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2016年4月

2016年4月29日 (金)

一ノ関圭 手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞

4月28日

一ノ関圭先生が第20回手塚治虫文化賞のマンガ大賞を受賞!!おめでとうございます。

一ノ関先生は、私が子どもの頃から心酔していた本当に大、大好きな漫画家さんです。

あまりに一ノ関圭先生の絵に惚れこんでていた私は、『デッサンの基本』をつくる時に、どうしても先生のデッサンを本に載せたくて、先生にわがままを言ってお願いした。

そして一ノ関先生とお会いして、お話を伺う機会を得た。

一ノ関圭先生は、思っていたとおり、とても聡明なかた。余計なものがなく、正直で、寡黙で、才能のある人ならではの、自分の創作に集中する激しさを秘めておられるかただった。

体験と思考が収斂して、それが深いところに集中していく感じというのか、この人は本当にすごい人だと思わせる空気。

本当にかっこいいかたです。

「裸のお百」の掲載されている『ビッグゴールド』を今も持っている。

ものがたりの最後で、お百が黒死病(ペスト)になってしまったところの「見ないで!あたしを見ないで!見ないで!」というネームのシーン、『ビッグゴールド』掲載時はミケランジェロの「瀕死の奴隷」の絵になっていたと思う。それがコミックス(単行本)に収められた時は頭を抱えてうずくまる女性の身体の絵にかえられていた。

私が激しく一ノ関圭に惹かれた理由に、もちろんなまめかしい人物の線と表情と、濃やかな心理描写というのは大きいのだが、女の生きざま、特に今よりもっと女性にとって厳しく生きづらい時代に、女がおのれの生を燃やし尽くして生きるありさまを描いたものがたりに惹かれる。

「らんぷの下」、「だんぶりの家」、「女傑往来」など。

特に「だんぶりの家」は、幼い頃から誰よりも頭がよくて、活発で、きかん気で、意志が強く努力家の、「かんな」という女の子がとても魅力的で、彼女が数々の困難を乗り越えて女医の道を歩んでいく話と思いきや、あっさりと東北の飢饉のせいで亡くなってしまう、涙なくしては読めない話。

もうひとつ、一ノ関圭にひどく惹かれた理由は、「絵を志す」人を描き切ったことだ。

本物の絵描きが描かない限り、「絵を志す」ものの凄惨さが描けるはずもなく、今まで数限りなくあった「絵を志す」人がテーマのマンガ(たとえば昨今の美大生が主要な登場人物であるものなど)はまともに読めないものが多かった。

一ノ関圭だけがその凄惨さを描いた。

「らんぷの下」は、当時、才能があっても女が絵で身を立てていくには厳しい時代、青木繁を愛し捨てられた女が、自分の絵の才能を開花させることを捨てて、青木繁のライバルに身を捧げる話(結局破局するが)。

「黒まんとの死」は、同じ画塾に通う主人公が、「黒まんと」の絵の才能に心底嫉妬し、その嫉妬が「黒まんと」を死に追いやる話。

絵の才能がある者と、才能がない者の、いかんともしがたい差と、軋轢と、さらによしんば才能があったとしても報われなかったり、あっけなくこの世を去ってしまったりすることの無情を、一ノ関圭は描き切っているのだ。

(しかし一ノ関圭が描いた、絵の才能をもつ者に対するもたない者の嫉妬というテーマも、経済のもとになにもかも平準化されてしまう今の時代には、わかりにくいテーマになっているのかもしれない。)

「裸のお百」の主要人物「らくだ」(弥平)が作中で描いた絵(挑戦的な人体群像)が素晴らしいのに、黒田清輝だけが反対して白馬会の展覧会に飾られなかったことが、自分のことのようにショックだったので、どうしてもその絵を『デッサンの基本』に載せたかった。

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2016年4月28日 (木)

牡丹 菫

4月19日

暖かな日に母に春の花を見せてあげたくて、朝から母の車椅子を押して施設近くのお寺へ。

このお寺の庭に素晴らしい牡丹が咲いていることを、つい一昨日発見していた。

門を入ると中門までの道にまるで植物園のように何種もの牡丹。

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牡丹は直射日光にあたると萎れてしまうので簾の屋根で日除けがしてある。

