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2016年5月

2016年5月31日 (火)

ちゃび 定期健診

5月29日

明け方、激しい雨の音がしていた。

朝、9時にちゃびを動物病院に連れて行く。

昨年の11月18日以来だ。半年に1回くらいは血液検査をしておきたかった。

雨上がりの曇り空。紫陽花や柘榴の花や枇杷の実に雫がいっぱい。ひさしぶりに空気がひんやりしていた。

ソフトキャリーを肩にかけて病院へ歩いて向かう途中、ちゃびが全然声を発しないので具合が悪いのかと心配になる。ちゃびはけっこう重たく、ソフトキャリーの底がちゃびの体型に合わせてぐにゃっと沈んでいるので持ちにくい。

朝一の病院はけっこう混んでいて3~4番目くらいだった。椅子で30~40分待っていると、今頃気づいて文句を言うかのようにキャリーの中のちゃびが「にゃあ~、にゃ~」と鳴き出した。元気がないわけじゃなかったので少しほっとする。

病室にはいってまずは体重測定。4.2kg。また増えてる!ついに4kg超え。

口の中を診てもらって「少し貧血が心配かな」と言われる。採血の時、ちゃび絶叫。私は心配で涙目。

血液検査の結果を待つ間、前より一段と腎不全が悪化しているのではないかと心配で胸がつぶれそうだった。

待合室で動物の雑誌を読みながら待つ。犬と猫の長寿自慢の投稿写真を見ていた。それぞれの顔を見ているとよくがんばってるね、と胸が熱くなる。にゃんこでは25歳の子が、わんこでは20歳の子が最高齢だった。

12時近くなって、やっと血液検査の結果を聞く。「よくなってるね。」という快作先生の意外な言葉に嬉しい驚き。

CRE・・・3.6、BUN・・・45.4で前回よりも数値は低くなっていた。 貧血もHt32で正常値内だった。

数値が下がった理由として思い当たるのは食事だ。前回の検査までは食べられなくなったことが一番の心配だったので、とりあえず食べられるものを何でも食べさせること優先で、ほとんど腎臓ケアのドライを食べていなかった。

前回の検査以降は腎臓ケアのドライに慣れて食べてくれるようになったので、おやつは一日一回、「コンボ15歳以上海の味わいスープ」か「銀のスプーン三ツ星ジュレ20歳」のみにして、そのほかはヒルズのk/dドライをひたすらあげていた。

以前より吐かなくなったのに、プロナミドを飲ませ始めたことが大きいような気がする。はっきりとはわからないが、この半年、プロナミドを飲ませるようになってから、ほとんど一回もセレニア(高価な吐き気止め)を飲ませなくてよくなった。

最近は昼プロナミド半錠、夜プロナミド半錠、ぺリアクチン1錠の1/6、ピモベハート1錠、食欲が出ない時にセルシン1mg、吐いた時にガスターでなんとかうまくいっている。

ちゃびは、もうすぐ19歳になる。

最近、動きがまったりして気だるそうにしていることが多いが、調子はまあまあで、何回にも分けて少しずつ食べている。

ちゃびは女の子なのに若い頃はけっこうな暴れん坊だったが、16~17歳くらいからおとなしくなってきたみたい。

以前はよく、朝おなかがすいているのに私が起きないと、高いところからけっこうな距離をジャンプして、眠っている私の胃の上にどーん!!と力強く足をつっぱるように着地してきて、ショックで私の心臓が止まりそうになることがあった。

3年位前までは私が絵を描いていると勢いよく私の肩に乗っかってきて降りなくて、私の首や背中が傷だらけになっていた。音楽をかけるとにゃあにゃあと大きな声で怒ったり。

最近、うるさく邪魔することがなくなったけれど寝る時は私の肩に顎を乗せたり、私の顎の下に顔をうずめたりしてぴったりくっついて甘えている。

無農薬のカブの葉っぱを食べるちゃび。

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長生きしてね~。

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2016年5月26日 (木)

