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2015年7月

2015年7月29日 (水)

大輪朝顔&変化朝顔展示会

7月29日

大輪朝顔と変化朝顔を見に、日比谷公園へ。朝8時すぎに到着。

会場はこんな感じ。初めて「大輪」朝顔を見て、本当に大きいのにびっくり。普通によく見る朝顔の花の2倍以上はある。(画像はクリックすると大きくなります)

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屋根のある部分に展示されているのは賞に応募した作品らしく、数人で審査中だった。

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濁った渋い色、微妙な色の花が多いのも魅力。

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「13.5.」という声が聞こえる。ひとつひとつ直系を計って記録しているようだ。

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「黒鳩」という色だろうか、灰色がかったシックな紫色の地に「吹雪」の大輪朝顔。

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下のは水色から薄紫に微妙に変化してる大輪朝顔。花は絞りではないが葉は斑入り。これは「水晶斑入り」というのだろうか。「斑」と「水晶斑」と「松島斑」の違いについて、今度機会があれば質問してみようと思う。

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下のは「覆輪」、淡い透明な水色の大輪朝顔。

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下のは(たぶん)「茶」(「栗皮茶」?「柿茶」?」)の「吹掛(ふっかけ)絞り」の大輪朝顔。

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下は鮮やかな青紫と水色の「刷毛目絞り」の大輪朝顔。こちらは花は絞りだが葉は斑入りになっていない。

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審査している横で写真を撮っていたら「これあげます。」と今刈り取った花をくださった。形を整えるために余分な花を刈るのだろうか。赤紫の「吹掛絞り」の、これは「吾妻絞り」という名だそうだ。「水につけてビニール袋に入れとけば半日はだいじょうぶだから。」と言われた。

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下のは「黒鼠」というのだろうか。かなり深みのある黒味が濃い大輪朝顔。そういえば真っ黒い朝顔はまだ見たことがない。黒い朝顔を咲かせるのは育種家の夢だそうだ。

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変化朝顔の展示はきょうは少なかった。下は「鼠」色の「切咲牡丹」。

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下は「糸柳葉」の変化朝顔。
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下は手前側が「渦小人」、奥が「采咲き」。「8月末の展示はもっと多くの変化朝顔が出品されるので来てね。」と言われた。

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市政會舘の古い扉の前で。

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きょうは曇っていたが、蒸し暑さに見る見る萎れていく朝顔の花に焦り、新橋駅前のカフェに立ち寄り、氷水に差した。その後急いで帰宅してから、花が縮こまらないうちに押し花にした。

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2015年7月24日 (金)

ちゃび18歳

7月24日

きょうは18年前にちゃびがうちの子になった日。

だから誕生日はわからないが少なくともちゃびは18年は生きている。

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ちゃびは川のほとりに、親子ともどもゴミと一緒に捨てられていた。(その時、親猫とほかの兄弟はほかの人が引き取った。)

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ちゃびはこな(白い兄弟の子)と一緒にうちの子になった。

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頭の上にだけ茶色い毛があった「こな」。

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ふたりはものすご~くなかよしだった。
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「こな」はゆえあって行方不明になってしまった。

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写真を見ていたらこなを思い出してしばし号泣。

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今は、あの頃こながよくしていたように、毎日私がちゃびの耳を軽く噛んでいる。

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まんがみたいだったちゃび。

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最近のちゃび。

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去年の9月15日から急に具合が悪くなって食べられなくなり、昨秋はもうだめかと思ったが奇跡の回復。

病院では腎不全と判明したが、吐くほどの数値ではない、食べられないのは原因不明と言われ、大学病院で検査を受けるか、いちかばちかでステロイドを飲ませてみるか、と選択を迫られ、両方ともやらなかったが、私は必死でいろんな方法を試し、眠れない日々が続いた。

皮下輸液を一日おきに1/3パックやり、吐いてどうしても具合悪い時だけセレニア(高価な吐き気止め)をやり、アカルディ(心臓の薬)1包とぺリアクチン1/8~1/6錠、セルシン1/10錠(食欲増進の薬)を一日2回飲ませると食べてくれるようになった。