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「百花の王」とも言われる牡丹。さすがに花が大きい。

ジャコメッティがライオンを「百獣の王」と呼ぶヒエラルキーに疑問を呈したように、牡丹が最も魅惑的な花とは私は思わないけれど、豪奢でありながら脆いところに妖しい魅力がある。

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火炎のような花びらの白い牡丹。近藤弘明が涅槃のような景色として描いていた海一面に燃える牡丹を思い出す。

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庭にはいると、庭の真ん中に大きなしだれ桜(今は葉桜)、庭の周囲は全部色とりどりの牡丹。

素晴らしく丹精された庭なのに、ほとんど見に来ている人はいない。鳥の声と葉擦れの音ばかり。

しだれ桜の樹とスダジイの樹を鳥が快活に往復していた。

庭師の人が3、4人もいて、丁寧に牡丹の世話をしていた。ひとり女性の庭師の人がいらして、「いい匂いがするでしょう?」と声をかけてくださった。

母はいつも傾眠なので、いっしょうけんめい話しかけて眼を開けてもらおうとするのがたいへん。車椅子を動かして精一杯母の顔を牡丹に近づけて、私が指で母の瞼を持ち上げて「ほら、見える?」と言うと「うん。」「牡丹祭りだね。」と言うと「牡丹祭り。」と。

母は本当に植物が好きで、母が元気だった頃はよく一緒に花を見に、いろんなところに行ったものだ。

母は田舎育ちでたくさんの草木をよく知っていた。私が幼い頃、一緒に歩くと母はいつも土手の雑草や小さな樹の実の枝を摘んでいた。

私は母に似て、4、5歳の時にはもう草花に夢中で、地面にしゃがみこんで飽きもせず一日中雑草を摘んでいたりした。

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薔薇のようにも見える白い牡丹の花。
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私は斑の花が大好きなのだが、斑の牡丹は初めて見た。

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珍しい台咲き(蕊の上から花弁が出ている)の牡丹を発見。

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庭の隅には散りかけの八重桜(関山)と、咲きかけの藤棚。風が吹くたび、藤の匂いと牡丹の匂いが帯のように空中を彩って流れるのが見えるようだった。

上も下も春の花盛り。幼い頃に持っていた絵本の中の春の庭の絵のようだ。中国の物語で、主人公が不思議な館に連れられてきて、東、南、西、北それぞれの窓を開けると、春、夏、秋、冬の庭があるという話。

一時間ほどお寺の庭にいた。

そのあと昼食の介助。きょうはめずらしく母はよくむせた。ゴホッとむせた時に私が「あっ!」と声をあげて背中を叩いたりさすったりすると職員のかたが飛んできてくれる。

きょうは職員のF馬さんがとても親切にしてくれた。

一階でケアマネのK島さんと久しぶりに会った。

きょうは7、8回もむせたので、私の介助のせいでむせて食べ物が肺にはいったら危険じゃないか心配、と言うと、むしろ咳こんでいるようならだいじょうぶ、と言われた。

施設から駅への帰り道で、大好きな濃い紫のスミレの花が咲いているのを見つけた。

スミレにはたくさんの種類があり、葉がハート型のタチツボスミレや丈の低いノジスミレはよく見かけるのだが、この、葉がパレットナイフのような形で丈が高めのすっとしたスミレにはたまにしか会うことがない。

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そういえば昔、母が近所に咲く丸葉のスミレではなくて、葉の尖っている濃い紫のスミレが見たい、とよく言っていた。

母が田舎で大好きだった花で、母の感情がうつってしまったように私が特に大好きになった花は、この濃い紫のスミレとヤマユリだ。

ちなみに西洋には、この尖った葉のスミレはないらしい。スミレの描かれ方に興味があり、西洋のスミレを描いた絵をたくさん見たが、全部、大きな丸葉のスミレ(ニオイスミレ)だ。

