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2014年9月 9日 (火)

鎌ヶ谷 / 和田堀 永福

9月8日(月)

がんの定期健診のため、新鎌ヶ谷の病院に行く。高円寺から中野経由地下鉄東西線で西船橋へ。そこでまたJRに乗り換えて船橋に行くと470円。JRだけで船橋まで行くより170円安い。さらに船橋から東武線で200円。

A先生に開口一番「やせましたね。」と言われる。一番調子の悪かった時が41kgで、今はその時より3、4kg多いのであんまり気にしていなかったのだが「やせるとどんどん筋肉が少なくなってしまうから。」と心配された。

前回、聞き忘れてしまった重要な確認、「どっちの声帯を切ったんでしたっけ?」と質問すると、「麻痺の確認に、ファイバースコープ入れてみていいですか。」と言われ、両方の鼻の穴にシュッ、シュッと麻酔をスプレーされて、鼻からのどまで長いノズルのようなものを入れられる。

「痛、痛い・・・」と汗だくになってからだが固まってしまっていたら、「もう少し上を向いて。え~~と言ってみて。」と言われる。その後、画像をPC画面で見せてくれ、「これ、左の声帯は切ったので萎縮しているんです。右は声を出すときは伸縮しているけど、こっちにブロック麻酔を打ってしまうと気道がふさがれてしまうので。」と言われた。

なるほど、星状神経ブロック注射を右の首に打って、のどが詰まり呼吸困難になったことが6、7回もあるわけである。それにしても何回もブロック注射をしたSクリニックでは、首の手術をしたことは申告したが、一度も声帯を切ったかどうか聞かれなかったな。

赤いのどの中で、そこだけ白い細い筋肉(声帯)を見て感慨深かった。声帯を片方切ったら、低く響かない声に変わってしまう、と手術前に言われていたわりには、そんなに声は低くなっていない。右の声帯が予想以上にカヴァーしてくれている。

3時半くらいに病院を出、東武線のとなりの駅「鎌ヶ谷」で降りて散歩。

森や野原みたいなところをさがして歩くが、駅前はつい最近建ったと見える巨大なマンションと、同じく真新しい建売の似たようなかたちの家がたくさん並んでいて、都心より緑が少ない。

昔の土手や森は、ざっくりと残酷な傷のように切断されて、ほんの少しの断片がいくつか飛び飛びに残っている。最近開発されたところは、ほとんどが草も生えない、並木もないコンクリートとアスファルトで、その落差が極端だ。

「道野辺」という美しい地名の場所を歩いてみたかった。八幡神社の道しるべのところだけは少し古い。

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八幡神社の鳥居と階段の前を通ったが、あまりにも真っ暗で、雨も降って来たので階段を上るのはやめた。いかにも蚊にさされそうなので。

湾曲する道を行くと、市役所の横に百日草や鶏頭が植えられていた。
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近くにある基地の飛行機がしょっちゅう飛んでいる。Sdsc04024

とても不思議なオシロイバナを発見。オシロイバナは花弁はなく、花弁に見えるものは萼で、萼に見える緑のものは総苞だが、この株は、萼に見える総苞の部分が花弁のように変化している。
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変化によって、花の中からもうひとつの花が出ているように見える。こんなオシロイバナを見たのは初めてだ。
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これも初めて見る黄と白の混じったオシロイバナ。とても珍しいが開花していなくて残念。

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広い道を進むと「市民の森入口」があった。少し入ってみたが、やはりとても暗くて、蚊にさされそうなので奥に入るのをやめて引き返した。

ようやっと昔ながらの素敵な家を見つけた。この地域では、このような家はもうほとんどない。塀や柱に無造作に生い茂ったカラスウリの蔓が魅力的だ。

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ぐるっと回って駅前に帰って来たところで、きれいなターコイズの日よけと錆びた階段が美しい店を見つけた。

