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2015年5月

2015年5月18日 (月)

『デッサンの基本』第22刷り 猫の素描

5月18日

4月24日 に『デッサンの基本』(ナツメ出版企画)第22刷りとなるお知らせをいただいた。3月に第21刷りのお知らせが来たばかりだったのでとても驚いた。

デッサン(素描)に興味を持ってくれて、私の書いた本を読んでくれるかたがいること、こんなに嬉しいことはありません。買ってくださったかたに心より感謝です。

何かをするための手段として、デッサン(素描)の必要性にかられて買ってくださったかたも多いと思います。

私自身に関して言えば、年齢を重ねるごとに、手段としてではなく、デッサン(素描)そのものの奥深さへの興味は強くなるばかりです。

私の言っている「デッサン」とは、美大受験のためのデッサンのようなものではなく、アントナン・アルトーや、ジャコメッティが描くようなデッサンをも含めた、各自それぞれのやりかたのデッサン(素描)――自分の外にあるものを見て描いた線描という意味です。

何度も書いていますが、私自身は「本画」(タブロー)と「習作」(デッサン、スケッチ、素描などと言われるもの)を分けるのは便宜上の分類以上の意味がないと思っています。

偉大な画家と言われる人たちの残したもので、いわゆるその人の「様式」が固まる過渡期の絵や、むしろ「覚書」のように残されている素描にこそ素晴らしい魅力があり、価値があると感じています。

最近の私は、相変わらずというか、もっぱら枯れた植物とちゃびを描いています。

猫を描くのはとても難しい。

偉大なる先達が残している素晴らしいデッサン(素描)を見ると、自分の力のなさに萎縮してしまって、ますます描けなくなってしまう。

また、これは特殊な事情だけれども、うちのちゃびは、普通の猫とどうやら体型と顔が違う。動物病院で逢うよそのうちの猫の皆さんは、ちゃびよりずっと顔も長く、鼻が長くて鼻筋が通っている。骨格もわかりやすくしっかりしている。

ちゃびは、顔が長くない。鼻が短くて小さく、眼が大きい。身体は小さいが骨格は華奢で、皮がぷよぷよしていて体型が丸い。だから描くとシリアスにならず、まんがっぽくなってしまう。

ということなどを考えながら描いた最近の素描。まずはとても惹かれる偉大な先達の素描を模写してみた。

フランツ・マルク(ドイツ、1880-1916)の猫の模写(左)とヤン・ヴァン・バイク・ミエル(フランドル、1599-1664)とされている猫の模写。

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下はスタンラン(フランス、1859-1923)の猫の素描の模写。

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下の左上は、フランスのスタンランやイギリスのルイス・ウェイン(1860-1939)と同じ頃にドイツで生まれ、素晴らしく魅力的な猫たちのポストカードをたくさん描いたアルトゥール・ティーレ(1860-1936)の笑っている猫の顔の模写。右下はスタンランの模写。

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下はホルスト・ヤンセンの猫の模写。

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そして下はうちのちゃびの素描。

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下は何週間も冷蔵庫に入れて観察していたオールドローズ。

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これからもっと萎びて枯れていく様子を描こうと思って机の上に置いていたら、私がちょっと眼を離したすきにちゃびが薔薇を滅茶苦茶に散らせていた(食べていないか心配)。

動物病院に行った帰り道で、舗道の植え込みの中に咲いていた去年の立ち枯れのキク科の雑草。

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5月16日

ハナ動物病院にちゃびの薬と輸液をもらいに行く。輸液のための21Gの針が「前回もらったのは、それ以前と違い、とても短かった」と快作先生に報告する。「21Gに関しては長いのと短いのとの二種がある」と聞き、次からは「貫通しにくい」という理由で短い方を選んだ。