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2016年4月25日 (月)

宇野亜喜良さん訪問 / 沢渡朔ナディア展 / 銀座奥野ビル

4月15日

小学生の時から憧れていた宇野亜喜良さんの仕事場を訪問。

宇野亜喜良さんの次に出る画集のゲラや、私が持参した『ILLUSTRATION NOW 宇野亜喜良の世界 失楽園の妖精たち』(1974年、立風書房)を見ながら、その絵が描かれた当時の思い出など、非常に興味深いお話をたくさんうかがった。

首に細いスカーフを巻き、長い花柄のスカートをはいた少女の絵。

・・・「あの頃(60年代)、僕は銀座にいたんだけど、みゆき族っていうのがいてね。中学生や高校生の女の子が大きな紙袋を持って、銀座のトイレで着替えて街に繰り出す。マキシが流行っててね。警察に取り締まられていなくなっちゃったんだけど、誰かが悪さしたのかな。」

若い頃の宇野さんの奥様(元女優の集三枝子(つどいみえこ)さん)が女性器のかたちをした大きなオブジェに両足を入れて、裸で背中を向けて立っている写真。

・・・「これ(オブジェ)、ジュサブローが作ったんだけど、不評でねえ。おまんじゅうみたいだってみんな言うのよ。ジュサブローは子どももいるけど、やっぱり女性にはあんまり興味が持てなかったのかな。」

巌谷國士の本に描いた挿絵。

・・・「今は澁澤龍彦を受け継ぐ人がいないな。このひともちょっと違うしね。」

私が怖すぎてショックを受けた竹内健の『世界でいちばんコワイ話』の挿絵。

・・・「この人が寺山さんに会って演劇を勧めたらしい。」と宇野さんはおっしゃった。

私がはるか昔に読んだこの本の内容を曖昧だが覚えていて、その話をしたら、「よく覚えてるね。」と感心された。

赤から始まって青色、黄色、銀色、紫色、藍色とそれぞれの色をイメージした恐ろしい話が続く。各話の冒頭に短歌が載っている(あかねさすむらさきのゆきしめのゆき・・・など)。初めの」「赤」は「ママのマニュキアが真っ赤に光っている・・」というような文で始まる母親に殺される少年の話。「黄色」は盲目の少女の瞼を少年が切る話。最後は「藍色」で深い湖に落ちるとその底に穴があり、その穴を落ちるとさらに深い湖があり、永遠に落ちて行くという話、さらに宇宙の暗闇の黒色で終わったような気がする。

『新婦人』の表紙(1961~1966)。

・・・紙を頭のかたちにくりぬいてカメラの前におき、その紙に背景と同じくらいの光を当てて顔を撮影し、イラストと合体させたそうだ。麻生れい子(その当時のトップモデル)が「宇野さんは私を小人にするからイヤなんて言ったんだよ。」

セーラー21金ペンのジュリー(沢田研二)が馬に乗っている絵。

・・・(TVCMでは)「ジュリーが馬に乗っているように見せるために、お金を入れて動く遊具に乗せてやったら、全然馬に見えなくてね。そしたら半日練習して本物の馬に乗ったんだ。ジュリーはよくやった。」とのこと。ジュリーは最近太りましたよね、と言ったら「あそこまで気にしないっていうのもかわいい。」とおっしゃった。

「あの頃のモデルはみんな気概があったな。井上順の奥さんだった青木エミなんかも、顔だけ出して胸は胸専門のモデルのを使おうって言ったら、私の顔に違う人の胸をつけるのはおかしいんで、私が脱ぎます、なんて言ってね。」

沼正三の『家畜人ヤプー』の挿絵。

・・・「沼正三は誰だかわからなくてね。あの頃はどこかの出版社の編集長だとか言われてたな。」

『デザイン』(1965)の表紙。

・・・この頃まだなかった「スーパーリアリズムをアクリル絵の具でやってみた。」

Aquiraxというサインについて。

・・・「亀倉雄策はKame、伊藤憲治はKen、みたいにみんなサインは短かったんだけど、関西のデザイナーの早川良雄や山城隆一のサインが長いのを見て、長いサインにした。」