最近はほとんど吐かなくなり、毎日ゴロにゃあ爆裂するほど元気だ。

ドライの腎サポのほかにウエットのおやつ(コンボ15歳以上スープ、モンプチ15歳以上スープなど)にデキストリンとミヤリサンとレンジアレンを入れたものを毎日食べている。

去年、最初に病院で計った時、2.8kgまで落ちていた体重が、今は3.7kg。大きくなって力が強くなったので薬をやるのがたいへん。

昼間、あんまりゴロゴロ気持ちよさそうにしている時は薬を飲ませないでおいている。

昼と晩にお薬を飲まされるときのちゃび。ひっかくのでタオルケットでぐる巻き。

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(ごく最近からアカルディではなくピモベハート(新しく出た心臓の薬)1/2錠を一日2回あげている。これは以前の酷く酸っぱかった粉薬(オブラートにくるんで飲ませた)に比べると夢のように飲ませやすい。)

下は7月17日のちゃび。

(この木の時代本箱の中には、若林奮先生からいただいたハンコ作品や絵入りのはがき、そして銅版の作品、昔イギリスやドイツで買ってきたシュタイフのうさぎ、ねこ、ふくろう、りすなどなどのぬいぐるみ、ボンゾーの人形などが飾ってある。)
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下は7月22日のちゃび。この日から、なぜか熊野古道水の段ボールがお気に入り。

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下はきょうのちゃび。

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猫の18歳というと、どのくらい老いているのだろうか?

現在のちゃびは、昔のようには活動的でないが、時々、ひもにじゃれる。何か見つけると、つんつん、と手でいじくっている。

私の絵の具がはいっている棚(高さ1m)に飛び乗ることができる。

うんこをするときは、ずっと昔から、後ろ足を中に入れないで、プラスチックのトイレ容器のへりに四本足で乗っかる不安定な姿勢で踏ん張っている。後ろ足がよごれるのがいやなのだろうと推測するが、これでは腹筋に力がはいりにくそうなのに、がんばっている。

(おしっこをするときは普通に後ろ足二本で中にはいって前足二本をトイレのへりについている。)

眼が白っぽくなってはきたが、すごく歳とっている感じはしない。

朝7から8時頃、「にゃあ!」と高い声で鳴いて私を起こしに来る。昔と違って、おなかがすいていからとゴハンをあげてもすぐにがつがつ食べられないのが困ったことだが・・・。

ちゃびが寝ているかおとなしくしている時、「いい子、いい子・・・」となでて、そおっと耳を噛みながら肋骨のあたりをさすって「ちゃび・・・」とそっと囁くと「にゃあ!」と高い小さなかすれた声をあげる。ずっとそうしていると「にゃあ!」が「ぐるにゃあ!」になり、どんどん声が大きくなって「ぐるぎゃあ!ぐるぎゃあ!」と濁った大きな声になる。それからずっとゴロゴロ爆。

下は2015年7月26日のちゃび(8月9日に追加)。

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眼が大きいちゃび。
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下は2015年7月30日のちゃび。
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2015年7月19日 (日)

『あんちりおん3』できました

7月18日

友人とつくっている雑誌『あんちりおん3』ができました。

今回は、友人が私の本『反絵、触れる、けだもののフラボン』に対する批評の特集号をつくってくれました。

私は表紙画をやっただけで文章を書いていません。

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『あんちりおん』3号 総特集:福山知佐子『反絵、触れる、けだもののフラボン』を読む

執筆者(あいうえお順)


阿部弘一(詩人、フランシス・ポンジュ研究)
鵜飼哲(フランス文学・思想)
斎藤恵子(詩人)
佐藤亨(イギリス・ アイルランド文学、アイルランド地域研究)
篠原誠司(足利市立美術館学芸員)
清水壽明(編集者)
鈴木創士(フランス文学・思想)
田中和生(文芸評論)
谷昌親(フランス文学・思想)
花輪和一(漫画家)
穂村弘(歌人)
堀内宏公(音楽評論)
水沢勉(神奈川県立近代美術館館長)
森島章人(歌人、精神科医)

