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2016年7月

2016年7月26日 (火)

愛しのちゃび 19歳 /  書道

7月24日

きょうは、1997年にちゃびがうちの子になってから19年目の日だ。

最近のちゃび。私の膝の上でゴロゴロ爆裂中。便秘がちだがまあ元気です。快作先生には「ジャンキー」と呼ばれている(食欲増進剤を飲んでいるから)。

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19年間も一緒にいてくれて本当にありがとう。ちゃびから、どれだけ多くのものをもらったことか。これからもずっと元気でいてね。

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うちに来た日のちゃび。

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うちに来て数日後のちゃび。

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7月19日に動物病院にちゃびの薬をとりに行った際に、診療時間が終わるのを待って、駅近くのお寺の脇道に子猫が数匹ぴょんぴょんしているのを見たのだけれど、野良の子猫を見つけた時にはどのように対応したらいいのか快作先生に聞いた。

「簡単だよ。ケージを持ってってつかまえて、保護して、生後2か月になったら避妊手術して。」とにっこり言われる。最低でも1kgにならないと手術できないそうだ。

正直言って今の私には体力的(紫外線アレルギー、右腕の負傷など)、時間的、経済的、今の住居の条件的に無理なので、すごく悩んでいた。

出来る範囲でどうしたらいいか、と聞くと、快作先生はその時ちょうど最後の順番で子猫を連れて来ていたご婦人に向かって「ねえ、簡単だよね!」と声をかけた。

そのご婦人はM上さんという、もう40年も野良猫の保護活動をやってらっしゃるかただった。

M上さんは谷川俊太郎さんと小学校の同級生だったという。見るからに私よりずっとずっとお元気。

M上さんは「きょう、鳥越さんが阿佐ヶ谷に来てたから自転車で応援に行ってきたのよ。」と言う。「山添拓ちゃんがしゃべってたのよ。あの子は私の孫と同い年だからすごく応援してるの。ストップ安倍でがんばってもらわなくちゃいけないから。」と。

快作先生も「鳥越さんは今ひとつなんだけどね~、でも今の選択では鳥越さんしかないでしょう。」とはっきり言われる。

「子猫がいたのどの辺?」とM上さんに聞かれ「K寺のあたりです。」と言うと「ああ、K寺ね。私、昔、自転車を盗まれてね。そしたらK寺の前の交番から自転車が見つかったって電話かかってきたのよ。」とM上さん。

すかさず「わあっ!それはご縁だねえっっ!」とアピールする快作先生に思わず笑ってしまった。

そのあと快作先生が仕事で奥にはいり、M上さんとしばらくふたりで話していたが、私が自ら労力やまとまったお金を提供できない分際で、なんとかしてくださいと図々しく人に頼めるわけもなく、とりあえずM上さんのお話を伺っていた。快作先生が奥から出て来て「どう?話まとまった?」と言われ「いいえ。」と応える。

M上さんと住所と名前を交換した。出版関係の仕事をしていたかたで「うちはね、典礼聖歌っていう本、出したのよ。」とおっしゃると、すかさず快作先生が「テンレイサンカねっ!!うんうん!」と(笑)。

そのあとM上さんと快作先生から、関わりがあったいくつかの野良猫愛護団体のメンバーの人についての雑談をうかがう。某会は自然消滅したとか、○○さんと●●は性格がきつくて、とかいろいろ・・・。

「(野良猫レスキューの)仲間になっちゃえ!」と言う快作先生に「ええ。。。性格が強い人とか、聞いただけで胃が痛くなっちゃう・・・無理ですよ私は。」と言うと、M上さんに向かって私のことを「この人は対人恐怖症だからね。」と。快作先生、ちゃんとわかってるじゃないですか。

結局、地元の野良猫レスキューのS藤さんに電話して相談したら、そのK寺のあたりは、保健所からも言われていて、近々行くつもりだったと言われた。さすが快作先生が「仏のS藤さん」と呼んでいるかただ。保健所と連携して殺処分されないようにしているのもさすがだ。