快作先生の実家の猫ちゃん、2週間くらい前に23歳で亡くなった、と聞いた。

最期の頃は2kgにも満たないくらいとてもやせていたけれど、自分でご飯も食べ、トイレにも行っていたそうだ。

亡くなったと聞いてとても淋しい。永遠に生きるわけじゃない、と知っていても悲しい。でも猫で23歳というのは素晴らしくがんばったと思う。

5月13日

宇野亞喜良さんの少年と少女が(馬の)脚になっている馬の絵について、「この絵とともに、馬に寄り添う淋しそうな少年の挿絵があった物語の本を、昔持っていた記憶がある。」と私が書いたことに対して、K美術館(現在休館)の越沼正さんよりメールをいただいた。

「今江祥智『海いろの部屋』理論社1971年初版、同『海の日曜日』実業の日本社1966年初版 あたりではないかと思います。

今江祥智は『海いろの部屋』の「あとがき」で書いています。絵本『あのこ』や長編『海の日曜日』同様に美しい世界でわたしの作品世界をひろげてくださったことを深謝しています。」

とのことだが、残念ながら私は『海の日曜日』という本も持っていない。

私の持っている『宇野亜喜良の世界』(1974)という画集に、その馬の絵が載っていて、その絵はそれまでの宇野さんのエロティークで攻撃的なイラストとは趣が違い、まさに胸に突き刺さるような深い詩情で見る者を釘づけにする。

その絵の強烈な印象と、昔観た「エクウス」という馬と少年の劇の印象が混じりあって、私の脳裏に宇野さんのタッチの絵ができてしまっていたのかもしれない。

この『宇野亜喜良の世界』の巻末に載っている宇野さんの若い頃の写真が抜群にかっこいい。私の大好きな沢渡朔さんの撮影で、宇野さんは、がりがりに痩せていて、すごくおしゃれ。サングラスをしている写真は少し笠井叡に似ている。

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2015年5月12日 (火)

宇野亞喜良展

5月10日

頬の湿疹がなんとか治った(ステロイドの威力恐るべし)ので、六本木ヒルズの「宇野亞喜良展」へ。久しぶりに昼間出かける(サイン会に間に合うため)ので、日光に用心して黒い服を選んで日焼け止めを塗って日傘を差して出かけた。

宇野亞喜良(宇野亜喜良)さんは、私の幼い頃からの憧れの絵師。小学生の頃に彼の絵を見た衝撃は一生身体に残る。「いらすとれえたあ」という言葉ほど幼い私を痺れさせる単語はなかった。大人っぽくてひんやりした異次元の世界に遊ぶことを教えてくれた人。

宇野さんの絵柄は50年も前から歳をとらず、妖しさ、華麗さ、甘い香りが枯れない。線の流麗と闊達は年齢を重ねて益々勢いを増す凄い人だ。

新作絵本の原画だが、もう売られていた。

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上の画像右の絵のヴァリエ。
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立体も展示されている。

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作品は小さくて、どれも抜群のセンスで空間がぴたっと決まっていて、隅々に遊び心が散りばめられている。

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下の作品、2014年とサインがあるが、1968~72年くらいの雰囲気。女性の横顔が黒いドレスの身体のラインになっているところ、黒と淡い色の対比、猫、鹿、馬、蝶と子供の頃の大人への憧れが詰まっているようなこの絵に惹かれた。
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下の作品、少年と少女が馬の脚になり、少女の髪が馬のしっぽになっている絵は、宇野さんの中でも特に名作と思える、昔から強烈に記憶に刻まれている絵(さすがに非売)だった。

この絵とともに、馬に寄り添う淋しそうな少年の挿絵があった物語の本を、昔持っていた記憶がある。今江祥智著の『あのこ』以外の物語で、この挿絵を見た記憶があるのだがどこでだったか思い出せない。
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(今江祥智さんが今年亡くなっていたと知ってショック。)

下の絵も私の記憶に強く残っている絵。竹内健の『世界でいちばんコワイ話』という本の表紙。この頃の宇野さんの、ちょっと銅版画っぽい硬いタッチが一層怖さを引き立てていた。