阿部弘一先生からの原稿 / 顔の湿疹

5月24日

詩人の阿部弘一先生より荷物が届く。たいへん大切なものだ。

阿部弘一詩集『測量師』、『風景論』などの原稿、それらの詩集の毛利武彦の表紙絵。

私の師である毛利武彦先生からの阿部弘一先生への長年にわたる書簡。

ていねいに分類して年代順にまとめて、それぞれを紙紐で結んであった。

これらは、拝読させていただいてから世田谷文学館に収めたいと思っている。

阿部先生に電話し、大切なお荷物を拝受したことを伝える。奥様の介護がたいへんなご様子だったが、とても久しぶりに阿部先生のお元気な声を聞けてほっとする。

阿部先生のお話によると、1948年に慶應義塾高等学校が発足したときから、毛利武彦先生は美術の教師を勤められ、その2、3年後に阿部先生は事務職として同校に勤められたそうだ。

もともと絵がお好きだった阿部先生は美術科の部屋を訪れ、毛利先生と親しくなられた。そして阿部弘一第一詩集『野火』を出されるときに毛利先生が装丁をしてくれることになったそうだ。

お二人とも学生だった時に戦争を体験され、戦争が終わった20歳代に知り合って、その後、一生親友となる。

阿部弘一の詩がもっと多くの人に読まれるように、願いをこめて書影をのせておきます。装幀、カバー絵はすべて毛利武彦。

阿部弘一第一詩集『野火』(1961年)奥付及び扉は「世代社」となっている。詩集『野火』の中身が刷り上がり、あとはカバーだけという時に、社名が「思潮社」に改称された。

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詩集『測量師』(1987年思潮社)。

この毛利先生の描いたたんぽぽの穂綿は、私の大好きな絵だ。

たんぽぽの穂綿を描いた絵は数多くあるが、さすがに毛利武彦は冠毛の描き方が非凡だと思う。もっとも不思議で、すべてをものがたる冠毛の形状と位置を選んで描かれている。
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詩集『風景論』(1996年思潮社)
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帯があるとわかりにくいが、左向きの馬の絵だ。遠くにも人を乗せて走る馬がいて、手前の馬のたてがみは嵐にたなびく草のようにも見える。

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この『風景論』で阿部弘一先生は第14回現代詩人賞を受賞された。

この授賞式に毛利先生ご夫妻に誘われて伺った私は、その会場で、間近に踊る大野一雄の「天道地道」を見て、魂を奪われた。

毛利やすみ先生から毛利武彦先生の書いた阿部弘一先生の受賞に寄せるお祝いの言葉の原稿を送っていただいているので、ここにのせておく。私は師毛利武彦の文字を見るたび、師の絵と同じ質の知性と美しさと力強さに圧倒されて胸が苦しくなってしまうのです。

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阿部弘一先生が翻訳された本にはフランシス・ポンジュ『物の見方』、『表現の炎』などがある。また思潮社の現代詩文庫『阿部弘一詩集』がある。

阿部先生と電話でお話しさせていただいてとても嬉しかったことは、『風景論』からあとの詩をまとめることについて、本にしたい、と確かにおっしゃったことだ。

「もし、まとめられたら。本にして知り合いに配りたいけど、みんな死んじゃったからなあ。ポンジュも亡くなったしね・・・。」とおっしゃられたが、未知の読者のために本をつくってほしい。「嶋岡晨はいるな。あいつは昔から暴れん坊だった。」とも。

阿部先生は、彫刻家毛利武士郎(私の師毛利武彦の兄弟)の図録や、巨大な椿図鑑も、「自分が持っていてもしかたないから、渡したい」と私におっしゃる。

椿図鑑は宮内庁がまとめたもので、宅急便では送れないほど巨大なのだそうだ。私などがいただいてよいのか自信がない。うちはすごく狭いので、貴重な大きな図鑑をきれいに見る大きな机もないし、大切に保管するスペースがないのだ。

私は椿の花が好きだが、椿図鑑に関しては、私より、その本にふさわしい人がどこかにいそうだ。

大切にしていたものを誰かに託したい、という気持ちを、私は私で、最近切実に感じることが多くなっている。

自分が持っているより、それを使って生き生きする人に、それを託したい、と思う気持ち。

私の持ち物(絵画作品や本)は、いったい誰がもらってくれるのだろう、と考えることがよくある。それを考えるとすごく苦しくなる。

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毎年、春になると苦しめられる顔の皮膚の乾燥と湿疹について。