沢渡朔さんが撮った宇野亜喜良さんの若い時の写真について。

・・・「これ、滅茶苦茶かっこいいんですよね。」と言うと、「これ、女性器を胸にペイントして、毛をつけてるの。」と言われ、驚く私に「ヘアメイクの人がいたから簡単にできた。」と。

私も先日行ったAKIO NAGASAWA ギャラリーの「NADIA展」で沢渡朔さんに会われたそうだ。「朔君は口数が少ないでしょ。」と仰っていた。NADIAを撮るために、奥様を実家に帰してから旅立ったとか、その時初めて聞いた、と。沢渡朔さんの娘さんはよく仕事場に遊びに来られていたそうだ。

沢渡さんが昔、秋吉久美子を撮った写真集が近く出るとか。「高畠華宵はその時代と切り離せない画家だけど、竹久夢二は現代でも通る。彼もそういう写真家だな。」

詩人について。

・・・「詩人ていうのは、みんなナルシストだね。自分の声が好きなのか、詩の言葉が好きなのか、朗読したがる。河盛好蔵がコクトーの講演会に行ってキンキン声でがっかりしたなんて言ってたな。」

白石かずこさんの娘さんを連れてデヴィット・ボウイやT-REXのコンサートに行ったことがあるそうだ。「そしたらピアノの発表会に行くような服装で来たからびっくりしたね。会場は子どもたちと老人だったな。」

現代美術について。

・・・「今、現代美術って言ってるものは、昔の現代美術とは違うね。昔はコンセプトがあったけど、今は売れたらなんでも現代美術だって言ってる。」

「僕の絵を、あるカテゴライズでくくってグループ展に出すのは断っている。分類やタイトルが何か違う、と思って。」

最近売れているある絵描きXの話が出て、「彼はすごくよく描いてるから。」と宇野さんが言われた時、「私はXは好きじゃありません。宇野先生のように、少ない線と微妙な色で多くを物語る絵が好きです。絵の詩情、想像力をかきたてる強度がまったく異なる。」と言ったら「そう言われると嬉しいけどね。」と仰った。

それから、恐る恐る私の絵を見ていただいた。私はほとんど人物を描くことがないので、宇野亜喜良さんはまったく興味を持ってくださらないと思っていた。

以前の作品の絵葉書とスケッチブックを見ていただいたら、「こういう絵を描いているんならXなんか物足りないでしょう。」と言われて感激した。私の絵を「北欧の画家の絵のように感じる。レンブラントとか、デゥーラーとか。」と言われて驚く。

薄紫の細い筋がはいったアネモネの(私の)絵について、「これはホワイト使ってるの?」と聞かれて「これは全く使ってません。」と応える。

ホワイトを使っているのかいないのかを聞かれたことに、ものすごく感動した。

ある絵に関しては、一切の修正(ホワイト)を入れないことが、絵の臨場感であるということ、ある絵に関しては、最初からホワイトでハイライトを入れることを前提で描くのが当然であるということ、それはその絵、それぞれの必然であること。

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・・・

麻布十番のあたりは、父が生まれたところであり、私が幼い頃、祖母に連れられて祖父のお墓参りの後に、よくこの商店街で食事をしていた記憶がある。

短い商店街を一周すると、いくつか昭和の面影のお店が残っていた。

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昔、祖母の仲の良かった友達の家が、この近く、麻布狸穴(まみあな)のあたりにあり、よく連れて行ってもらった。

その家は、私の背よりはるかに高い向日葵やあかまんま(オオケタデ)、百日草や花魁草が咲き乱れる庭の中に埋もれるような木の家だった。その庭を探検するだけで夢のように楽しかった。

「まんまの樹」(オオケタデ)が大好きになったのはその頃。

子供心にも、都会の真ん中にそこだけぽつんと鬱蒼とした花園と古い木造の家があることがとても不思議だった。まさに私にとって「秘密の花園」だった。

(今思うと、戦争で祖父母と父が住んでいた家はなくなってしまったけれど、そのお宅は残ったのだろう。祖父母と父は疎開から帰って来て西新宿に住んだ。)