+α・・・

興味を持ってくださるかたはこちらまでメールでお申し込みください。

http://blog.goo.ne.jp/anti-lion/e/9058c9bab36f1799e61dc98242d4c982

送料140円+カンパでお送りしております。

鈴木創士さんが図書新聞のアンケートに書いてくださいました。

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「『ANTI-LION3あんちりおん 総特集・福山知佐子『反絵、触れる、けだもののフラボン』を読む』(球形工房)

これまた一人の画家の書いた本に捧げられた論集である。鵜飼哲、阿部弘一、花輪和一、吉田文憲ほかによる熱いオマージュ集。このこと自体が今では稀少なことであるが、一人の画家による文章の極度の繊細、犀利、真率、真摯、苦痛に、批評家たちは幸いにもやられっぱなしである。この女性画家を前にして、プロの書き手たちがなんだか可愛らしく見えてしまうのは私だけであろうか。」

上の文章は私にはもったいない、あまりに心苦しい、全身から汗が噴き出すようなお言葉であるが、鈴木創士さんがこんなにも書いてくださったことに対する、胸の痛みと心よりの感謝を表明するために、謹んでここに記しました。

・・・

先日、『あんちりおん3』を、今月20日まで限定で復活している、リブロ池袋本店内の詩集・詩誌の専門店「ぽえむぱろうる」に置いていただきました。

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かつて詩が最もアクティヴな生命力を持っていた頃と比べて、今現在は、詩を取り巻く環境も、詩のありかた自体も恐ろしく変わってしまった。

きょう、7月18日、新宿の地下街の雑踏の中で、

「多くの人が必死で国が強硬に進める安保法制と闘っているこの時に、天皇に恩賜賞なんかもらっている詩人がいる。吐き気がした。」

と私の友人は言った(その友人も詩人である)。

その言葉に非常に励まされた。時代状況が最悪になっても、友人が変わっていなかったことにほっとした。

おかしいと思うことをおかしいと言えない、吐き気がすることを吐き気がすると言えない逼塞した現状でも、やはり、吐き気がすることは「吐き気がする」と言っていいのだと思った。

友人は「頭がよくても体質的に合わない、と感じる人に理解されようと努力しないでいい。わかってくれる人はどこかにいるはずだ。」と言った。

ちなみに、私の本『デッサンの基本』と『反絵、触れる、けだもののフラボン』の帯文を書いてくださった谷川俊太郎さんは、国家からの褒章を一切もらっていない。谷川さんも、そこらへんは非常にはっきりした人なのだと思う。

・・・

詩人のパネルや詩についての記事など展示されているぽえむぱろうるの様子(7月13日撮影)。
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谷川俊太郎さんや田村隆一さんの若い頃のお姿。

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池袋のぽえむぱろうるに行った日(7月13日)、巣鴨に寄った。偶然見つけた廃屋の前で。

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この日の夕焼けは紫と金色が水平に幾重にもたなびいていた。

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2015年7月16日 (木)

国会前安保法案抗議デモ

7月14日

安保法案の抗議に行くための新しいプラカードをつくった。

このプラカードは、私が敬愛するThéophile Alexandre Steinlenから絵をお借りして描いたもの。スタンランは猫の絵があまりにも有名だが、貧しい人々の悲惨な姿も多く描いている。

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下は簡単に描いた怒りの猫。

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治療院で、治療師の人に「明日国会前に抗議に行くプラカードを描いてたから肩が痛い。このまま安保法案が通ったら、都心はテロられる可能性が高まる。新宿駅や新幹線も爆破されるかもしれない。」と言ったら「へえ。そうなんですか。」と、いつもながら間の抜けた返事。

この治療師には2歳になる男の子がいるのに、なんにも感じないのだろうか。もちろん一般社会にはいろんな感じ方の人がいるが、自分や子供に危険が迫っていると意識できない人はずいぶんのんびりしている。

