« 『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』ジャック・デリダ 鵜飼哲訳 / ちゃび、兎のひろこ | トップページ | 乳がん検査 / フィギュア雑感 / ちゃび、コロ »

2014年12月11日 (木)

バーバーのアダージョ / ちゃび、コロ(愛情と責任について)

12月11日

病院に電話すると、父の病状は一時期より良くなったと言われた。一時期は点滴のみで食事ができない状態と言われ、もう危ないと思ったのだが。おとといは20分ほど車椅子に乗ってみたが、すぐ疲れたとのこと。

なにかとあわただしく、気持ちが休まることのない年の暮れ。

ちゃびは、以前の危機は乗り越えたような気がするが、身体の不調自体が治癒したわけではなく、私が、試行錯誤の上でなんとか対処する要領を得てきたという状態。まだまだ不安はいっぱいだ。

きのうは朝と夜に少量食べただけで、きょうは朝から食べなかったので、私の胸はとても苦しかった。

朝6時にアカルディをオブラートでくるんだものと、メラーゼ(犬猫の胃腸薬。これも1/4に割ってオブラートでくるんだものを2つ)飲ませた。(最近はベトメディンを飲ませても舌でうまく吐き出してしまうのでアカルディ+オブラートにかえている。)

左手でちゃびの頭を押さえた時に、ちゃびが頭を激しく振りながら歯をがちがちと噛むので、左手の指に牙が刺さって何度も血だらけになったので、今は投薬時には左手に軍手を使用している。

昼12:20、ぺリアクチンの2mmほどのかけら、2時、セルシンの1.5mmほどのかけらを飲ませる。それでも食べず、ずっとドーナツ座布団で寝ている。

夜9:25、アカルディ+オブラート、セレニア8mgを♯5のカプセルに入れて飲ませる(セレニアはよくきく吐き気止めだが大変高価で、16mg1錠が1000円もするのだが、酸性が強く、嫌がって吐き出してしまうのでカプセルに入れた)。

9:30、トイレに小さなうんこ2つ。レンジアレンの効果で真っ黒。

9:42ぺリアクチン2.2mmほどのかけらを飲ませる。

今度こそ食欲が出るかと期待したら10:43に胃液を吐いてしまった。吐いたものの中にセレニアのカプセルはないようだった。

深夜12:04、ガサガサいう音で飛び起きたら、ちゃびがごみ袋の中のカニ爪の殻をかじっていた。セルシン1.5mmほどのかけらを飲ませる。

12:25、ようやく腎臓サポート、キドニーケアにジュレをかけてミヤリサンの粉とレンジアレンを混ぜたものを食べ始める。

(酪酸菌は乳酸菌よりも胃酸に強いと聞いたので、最近はビオフェルミンからミヤリサンにかえてみた。アシドフィルス菌と一緒に乳棒で粉にして食事に混ぜている。)

私は少しほっとして熱いミルクを飲んだ。

それからちゃびは2時まで何回も休み休み食べ、まだ少し残っているのにそわそわとテーブルの上に乗っかったり、またごみ袋のほうに興味を持ったりした。途中で少しモンプチ白身魚の缶詰を混ぜてやった。

最近のちゃび。

Sdsc04548


Sdsc04552

バレリーナのような足
Sdsc04546

あにゃ~~ん。
Sdsc04539

12月10日

朝起きた時、ついに発熱。これはまずいと思い、ご飯を炊いて部屋を暖め、アツアツのご飯を食べたり、サプリを飲んだりしていたら、夕方にはなんとか熱が下がった。

コロ(父が飼っていた猫)の世話について、とても悩んでいる。

ちゃびの体調管理でいっぱいいっぱいで、私の体力が乏しいために、コロの世話まで手が回らない。猫好きで几帳面で責任感の強い友人に手伝ってもらっているが、友人も仕事が忙しいので、たいへんな迷惑をかけている。

これから一番寒い時期に、はたして私が毎日通えるか。

今、コロはケージ飼いにして、レンジでチンする湯たんぽを入れてあげている。

ちなみに、ケージは大きめの2段のもので一万円くらいかかった。商品レヴューでは組み立ては簡単と書いてあったが、全然簡単じゃなくて、すごくたいへんだった!何がたいへんかというと、連結するプラスチック部品の穴が小さくて(個々により穴がきれいに空いてない部品がある)、ワイヤーにはめる時に、ものすごく力がいって指が痛くてたまらなかった。ペンチがあればよかったのだが、なかったので。

猫好きで愛情深い友人から見ても、コロはかわいくないという。ちゃびとは全く違う。野良猫の性格のまま、人に慣れない。甘えない。私がフードをあげても、ウーウーと威嚇したままがつがつと勢いよく食べている。ケージの中にトイレを入れておいても目茶苦茶に荒らしてしまう。

以前、コロをなでようとして鋭い爪で引っかかれ、右手の甲が裂けてたくさん血が出た。その傷跡は今もはっきり残っている。どうしたら10数年も飼っていて、こんな愛想のない猫に育つのか理解できない。

娘の私から見て、父は愛情深い人でも責任感が強い人でもない。いい加減で自分勝手でいらいらさせられる性格の人間だ。子の私が何をされてきたかを考えれば、 私も母も関わらず父が育てた猫がどんなに荒んだ性格であっても、しかたないのかとは思う。