この本は本当に少女の過敏な心を激しく傷つけるには十分すぎるほど残酷で怖くて、その強烈さは、今でもストーリーを説明できるくらいだ。薔薇色、赤、青、黄、銀、紫、藍と一章ごとに物語のイメージ色が添えられていて、幻想的でたいへんおしゃれなつくりになっていた。特に「赤色の鳥」「紫の丘」「藍色の沼」の話の恐ろしさが記憶に残っている。

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本と布製バッグを購入してサインしていただいた。

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絵の展示会場の外に美しくも妖しく飾られたウインドウが。暗い位置にあるのが良かった。

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吊り下げられた古い振り子に惹きつけられた。

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ウインドウの前で記念撮影。

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下がサインしていただいたバッグ。
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帰宅したら、私が焦って脱ぎ捨てて出かけたお気に入りのブラウスに、ちゃびが顔を埋めて眠っていた!「ちゃび~、淋しかったね~、ひとりにしてごめんね」と暫し、なでなで、ぶちゅぶちゅ。
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夕方、嵐が近いのか、強い風が出て来た。お気に入りの裏通りを散歩。古い建物の横のジャスミンは、もう盛りを過ぎていたが、香りは残っていた。
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誰も住んでいなさそうなこのビルの一角が好きな場所。名残りのジャスミンの香りを満喫。

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コンクリートの割れ目から春女苑が咲いていた。いつのまにか描かれていた少女のステンシルの落書きと、顔の湿疹かぶれ治癒(まだ口のまわりは痛いが)記念撮影。
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定食屋さんや飲み屋が並んだ狭い路地に敷き詰められた植木鉢の中にゴージャスな黄褐色のジャーマンアイリスが咲いていた。
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5月11日

藤もジャスミンも散り、今、街には柑橘類の花の素晴らしい香りがする。

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これは蜜柑より大きい果実、朱欒(ザボン)、晩白柚(ばんぺいゆ)の類の花。こぼれた小さな花を一輪拾って、うちのテーブルの上に置いただけても強く匂う。
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駅の建物の裏側、通行できる道のないところに栗の樹が見え、信号待ちをしていると栗の花の香りが風に乗って運ばれてくる。

ハナ動物病院へ行く途中の、お気に入りの細道。ここにもたくさんの植木がひしめきあっている。

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5月の連休中に急に出ていたちゃびの咳も、なぜか自然におさまった。

一時、心配した便秘も食物繊維(デキストリン)を増やしたら治った。

ほんの微細なことで体調が変わるが、「ちゃびは、他の子と違うので、他の子の例があてはまらない。原因もわからない。」と先生に言われている。

ちゃびはもうすぐ18歳になる。

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2015年5月 9日 (土)

皮膚の荒れ、顔の湿疹、「ものもらい」

最近の体調不良のまとめ。

・・

もう2か月も前の3月のこと、なぜか唇の皮が薄くなって、赤く腫れあがってしまった。

唇の荒れがひどいが、治らないはずはないと思って、リップクリームを塗って気にしないことにしていた。

ところがそれが1か月経っても、2か月経っても治らなくて、どんどん酷くなり、口の周りの皮膚が荒れてカサカサになり、ヒルドイドを塗ってもピリピリ痛いし、唇は濃い口紅をつけたような真っ赤な色になってしまった。

5月1日に遅ればせながら皮膚科に行った。プロパデルム軟膏とワセリンを処方された。「一か月も治らなければ自力では治らない。我慢しすぎ。こんなになったらヒルドイドも沁みるでしょう。」と言われた。

