がほとんど生っていない樹の下のほうの枝全体にぷちぷちと白い小さなつぼみがついた。

4時30分頃家を出て、母の施設へ。

中野と東中野のあいだ、桜山と呼ばれた染井吉野の土手の下、線路脇にずっとオシロイバナ(白粉花)が咲いている。ここの群れは皆、紅と黄色の花が一株の中に混じっていて、白を含まない。最近、白と紅の絞りのオシロイバナの花を撮りたくて散策している。

施設の横で、白と赤紫の百日紅が散っていた。梔子の花は枯れて茶色く硬くなったまま、青々とした葉の中にくっついていた。昼顔が雨の雫をためていた。

母はきょうは元気だったとOさんに言われて嬉しかった。しかし夕食を食べる時になって傾眠になってしまった。それでもなんとかがんばって食べさせて、お茶を半分残しただけで完食。「極みプリン」も完食。きょうの献立は生姜風味のあんかけ豆腐、緑の野菜(ムース)、サツマイモ(ムース)のあんこがけ。

中野の操車場が薄闇の中に明るんでいて、劇場のように見えた。線路には細い夏草が茂っていた。

8月27日

23度。雨。

洗面所の床に置いてあったものをしゃがんで取るとき、誤ってやや右の後頭部をステンレスのタオルかけの角にぶつけてしまった。

そうとう痛かったので、その後は出かけるのをやめて安静にして寝ていた。

8月26日

27度。

区の健康診断の結果を見て驚いた。

なんとマンモグラフィーがひっかかっていた。要再検査。

針を刺す細胞診をやると言われたらどうしよう、と心配だ。

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2014年8月25日 (月)

部屋の整理 

8月24日

夜7時に、ついにインターホンの工事終わり。

10日間、毎日、朝まで片づけて、首と肩の筋肉痛がひどい。中腰のまま何時間もいたので腰の神経痛も。

会話のメモなど、心に残ったことのメモが多すぎる。重要なメモはノートに貼るなどしないといけないと思う。

6~7つある本棚に入りきらない本が、1m以上の山に積んで6つくらいある。

スケッチブックの重いのが数十冊・・・小さいのもいっぱい。

床や家具のほこりを拭き掃除するのに、私は肌が弱くて、よく売られているクリーナーなどではかぶれてしまうので、「アクアエクス」(電解アルカリ水)、ダニクリン(殺虫剤を含まないダニ忌避剤)、布類にはピュアイズム(ダニよけハウスダスト不活性化ミスト)を使った。

手の皮膚がほこりに触れると、すごく痛くなるので、固く絞った綿のモップの頭部分を手に持って拭いてほこりを取ってからスプレーをかけながらティッシュでもう一度拭いた。

8月23日

H・Tさんのお通夜に行く。喪服で外に出ると、高円寺は阿波踊りの初日で、熱気に溢れていた。

江古田斎場。大江戸線の新江古田駅から西武線の江古田駅に行くあいだ、いくつか懐かしいような緑の植木鉢が並んだ細い路地を見た。おばあさんが植木に水をやっていた。陽が柔らかくなってきた5時前だった。

斎場の手前に欅や銀杏の古木に囲まれた古い神社があった。ミンミンゼミとアブラゼミとツクツクボウシが競うように鳴いていた。

式の後、皆で飾られていたアルバムを見ていた。若い頃のTさんは、昔の映画スターのような背の高い美男だった。

帰り道、来たのと一本ずれた道を西武線へと歩いたら、昭和っぽい喫茶店や床屋さんが何軒かあった。江古田はあまり昔と変わっていないのかなと思った。

行きに見た植木が奥までずっと並んだ細い路地の入口に、オオマツヨイグサ(大待宵草)が8cmくらいもある花を開いているのが闇の中に明るんで見えた。

8月19日

H・Tさんが亡くなった知らせを受け、驚く。7月31日に施設にお見舞いに行ったばかりで、その時はとても頭が明晰で、そんなにお悪いとは思えなかった。

8月18日

近所の金柑が、今年5回か6回目の開花。

すでに青い実が茎の生っているたくさんの枝の先端のほうに、ちらちらと一輪か2輪ずつ咲いている。

よく見ると、完全に茎の末端(茎が新しく伸びた部分)に咲いているわけではなく、末端の花はもう枯れて緑の子房が膨らんでいて、2番目や3番目の花が今開花していたりする。