保護活動をされているかたには、本当にありがたく申し訳ない。これからちょこちょこ寄付をするつもりだ。

7月25日

書道の日。帰宅してからすぐに復習。「白砂青松」。「砂」のつくり、「少」のはらいが難しい。なぜか右の点より上からはじめる。はらいは「石」の下すれすれくらいにつけて左真横にはらうとのこと。

これは「松」の木偏の下の「とめ」ひどく失敗。
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下のほうが「白」はうまくいったような気がする・・・。「青」という字が難しいです。「松」の字もうまくいかない。「公」の字、きたない。要練習。
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先生の朱墨のお直しを見ていると、下手な人ほどお直しがはいるわけではなく、むしろその反対だ。

当たり前だが一流の眼から見たら、どこまでも無限にお直しがはいるに決まっている。厳しくお直しをしてくださるのはありがたいことだ。

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2016年7月18日 (月)

多摩の丘のヤマユリ(山百合) / 大妖怪展

7月16日

自然の野山に咲く花で、出会えた時に私の胸がもっとも激しく高鳴る花は、ヤマユリ(山百合)だ。

多摩の丘で撮ってきた写真画像を見て描いたヤマユリの水彩。この大きな花は、強い、素晴らしい匂いがする。(写真はすべてクリックすると大きくなります。)

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なんと言っても、この濃い赤の斑点と黄色い帯が凄く、胸を締め付けるくらいに魅力がある。花屋で売られている真っ白なカサブランカリリーは去勢されているようで、きれいだが今一つ物足りない。

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背景を、灰色の中に薄い透明な青を混ぜ込むか、泥っぽい茶や砂色を混ぜ込むか、水彩絵の具の個別の色の材質によるたらしこみ結果の実験。

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ヤマユリは母が大好きな花だ。

「近所の山には顔よりも大きな花を10個もつけたすごいヤマユリがあったの。子どものころね、わあっと走って行って折りたいと思うんだけど、見つけるのは必ずマムシが出そうな藪の中なのよ。」といつも言っていた。

小さい頃、箱根に連れて行ってもらった時、ロープウェイから真下を見ると巨大なヤマユリが咲いていた。

ヤマユリは子どもの私にとって、人が歩けない道に咲いている手の届かない夢の花であり、思い切り顔を近づけて匂いをかいでみたくてたまらない花だった。

大きくて強く香るヤマユリが恋しくて、自生するヤマユリを間近で見たくて、友人Oと多摩の丘へ。

3時過ぎに新宿。新宿から電車で30分~40分ほどの駅で降り、てくてくと汗を流して丘を上ると・・・ウグイスの声とシャーシャーという蝉のシャワー。

坂道の横に、紫の緻密なグラデーションの葛の花が咲いていた。この花もたいへん風情があり、葡萄のような香りがする。

丘陵の斜面には、あった!なんとなく今日くらいかな、という勘で来たのだが、ちょうどぴったり開花の時期に合わせてヤマユリを見ることができた。まさにユリの王様(女王)。

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木漏れ日の下のユリの群れに、わあっっっと興奮。

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人もいなくて、ほんとうに静か。斜面の叢にぽつ、ぽつと気高く咲くヤマユリ。しんと冷たい空気が流れるようだ。
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なんという素晴らしい匂い。なんという凛として豪奢な輪郭。なんという色あい。なんという野生の、甘い魅惑。

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町を見下ろす丘の頂上まで上った。日陰にいるのは、まだつぼみのも多かった。今日の私は百合柄のブラウスです。

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駅を望むとても美しいカーヴの坂道。ガードレールの内側だけ階段になっている。

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由美かおるのアース渦巻の看板とおミズのハイアースの琺瑯看板(ゴールデンコンビ)がついている無人の野菜販売所。

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おミズの歌はカムイ外伝のアニメの歌くらいしかよく知らなかったが、夜、youtubeでいろいろ聴いてみた。