7月15日

安保法案反対抗議に国会前へ。

この抗議活動は肉体的に非常にきつかった。というのは警察の規制が激しく、3時間以上ほとんど身動きがとれなかったからだ。

一番酷いのは鉄柵による歩道への押し込め。それと青信号になっても一切横断歩道を渡らせないので、向かいの歩道に行くことができない。鉄柵をまたいで横断歩道を渡る者がいたら、警官が取り押さえてもとの位置に押し込める暴挙。

私は鉄柵の前にいたので、一時、膨れ上がり興奮する人々が後ろから押して来て、本当に鉄柵に挟まれて死ぬんじゃないかと怖かった。現場は押し合いへし合い、「車道を開けろ!」の声と「危ないから下がって!押さないで!」の怒号が飛びかって騒然となった。

・・・・

5時に新宿で友と会い、地下鉄。この日、ものすごい人数が怒りで国会前に押し寄せるのではないかと思っていたので、国会議事堂駅では団子状態になるかもしれないと懸念し、赤坂見附で降りて歩いて行った。

東急プラザ横の坂を上がると、素晴らしく魅力的な建物と石垣が。

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蔦と苔だけではなく、私の大好きな地衣類までが、なんとも美しく・・・


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いったいこのさり気なくも魅力的な建物は何?と思ったら都立日比谷高校だったのでびっくりした。

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熱中症や貧血にそなえ、途中のコンビニで冷たいお茶とおにぎりを買って行った。

国会議事堂正面に向かい、右側の歩道に主催者がアピールをする場所があり、そこに歩道に沿って桜田門方向へ長蛇の列。警官に誘導されて後ろに並んだが、ずいぶん後ろだったので6時前に向かいの歩道に移動した。

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国会議事堂を背景に友人が高く掲げてくれたプラカード。

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民主党の岡田代表、枝野幹事長、共産党の志位委員長、辻本清美議員、山口二郎法政大教授ら、SEALDsの学生らのアピールがあった。

友人「ジローはアジるのがうまいなあ。」私「ホント、なれてるネ。」

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「安倍はやめろ!」「国民なめるな!」「戦争法案絶対反対!」「解釈改憲絶対反対!」「戦争したがる総理はいらない!」などのシュプレヒコールが続いた。

夕焼雲の色も沈んで来るころ、私たちの後ろの人数もどんどん増えて来て、身動きできない。お腹のすぐ前のところに鉄柵があって、後ろから押されると危ない。

皆汗だくで、前の人に身体が押し付けられて暑い。

「車道を開けろ!車道を開けろ!」の声に警官がとずら~と集まってきて取り囲まれた。

「なんで青信号なのにむこうに渡らせてくれないの?」

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人々の「車道を開けろ!」の声に対して警官の「危ないから下がって!」の声。

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「ぎゅうぎゅうなので後ろには下がれません!」「車道を開けてください!」

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「後ろに下がってください!押さないでください!」と警官。「今、この状況で鉄柵が本当に危ないの!怪我しちゃう!怪我したら誰が責任とるの?おまわりさん、鉄柵をとってください!」と前列の人達。
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「押してるのはおまわりさんでしょ!」「危ない!おまわりさん押さないで~!!」「鉄柵をとってください!」

「今、手を出さないで。おまわりさんに触らないで。触ったらストップしちゃうから。徐々に今交渉してるから。」と主催者側の人がなだめに来る。
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後ろからぎゅうぎゅう押されながら、私のすぐ横にいた年配の人も「危ないよ。今、ここで前に転んだら下敷きになって死んじゃうよ。」と。私も怖くてはらはらした。

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ついに鉄柵を上に掲げてはずす人たち。

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「わあ~~!」
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「車道に出ないでください!」

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「安倍は憲法違憲なのに、道路交通法なんか言ってる場合じゃないだろ!」

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「きゃ~ッ!!おまわりさん押さないで!」

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「ワア~ッ!!」

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「ギャ~ッ!」

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「安倍はやめろ!」「車道を開けろ!!」

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「車道を開けろ!」
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というわけで、8時半くらいに車道の一部が開放され、規制線の帯が車道のほうに少しはみ出て、やっと自由に呼吸することができるようになった。その帯にくっついてずっとシュプレヒコールをあげた。