前回は8月8日くらいに2つの枝だけに7、8輪ずつまとまって開花して、3,4日で枯れた。

樹全体を見ると、実ができているのは上のほうの枝のみで、花が咲いて散っても結実できなかったのも多い。

そして葉も花もついていない枝だけの部分が気になって、どこかにキアゲハの幼虫がいないかと捜しているのだが、今年はほとんと見られない。

8月16日

工事をする部屋をすっきりさせるために、本や写真の山を大移動する。

膨大な写真と書類の分類がとにかく大変。

普段使わない筋肉がびりびりする。ついでに家具も移動。移動したあとの清掃。毎日朝5時まで。この作業は25日まで続きそうだ。

8月14日

締め切りの原稿を出しに行く。

帰り道、駅の裏側に繁茂する羽衣ジャスミンといい感じに錆びた建物を見つけた。

帰宅したら、郵便受けに大家さんからの封筒がはいっていてどきどきする。

インターホンを新しくする工事のお知らせ。工事最終日の24日希望と書いて出した。部屋中の片づけをしなければならない。

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2014年8月13日 (水)

鶏頭 ソルダム / シモンの夏

8月10日

最近描いた鶏頭の素描。ケイトウの英名はCockscombで、やっぱり雄鶏のとさか。

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ケイトウは、茎は直立していてあまり絵にならないのだが、その分花と葉がたっぷりと奇妙で面白味がある。

オレンジやピンクの綺麗な色のは、葉の柄のついているところから出ている鮮やかな花の断片のようなもの、深い紅色のは葉の中で混じっている紅色と緑の諧調を追うのが面白い。

いろんなかたちのケイトウを素描していきたい。

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60年代~70年代初頭のまんがに好きな作品がたくさんあるが、最近、ずっと昔から気になっていた作品を読むことができた。

水野英子の『シモンの夏』(1970)。

私が小学校の低学年の時に、知り合いのお姉さんの家で前半まで読ませてもらって、何がかいてあるのかよく理解できなかったのだが、強烈な印象を受け、その後何十年も、あれはなんだったのだろう、と気になっていた作品。

絵を描く若い女性が主人公で、夏に海辺でシモンという少年に出会う。シモンはなぜかその女性のことを「あなたはちっともきれいじゃない」と言う。

シモンは女性の恋人である老芸術家の顔を腐った木切れでつくり、腐った魚の骨や海藻できたならしいオブジェをつくって女性に「それがあなただよ!」と叫ぶところで前半終わり。

画面に大きく描かれたそのオブジェの印象は凄絶で、幼い私の眼の記憶には、それが海辺にうちあげられた腐ったものすべてを集めてつくった、どす黒く臭う恐ろしいものとして残った。そしてシモンという少年がどうしてそんなに猛然と女性を批判しているのか、それを知りたい、この続きを読みたいという気持ちがずっと心に残った。

つい最近、『シモンの夏』がサンコミックスの『ファイヤー!』第4巻の巻末に収録されていることを知って購入した。『ファイヤー!』は小学館文庫版を持っていたのでサンコミのほうを持っていなかった。

さて、今、この『シモンの夏』を通して読むと、すごい作品だと思う。この話のテーマは「芸術の虚偽」だからだ。

主人公24才のディアーヌは、多くのアーティストと競い、ニースの海岸に立つ総合センターをかざる大壁画を描く仕事を勝ち取った。「この壁画をだれに描かせるかは 世界中をわかせたものだった あらゆる 有名アーティストの名があげられ 選択がくりかえされ その売りこみも いちじは気違いじみていたものだ」。ディアーヌについて「その破天荒な創作態度は 世のアーティストたちを瞠目せしめ 形式にとらわれない自由さは 羨望の的となった 若さなのだとだれもがいった」

ディアーヌは大人数のスタッフを指揮し、巨大壁画「1000光年の神々」の制作を始める。それを崖の上から見て、シモンは「あの絵はまるで見栄のかたまりだな 自分の力をいっしょうけんめい見せつけようとしている 自分は こんな仕事が できるんだって どうだ どうだってね だれの絵か知らないけど……疲れるよ そう思わない?」とディアーヌ本人に向かってつぶやく。ディアーヌが「……わたしの絵よ」と言うと、シモンは「そう!? そうなのか! そういえばあなたに似てる」と言う。