さらに、その日の夕方から頬に、真っ赤な痒い湿疹が一気に出てきた。

さらにさらに5月3日に、最近違和感があった右目にものもらいができてしまい、ドラッグストアで「アイリス抗菌目薬使い切り」を買ってさしはじめた。

・・・

3月19日から1週間ほど熱が出て(咳はなし)、タイレノールを毎日3回飲んでいたらいったん治った。

4月23日から急に高熱が出、咽喉と頭の痛みと吐き気。その後、咳が止まらなくなり、ドラッグストアで「一番安い総合風邪薬ください」と言って出してもらった「新カンボーエース顆粒」というのを1週間ほど飲んでいた。

これも、今年にはいってから、他人からの考えられないような迷惑行為により過剰にストレスをかけられることがあり、本当に悩んで、ずっとあっちこっちと奔走していたせいだ。人の弱みにつけこんで陥れようとする卑劣な人間にも遭遇し、ストレスはマックスになった。

(ただ、この厄災のせいで、否応なく、私が今まで会ったことのなかった世界の人たちと会う機会が持て、何人かの魅力的な人とも会うことができた。いろんな人と会いながら、頭が良くて問題解決能力があって、相手を穏やかにする対話能力のある人とはどんな人なのか考えていた。)

私の場合、精神的ストレスが顕著に身体に出る。こんなに暖かくなったのに本格的な風邪をひいたのは、ストレスでずっと夜も眠れなかったせいだと思う。

やっと風邪が治って来た、と感じた頃に「ものもらい」もできた。やはり体力も免疫も落ちていたのだろう。

私はもともとアレルギー体質ではないが、皮膚が異様に薄くてかぶれやすく、日光に当たると湿疹が出る。

ずっと解熱剤を飲んでいたところに、短い時間だがすっぴんで日に当たってしまったので、てきめんに薬疹が出てしまったみたいだ。

5月8日

顔の湿疹と「ものもらい」は、ほとんどよくなってきた。久しぶりに治療院へ。

「連休、どこかに行きましたか?」と聞かれ、「昼間はまったく外に出なかった。夜に中野の天婦羅屋さんに行ったくらい。」と応えたら、

「福山さん、油はだいじょうぶ(食べられる)なんですか?」と言われた。

以前にもほかの人に同じことを聞かれたが、私が「動物愛のために肉を一切食べない」と言うと、なぜか植物油まで食べないと思い込む人がいるのが不思議だ。私はダイエットやマクロビに興味ないのだけれど。

そのあとに「お肉もおいしいんですけどねえ。」と言われ、ああ、これっぽっちも話が伝わらないんだな、と毎度のことだがちょっとイラっとした。

そう言えば2か月くらい体重を量っていなかったな、と思いTANITAの体重計に乗ってみたらびっくり。

42.8kg。熱があった時だけは小食気味だったが、それでもピザや天婦羅やお寿司やカレーを食べまくっていたのに、体重が落ちていた。そういえばジーパンがゆるい。

とりあえず、栄養補給に、きのうの手作りカレー(私は市販のカレールーはラードや肉エキスがはいっているため食べられないので、カレースパイスパウダーといろいろな野菜で手作りカレーを作っている)の残りと胚芽パンとチーズを食べた。

5月6日

顔の湿疹、まだ赤い部分もあるが、だいぶよくなってきたので、母に会いにKへ。ずっと風邪で、母にうつったら危険なので面会に行けなかったので久しぶり。

夕食とプリン完食。えごま油を持参して少々混ぜて食べさせた。

図書館で借りた古い歌のCDを聞かせた。

施設は生花の持ち込み禁止なので、母に見せるために春の花(ひなぎく、すみれ、しろつめくさ)の手作りコサージュをつけて行った。最近、ストレス解消に布花作りを始め、山ほど布花ができてしまっている。

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連休にはどこにも遠出しなかったが、近所の小さいお店が詰まった細い路地を、夜歩くだけで楽しい。

