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2014年12月22日 (月)

父のこと お墓のこと コロのこと

12月21日

日曜の朝。ずっと気になっていたが怖くて後回しになっていたことについて菩提寺に電話した。それは「うちのお墓はまだありますか?」という質問だ。

うちのお墓は都心の真ん中、東京タワーのすぐ下にある。祖父が60年くらい前に、麻布に住んでいた時に買ったものだ。

祖母が亡くなったのが2001年で、その時、住職さん(先代のご住職の息子さん)がうちにお経を読みに来てくれてた。祖母がお墓に入ったあと、介護疲れか、母の具合が悪くなってきてからはずっとお墓参りに行っていなかった。

年会費のこともきいたことがなく、うちのお骨は、もしかしたら今頃、無縁仏のほうに入れられていて、お墓がなくなっているのじゃないかと不安だったのだ。

私自身に関しては、自分が死んだあとのことにまったくこだわりがなく、どこかに散骨で終わりでかまわない。

ただ、祖父と祖母が昔ご近所でお寺さんと懇意にしていたので、そういう関係性の中で買ったお墓が、私の代でなくなったら祖母に申し訳ないような気持ちがある。

うちはもともとまったく裕福な家庭ではない。祖父は呉服屋かなんかやっていたようだが、横浜と麻布を反物を積んだ自転車で往復していたとか聞いたような記憶がある。

律儀で堅物だった祖父が、必死で稼いだお金で、麻布の家の近所のお墓を買い、昭和34年には西新宿の木造の家(その頃、西新宿は温泉と芸者の花町で、その中のある料亭旅館の離れの部分がうちである。その料亭旅館は私が小さい頃にはあったが、もうない)を買った。

うちのお墓はなんとか残っていた!西新宿の実家も朽ちつつあるが倒れてはいない。私が幼稚園の時に家で亡くなった祖父の記憶は、具合悪そうで怖かったのだが、貧乏なのにお墓と家を残してくれた祖父はすごいと思う。

それと、何より妹が不安定なので、6月に父が死にかかった時も「父の骨は直葬にして壺を家に置いておくのでいいね。」と言った時に、お経がないと成仏できないとか、本当に情けないくらい妹がぐちゃぐちゃしていたのを見て、お寺で法要してもらったほうが妹が落ち着く気がするからだ。

電話したら、ご住職本人が出た。「たいへんご無沙汰しております。新宿の福山です。」と言ったら「ああ、福山さん。」と覚えていてくれた。「あの西新宿のおうちはまだありますか。」と言われた。

お経と戒名と初七日までのお布施の額をはっきり聞いた。まとまった額ではある。でも年会費(維持費?)のようなものがないと言われたので、父はあそこのお墓にはいるのがいいような気がする。

小さい頃、毎年家族で行っていた、東京タワーの真下の、蝉の声がうるさい小さなこんもりした山と、古びた墓石の立ち並ぶお墓参りの風景の記憶、祖母の匂いを思い出した。

私は古いかけた墓石や、罅割れた石の階段が大好きだった。ぴょんぴょんとはねて歩いていた。

お墓の裏にいつも犬が繋がれていた。私はその犬が大好きで、抱きついたり、ノミをとったりした。白い犬、薄茶の犬、三代くらいかわったが、いつも同じようにおっとりしてかわいくて人なつっこい優しい犬だった。その頃の私と同じくらいの大きさだった。祖母がご住職とお堂の中で話しているあいだ、私はずっと夢中で犬と遊んでいた。

お墓の中の椿の樹には蝉の抜け殻がびっしりついていた。先代のご住職の奥様は、ふくよかな笑顔で、子供だった私と妹にいつも必ずチョコボールをくれた。

もうないかもと思っていたお墓が維持されていたことと、お経の金額がはっきりわかったことで、少し気が楽になった。もやもやと心配するのが一番よくないのだ。

直葬についてもネットでいろいろな葬儀社のプランを調べて検討した。24時間電話で相談できるので、いくつかの葬儀社の人と話してみた。こちらにとって助かる情報を正直に教えてくれる人のところに決めようと思う。

・・・・

夕方、H動物病院にちゃびの輸液をもらいに行き、コロの話をする。

コロは一週間前にH動物病院で3種混合ワクチンを受け、血液検査をした。その結果、抗体があるとのことで、先生の紹介してくれた八幡山の動物病院でシャンプーして、とりあえずH動物病院経由でどこか信頼できる行き先をさがしてもらうことになった。

遠いが動物病院のプロにシャンプーしてもらわないといけない理由は、身体についているかもしれない病原菌を洗い落とすのに、コロも腎不全があるので麻酔を使いたくないこと、それで専門家にやってもらったほうがいいとのこと。

困ったことに1月5日までシャンプーの予約がいっぱいだった。それまでコロが風邪をひきませんように。

シャンプーは6000円くらいかかるらしい。そのあとタクシーで連れてこないといけない。ちなみにワクチンと血液検査は9800円(保護猫価格)だった。このところ、本当に貧乏なのにどんどんお金が出て行っている。でも、コロに関しても希望が見えてきた。