ディアーヌの住まいを見てもシモンは「これがあなたの家? やっぱりあなたに似てるんだなあ でっかくて… がんばってるくせに どこか空しくて…」と言う。そしてディアーヌが10才の頃に描いたという絵を見つけて「ああ これはいいな! かわいいよ わすれな草だね だんだん空しくなってきてるんだね 今の絵は…」と言う。

それから例のどろどろに腐った海の漂流物のオブジェをディアーヌのアトリエにつくって「わかった? ディアーヌ それがあなただよ あなたのなかは虚栄でいっぱいだ いいかえればなんにもないんだ あなたはウソつきなんだよ 自分で気がついてないだけさ!」と叫ぶ。

ディアーヌは激昂するがシモンを追い出すことができず、シモンの言葉について考えるようになる。そして大壁画を仕上げる手が止まってしまう。

最後にディアーヌはシモンの言ったとおり、自分の絵は「虚栄のかたまりでしかない ひじを張った はったり屋のからっぽ」「なぜみなあの絵をほめるのよ なぜだれも気付かないの」「ビエンナーレも美術館も消えっちまえ!」と叫んで壁画を破壊しようとするが「壁画は夜空に黒ぐろとそびえたち わたしの小さな力で破壊することはすでに不可能だった」

そしてディアーヌは自分が描きためてきた絵と家に火を放ち、旅に出た。

物語の冒頭で、ディアーヌは教会の彩色をたのまれたときにペンキを建物にぶちまけて「わたしにとって神は最高の偽善者にすぎない」と言ったり、博覧会の記念碑をワラでつくって「記念碑ってのはなに? たしかなものはなにひとつないのになんとかしてそれにしがみつこうとする人間のおろかさよ」と言ったりしている。

しかし、そんな自分が「1000光年の神々」というただ威圧的なだけの巨大壁画を制作していることの矛盾には気づかない。

世俗的な権威でしかないにしろ、自分を大きな権威と同一視し、自分が力を持ち、自由にふるまっているという錯覚と優越感が(地位を保つための役割分担としての範囲で)、「アート」と呼ばれる大量のゴミを生んでいる。

この頃、水野英子はロックをテーマにしたまんが『ファイアー!』(1969~1971)を描いていた。少女が憧れるかっこいいロックスターを甘い夢のように描くのではなく、体制に反抗するものであるロックが、やがて体制側に打ちのめされ、主人公は純粋さを貫き通すがゆえに疲弊し、最後は正気を失ってしまうというという話。

水野英子のすごいところは、まんがというジャンルのなかで、人気ロックスターや有名アーティストにのぼりつめるストーリーを夢物語としてではなく、ロックやアートの意味や価値、腐敗した権威や経済システムの虚偽を問う話として描いたところだ。しかもすでに1970年に。

こういうまんがをのせていた当時の「週刊セブンティーン」の編集さんもすごいと思う。

この時代は反体制を貫き通すことがひとつの価値に成り得た。しかし今現在は、反体制や反権威などの立ち位置をとっても、それがひとつのスタイルにしかならず、そのまま体制側に吸収されてしまう。どんなに先鋭であろうとしても、闘う場所がない。

そして「アート」において、反体制を気どった「にせの問題提起」が、空しい商売をつくる。そこが問題なのだと思う。

60年代、70年代に活躍した私の好きな漫画家たち、岡田史子、水野英子、あすなひろし、矢代まさこ、北島洋子、上村一夫、宮谷一彦・・・、私が反応したのは、まずその「絵」、「線」の妙だった。

モノトーンの世界で、皆、変幻する線の表情から生まれる世界の深みがすごい。

8月9日(土)

母に会いにKへ。

母は37.4度の熱だった。8月5日(火)から熱が出て、高い時で37.5度で、下がった時もあったらしいが、微熱が出る繰り返し。

今までもこもり熱は毎年あったので、大事はないと思うが心配だ。

夕食はなんとか完食。加えて「極みプリン」を食べさせる。熱があるので、なるべく水分を摂らせたかったのだが、お茶は飲みきれなかった。

Oさんが、「3日の夕涼み会の時はすごく元気で、立ち上がりそうなくらいだったんですよ。」と言ってくれた。盆踊りや花火を見たそうだ。

私は胃が痛くて具合が悪かったせいもあるのだが、本当にうっかり3日の夕涼み会に参加するのを忘れてしまっていて、とても後悔。

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2014年8月 8日 (金)

