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2015年9月

2015年9月16日 (水)

新井倫彦陶展  / 高野悦子 奥浩平

9月12日

台風によるたいへんな洪水の被害が伝えられ、今朝は大きな地震(震源地が東京湾)に飛び起き、人間の力では統御できない自然の驚異に震える日々。

天変地異はいつどのレヴェルで起きるかわからない。被災した人たち、動物たちの苦痛はあまりに大きい。このような事実を見ないで、なおも原発を続けようとする人達がいることが信じられない。

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きょうは、「風の窯」をひとりで運営している新井倫彦さんの「秋のうつわ」陶展を見にギャラリー凛へ。

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白を基調にした、どんな料理にも使いやすい粉引の器が並ぶ。

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きょう、初めて作品をじかに見たのだが、新井さんの雰囲気そのままの、正直で余計なものがなく、情熱を秘めながらも、静かで端正な器だった。

(今も、新井さんの陶展で購入したマグカップでビールを飲みながら書いている。ガラス器で飲むよりずっと泡が細かくなり、まろやかな味になる。)

新井さんとお目にかかるのも初めてだが、笑った時のぱっと紅潮する柔和な表情に惹かれる。

新井さんとはブログを通じてのご縁である。

たまたま偶然、ニフティのサイトで私のブログが表示されたのを見られたとのこと。その時からブログを読んでくださっていると聞いて、不思議なご縁だと思う。

最初、ツイッターから私の描いたスミレの絵についてのメッセージをいただき、それから新井さんのブログを読むようになった。その後、新井さんが私の書いた本についてブログに書いてくださっていることを知った。

新井さんの工房「風の窯」についてのHP。

http://homepage3.nifty.com/kazenokama/

新井さんのブログには、笠間の静かな雑木林の中で、陶の器制作に打ち込む暮らしと、ご自宅周辺の折々の植物などが綴られている。

http://arugamama.cocolog-nifty.com/

恵比寿三越の「酒器展」に、今、新井倫彦さんの器が出品されています。

会期:2015年9月16日(水)〜9月22日(火)

時間:11:00〜20:00(最終日19:00まで)

会場:三越伊勢丹 恵比寿店1階クロスイー

           東京都渋谷区恵比寿4-20-7

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新井さんは1960年代の終わりから70年代初頭にかけての学生運動を知っている人だ。

新井さんの好きな高野悦子についての話も聞いた。新井さんは高野悦子の西那須野の実家の近くまで行ったことがあるほど、『二十歳の原点』を愛読されていたそうだ。

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私はその世代ではないが、ブームから遅れて、13歳くらいの頃に『二十歳の原点』を読んでいる。

子どもだった私が政治闘争についてわかるわけもないが、私が強烈に惹かれたのは、それが人に見せるためのものではない「日記」だったということ、その切実さと、そこにうかがわれる感受性の強さだ。

今、私の手元に高野悦子の本はないので記憶でしか書けないが、当時の私の胸に強く響いたのは「求めすぎて動けません。」という言葉だった。

出口のない葛藤の日々の中に、(うろ覚えで書いているが)「釜揚げうどんを食べた。おいしかったなあ。」とか「水連の花を見た。上品な黄色の。」というような少女らしい素直な断片が彼女本人の顔写真とともに映像記憶として残っている。

もちろん日記でさえ人は嘘を書く。それでも、学生運動の意味もわからない子どもの私にとってさえ、その時代の状況に巻き込まれていく何か胸が痛くなるリアリティがあった。

その頃の私は、続いて、高野悦子が影響を受けた奥浩平の『青春の墓標』も読んだ。この本も家のどこかにあるはずだが、今すぐには取り出して見ることができない。

深い思考力も行動力もある魅力的な青年が、キリスト教とマルクス主義、さらに左翼運動の党派的対立と恋愛の矛盾を自ら体現するように、激しい葛藤の中に自死してしまう。

その生を燃焼する過程で血を流すような私的で詩的な言葉に痺れた。

記憶に残る言葉はたくさんあるが、「人生には無数の夜がある。だが、甘美な夕方はただ一度しかない」、または「彼女はマグマを持っている」(うろ覚えです)というような一連の言葉に胸が痛くなるのは少女の頃と変わりない。