ひとつ年上の男の子がいて、きれいな御菓子の箱に大切に集めていた宝物をくれた。

それは、その家で脱皮した白い蛇の抜け殻や、庭で収集したいろんな種類の蝉の抜け殻だった。「くれるの?本当にいいの?」と私は大喜びしていただいて帰り、毎日その箱を開けてながめていた。

大きなお姉さんが3人いて、水野英子の大人っぽいまんがを読ませてもらって意味もわからず夢中になったりした。

いつしかその家がなくなって、その家族がどこに引っ越したのか私にはわからないのだが。夢のような素敵な家のこと、かわいがってもらったことをずっと覚えている。

4月10日

沢渡朔さんからご案内をいただいていた「ナディア」展の最終日、銀座のAKIO NAGASAWA ギャラリーへ。

暗いところで撮った動きの残像が残る幻想的なモノクロの写真をずっと見ていた。

ナディアのモノクロとカラーの写真集(54000円)とモノクロのみの写真集(32400円)カラーのみの写真集(27000)円の出版記念展らしかった。

そのあともうひとつ沢渡さんの展示をしているギャラリー小柳に向かったが、日曜休廊だった。

・・・

通りががりのLIXILで、偶然「薬草の博物誌」展をやっていたので入った。私の大好きな関根雲停の原画を見られたので興奮した。

以前、牧野富太郎コレクションの展示の時にも関根雲停を見ることができたのだが、今回、一番痺れたのは「蝦夷蒲公英(えぞたんぽぽ)」。次に「月見草」と「翁草」。

「翁草」はいろんな色の花首だけを描いている。紫色の中の一部に紅色をぼかして入れていた。

「蝦夷蒲公英」は葉も花びらも捩じれている珍しい「糸咲き」の花だった。茎には緑を塗らずに赤い色のぼかしの部分を描いただけなのにも感心した。

「月見草」はひとつの画面にびっしり、書き損じの上にも重ねて変化の局面を描いていた。

・・・

それから1丁目のあたりを散歩。古いお洒落な建物を発見。岩瀬博美商店と書いてあるかっこいい外灯のついた建物。

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一階に「美術書 絵畫 閑々堂」という看板の店がはいっている古い建物。

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その後、私が以前個展をやった画廊のすぐ近くの奥野ビルは今どうなっているのか見に行ってみた。

細い道を挟んで向かいに大きな新しいビルが建っていて、まわりの様子がすっかり変わっていたのですぐに場所がわからなかった。私が個展をやった画廊のあったビルはもうなかった。

個展をやった時は毎日通った懐かしい裏通りの店もほとんど以前の面影はなかった。

1932年竣工のアンティークな趣の奥野ビル。よくドラマの撮影に使われているようだ(「グッドパートナー」などなど)。

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しばらく来ないうちに一階はおしゃれな店になっていた。
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2016年4月11日 (月)

百草ファーム 六地蔵 多摩川

4月9日

Mと百草の山を歩く。

まずは、気になっていた六地蔵を目指して、人気のない細い山道を登る。

木々の新芽は、今まさに開いて空気に触れたばかりの淡い黄緑。山藤の蔓が大蛇のように小楢の幹に絡まっていた。

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踏みしだく土の上には、どこを歩いても桜の花びらが散りばめられているのに、桜の木はどこにあるのか見えない。

離れたところに点在する山桜の樹から花びらは強い風に乗って運ばれ、まんべんなく山道を埋めていた。

山の中を通って百草園の正面に出た。入園せずに横を通り過ぎたが、百草園の斜面は今、澄んだ薄紫のミツバツツジ(三葉躑躅)が満開だった。

百草八幡の前を左折して丘を下る。

ソメイヨシノの花びらはほとんど枝に残っておらず、空中を舞っていた。どこもかしこも早緑、鶸色、 灰桜の点描。

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しばらく行くと、ぽっかりと畑が広がる場所があり、畑の向こうに赤いよだれかけが六つ見えた。下は六地蔵側から畑を見た景色。