昨晩、唇にプロペト(白色ワセリン)をべたべたに塗って寝たが、唇が痛いと同時に唇のまわりがかゆくて安眠できなかった。

朝、鏡を見たら口のまわりに真っ赤な痒い湿疹ができていた。

唇は皮が剥けて、縦皺がなくなるくらいパンパンに真っ赤に腫れあがり、唇の中にも爛れたような湿疹ができている。

プロペトとヒルドイドクリームを塗るがおさまらない。どんどんじくじくしてきて、爛れがひどくなってくる。

唇全体が傷のようになってしまい、痛くて口をすぼめたり広げたりすることができない。しゃべるのも食べるのも苦痛。口を動かさなくてもじんじんと痛い状態。

毎年、4月、5月になると皮膚が乾いてチクチク、ピリピリ痛み、特に唇が酷く乾燥して真っ赤に剥けてしまう。常に唇にべったりプロペトを塗っているのだが治らない。

きのうあたりから唇の荒れがますます酷く、歯磨き粉が口のまわりに沁みて涙が出るほど。味噌汁など塩分のあるものも沁みて飲めない。口にする何もかもが刺激物となり、皮膚が炎症を起こして爛れてしまったみたい。

紫外線にかぶれる体質なので5時30分頃を待ち、マスクをして皮膚科に行く。

タリオン(抗ヒスタミンH1拮抗薬)10mg朝夕

ビブラマイシン(抗生物質)100mg夕

ロコイド軟膏0.1パーセント

夕食はハンペンとパンケーキ、豆乳、ヨーグルトですませ、夜9時にタリオンとビブラマイシンを飲んだら、10時半には痛みと痒みが少しおさまってきた。

5月23日

31度。真夏のように暑い日。

このところ、ずっと顔が乾いて、特に唇が痛くてたまらない。

とにかく洗顔で顔をこするのをやめようと思い、2週間くらい日焼け止めも塗らないで夕方5時以降しか外に出ないようにしようと決めていた。

しかし今日は2時から書道の日だったので、紫外線吸収剤フリーの日焼け止めを塗って日傘を差して、1時半頃に出かけた。

その後、唇の痛みが酷くなり、まともに食事ができない。

夜中、寝ているあいだ、やたらに口のまわりがざらざらして痒い。寝ているあいだに顔を掻いてしまう。

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2016年5月20日 (金)

5月の花 晩白柚 忍冬 草藤

5月8日

春紫苑(ハルジオン)の花が枯れかけて、姫女苑(ヒメジョオン)の花が今、盛り。

近所に柑橘系の庭木が多くある。金柑、夏蜜柑、獅子柚子、ザボン(朱欒)、5月の連休頃から一斉に柑橘の花が咲き、ハゴロモジャスミンの甘く湿った香りと混じる。(画像はすべてクリックで大きくなります)

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柑橘の花の大きさは、それぞれの実の大きさに合っていて、金柑の花は小さく尖り、ザボンの花は花弁が厚くぽってりしている。

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うちから歩いて3分くらいの細い裏道に、柑橘の中でももっとも果実が大きい晩白柚(バンペイユ)の樹があり、晩秋に初めてその巨大な実を見た時は、すごく感動した。

果実は25cmくらいになり、それが細い枝がしなるくらいに鈴生りになる。


5月15日

プーステブルーメ(たんぽぽの穂綿)の写真をマクロレンズで撮ろうと多摩川に行った。

だが、川沿いの草が刈り取られていて、かつて見たたんぽぽの群生はどこにもなく、撮ることができなかった。

草が刈り取られて地面がカステラみたいに平らになった場所に、もう茶色くなりかけたシロツメクサがびっしり咲いていた。

かつて切り倒された樹が無造作に打ち捨てられてあった場所。怪獣の骨のような奇妙なかたちの木片と枯れ蔓を夢中で撮った場所は、つまらない駐車場に変わってしまっていた。

それでも土手の手前のほんの僅かな一角の野生の繁茂、人の手がはいっていない部分だけは、初夏の花が咲き乱れていた。

ニセアカシヤ(ハリエンジュ)の花はもう落ちていた。ニセアカシヤの樹の幹や枝には鋭い棘があり、うっかり寄りかかろうとしたらたいへん危険。

ニセアカシアの幹に絡みついたスイカズラと、やはり棘で覆われたノイバラ(野茨)の白い花が満開だった。この一角だけを見れば、まるでイーディス・ホールデンが描いた香気でいっぱいの自然の植生が広がっているかのようだが、まわりは刈り込まれた公園だ。