健康診断 癌健診

8月7日

気温34度。

きょうは総合健診と胃癌の検査。今まで総合的な健康診断を受けたことがなかったので興味もあるが、また病気が見つかったら嫌だなあと思う。

9時に家を出たら、地下鉄のホームで、昔、西新宿に住んでいた母の友人のEさんに声をかけられた。Eさんは90歳近いと思えないほどしっかりしていて、私なんかよりずっと元気。昔から知っている人が変わらず元気でいてくれることが本当に嬉しい。今度家に遊びに来て、と言われる。

9時50分頃クリニック着。検査着に着替えて、まずは血圧測定。130-79。(以前100-60くらいだったのだが上がっている。走ってきたせいか。)

次に身長体重測定。162.2cm。46kg。

肺のレントゲンは定期的に受けているのでいいです、とパスした。

眼底撮影。片目ずつ撮影するが、両目で見て、遠くの緑の夕日みたい、と思った瞬間に終わり。

初体験の心電図。身体につけるパッドがとても冷やっこかった。

血液検査。肝炎検査も含めて5本採取。ここのクリニックは皆、やりかたがとても丁寧で親切。

それから診察室へ。気になるところは、と言われ「胃酸過多で苦しいです。ピロリ菌の除菌をしたほうがいいですか?」と聞いたら、胃酸過多や逆流性胃腸炎だからと言ってピロリ菌がいるとは限らないと言われた。

最後に胃のレントゲン。10年以上前にやったきり。「バリウムを飲んで具合悪くなったことはありませんか?」と言われ、「昔、胃の調子が悪い時にバリウムを吐いてしまったことがあります。」と答えた。私の場合、歯科でもすぐにオエッと喉が反応してしまうので困っている。(『喉頭拘扼(こうやく)反射』、『催吐(さいと)反射』というらしい。)

炭酸の顆粒を少量の水で飲み、絶対にげっぷを出さないように我慢してくださいと言われる。それから「バリウムを2回ずつ続けて飲んでください」と言われ、飲みだしたのだが、やはり胃と喉のあたりがむかむかして、口に入れたバリウムを飲み込むことができない。

「味わわないで。すぐに飲んで。」と言われるが、喉を動かしたらオエッともどしてしまいそうなのを必死で耐えているので、どうにも動けない。いろんな方向を向くように指示されながら機械が回転。涙でぐしょぐしょになりながら、なんとか最後までがんばって飲んだ。途中、少し胃がしぼんできたと言われ、2回目の炭酸を飲まされた。

「たいへんでしたね。」と言われ終了。全部の検査で2時間弱。

終了後、食事に行ったが食欲がまったくない。ただ咽喉の乾きの感覚は急激に出てきてパスチャライズコーヒー牛乳を2本飲んだ。そのあとも冷たい緑茶を。

・・・・・・・

帰宅してメールを見るとカルヤニ(Horst Janssenのお孫さん)からの連絡があった。

8月6日

36度。原爆の日。

明日の検査のため、きょうの夜9時以降は絶食。明日は朝6時以降は水もだめということ。

猛暑なのに明日水を飲まないで検査終了まで我慢できるのか不安。真夜中も暑くてなかなか眠れない。

8月5日

気温36度。呼吸が苦しいほど暑い日。健康診断のため、新宿のクリニックへ。

1時40分ごろ受付。きょうは婦人科系の検査。

まず乳癌の触診。私の場合、乳腺の関係か、触診のとき、いつも少し痛い。

次に子宮頸癌健診。たいしたことではないはずだが、いつもとても怖い。診察台に乗って、と言われると緊張ですごく胸がどきどきしてくる。

診察台に乗るときに、水の中に入った器具が見えたので、なるほどこういうものを使っているのかと認識できた。それでカーテンの向こうで何をされているのかわからなくてただ痛いのよりも、少し安心できた。

過去、医師によってはすごく痛かったのだけど、今回は若い女性の医師で、そんなに痛くないほうだった。それでも「いたたた・・・」と思わず声が出てしまい、「息を吐いて、楽にして。だいじょうぶですか?気分悪くないですか・」と言われた。しかし一瞬で終わった。

