宇野亜喜良全エッセイ『薔薇の記憶』 / 大日方明、志村立美
6月14日
80歳になっても謎めいて華麗な絵を描き続ける宇野亜喜良の感性の源をさぐるべく、彼のエッセイ、『薔薇の記憶』(2000年、東京書籍)を読んでいた。
印象に残るところは、たくさんあるのだが、非常に人間が好きで、人間がつくった文化に深く関心があるところが、まさに「イラストレーター」なのだと思った。
映画を見るときも、絵を見るときも、「メタファ」「形而上学」という言葉が何回も出てくる。つまり「読んで」いるのだ。
(私の場合は、人間が嫌いではないけれど、むしろ人間がつくったのではないもののほうに関心が向いているので、映画を見るときも、そこに意図なくして映りこんでいるもののほうに関心がいく。)
絵、イラストに関する印象に残った部分の覚書。
「イラストレーターは大衆の意識を科学的に反映させるのではなく、あくまで自分自身を大衆のなかの一人として認識し、快楽し、悲しむことによって獲得するのである。」(「夢二の絵に出会った日々」)
「ラッカムのように偉大なる巨木を育てたイギリスという国は、保守と前衛が不思議に共存する国で、パブなんかではシルクハットの老人と銀ラメのロックンローラーが同席して風景化しているようなところがあり・・・(中略)・・・マザーグースふうのおばあさんや、デパートのエスカレーターを走って駆け上がる紳士なんか日常に見ることができる」(「アーサー・ラッカムのこと」)
「モデルと、それを客体として二次元表現に置き換える芸術家との遊戯的関係において、ラルティーグとパスキンの二人に、共通の天才性を見つけることができる」(「ひとりごと裸体画論」)
「ぼくにとって人間が最も近しい風景と感じられる」(「九つのモノローグ」)
「あれは六〇年代、演劇のコンセプトなど話し合わなくても、感覚的な部分で連帯する同志であり、共犯者でもあるという、奇妙に幸福な時代だった。」(「ポスターという名の恐怖、あるいは懐かしい風」)
「ぼくも自分でやった仕事のなかで一番好きなものでもある。・・・(中略)・・・ボール紙のアルカイックな質感を感じていただいたあと、すべての光を吸い込む闇のような黒、それを日常にもどしてくれる光沢のあるマイカレイドの扉、そして本文にはいっていくという時間の儀式は、やはり平気で気障が演じられた若さという季節の産物であろう。」(「高橋睦郎詩集の装丁」)
「少年の背景にはなにひとつ描かれていなくて、白味がかった朱一色である・・・(中略)・・・紅や朱ほど感情的ではなく、春の曙を瞼の裏で知覚するような、あいまいな色彩、甘美な倦怠と気品の色彩である。」(「春信の色彩感覚」)
「やはり夢二の魅力は、感情がきわどいところで空間感覚や造形化に転化しているという、スリリングなバランスにあるような気がするのだ。」(「抒情画、あるいは鏡の国の少女たち」)
「『それいゆ』は、戦後のロマネスクの象徴だった。・・・(中略)・・・それが大人の目からは少女趣味と言われようと、機能だけで良い時代への反逆であり、ながい戦争の時代がなくしていた美しき心へのルネッサンスでもあったような気がする。」(「抒情画、あるいは鏡の国の少女たち」)
「創刊当時の『こどものとも』に好きな本がいくつかあって、たとえば長新太さんのものなどべらぼうに新鮮で、神様だけが喰べている果実のような、とても良い香りを発散していて」(「僕の好きな絵本」)
「西陵高校二年、十六歳の時、それまでに描き、創った作品ごと僕のことが新聞で取り上げられた・・・(中略)・・・僕はほとんど呆然としてしまい、しばらくはその出来事に浸りこんでいたが、それが醒めると、絵を描くことを自分の仕事にしようと決めたのだった。」(「父の記憶――昭和十年代後半」)
「僕は挿絵を小説の内容の視覚的な説明ではなく、もう少し別な性格を持ったもの、たとえば小説という台の上にデザインされたダイヤモンドのように、その位置において効果を発揮し、またそれ自体独立した光も所有するもの、そして、読者の気持ちをも映しこむようなそんなものを考えている。」(「イルフィルのこと――昭和39年」「僕の個人史」)
「「読むとディテールにこだわりすぎて、説明的なものになってしまいそうな気がするので、プロットだけを聞かせてください」と我儘を言い、今江さんはそれを気持ちよく承諾してくれた。・・・(中略)・・・今までの児童文学にはなかったタイプの絵だったらしく、今江さんは、もう一度原稿に手入れすると語り、一年後絵本『あのこ』は完成した。」(「『あのこ』との邂逅――昭和四十年)」「僕の個人史」 )
「ちょうどその頃、アートシアターのあった新宿の街は〈新宿ルネッサンス〉とでも言うべき時代のさなかで、僕はそこにのめりこんでもいたので、仕事と日常が境界を失くし、すべてがごたまぜになった不思議な一時期をすごしたのである。
昭和四十五年には、新宿厚生年金会館小ホールで、寺山修司作・演出による『千一夜物語・新宿版』の美術を手がけた。
『千夜一夜物語』の性と幻想の世界は、その当時の新宿の街にもっともふさわしいものだったようで、僕は社会的なものの自然感情の反映のようなイメージが次から次へと出てくる舞台をつくることを試みたのだった。
同じ年の十一月、アートシアター新宿文化で上演された『星の王子さま』は、レスビアン・バーのマスター(女性)が勢揃いして歌舞伎の『白浪五人男』のなかの稲瀬川の場のパロディ劇をするといった幕間狂言もあり、見世物小屋的な極彩色の装置をつくった。作・演出は寺山修司である。
三作品とも、ある興奮状態のさなかにあった新宿の街を抜きにしては考えられず、その時代の私もまた、二十四時間、得体の知れぬ何かに熱狂していたようだった。
ひとつの街が自分の体に密着するようにしてあった、という経験はそれ以後はない。」(「『あのこ』との邂逅――昭和四十年)」「僕の個人史」 )
・・・
宇野亜喜良さんが子どもの頃に好きだった挿絵画家、石井鶴三、宮本三郎、松野一夫、河目悌二、木村壮八、『それいゆ』に描いていた中原淳一、玉井徳太郎、村上芳正・・・
この中で、村上芳正の絵はジャン・ジュネの文庫本カヴァーなどでおなじみだ。
そして、なんと玉井徳太郎の絵本を私は持っていたのである。講談社の絵本ゴールド版『アルプスの少女』。眼はすごく大きいわけではないのに睫毛が長い、個性的なきりっとした少女の顔を描く画家。明治41年生まれとある。
昔の講談社の絵本ゴールド版で、私が大好きだった画家は大日方明と志村立美だ。
以前にも書いたが、特に大日方明の『しあわせの王子』と志村立美の『安寿と厨子王』には魂を奪われた。
下が玉井徳太郎画『アルプスの少女』。ハイジが夢遊病になるシーン。(画像はすべてクリックすると大きくなります)
下が大日方明画『しあわせの王子』。大日方明は明治35年生まれで、普門暁に師事、元商業図案家だったらしい。
表紙裏に「(前略)・・・この「しあわせの王子」は道徳さえもあざ笑って踏みにじるという、唯美主義者のワイルドの心の底に、ただ一つ、さんぜんとして輝いていた人間愛の結晶をつかみ出して、子どもたちのために、懸命に書いたものにちがいありません。したがって、哀れにも美しい物語は、幼いものにも、心暖まる、深い感銘を与えることでしょう。」と土家由岐雄の文がある。