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5月4日

顔が赤く腫れ、眼は「ものもらい」が痛くて、微熱あり。それでも、きのうよりは少しよくなっている状態。

きのう、抗菌目薬を5回さして、ビタミンBやLシステインを飲んで眠ったら、「ものもらい」は、きのうほどの痛みはなくなってきた。

マスクをすると顔が痛いので、ワセリンでべたべたのすっぴんのまま、夜、買い物に行っている。

5月3日

顔のかぶれがかゆい。使い捨てマスクが皮膚に触れると痛くてたまらないのだが、顔がすごくかぶれているので、マスクなしでは外に出られなくて困った。

治療院に行くが、うっぷして顔をのせる枕の上に敷いてあるポリエステルの紙がピリピリして、痛くてたまらない。

きょうは体調が悪いので、若い治療士に対する院長のいつものパワハラ的な不快な冗談と、それを大袈裟に笑ってみせる声が、いつも以上に辛かった。

5月1日

H皮膚科へ。

皮膚科に行った時点では、口のまわりが真っ赤に荒れているだけで、頬の痒い湿疹は出ていなかった。

この日の夜、顔に痒い湿疹が出て広がり出したので、プロパデム軟膏を塗り、皮膚の乾いた部分にはプロペト(ワセリン)を塗りまくった。

ちゃびが、ここ3日くらい乾いた「ケヘッ、ケヘッ」という長い咳をしているので、動物病院に相談に行く。カメラに録画しておいた咳をしている映像を見せた。

たぶん気管支炎。熱もないし、食欲もある。咳をして呼吸困難になったりはしないが、ただ体力を消耗するということ。しばらく様子を見ることにして、抗生物質の薬はもらわなかった。

咳の時に撫でたり、さすったりしてあげても、「喜ぶけど、それで咳はとまらない」と言われた。この咳が一時的なもので、またおさまってくれるといいのだが。

「何か食べ物を変えませんでしたか?」と言われ、心当たりはないのだが、4月の初めくらいから腎臓サポートからk/dに変えていたのを、一応また腎サポに戻した。

4月30日

陽射しが眩しいが、顔の皮膚が荒れているので日焼け止めは塗らずに、すっぴんのまま、日傘を差して、さらに黒い上着を頭にかけて歩いた。

西新宿駅から、いつも人気のない地下道を歩き、それからヒルトンホテルの中を通る。

ヒルトンの地下階の廊下のギャラリーに、最近、西洋の芸術家と日本の名筆の「筆跡」をテーマにした展示があるのが興味深くて、いつも見ている。

カミーユ・クローデルの書いた手紙の文字が展示されている。「パリの芸術家協会への推薦はたいへんありがたいのですが、私にはその会費を払う余裕がありませんので辞退させていただきます」というような内容の、美しい文字。

狂気や激しさの部分が話題にされがちだが、このカミーユの筆跡の線は静かで、慎ましくて、正直で、詩的だ。写真のカミーユの眼は、求めるような淋しそうな淡い色だが、硬質な知性の光を放っている。白いレースの衿の繊細さが胸に残る。

私の知る絵を描く人たちは、たいてい字もその人の絵に似ていて、とても魅力がある。要は見た目のバランス感覚の問題だからだろう。絵の才能があって悪筆な人をあまり知らない。

ホテルから地上に出たところ。中央公園の新緑がまぶしい。

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新宿から十二社(じゅうにそう)へと下る中央公園の脇の坂。小さい頃からなじんだ大好きな欅並木の道。
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都庁からもすぐの都心なのだが、いつもあまり人がいない静かな木陰。まわりにお店もほとんどなく、この素っ気ない感じが好きだ。
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きょうは家の耐震検査で工務店の人が来てくれた。

一級建築士のI・S。長髪で役者(遠い昔のジュリーみたいな甘~い)顔の、とてもおっとりした人だったので驚いた。

強い日差しではなかったが、玄関の屋根を見る時に私も屋根の上に出たので、少し日に当たってしまった(これが翌日の日光湿疹の原因に)。

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