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百草の六地蔵。真ん中には観音像のようなものが。一番右のお地蔵さまは、欠けて顔も身体もわからないただの石のようになっている。

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六地蔵のところからさらに丘を下る。斜面にはタチツボスミレ、タンポポ。

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下はカラスノエンドウと濃い紫のキランソウ(金瘡小草)。

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百草ファーム。小学生の女の子が二人、先に窓から牛舎を見ていて「今、ちょうど搾乳のところ。」と振り返って私に教えてくれた。

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一頭だけいた山羊。
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幼い仔牛。

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下はファームの近くにいた牛と同じ柄のにゃんこ。

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下は山道を下りきったところにいたレッサーパンダのような顔のわんこ。
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それから多摩川に出た。川べりにも春が来ていた。

ツグミの大群がピィピィ、キャッ、キュウ、と騒がしく鳴きながら、大きな樹の枝枝から草原へ、また中空へ、と一斉に移動していた。

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河原は一面にセイヨウアブラナ。

柔らかな菜の花と違い、茎と葉が硬くつるつるしていて緑が濃い。向こう岸に真っ白いダイサギが3羽いた。

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大栗川のほとり。鳥を撮影している人がいた。

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地層と川の水平と、貴石の粉をまいたような微細な新芽の色のグラデーションが美しかった。

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2016年4月 8日 (金)

桜 / S木R太との仕事が大きな山を越える

4月8日

きょう、ひとつの大きな仕事が山を越えた。

R太が昨晩2時過ぎまで、今朝も朝から頑張ってくれたおかげで、私自身のやることは少なかった。

この二か月、普段の私にはあり得ないほど、たくさんの人(自分の仕事関係とは、まったく違う世界の人たち)と会い、落ち着いて絵もかけないほど慌ただしくしていた。私のまったくの専門外のことで、的確にサポートしてくれる人を捜していたのだ。

皆、それぞれ違う見解を提示する中で、誰が私にとって最も有益な提案をするか、誰が誠実かの判断を迫られた。

その中でS木R太が本当によく対応してくれた。

最初電話で話した時は、舌足らずのしゃべりで、どんな浮ついた男が来るのかと思ったが、実際の容貌はすごく落ち着いていて、仕事熱心だった。顔立ちは要潤に似ている。顎がしっかりしている骨格の構造上、舌足らずになっているみたいだ。

彼は歳を隠していたので32才くらいかと思ったら、何回か会ったあとて24才と聞いて驚いた。

彼は私が好奇心にまかせてする専門的な知識に関しての質問にも、迅速かつ的確に、過不足なくメールで応えてくれた。

私にとって重要なこと、これだけは譲れないことについて、ほとんど理解されることがないので普段、あまり人に話すことはない。

それが意外なほど話しやすかったのは、R太が非常に正直で、かつ温和で柔軟な性格であり、面倒な仕事を物ともせず、馬車馬のように働くことを楽しいと感じるような人だったからだ。

彼には私の細かさ、気難しさを苦とも思わず対応してくれる誠実さと、理解力、判断力、行動力があった。

打ち合わせの時は、どこにいても禁煙で肉料理の匂いのしない店をさっと選んで連れて行ってくれた。それで私は人と会う時の過剰なストレスを感じないですんだ。

R太の実家の室内で飼っていたゴールデンレトリバーの姫ちゃんは、すごく大切にされて、子宮癌の手術も乗り越え、大型犬は寿命が短いにも関わらず18歳まで生きたそうだ。

動物が結んでくれた縁だと思っている。

彼の母親は、イギリス人の血が混じる非常にヴァイタリティのある自立した女性だそうだ。そのせいか彼も小学生の頃から自立心旺盛だったらしい。

4月3日

善福寺川沿いの桜を見に行く。薄灰色の空の下、桜は紅を増して見えた。

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松ノ木グラウンドの近く。毎年、淡い刺繍糸のような細い若葉がそよぐのを見るのを楽しみにしていた大きな柳の木が切られてしまっていたのが悲しい。
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両脇に籔椿と乙女椿が咲き、天井は桜のアーチになっている、私の好きな場所。曇り空で写真ではわかりにくいが、桜の花で空が塞がれている。