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3軒並んだ一番右の店は「銘茶」と書いてあるのにお茶屋さんではなく、なぜかカタカナの書き順表一枚50円やトランプのフリーセルの遊び方の説明書きなどを売っていた。
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駅に戻って地図を見たら、「囃子清水七面堂」というすごく魅力的な名を見つけて、それだけは見てから帰ろう、と引き返した。

威圧的な巨大マンションの横を通って細い坂の右側に小さな神社があり、そこが「囃子清水七面堂」だった。神社の奥から「囃子池」「囃子水公園」に降りられる階段が封鎖されていたので池を見ることができなかった。

東武電車で船橋に出て、以前からすごく気になっていた廃屋を撮った。都市計画により閉店となりましたという貼り紙があった。

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錆びた階段の微妙にひしゃげた螺旋の造形がすごく素敵だ。
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9月6日(土)

きょうも善福寺川沿いを歩く。枯れて緑色になった紫陽花をさがして歩いた。

最初に都営阿佐ヶ谷住宅がどうなったか、怖かったけれども見に行ったら、本当に何もないだだっぴろい土地になっていて、まだ何も建設されていなかった。

あれほど、他に類を見ないほど魅力的な場所だったのに。記憶の生き生きした素敵な家並や、ミモザやスモモや柘榴の樹や、白詰草やモジズリや蕗や紫陽花や立葵や乙女椿や、遊んでいた猫たちが見えて、ショックでとても言葉が出なかった。

とりあえず善福寺川沿いの道を和田堀池へ向かった。

甘い匂いがするという桂の樹の林を抜け、ユリノキや多曜咲きの朝顔を見ながら、蚊にさされないように注意して歩いた。公園の裏道にあった畑がなくなっていた。

途中で黄色の彼岸花を見つけた。

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和田堀池のとなり、釣り堀武蔵野園の売店、きょうは開いていた。まだ「氷」の旗がはためいていた。

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売店の正面真ん中あたりにいる青い忍者みたいなのが、「ぼく、じゃじゃまる~。」としゃべるポップコーン販売機。
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和田堀池のほとりの「りばあさいど」で休もうと思ったが、もう閉まっていた。

Aさんから伺った話によると、昔、Aさんが小さい頃、Aさんのお父さんが空気のきれいなところをさがして、この和田堀池のほとりの売店のある家(現在はその売店はない)に越してきたそうだ。その頃は、この辺の観光のための旅館などもあったらしい。

善福寺川沿いを永福町のほうへ向かう。とてもきれいな錆びの絵になっている扉を発見。

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ここは先ほどの錆びの扉とはまた別の場所。以前動画に撮った魅惑的な錆びの塀。
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永福町へと歩いている途中で素敵な廃屋を見つけた。

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「杉並区」という表示が「區並杉」となっている。いつごろ建てられた家なのだろうか。

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永福町に着いてから、西永福まで線路沿いの道を歩いた。オオマツヨイグサが茂った原っぱがあった。一本手折ったが、マツヨイグサの葉はどれも虫(たぶん蛾の幼虫)に食われた細かい穴がびっしりあいていた。

線路沿いに植えられている紫陽花の花はみな茶色く枯れていた。

西永福の三崎丸でかきあげを食べた。

9月5日(金)

和田堀池のほとりに住んでいるAさんとまた話した。池のほとりにある食事処「りばあさいど」はAさんのお母さんがやっていた売店とは別だそうだ。

昔、池のほとりで猫と遊んでいた時、話しかけてきてくれた優しいAさんのご主人はお元気ですか、と尋ねたら、7年前に亡くなったと聞いてショック。

ご主人は下関の人で、本当に動物好きで、ご主人の実家ではいろんな動物をかわいがっていて、猿なども飼っていたそうだ。

9月4日(木)

3時頃、父が玄関前で転んだところに居合わせて、救急車を呼んでくれた人がいて、父は新宿のH外科に運ばれた。脳のCTなどを撮って、異常なしだったので自宅に帰った。

近所の親切な人のお名前はわからないので、御礼を言うことができない。

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