帰宅してから調べてみると、クスコというインカ帝国の首都のような名前の器具で(この器具の名前は外科医の名)、サイズもいろいろあり、やはり扱う医師によって痛かったり、痛くなかったりらしい。

触診も、昔、子宮内膜症がひどかったときは手でお腹を押されると、ぎゃっと涙がほとばしるほど痛かったのだが、今は普通に押されている感覚。

次に初体験のマンモグラフィー。呼ばれて撮影室にはいってから「どうですか?説明を読んでだいたい理解できましたか?」と言われ、「えっ?説明書もらってません。」と言ったら紙を渡されて、びっくり。

上下にパンケーキみたいに潰されているおっぱいの写真を見て、絶対無理と思った。乳房を挟むというのは聞いていたのだが、こんなにぺったんこに押しつぶすとは想像していなかった。

「あの胸がないんで挟めないと思うんですけど。」と言ったら「きょうはこっちでやりますからだいじょうぶ。」と言われ、縦にはさむ機械へ。

機械の角に脇をつけて、無理やり引っぱるようにして胸の肉をはさみ、厚さ2cmくらいになるまで圧迫。「いたたた・・・」と言いながらも、なんだかおかしくなって笑ってしまった。

8月3日

気温36度。

コロのけがはよくなってきたそうだ。縫わないでも抗生物質の注射が効いてよかった。この暑さで傷がうんだりしないかと心配していた。

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2014年8月 2日 (土)

コロのけが / LE DE GIVENCHY

7月31日(木)

34度。

新宿でセール(3240円均一)のスニーカーを買う。3Eで24~24.5のサイズに足が慣れてしまっているので、なかなか合うものが見つからなくて苦労した。

夕方、H.Tさんのお見舞いに井荻へ。初めて降りる駅。

陽が落ちても息が詰まるような蒸し暑さ。

大きな通りを延々歩いていたら、途中で素敵に絵になる家を見つけた。階段と二階のドアに惹きつけられた。

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7月29日(火)

3時すぎ、新宿の無農薬ベジタリアンのお店できょう初めての食事。
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おかずは全部おいしいが、写真真ん中のゴーヤとズッキーニのみそ炒めが特においしかった。

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友人と仕事の話をしたあと、デパートにスニーカーを見に行く。今履いているものの底がすり減っていて足の裏が痛くてたまらないので。捜したが今履いているものと似たような黒のスニーカーはどこにもなかった。

金柑の花がまた枯れている。6月の終わりに最初に咲いた1回目の花の実がひとつ、はや金色に熟している。ほかに2回目の花の実なのか青い小さな実がいくつか。

7月28日(月)

歯科。痛みがおさまらないのでかたどり延期。

コロ、動物病院から帰還。手術したら術後の消毒などのケアが必要で、傷口を舐めないためのエリザベスカラーも外に出て歩き廻る猫には危険なので使用できないとのことで、結局、手術できなかった。本日3000円プラスで、2日で計15500円だったそう。

私になついてはいないが、コロが心配だ。外を歩いていて狭い場所で引っかかってしまった傷ではないかということ。

コロの食欲は落ちていないそうなので良かった。

7月27日(日)

35度。夕方から激しい雷雨。

父の猫コロが怪我をしているとの連絡が来、無責任な父と体調不良の私に変わって、私の友人が雷雨の中、コロを動物病院に連れて行ってくれた。

コロは一週間家に帰ってこなくて、帰ってきたらけがをしていたと初めて聞いてショック。

コロは野良猫だったのを父が拾ったのだが、けっこう大きくなってから拾ったので私にも体を触らせない。鋭い爪で引っ掻くので危険な猫だ。

そんな野性的なコロをなぜ友人がキャリーに入れて運ぶことができるのかというと、6月に父が入院しているあいだ、友人がコロの食事をあげていてくれたからだ。私が行っても引っ掻かれるだけ、ということで、今回も友人が行ってくれた。

一泊して傷に薬を塗ってもらい、抗生物質の注射と、ノミの滴下薬、爪切り。医師が不在だったので、その後手術したら25000円との見積もりをもらったが、本日払ったのはとりあえず12500円。