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この頃には周りのざわめきで対岸の声は聞こえにくくなっていた。それぞれの場所でいくつかに分かれながら「安倍はやめろ!」という声が起こっていた。その声が波のうねりのように続いていた。

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現場を離れたのは10時前。帰り道、給水をしてくれている人に無料で冷たい水をいただいた。まだ鳴り物入りで激しくシュプレヒコールを続けている人たちがいた。

急に雨が降ってきた。桜田門駅から地下鉄で帰った。

7月16日

肩と脚がぱんぱんで、すごい筋肉痛で治療院に行き、院長にきのう国会前に抗議デモに行った話をしたら、なんと・・・!

あの、反原発デモの時も今一つ無関心そうだった院長が「僕も一度行ってみようかな。」と言うではないか!

3時過ぎ、折しもラジオではきのうの国会前の抗議デモの音声が流れ、「国民の200人にひとりが抗議活動に行った」とDJがしゃべっていた。

「せっかく行ける場所に住んでるんだから、行ってみようかなあ。誰かと知り合いになれるかなあ。」と言うので「とにかく一度行ってみるといいよ!なにか紙に抗議の言葉を書いて持って行ってね。」と言った。

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鵜飼哲さんと多摩川を歩く  表現について

7月5日

小雨が上がって曇り。最近、陽に当たると湿疹が出てしまうので、私にとっては絶好の散歩日和だった。

鵜飼哲さんと多摩川を歩く。

中央線から西武多磨川線に乗り換えたとたん、線路沿いの夏草はぼうぼうに茂り、景色は急に昔の片田舎のように懐かしい感じになる。

3時に終点で電車を降りると、すぐに広い川べりに出る。是政橋の上から、向こうに見えるのは南武線の鉄橋。沢胡桃の樹には青い実がびっしり生っていた。

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日の当たる土手にはアカツメクサとヒメジョオンが多く咲いていた。

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下はアカツメクサの変わり咲き。とても淡い赤紫色の花。

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下は、めずらしい(たぶん)ヒメジョオンの変わり咲き。花弁(舌状花)の部分が大きく、紫色でとてもきれいだった。画像の真ん中の小さな白い花が本来のヒメジョオン。
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この先が行き止まりの突端まで歩いた。

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大丸(おおまる)用水堰。水の浅い場所にたくさんの水鳥がいた。望遠レンズを持っていないので写真にはうまく撮れなかったが、白鷺(ダイサギ)は多数、大きな青鷺が写真に写っているだけでも6羽。この辺りには鳶もいるらしい。

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これがアオサギ。

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道が行き止まりになる突端で野鳥を見てから、道を引き返す。


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ハルシャギク(波斯菊)と姫女苑。
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是政橋を戻り、駅側の岸へ。

青々と茂った草叢にヤブカンゾウ(籔萱草)の花が咲いていた。Sdsc06322

ヤブカンゾウには、同じ季節に咲くキスゲやユウスゲのようなすっきりした涼やかさや端正な美しさはないが、花弁の質感がしっとりと柔らかく厚みを持ち、少しいびつに乱れた様子が野性的で絵になる花だと思う。

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土手を下り、先ほど水鳥がいたところへと反対の岸を歩く。
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一面、なんとも可憐なハルシャギク(波斯菊)の野原が続く。ハルシャという発音がなんとも柔らかくフラジルな感覚を誘うが、波斯とはペルシャのこと。蛇の目傘にそっくりなのでジャノメキクともいうらしい。

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ここらへんは、川岸に降りてしまうとあまり周辺の建物も見えず、果てない草原にいるような、うんと遠くに来たような気持ちになる。

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草原を奥へと進むと、薄紫のスターチスに似た小さな花をつけた背の高い野草が多くなる。

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イネ科の薄茶色の細い線とハルシャギクの黄色い点とが震えて戯れている空間に、ギシギシの焦げ茶色の種子が縦にアクセントをつけている絵。