しかし、幼い私には、ツバメがあまりにもかわいそうで、かわいそうで・・・たいへんショックな話だった。
大日方明の色彩はシックで抒情的で、デザイナーでもあっただけあって、「塗り」がすごくきれいなのに驚かされる。

下は志村立美画、山手樹一郎文の『安寿と厨子王』。山手樹一郎は明治32年生まれで「桃太郎侍」を書いた作家である。

志村立美は、明治40年生まれで、18歳で雑誌の挿絵を描き始め、丹下左膳、人妻椿、投節弥之など、一世を風靡した傑作の挿絵を描いた人。下の絵の構図など、恐ろしく大胆でうまい。

下の絵は、幼い私の脳裏に強烈に残って、やはり幼い頃に見た東映動画の『安寿と厨子王』というアニメの映像と混然一体となってしまっている。アニメの中でも桜吹雪の下を厨子王が歩いていたような記憶があるが、実際どうだったのかわからない。

下のシーンの菫色と金色の夕焼けの光、雪の中に立つ冬の痩せた木々、右手の樹の幹に吹き溜まった雪、静寂の中を進む馬・・・、こうして見ると幼い頃に見た絵本の記憶が、いかに今の自分の感性をかたちづくっているかがわかる。
志村立美は晩年「美人画」を描いていたようだが、なんと言っても「挿絵」のほうが魅力的だ。
下は佐多稲子文、大日方明画の『人魚姫』。頬に光のハイライトが入っているのが新鮮だった。
6月8日
母の昔の友人(私の幼なじみの親)Nさんが母に会いたいと言うので、駅で待ち合わせて施設まで案内する。
6月9日
O・Hさんと会う。いつも通り帝国ホテルをご指名。地下の「天一」で食事のあとロビーでお茶。ここのロビーは珈琲でも紅茶でも1380円もする。おかわり自由らしいが、なんだかお茶を飲むのがもったいなかったので生ビールを一杯いただいた。
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