7月26日(土)

35度。

夕方、近所のアンティーク屋さんにふらっと立ち寄ってみたら、なんと、ずっと捜していて、もう絶対めぐり会えないだろうと諦めていた廃番になった昔の香水(オーデトワレ)があったので驚いた。

ル・ド・ジバンシィLE DE GIVENCHYという香水(オーデトワレ)。枯れたブラックパロットチューリップとちゃびの抜けた髭と。一緒に撮影。

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調べてみると、LE DE GIVENCHYは、1957年に発売された古典的な花の香りで、トップノートはベルガモット、マンダリン、コリアンダー、ヒートノート(ミドルノート?)はジャスミン、バラ、カーネーション、ライラック、ユリ、スズランを含んだ繊細な花の香り、ベースノートはアンバーとモスで甘くした柔らかなサンダルウッド、グアヤウッド、残り香は甘くパウダリー・・・・(のような香り。)

私が大好きなアールグレイ紅茶とベルガモットが共通している。

家にいくつかの香水の見本の古い瓶があり、それは70年代に母が香水の売り場で働いていた時にいくつかの香水の見本をもっらてきた時のものだ。まだ香水に興味があるような歳ではなかった幼い私が、もっとも惹かれたのは、定番だがディオールのディオリッシモと、シャネルの19番、サンローランのリブ・ゴーシュ(今は廃番)、それとジバンシィのル・ド・ジバンシィだった。

ディオリッシモは百合系(ユリ、スズラン)の花の香り、リブ・ゴーシュはイランイランや薔薇の花の香り、シャネルの19番は草の香りの印象だったのだけれど、このル・ド・ジバンシィは、なんの花の香りといいにくい不思議な香りだ。、

鬱蒼とした暗緑色の森の中の花々のような、甘ったるさが残らないなんとも神秘的な落ち着く香り。

昔、子供の頃、ル・ド・ジバンシィの香りを嗅ぐと、未知への期待と不安で、めまいがするような気がした。香りはもっとも原始的な力で時の記憶を戻してしまう。

このル・ド・ジバンシィは、つけないでもっぱら嗅ぐだけ。

7月25日(金)

東京36度。

ここ一週間くらい、胃酸で喉が焼けそう。首も頭も痛いし、吐き気がして、活動的になれない。

7月24日(木)

今まで行ったことのない区の健康診断の予約をとる。

今現在かかっている癌のマーカーしか定期検査しておらず、ほかの部分が癌になっていない保証はまったくないのだが、なんとなく身体全体の健康診断は受けないまま何年も過ぎている。最近、すごく疲れやすく不調なので診断を受けることにした。

もしかして、さらにほかの病気、たとえば婦人科系の癌だったらどうしよう・・・・。そんな不安の中で、癌経験者の闘病記のブログをいくつか読んでみた。

人気の高いブログの人の文章は、皆、素晴らしい。時に笑いもまじえながら、治療の具体的な方法や、データなど、本当に詳細に書いてくれている。

そういうまったく他人事ではない、切羽詰まった、これ以上現実的な苦しみはないぎりぎりのところで書かれた文章、しかも苦しみとの闘い以上に、個の生の魅力に満ちた文章を読むと、「文学」っていったいなんなんだろう、と思ってしまう。

無料で読めるブログがたくさんあるのに、売り物として本になっているものには、もっとつまらないものがごまんとある。買ったり借りたりして読んでみた小説で、途中まで読んで耐えきれなくなってやめてしまったものはたくさんある。

「詩」も、生と死に密接に関わっているものだと思っていたのだが、とてもそう思えないものがたくさんある。

現代そのものなのかもしれないが、なにも「感じない」ことを延々述べている人も多い。何も「感じていない」のだが、何を書いても「私を見て。私を認めて。私を愛して。」の一点張りの人。

自我の維持と拡大以外に関心のない、生命にはなんの関心ない「病」なのだろうか。まわりには苦しんでいる人や動物がいっぱいいるのに、「私はこんなにすごい」と威嚇してくる人ほど気持ち悪いものはない。

7月23日(水)

体調はあいかわらず悪い。ずっと微熱がある感じで脳天がズキズキする。

金柑の花が、今年3回目か4回目かの満開。7月14日くらいにも満開で、その後、4、5日で枯れた。

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