父がもう危ないので、コロには絶対幸せになってほしい。

「きょう、うちのお墓がまだあるのか、お寺に電話で訊きましたよ。」と言ったら、「辛いですね。そういう話は。」と先生が言った。

ちゃびは、この前、シリンジが壊れたので濃い乳酸菌溶液をシリンジで飲ませなかったら2、3日で吐き気がして食べなくなった、と伝えたら「普通は乳酸菌とか、そんなにはやく影響が出るはずないんですけど、ちゃびの場合はわからない。あの子は特殊だから、そうなのかもですね。」と言われた。

「だってまた新しいシリンジにして、濃いめの酪酸菌とガスター飲ませたらまとまったうんこが出て、ゴロゴロが復活したんですよ。」と言ったら、「じゃあ、確かにちゃびはそうなのかもしれない。」と先生は笑っていた。

12月20日

昼過ぎ、親友と電話で話した。

父がもう危ないこと、妹が、前からおかしかったが、最近、特に不安定で、私にあたり散らしていること。妹は不安すぎて心の病になったのだと思うが、こんなふうに私だけにあたられると、私も真っ暗な気持ちになり、鬱になりそうだと話した。

友人は、「でも、こうして電話で話していても、あなたは全然心の病っぽくない。あなたの心は健康だ。」と言った。

でも、ここ最近、父母もちゃびも死んでしまうかもしれないという緊張の中で、毎日、張りつめているので、生きる喜びの感覚が抑圧されているのがわかる。

本来なら、ここで喜ぶべきだと思えることがあっても、心がふわっと軽くならない。

たとえば尊敬する人に作品をほめられること、それが最も私が嬉しいはずのことなのに、心が燃え立たない。涙が出るほどありがたいのだが、申し訳なくて恐れ多くて怖いような感じのほうがとても強く襲ってきて、心が委縮している。

申し訳なくて恥ずかしくて胸が痛くなるような・・・これって鬱じゃないのだろうか。ここで喜ばなければ、ほかに喜ぶ時なんて来ないと頭では理解しているのに。

緊張が続いたからだと思う。いろいろなことが苦しい。

今好きな画家のこと、これからやりたい仕事のことを話して、友人が「その話はすごく面白い、聞いていてもぞくぞくする。」と言ってくれたので、私の頭はまだ回転しているのかなあ、と少し落ち着いた。友人は頭が良くてフラット(偏見のない)で信頼できる人間だ。

土曜日だが、夕方5時頃、父のケアマネのMさんに電話したら、事務所にいらした。Mさんと話していたら少し楽になった。Mさんも当然だが妹の心の病に気づいているそうだ。妹が酒を飲んでいる時に言われたことは目茶苦茶なので真に受けないでいい、私が何かを言うと余計おかしくなりそうなので他人に言ってもらったほうがいい、と言われた。

12月19日

父がもう危ない状態なので、会いに来てくれという電話があり、代々木八幡のI病院へ。

先日電話した時は、だいぶ良くなって食事(ミキサー)もとれるようになり、20分ほどだが車椅子に乗った、と看護師さんから言われた。しかし今日は急変。

3時40分頃、病院に着くと父は酸素マスクをつけて薄目と口を開けたまま眠っていて、肩を触って起こしても起きず、話が通じない状態だった。点滴はすごくゆっくり、一滴、また一滴、という間隔で落ちていた。

6月に国立医療センターに救急車で運ばれた時も、誤嚥性肺炎と心不全で、もうたぶん助からないと言われた。酸素レヴェルがとても落ちていて、普通なら意識もない状態だと。あの時は大病院で、いろいろ本当に渾身の治療を尽くしてくれたので助かったが、今回はもうだめかもしれない。

なにしろ国立医療センターで奇跡的に救ってもらった恩も無視して、今度は絶対に煙草も甘いものもだめ、という条件で家に帰してもらった翌日から煙草も甘いお菓子も好きにやっていたのだから。

それでまた父は、10月に倒れて救急車で国立医療センターに運ばれて、緊急治療を施してもらってから代々木八幡のI病院に11月に転院した。

父の主治医が外来の診療中ということで、6時半くらいまで待って、主治医のお話を聞いてから帰ることにした。

主治医の0先生のお話によると、きのうまでは会話もできていたが、今朝、痰が詰まって呼吸レヴェルが80パーセントくらいまで落ちた、痰を吸引して、今は酸素レヴェルは94くらいまであがり安定しているとのこと。

深夜零時20分くらいに、妹から電話があった。父が亡くなったのかと思い、心臓がどきーんとしたが、そうではなくて、妹が異常に不安定になって(酒を飲んでいるらしく)、私に対して意味の通じないような言葉を吐いてを罵倒してきた。

普通の酔いかたではない。たぶんアルコール依存症というやつだと思う。妹本人は酒をやめたと私に言っていたが、実際はやめられないのだろう。それで彼女の大切な人も去っていったのだから。

深夜に突然電話が鳴って怒鳴られたりわめかれたりしたので、朝6時頃まで胸がざわざわして、全然眠れなかった。

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