水原弘「黒い花びら」「黄昏のビギン」、永六輔の作詞。

すごい。いい!むせび泣くような低音の素晴らしい艶っぽさ。情の深さ。濃さ。暗い絵。これは子どもの時にはわからない味。

破滅型の人だったらしく、42歳で亡くなっている。こういうタイプの歌手はもう二度と出て来ないのかと思う。

「へんな女」という曲、これだけはバカらしいハマクラ(浜口庫之助)のナンセンスソング。なんでこんな曲を出したのだろう。さすがロールオーバーゆらの助(by 早川義夫)。

ついでに私の大好きな織井茂子の「夜がわらっている」を聴いて涙。私は織井茂子のかっこいい「銀座の雀」(元は森シゲの歌)が大好きなのだがyoutubeにはないみたい。

7月13日

紫外線アレルギーなので、小雨に喜んで外出。

傷めた右腕がひどく痛くなり、歩くのも苦しくなってしまったので、とりあえず新宿の龍生堂で湿布を買って貼る。最近の湿布薬の成分は5種類くらいあるらしい。胃の粘膜にも影響があるので長時間貼らない方がいいらしいが、この日は我慢できなかった。

江戸東京博物館の「大妖怪展」を見に行く。

3時頃、並んでいる人はなくすんなり入場。

肉筆の妖怪画の筆づかいに注意しながら見て行く。

「法具変妖の図」が面白い。名前や解説がなかった鮮やかな朱の大きな蚤のような妖怪が気になる。法衣の下から鋭い爪の足だけがのぞいている妖怪も。

私が一番長く見ていたのは南山「姫國山海録」(宝暦十二年 1762年)だ。ここに描かれている妖怪たちはほとんどヘンリー・ダーガーの世界。造型の面白味のすごさと、こなれていない(なかなか出せない)絶妙な筆づかい。

となりに展示してある茨木元行「針聞書」もよかった。人のお腹の中にいる妖怪たち。

一冊の本のたった一か所を見開きで展示しているだけなので、せめてパネルで本の全ページを展示、紹介してほしかった。

「百妖図」の中の「虎にゃんにゃん」や「蝦夷狼」もかわいい。

幽霊画は少ない印象。昔、谷中の全生庵で見たのがすごく迫力があった。

「六道絵」や「十界図」は、花輪和一が描いたらすごく面白いのができそうだな、と思いながら見ていた。

「遮光器土偶」。まさに花輪さんの世界!そう言えば土偶の実物を見たのは初めて。だがこれは妖怪展に出すようなものなのだろうか?

全体としては、展示の量は思ったより少なかった。すっきりしているけれど物足りないような気もする。

最後の妖怪ウォッチの展示はないほうがよかった。水木しげるの妖怪の展示ならよかったのに、と思う。

7月4日

母のいる施設から電話。

最近、むせる傾向にあるので、面会に行っても食事介助は職員さんにまかせてほしいとのこと。今までは、面会に行くなら食事介助しないと職員さんに申し訳ない(なにも手伝わずに、ただ会いには行きづらい)と思っていた。

私が食事介助して肺にはいることがあったら、と心配していたので、少しほっとしたが、同時に母の体調が悪くなってきたことが悲しい。

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2016年7月 4日 (月)

陽に褪せた紫陽花、西新宿、コスモスの思い出、母のことなど

7月3日

気温35度。夕方になっても息苦しいほどの真夏日。友人Tと高円寺を少し歩く。

陽に痛めつけられて色あせた紫陽花と。植物が雨を恋しがっている。

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昔から好きな一角。木の枠の扉が素敵。

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高円寺駅の近く、公務員高円寺宿舎の廃屋。失われてしまった懐かしい西新宿の角筈団地や阿佐ヶ谷住宅を想い、切なくなる。

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錆びた小さな滑り台と鉄棒。
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高円寺の高架下にすごくおしゃれな店を発見。古い人形などが飾ってあるのでアンティーク屋さんかと思い、入ろうとしたら、美容院だった。