時代も、時代の感受性も、今とはかけはなれているが、高野悦子、奥浩平、あるいはまた、原口統三、矢沢宰らの文章が、私の感受性の大切な部分を形作っているのは間違いない。

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『二十歳の原点』の単行本の表紙画もまた、子供だった私にとっては強烈だった。

黒地に妖しい赤い花の細密画。これは紛れもなく、私が熱愛するパロット・チューリップなのである。

幼稚園の花壇で黒いチューリップの中を覗いて香りを嗅いだ時から、私の「決してかわいい花ではない、神秘的な花」としてのチューリップへの憧れは始まった。

思えば13歳くらいでこの表紙画を見た時に、「暗闇に火を灯す妖しい花」としての、私のチューリップ狂いが決定したのかもしれない。

『二十歳の原点』の表紙画は、たぶんチューリップバブルに熱狂したオランダかドイツの、1700年代か1800年代くらいのボタニカルアートの画をもとに、誰かが模写したのだろう。画はカールスルーエ(チューリップ栽培が盛んだった地)のチューリップ本などなど、昔のチューリップの細密画そのものだ。

『二十歳の原点ノート』の表紙画のスミレは、明らかに、これも私の大好きなAlbrecht Duerer  (1471-1528)のViolet Bouquet のコピーである。形は瓜二つだが、花と葉(特に葉)の色が全然違う明るい色に変えられている。

誰か最近の人がデューラーの画を見ながら細密模写したのかと思う。

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2015年9月14日 (月)

上田邦介さん 「光琳コード」

9月7日

ウエマツ画材店の上田邦介社長に、上田さんの実験工房でいろいろお話を聞く。

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前々から、趣のあるすごく素敵なビルだなあ、と感嘆していたこの建物、それもそのはず、
この宮益坂ビルディングは、もと宮益坂アパートという名の、戦後すぐに建てられた日本最古の分譲マンションなのだそうだ。

「戦後の物資の無い時だから、そんなに凝った建築ではない、同潤会アパートのほうがそれより少しあとだから洒落たつくりになっている。

でも戦後初めてのマンションだから、当時のお金で、今の一億円に相当するくらいの値段だった。だからその時買ったのは芸能人ばかりだったらしい。」というお話を聞く。

(ちなみに上田社長は少し古くなってから購入されたそうだ。)

上田邦介さんはこの素晴らしいビルを残したいと考え、東京新聞の記事にもなったそうだ。

しかし、この貴重なビルは、来年早々に壊されて建て替えになってしまうという。本当に残念なもったいない話だ。

上田邦介さんと、ヨーロッパなら古くて素晴らしいものは残したいと考えるのに、日本はまったくその反対、なんでもお金中心、美術に関しても、今は史上かつてないほど酷い時代だ、という話でしみじみ嘆息する。

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シンプルで頑丈そうだが、階段の手すりのアールなどに優美さがある素敵な建築。

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上水、下水、たくさんの配管がむき出しになっている。ダストシュートもある。
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ひととおり画材の話が終わったところで、上田邦介さんから、染料「蘇芳」の媒染による色変化のボードを見せられた。

そこから、上田さんの話は深遠な「光琳コード」(上田邦介さんの命名による)へと展開。

尾形光琳の「紅白梅図屏風」は優れた日本の意匠として評価されているが、その絵には隠された意味がある、それを上田さんは探究し、驚愕の発見をしたという話。

確かに信憑性の高い、目を瞠る発見であるが、それについては、今流行りのように誰かにパクられたら困るので、私は内容をここに書くことができない。

尾形光琳について、上田邦介さんが目覚ましい発見をしたことだけは証言する。

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ちなみに、上田邦介さんに差し入れや贈り物をするかたのための参考に、上田さんは腎臓がお悪いので塩気とたんぱく質、リン、カリウムなどはあまり摂ってはいけないそうだ。

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2015年9月 8日 (火)

分身残酷劇「カリガリ博士」 / 高田馬場喫茶店らんぶる跡 

9月6日

一糸座公演分身残酷劇「カリガリ博士」(鈴木創士原作、才目謙二脚本・演出)の千穐楽を観に、高田馬場ラビネストへ。

http://www.acephale.jp/news/news.html

満員だった。早めに行って一番前の椅子の真ん中の席で観た。

暗闇の中から、地面をつきあげてくる低い不穏な音楽。

空を飛ぶ二人のカリガリ博士人形の夢にうなされる、人間のカリガリ博士。

十貫寺梅軒演じるカリガリは、おなかに重い脂肪の塊を巻いている。この役は見た目も、高いハスキーな声もアラーキーによく似ている。悪のようで、滑稽で哀れで愛嬌もあるカリガリ。