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多摩川が支流に分かれている場所。多摩川の本流は、きょうは水かさが増して烈しく流れていたが、この場所は水流が静かだった。鯉だろうか、大きな黒っぽい魚がゆったり泳いでいた。

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堰のところまで行って水鳥を見た。しばらくセメントで固めた斜めの土手に座っていたが、河が増水して速くなっているのが怖かった。

そのあと2m以上もあるススキの中を分けて道路まで戻った。ススキの青い刃が鋭くて手や顔が切れそうで怖かった。道なきススキの中を行く途中、幾度かキジくらいの大きさの茶色っぽい鳥が慌てて飛び立った。

車道に出ると美しく剥落した壁を発見。古い建材倉庫だった。

私は人の手によって描かれた絵よりも、自然の中のマチエールに惹かれる。

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これも私の眼には美術作品と見える水色のペンキと赤茶の錆の対比が鮮やかな柵。
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この日、3時に鵜飼さんに会ってから、ずっと話しながら歩いた。時には小さく、時には弾丸のように私は話していたと思う。

まずデリダも書いている動物についてのこと、非肉食についてのこと。

鵜飼さんは昨年から一年間パリに行っておられたが、フランスでは、最近、動物に関する議論は盛んにおこなわれているという。

今まで人間が殺して食べて当然、人間が搾取して当然だった動物の生に対して疑問を呈する意見が多数あがってきているということだ。

しかし一方で、今まではお洒落できれいな客間の裏側に隠されていた動物の(頭の)解体方法などを、わざわざポスターを貼って、食事をする客に得意気に図解して見せる日本のフランス料理店の話もした。すべてをあからさまにして、それが当たり前のこととするのが今時のトレンドなのかもしれない。

話題にのぼったそのレストランでは、そうしたポスターを見て、猛烈な吐き気を催す私のような人間もいることをまったく考慮していない。店のオーナーは、感覚的に動物を殺して食べることに拒絶反応を示す人間がいることを認めていない。

肉食をする人も、自分で屠殺しなければならないことになれば、もう食べなくなるだろう・・・というのは、もはや幻想に過ぎない。犬や猫を目に入れても痛くないほど可愛がっている人が、豚や牛に関しては、自分で殺してでも食べるのだろう。

「食べなくては生きてはいけない、動物だって他の動物を殺して食べているんだ・・・」そのくらい人間の語る言語は無意味なおしゃべりと化し、疑問を挟むものを生かす余地がない。

根こそぎの欲望がそれと結びついた経済のうちで肯定される。

そのことと無関係であるはずはないが、現在、日本の一億人の誰もがアーティストであり、誰もが表現者である。その中で商業主義の波にのるものと、そこからこぼれたものがいるだけだ。いずれにしろ美術批評も無駄なおしゃべりに堕してしまっているように見える。

ナルシシズムの増殖が安易で、そのスピードが極めて速い時代であり、誰も実作の「質(作者と呼ばれるものの身振り、その無言が指し示すなにか)」について問おうとしていない。

大学から人文系の学部をなくそうという動きまであるということだ。あまりに酷い世の中だ。

もし今、ランボーが詩人として登場しても、時代はランボーと彼の才能を埋もれさせてしまうだろう。ランボーの詩が残ることはないだろう・・・、と鵜飼さんは言った。

6時過ぎに鵜飼さんの車にのせてもらい、大沢のレストランに移動した。

レストランではパエリヤを注文した(一切の肉や肉の出汁を入れないように頼んで)。

鵜飼さんが私の本『反絵、触れる、けだもののフラボン』と、できたばかりの『あんちりおん3』を持ってきてくださっていたのに感激したが、私の性分として悲観的なため、すごく申しわけないような恥ずかしいような気持ちになった。

レストランのラストオーダーをとりに店員さんがまわって来たのが10時半、それからもまだ話していた。(当たり前だが、鵜飼さんが車なので、私も一滴もお酒を飲んでいない。喉が渇いて、氷のはいった水を何倍も飲んでいた。)鵜飼さんが家まで車で送ってくださった。家に着いたのは12時近かっただろうか。