ただ、怯えて狂暴になっているのは動物であるコロのせいではないのかな、と思う。不安な状態、生存が脅かされている状態なのだろうな、と。

一週間ほど前、おなかが緩かったので、コロの食事(ウエット)にミヤリサン(酪酸菌)と抗生物質の粉を混ぜてやったら、恐ろしく敏感に野性の勘で察知して、薬が混じっている皿だけは食べなかった。

正直、ウーウー、シャーッ!と威嚇されているので、ちゃびに対するような愛情が持てない。だけど保健所にやって殺処分になるのだけはどうしても避けたい。

私が病気でダウンしたらコロも死ぬしかないのなら、どこか猫を引き取ってくれるホームに預けたほうがいいのかと思案して、何か所か問い合わせてみた。一か所はメールで問い合わせたら寄付48万円(ほかに輸送に何万円か)。

もう一か所、電話で問い合わせたところは、若そうな男性から折り返し電話をもらったが、コロの年齢、避妊手術済か、ワクチン接種済か、血液検査済かなどを聞かれたあとに、「うちは全員がボランティアというかたちになっておりまして、一切利益をもらっていないんですよ。それで、10歳以上の場合は、一律40万円というかたちになっております」と言われた。

どうでもいいことかもしれないし、よくあることなのだろうが、始めに長く質疑応答した後に、なにか軽薄な口調で、「というかたちになっておりまして」「というかたちになっております」と言われると、その「不適切な」言葉づかいに引っかかってしまうのだ。そういう変な言い回しを、胡散臭く感じてしまう。

あちらは、なんとなく雰囲気として「婉曲」に言っているつもりなのか(?)、と思い、「婉曲」に言わざるを得ない「やましさ」があるのかな、という不信感が芽生えてしまう。単なる言葉遣いのおかしさなのかもしれないが、私の感覚では、気持ち悪いと思ってしまうのだ。

「というかたち」と言わずに「うちの規約では~です」とはっきり言えばいいのに。「というかたち」というのは、表向きの「かたち」であって実質はそうではないという意味なのか。

10歳以上の猫なら、いつ死にましたと言われてもおかしくないし、40万円払って預けたあとに、すぐ死にましたと言われるんじゃないかと想像してしまった。

私は命を無責任に放り出すことはできない。しかし、無責任なのはいつも父なのだ。私は長年その尻拭いをさせられてきたし、自分の命もぼろぼろにされてきた。

12月5日

がんの主治医に定期健診を受けるため、鎌ヶ谷の病院へ。

信じられないことだが今はアーバン・パークラインと改名したらしい東武野田線(ああ野田線という名前の方がいいのに・・・)の窓から、すっかり色の変わった木の葉を眺める。

9月には、地図もないまま、「道野辺」という素敵な地名に惹かれてここら辺を歩き廻ったのだな。

とても古い野馬土手が切断された断片として残っていて、断片と断片との間は、どーん!と大雑把なコンクリートの道が通っているような不思議な場所だった。

知らない場所をさまようのは、いつも楽しい。見たこともないものが待っているから。でも私が惹かれるのはたいてい古くて人に忘れられたもの、錆びたものとそれに絡まって繁茂したものだ。

診察の時、「猫の介護でやつれました。今、17歳なので、いろいろ薬とか、輸液とか私がしてるので。」と言ったら、A先生は「えっ?!17歳?!」と驚いていた。

確かに、飼っていない人からすれば猫の17歳は長生きでびっくりなんだろうと思う。ほんの10年ちょっと前までは、猫は10歳まで生きられれば御の字と言われていたような気がする。医療が発達した今は、17歳でも、まだまだ、もうちょっと生きてほしいと思ってしまう。

病院の2階の窓から見た空。時折ぱらぱらと雨が落ちてくる今日の雲は、微細な光が素晴らしかった。味戸ケイコさんの『あのこがみえる』の中の雲のように白金のエッジがきらめいていた。

Sdsc04554

病院から出たあと、少し太陽が戻った。まわりには林も畑もほとんどないのだが、わずかに残った畑のほうに歩いて行き、捨てられたトマトの上に広がる水彩のような空を見つけた。

Sdsc04555


船橋のホームから、私が大好きだった蔦の絡まる古い建物を見ようとしたら、もう壊されて無くなっていた。蔦が紅葉したところを撮りたいとミラーレス一眼カメラを持ってきたのに。淋しいが、9月に写真を撮ることができたのでよかった。

11月30日

ジェレミー・アボットの「弦楽のためのアダージョ」(サミュエル・バーバー作曲)。

悲歌。たっぷりと豊かに、とぎれることなく滑らかに、美しい線と抑揚を存分に見せて、なみなみと彼は「静謐」を演じた。

この作品はアボットの成熟した表現力にぴったりだと思う。

この曲を聴くと、やはり今はない大好きな人たちのことを想ってしまう。

大野慶人さんが「種村季弘の眼 迷宮の美術家たち展」でこの曲を踊っていた。美術館の窓ガラスから光る緑が見えていた。

ついこの前のことに感じるが、あの時は9月の半ば、まだ、ちゃびもなんの変化もなく元気だった時だ。

|

« 『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』ジャック・デリダ 鵜飼哲訳 / ちゃび、兎のひろこ | トップページ | 乳がん検査 / フィギュア雑感 / ちゃび、コロ »

動物」カテゴリの記事

ねこ」カテゴリの記事

フィギュアスケート」カテゴリの記事

がん」カテゴリの記事