笛田宇一郎演じるオドラデクは歪んだ扉の枠から覗き、すべてを見ている。

薬中のおしゃれな人形チェザーレは、見るのはいつも他人の夢であり、たえず眠っていることは全く眠っていないのと同じ、と嘆く。

田村泰二郎演じる人形に化けた女優または女優に化けた人形は、私は私の夢しか見ないの、私は夢見るフランス人形ってね、と言いつつチェザーレを追いかける。

金髪の美しい人形ウルリケは、カリガリを刺そうとして失敗し、自殺してしまう。

観終わってみると、クラインの壺のような劇だった。ただ、なによりウルリケの名が、壺の表面についた小さな傷のように心に残った。

(ドイツ赤軍のウルリケ・マインホフ。彼女がオルデンブルク出身と知って、ますます興味がわいた。オルデンブルグは、私が5年前に訪ねた、ホルスト・ヤンセンが幼少期に過ごした家がある町だ。)

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高田馬場へ歩く途中で、谷正親先生に出会った。早稲田大学の安保法制反対のデモの帰りだそうだ。

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上着を忘れたことに気づいて、あとからラビネストに戻った。

熱演した三人の役者さんが、地べたに座って休んでいた。劇場の中では、舞台や美術を片づけるのでとんてんかんてん忙しく作業していた。

「上着あってよかったね。」と役者さんに声をかけられたので、「かっこよかったです!」と言ったら「1m50cmのおなかつけてるのに?」とにこっと笑ってくれた。この三人の役者さんは、すごく味のある人たちだ。

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高田の馬場と言えば、私の大好きな場所がある。かつて喫茶店「らんぶる」があった跡の横の階段。しばらく来なかったが、まだ壊されていなかったことに感涙だった。

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この罅割れたいびつな階段と、無造作に生えてくる夏草の生命力が、たまらなく愛おしい。

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私の大好きなヒメムカシヨモギ、ノボロギク、ハルノノゲシ、メヒシバ、エノコログサ、まだ潰されていなかったんだね、と涙がでてきてしまう。

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その時、どこからかフッと忍者のように忍び寄る猫あり。

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まだ若い敏捷な白黒ぶちの猫。
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廃屋の屋根の上を慣れている様子で移動。

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カラスウリに覆われている廃屋の屋根の

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ある穴を目指して来たようで、

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ある一点から中に入って行った。私の生まれた家も、こんな風によく猫がはいっているようなので、猫の賢さに納得。どうか長生きしてほしい。
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この階段を上から見るとこんな感じ。

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かつて古い煉瓦の素敵な喫茶店「らんぶる」があった場所。この喫茶店には学生の頃の田中真紀子も通ったという話を聞いた。

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空き地にはマツヨイグサ(宵待ち草、月見草)と、やはりどこにでも生えるメヒシバとエノコログサが茫々に生えている。黄ばんだ大谷石の上にはヨウシュヤマゴボウとワルナスビ。雨に濡れて色が濃くなり、光るセメント。

こういうところが、私の原風景である。幼い私が一日中、飽きもせず植物に触り、小さな虫を見つけ、石のかけらを集めたりしていた場所。

都会の片隅の、端っこの、誰も関心を持たない、私にとっては宝物でいっぱいの場所。

8月28日

がんの定期健診のため鎌ヶ谷の病院へ。

電車は川を四つ越えて行く。四つめの川のほとりに20羽ほどのサギがいた。

電車の高架の上から見る不思議な螺旋階段のある廃屋は健在。いつか降りて歩いてみたいと思ういくつかの駅。

「福山さんは夏バテするとすごくやせちゃうからね。」と言われた。浅井先生はあいかわらず優しくて落ち着いていて素敵だった。

都心では見ることのないイオンに入ってみた。グリーンアイのオーガニック紅茶を4箱買って帰った。無農薬紅茶の中ではグリーンアイのものが安いので。

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