3時から8時間以上話していたようだ。すべてが私にとって重要な話であり、記憶に強く残るが、そのほとんどの内容が非常に書くことが難しくて、このブログには書くことができない。

7月4日

きょうも高校時代からの友人みゆちゃんと会う。

まず(初めての)「カラオケの鉄人」に午前中11時から行ってみたが、ここはすこぶる安くて良かった。

ポップコーンなどの二人分のおつまみを無料でつけてくれて会員登録代は330円、それで30分90円。一見ホスト風の派手なお兄さん二人は、話し方はとても丁寧で親切。

みゆちゃんが私のリクエスト、フランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)をしっかり練習してきて歌ってくれた。

私の大好きな「もう森になんか行かない」(Ma Jeunesse Fout Le Camp )は難しくて無理、ということで「さよならを教えて」(Comment Te Dire Adieu?)をフランス語で歌ってくれた。科白の部分が、すごくかっこよくて感激。

「私って一度始めたことはずっと続くみたいなの。だから大学は大したことなかったけど、その頃から習ってるフランス語は今も習ってる。この歌、フランス語の先生とカラオケ行って発音直してもらったの。」とさらっと言うみゆちゃんは、やっぱりすごくかっこいい。

その夜、youtubeでフランソワーズ・アルディの曲をたくさん聞いて、画像を見ていた。つくりすぎない、甘すぎない、媚びない、さりげないスタイルはやはりかっこよかった。

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2015年7月 3日 (金)

阿部弘一先生のお宅訪問 毛利武彦先生の画 

6月27日

朝、雨だった。午前中に家を出、阿部弘一先生のお宅へ。

阿部弘一先生は詩人で、ポンジュの『物の味方』(1965)、『表現の炎』(1982)、フランシス・ポンジュ詩選』(1982)なども訳された方だ。詩集は『野火』(1961)、『測量師』(1987)、『風景論』(1995)などがあり、現代詩文庫にもはいっている。

玄関で『あんちりおん3』への寄稿の御礼を申し上げた。

玄関には、阿部弘一先生のご親友であり、私の師である毛利武彦先生の版画がいっぱい飾ってある。阿部先生の詩集の装丁は、最初の詩集『野火』より以前の、同人誌『軌跡』の時から毛利武彦先生が画を描いている。

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上の画像の、壁の上段真ん中の絵が阿部弘一先生『測量師』のカバーの絵。

タンポポの穂綿を決して丸く描かず、種子が離れていく時のもっとも面白い瞬間を描いていることに、徹底して俗を嫌った毛利武彦らしさがある。

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毛利先生は非常に厳しい師であったが、多くの教え子に慕われていた。

阿部弘一先生はというと、今時どこにもいないほど敵意と拒絶の意志を持って文壇・詩壇との関わりを断った詩人であり、人の集まるような場所に出向くことはない。

私の個展はずっと見ていただいているが、こうして、やや強引にだがお宅を訪ねることによって、久しぶりにお目にかかれてたいへん嬉しかった。

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大正9年、阿部先生のお母様が教職についた頃に弾いていたという古い貴重なオルガン。このオルガンや、阿部先生のご両親についての文章、フランシス・ポンジュ訪問記などのエッセイは、同人誌『獏』に書かれ、現代詩文庫『阿部弘一詩集』(1998)に納められている。

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阿部先生が弾くと、抵抗感と温かみのある本当に大きな風の声のような荘厳な音が広がった。
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このオルガンは引き取ってくれる演奏者を探しているということだ。
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阿部弘一先生は椿がたいへんお好きで、椿の樹だけで70本もあるという古い庭を案内してくださった。

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椿の中では、やはり侘助が一番好きだと言われた。いくつかの椿の樹は紅を帯びた艶やかな実をつけていた。足もとには可憐なヒメヒオウギが咲いていた。

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美しい苔にまみれた梅の樹。「あなたは苔が好きなんだよね。」と笑って言われた。

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この日、たいへんなものをお預かりしてしまった。阿部弘一先生の詩集の装丁のために描かれた毛利武彦先生の画だ。

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上の画像は毛筆で書かれたあまりに美しい毛利武彦先生の文字。