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昔は花見客のための旅館が連なっている一大観光地だっという瓢箪池の横を抜け、川に沿って荻窪方面へ歩く。

いくつかの子ども公園を過ぎ、五日市街道を渡ると、ここらへんにこんなに人が住んでいたのかと思うほどたくさんの人が、川の両脇の道にシートを広げてお花見をしていた。

毎年桜の季節にここに来る、相生橋からの眺め(川下側)。両側にびっしりソメイヨシノ。
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相生橋からの眺め(川上側)。こちら側には緑と白の点描の山桜が多い。

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大好きだった阿佐ヶ谷住宅(前川國男1905-1986が設計した今はない集合住宅)の近くの川べり。
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4月1日

所用で九段下に行く。帰りにお堀の桜を見た。

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お堀の柵には、たくさんの人が乗り出して桜の写真を撮っていたが、お堀の中は人が入れないので、とても静かな写真が撮れる。

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曇り空。強風。咲いたばかりなのに、灰緑の水の上には花筏が浮かんでいた。

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桜の下に一面の蕗の薹の花。

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きょうはS田さんとの打ち合わせだった。

R太の上司のS田さんもまだ27歳で、容貌はR太以上に華やかな チャームを持っている。彼もまた、親 がロシアとのハーフだそうだ。S田さんは仕事に厳しく、可愛い顔をして「鬼軍曹」と呼ばれているらしい。

3月27日

桜より一足早く満開になった雪柳と。

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ミモザの花は3月の半ばに満開だった。今は茶色い金平糖のようになって枝にくっついたままだ。

大宮八幡宮の桜は三分咲きだった。

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2016年4月 4日 (月)

フィギュア世界選手権2016

4月4日

フィギュア世界選手権の個人的な感想。

浅田真央の「素敵なあなた」。鮮やかなつつじ色の衣装で、華やかに女っぷりを見せつけるプログラム。ジャンプのミスは惜しかったが、表現がより大胆に魅力的になっていた。

そしてFPの「蝶々夫人」。

正直、私は最初、あまりこのプログラムに期待を持てなかった。それは彼女がこの曲に思い入れがあるとしても、それが動作としては外に伝わりにくく、非常に「内面的」「観念的」なプログラムだと感じたからだ。

「日本人的なもの」の概念は常に不明であるし、そこにオペラ作品として盛り上がる悲劇のカタルシスがあったとしても、ヒロイン「蝶々夫人」の生き方に日本人女性的な素晴らしさがあるのか、よくわからないからだ。

しかし、シーズン最後の浅田真央の「蝶々夫人」の演技は、今までで最も力強くダイナミックに、張りつめた想いと強い意志が顕われていた。

軽やかで優雅なだけではない、これまでの道のりの重み。

後半の曲調が変わる部分。激しく腕を振り、もろもろの不安や迷い、気弱な気持ちを振り切り、思いのたけで前へ駆け出す。そして最大限に息を吸い込み、風を切って氷の上を疾走。

これまでも困難を乗り越えてきたように、これから何があろうと、自分の意志を貫き、やれるところまで惜しみなくやりぬく、と言っているように私には見えた。これは浅田真央の物語なのだと。

演技を終えた時の素晴らしい汗。精一杯やり終えた、という安堵の表情。この晴れ晴れと輝く顔を見られて嬉しい。復帰してくれたことが本当にありがたい。

そして一日経ったエキシビションの後に、彼女は「悔しい気持ち方が大きい」と言った。来年はもっとすごいものを見せてくれる、と。さすが浅田真央だ。

競技選手でいられる時間が有限であればこそ、個人的には、次こそいわゆるきれいさ、透明感を見せるプログラムよりも、多少奇矯なくらいの重厚さ、濃密、深遠を見せる意外性のあるプログラムをのぞんでいる。