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川沿いの土手のあちらこちらに、スイカズラ(忍冬、金銀花)の旺盛な群生が見られた。
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川沿いの空き地に咲いていた眩しい陽の色のオオキンケイギク(大金鶏菊)の八重。この花は2006年に特定外来生物に指定され、栽培が禁止されたらしい。

かつては緑化のために植えることを推奨されていたのに、今は栽培禁止という皮肉な植物。この一角はロープで囲われた花壇のようになっていたので、誰かが、たぶん栽培禁止のことを知らないでこの花を育てたようだ。

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チガヤ(茅萱)の種子がほころびていた。

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川上に向かって多摩川と浅川の分岐点の方へ歩いて行くと、ようやく草が刈り取られていない場所に出て、水辺に素晴らしいクサフジの群生を発見。
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青紫と赤紫と淡紫の微妙な色合いの蝶形花がすごく綺麗で、しばらく見とれていた。

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アカツメクサの赤紫色にも個体によって濃い花と薄い花があり、クサフジの青紫と絡み合って、繊細で複雑な織物のようだった。

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2016年5月 3日 (火)

高円寺大道芸2016

5月1日

4月30日から5月1日、恒例の「高円寺びっくり大道芸」。

街中、いたるところで風にのってハゴロモジャスミンのむせるように甘い香りがした。時折、柑橘系の花の香りが混じった。

まずは通算10回のけん玉日本一を誇る伊藤佑介さん。高円寺の大道芸に来るのは初めて。

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三万種類もの技の中からオリジナル技などを見せてくれる。

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なんとも誠実な感じで、派手さはないがしゃべりかたも非常に魅力的。

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次は毎年見ているセクシーDAVINCI。

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相変わらずしなやかな肢体で愛嬌たっぷりに笑わせる。美しいおしりも健在。

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そして初めて見てすごく魅せられたのはThe Enhlish Gents(ザ・イングリッシュ・ジェンツ)。

ネットで調べるとデニス・ロックとハミッシュ・マッキャンという名だが、ハミッシュはデニスからなぜか「ルパートくん」と呼ばれていた。

まずはすました英国紳士の装いで上品に紅茶をすする仕草から始まる。

それから地面に両手をつき、まるで重力がないかのように身体を浮かせてから、片手でスプーンを持ち紅茶をかき混ぜて優雅にすする仕草。

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両手の上に相方の両足を乗せて。

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この状態から人ひとり両手で持ち上げたまま起立。

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「私たちは紳士ですので、決して下品なことはしません。」とデニスがしゃべっている時に服を脱いではしゃぐ「ルパートくん」。「ルパート!だめだよ。きょうはファミリーのショーだよ。」と止めつつ、「裸を見たいですか?日本の皆さん、kinkyだね。」と脱ぐ二人。

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ハムストリングス(下肢後面をつくる筋肉)で人ひとりをもちあげる技。Sdsc08569

パンケーキという技。

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「こちら側にいる皆さんはお見苦しいので。おしりのほうから撮ったらだめだよ!」と言っている図。

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一番前の真正面で撮影していたら、「写真を撮ってますよね。」と言われ、「ではいいポーズをしましょう。クリスマスカードのようなポーズ。」

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究極の力技とすごいバランス技が淡々と続く。

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「それでは最後に私たちにしかできない技をやります。」と言って左手でルパートさんを上げる。

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この技は失敗し、「もう一回やっていいですか?」と聞いて今度は右手で上げる。

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この状態でだんだんと立ち上がる。
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フィナーレ「すき焼きが食べた~い!」と叫んで立ち上がる(後ろで見ていた小学生が興奮して万歳)。

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片手で軽々と山高帽をとって挨拶。後ろの小学生がずっと万歳。
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美しく驚異的な力技とバランス技にしゃれたウィット満載。

非常に洗練された芸、まさに悪魔的な魅力だが、これが小学校の校庭で見られたことが感無量。

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