下の画像は、使われなかった装丁案の画(黒い背景にヒメジョオンの花が白く描かれている)と、阿部弘一詩集『測量師」の中から、毛利武彦先生が抜き書きしたもの。

そこから 退いていった海

そこで氾濫しかえれなくなった河

砂になった水

そこにまだ到着していなかった 

人間の声          (「幻影」より)

では これが解なのか 

風よ 野を分けて行くものよ

だが 私たちにどうして

死と生と この涼しい風のひと吹き

の意味とを 識別することができる

だろう             (「夏」より)

            一昨年 ひめじおんの風播を試みて失敗してしまったのです

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『測量師』の中に幾度か「ヒメジョオン」ということばがでてくる。

阿部先生の未刊行詩編の中にも「ヒメジョオン」という詩がある。その「ヒメジョオン」という詩から少し抜き書きしてみる。

盲目の私たちのあかるすぎる視野いちめんに

おまえはそよぐ

おまえの無数の白い花でさえひろがりの果てで風にまぎれ

私たちの何も見えぬ視野をいっそう透き通らせて行く

それはかつて誰のまなざしの世界であったのだろう

夏の野に突然おまえを浮かび上がらせはるかな風を誘い出し

その広がりのままおまえから夏のおまえの野から不意に視覚をそむけてしまったのは

一体誰なのだろう そしておまえの野と向きあっている私たちのとは別の

もっと大きいどんな盲目にいまそのひとは耐えているのだろう どんな

内部の暗闇の星につらぬかれて深く視野の叫びを秘めているのだろう

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下の画像は『測量師』の別丁扉。

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下の画像は、その原画。

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下の2枚は、同じ別丁扉に使われなかった画。
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下の画像は、昭和31~32年頃、阿部弘一先生が28~29歳の時に、つくっていた文芸同人誌『軌跡』の表紙。

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下が毛利武彦先生の原画。よく見ると線の方向や人物らしき影の位置が違うので、下の画から、さらにヴァリエを制作して『軌跡』の表紙としたようだ。
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阿部弘一先生にたいへん貴重なものを預かったこと、私の心から尊敬する詩人がそれを私に託してくださったことはありがたいが、重い。

大切なものを保存、保管してくれるところがないこと、それを保管しても、誰が読み継いでいくのかということ。

私も、自分が何かを書いて、たいへんな思いをして本を作っても、誰が読んでくれるのだろうか、と常に考えている。絵を描いても、それを廃棄しなければならないかもしれないことを常に考える。

私の鬱の原因のほとんどが、この問題に起因する。

6月26日

アマゾンが本を2割引きで販売する話、大手出版取次業が倒産した話のニュース。

出版不況の閉塞感、絶望感に鬱々としてくる。

本当に読まれるべきもの、残すべきものが残せないで、一般に売れる本、つまり気晴らし的なものしか売れない世の中は恐ろしい。

6月25日

夕方、阿部弘一先生の家を訪ねたがお留守だった。

和田堀給水塔は、不思議な城のような、強烈に惹きつける古い建造物だ。一番古い部分は大正13年につくられたらしい。この敷地内にはいって自由に撮影できたらどんなにいいだろうと思ったが、残念なことに今は壊されているところで、柵の外からしか撮影できなかった。

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初めて降りたこの駅は不思議な場所だった。駅前に、ほんの少しだが戦後闇市のような小さな長屋のような食べ物屋が連なり、そのほかはこれと言った商店街はない。

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住宅街を歩く途中、ぽつんとある銭湯を見つけた。その壁にオロナミンCの錆びた看板が残っていた。

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下は裏から見たところ。
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小田急線の方へと歩いて行くと、先ほどの闇市とは対照的な、巨樹の影に瀟洒な建物が続く恐ろしいほど豪奢なお屋敷町となる。

木々は100年以上は生きていそうであり、「昔はあそこらへんは風のまた三郎が出て来そうなところでした。」と阿部弘一先生がおっしゃっていた。

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大きな熟れた実をつけた李の樹があったので撮っていたら、著名な批評家Hさんのお宅だった。

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