« 父のこと お墓のこと コロのこと | トップページ | 父が亡くなった / 心の病 / 差額ベッド »

2014年12月24日 (水)

父のこと 差額ベッドについて

12月24日

19日金曜日に父に会いに行った時は、父は6人部屋にいた。

妹から22日月曜日の夕方に、「21日9時過ぎに病院から電話があり、たんの吸引を嫌がり他の方に迷惑が掛かるからという理由で、¥14040/日 実費 (保険外)の部屋に移りました。断わったら何されるか分からないと思い承諾しましたが、実際キツいです」という内容のメールがあった。

ケアマネさんに急いで電話して聞いてみたら、差額ベッドは、家族が望まない限り、病院側の都合ではお金を請求してはいけない決まりがあるという。

確かに6月に父が国立医療センターに救急搬送された時も、一時危険な状態で個室だったが、その個室は治療のためなのでお金がかからないとすぐに説明があった。母が中野のリハビリ病院にいた時も、ずっと個室にいれられていたが、その分は請求されていない。

それで23日にI病院に、「もうお金がなくて実際にすごく大変な状態なので、申し訳ないですが、なんとか大部屋に戻していただけませんか」と電話をした。本日は休日で責任者がいないので、明日の朝、希望を伝えておきますと言われた。

そしてきのうの深夜、1時前に電話があり、父がもう本当に危険なので、病院に来てくれと言われた。

終電はちょうど終わってしまった時間である。

正直、今行くべきか考えた。始発で行けばいいんじゃないかとも思った。しかし気になるのは妹の精神状態のことだけである。妹は近郊の市からタクシーで駆けつけると言う。妹は、まだ父がすぐ亡くなるとは思えないらしい。それどころか回復を信じているようなところもある。妹の精神崩壊が怖かった。

着替えて、いくつかネットで調べたり、今年お世話になった人に出そうと思っていた手紙を確認したりしてからタクシーでI病院へ。

2:20くらいに病院に着いた。妹は子どもを連れて来ていた。父は金曜に会った時と同じく、会話は通じない状態で、酸素マスクをつけてほとんど動けない状態。点滴ははずされていた。

院長先生が来ていて、ナースステーションでお話を聞いた。

父の酸素レヴェルが50まで下がったので、もう危ないと思い、深夜なのに来てもらったが、今はまた93まで上がった、と言われた。

土曜にストレッチャーで撮ったという肺のCTとレントゲンを見せられながらの説明。肺から痰を吸引することで、一時下がった酸素レヴェルがまたあがったが、吸引で気管支を傷つけたりすると、逆にそれが原因で肺が詰まるおそれがあるので、難しい作業だという。

点滴や栄養も、糖尿病もあるので、やたらに入れたら血糖が乱高下したり、下痢したりするので危険と言われた。

もう覚悟しているので、身体に負担をかけないで、自然な感じでやっていただきたいのだが、問題は「差額ベッド代」である。

「何か、なんでもいい、質問はありませんか?」と院長に言われたので、思い切って「個室から大部屋に戻ることはできないんですか?」と聞いてみた。

院長のこたえは、要約すると

「もっと前に普通の状態ならともかく、今は危険な状態で、看護師の作業がやりやすいから」「こうして家族の皆さんが集まるにも個室のほうがいいと思うから」「一つ上の階に2人部屋があり、そこの差額は5000円だが、二人部屋は横にもう一人患者がいるんだから」「上の階の看護師に交代すると、今まで担当してきた看護師ではなくなるから」

といったよくわからないものだった。

「わかりますよ。実際問題としてね、私も大病院に入院した時に3万円の部屋に入れられてね。」という院長の話も、今、ここでの私たち家族の問題とは関係ない。

また、決定権があるのは看護部長で院長ではないという。

なんだか釈然としない。最初に個室にかえられた時から、すべて病院側の事情ではないのか。父は声もまったく出ないし、暴れる力はない。周りのひとに迷惑をかけられるような状態ではない。

問題は、病院の都合で個室に入れられるのはいいが、そのお金を私たち家族に請求することは正当なのか、ということなのだが。

そのようには言えなかったので、「もう本当に貧乏なので、なんとか差額のない部屋でお願いします。」と頭を下げた。

そのあと、「せっかく深夜に来てもらったけど、また安定したのでタクシーで帰っていいですよ。」と言われ、妹は子どもとタクシーで帰った。やはり妹のしゃべりかたがおかしかった。そうとう参っていて泣きそうで、なんかはっきりしない。

私は始発まで受け付けのソファにいようかと思ったが、なんだか気持ちがすっきりしないので、暗い明け方の街を新宿まで歩いて帰ることにした。

深夜3:40くらいに病院を出て、代々木八幡から代々木5丁目の閑静な高級住宅地を眺めながら、参宮橋のほうへ。参宮橋の商店街は少し昔のごちゃごちゃした感じがあって懐かしかった。右手にポニー公園の看板を見て、南新宿の方へ。

暗い中でも、屋根を樹が貫いている面白い形の家や、すごい豪邸や、枯草と古い壁だけ残っている駐車場や、細くて植物に覆われた階段を見ながら歩くのは楽しかった。

寒いけど、きょうは北風がなかった。ずんずん歩いていると、しゅんとした気分もきりっとしてきて、ああ、父は勝手な人だったけど、死ぬ時までこんなに家族をふりまわすんだなあ、と、なんだか滑稽なような、くすっと笑えるような気分になってきた。

きのうはいろんな後悔が襲ってきて、たまらなく胸が塞がれるような気持ちだったのだが、少ししゃんとしてきた。何が悔やまれるかというと、昔の生活のこと――子供時代のこと、祖母のこと、祖父のこと、麻布時代、お茶の水時代のこと、もっと聞いておけばよかったと思うのだ。父は文章を書くのが得意だった。絵も。

朝5時過ぎの新宿駅の地下街は、焼けたばかりの甘いお菓子の匂いがして、がらがらと荷を運んでいる人たちがいた。クリスマス用のお菓子だろうか。

帰宅してから、少しネットで調べると、やはり、家族が望んだのではない病院側の都合、治療の都合での差額ベッド代は家族に請求してはいけない決まりがあるようだ。

夕方、ケアマネのMさんに聞いてみたら、悪習だが、払わなくてもいい差額ベッド代を請求する病院は多いそうで、「老人介護でお金もたいへんなのに、皆さん我慢して払ってしまうんですか?」と訊いたら「断ると病院を追い出されると言う心配で払ってしまうかたが多いです。」と言われた。

まずは、病院のソーシャルワーカーさんに今から相談しておいたほうが、病院の会計時に言うよりもいいと思うとアドバイスをもらった。

|

« 父のこと お墓のこと コロのこと | トップページ | 父が亡くなった / 心の病 / 差額ベッド »

介護」カテゴリの記事

病気」カテゴリの記事