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宇野昌磨の「トゥーランドット」。武者震いが伝わってくる気迫。まさかのジャンプの失敗。そのあとの渾身の演技。そしてインタヴューでの涙。

あまりにも彼のアスリートとして、表現者としての、気高さそのものを見せられて、もらい泣きしてしまった。今回の大会で男子で最も魂を奪われた演技だった。

インタヴューで、彼は、まったく顔を歪めなかった。まっすぐに眼を見開いたまま、彼は感情を抑えて淡々と答えた。呆然としていたのかもしれない。涙は彼自身にも気づかれていないかのように、ぽたぽたと垂直に落ちた。

浅田真央のオリンピックの「鐘」の演技が終わった後の、すべての思いを押さえて声を飲み込んで「あっというまに終わってしまいました。」と答えた時の、彼女の頬をつたった涙を思い出した。

彼にはまったく余計なものがない。

彼は若くして思慮深く、気概があり、どんな動きも美しく人間の目を奪うつやつやした野生動物のようだ。どっしりとした確たるものを感じさせる稀有なスケーターだと思う。

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また、ポゴリラヤのSP、「ヴァイオリンと管弦楽のためのボレロ」に魅了された。

直前のグレイシーゴールドが素晴らしい出来で、非常に高い得点が出た直後、しかも最終滑走だった。

確かにグレイシーは美しく完璧な演技だった。しかしポゴリラヤにはそれ以上の、内側から発する、彼女独自の、表現の魂のようなものがある。

ポゴリラヤが音と同調して滑りながら、肩、肘、指先までも絶妙に動かして呪文をかけるたびに、赤い蒸気が空中にぼわっと噴き出す。そして彼女の演技は激しいと同時に、空気の上に乗っかっているように柔らかい。

ほんの微かなひねり、ほんの僅かな角度で違って見える優雅のニュアンスを、ほとんど無意識に彼女は心得ている。彼女の身体は、陽炎が立つように妖しい女性的な表現力を持っている。

そしてポゴリラヤのエキシビションに鳥肌がたった。「ロマノフ王朝の最期」。これは私が大好きなプログラム、タラソワが浅田真央に振付けた「シュニトケのタンゴ」だ。

しかもポゴリラヤが演じたのは、おそらく、このタンゴが使われた私の大好きな演劇「愚者との生活」(エロファーエフ台本)にインスパイアされたプログラムだ。

「愚者との生活」は国家に対する揶揄や寓意でもあるが、自分自身が愚者に翻弄されるうちに、愚者に惹かれ、妻と愚者をとりあい、愚者は妻を殺して去り、残された自分は愚者そのものになるという、めくるめく意味とイメージの刺激的な芝居だ。

半身の真っ赤なドレスは、愚者にはさみで首を切り落とされた妻の亡霊で、もう半身の白い(拘束衣にも見える)衣服は愚者なのか。真っ赤な半身は血潮、情念、若い女性、白い半身は狂気、とも見える。

狂気に苛まれながら、狂気から逃亡しようともがくが、狂気から救ってくれるはずの熱い情念の力が、自分をさらに追い込んでいくようにも見える。

狂気。痛み。分身。恐怖。焦燥。情念。生命力。不条理。シニカル。切望。分裂。逃亡。喪失。倦怠。静寂。

マルセル・プルーストの亡霊。愚者が捧げ持つチューリップの花。愚者が持っているはさみ。首を切る仕草。

17歳のポゴリラヤが、ここまで通俗を排した、まさに私が見たいと望んでいたプログラムを見せてくれたことに驚愕した。

浅田真央のタンゴが見たい!!

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アダム・リッポン。彼もとても不思議な魅力を持った選手だ。母国開催の大会で嬉しそうな笑顔が見られてよかった。

最近は髪型も、プログラムも精悍な感じになってきたが、私の一番好きだったのは「牧神の午後」だ。あの何とも言えない神秘的な雰囲気のプログラムは彼にしかできないと思う。

私は彼の紗がかかったような、神話的な空気に惹かれる。

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