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「マッサージ薬――ラブ」と書いてある古い看板のある建物。薬局だったのだろうか。
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7月1日

夕方、I工務店の社長さん(ジュリーのお父様)と食事。

社長は新宿駅の駅舎が木でできていた頃を知っているそうだ。

市電はそこら中を走っていたらしい。

社長が高校生の時、淀橋浄水場(今の中央公園や高層ビルのあたり)の周りをよく自転車で走っていたそうだ。

西新宿の今のエルタワーのあたりに精華学園高校があり、そこに吉永小百合がいたので見に行っていたという。

若い頃、同じ飯場に2年も寝泊りしていたことなど、興味深いお話をいろいろしてくださった。

6月30日

明日(7月1日)に、現在の1300円から2300円に値上げになるヘアカットの店で6cmほど髪を切る。

私の髪質だと細すぎてレイヤーはおすすめできないといつも言われ、ほとんどぱっつんとただ切るだけ。

6月28日

朝、雨が降っていた。

午後、雨がやんだのを見はからって雨に濡れた紫陽花を撮りに行く。(画像はすべてクリックすると大きくなります)

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紫陽花は陽に色あせて柔らかくぼけて、美しくなっていた。

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桔梗紫、藤紫、白群青、紅玉末、紫鼠。

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黒曜石、銀鼠。

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灰色にけぶる桔梗紫、岩桃、砂色、灰鼠。ところどころに赤茶色。

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こんな色の絵を描こうか、それとも布をこんな古色に染めて花をつくってみようか・・・と思う。
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藤紫、紅藤紫、岩桃、黄土、胡粉。

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夕方、母の施設へ。

食事介助の時、口に食べ物を含んだまま、うとうとすることがよくあり、どうにも困ってしまって職員のかたを呼んだ。

スプーンを、私がいつもやっているよりずっと奥まで入れて、抜くときにスプーンの腹で舌をこすって刺激するようにするといい、とのこと。

その後、ナツメロのCDをかけながら私も母の耳のそばで小声で熱唱しながら、全身で食事介助。

曲は「りんごの歌」、「青い山脈」、「水色のワルツ」、「芸者ワルツ」など。

口に食べ物を入れたまま眠ってしまって、誤嚥性肺炎になったらどうしよう、と必死で刺激を与えながら2時間かけて食べさせる。

右腕をひねってしまい、筋を負傷。

6月27日

書道の日。

「安心立命」。人力のすべてを尽くして、心を安らかにして身を天命にまかせ、どんなときにも動揺しないこと。

そうなれたらいい、と思う言葉。

ウ冠ではなく、ワ冠を書いたあとに下の女という字まで続けて書く。女という字がすごく難しい。いつかかっこよく書いてみたいと思う字。

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小学生以来、数十年ぶりに書道を習っているが、とても楽しい。たった1時間半だが、私は集中しすぎて、終わったあと倒れそうになるくらいお腹が減る。

この頃やっと、とめ、はね、はらい、仰勢、覆勢などが、以前より楽しくできるようになってきた。

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ひとりでぐちゃぐちゃと悩むのでなく、先生に細かくだめなところを指摘していただけることがありがたくて、書道が面白くてたまらない。

6月24日

がんの定期健診で鎌ヶ谷の病院へ。

調子はどうですか、と聞かれて、がんとは直接関係ないけれど、毎年5月に顔の皮膚がひりひりして炎症を起こしてしまい、今年は特にひどく、まだ痛いまま、と伝える。

(顔が痛くて、ずっと日焼け止めもぬれない状態。顔を洗うと痛いので、極力洗わないで保湿用化粧水だけつけている。)

唇の皮がむけて真っ赤に腫れて痛くてたまらないのでプロペト(白色ワセリン)を出してください、と浅井先生にお願いしたのに、先生はヒルドイド軟膏を処方しくださっていた(笑)。

それと、筋肉が落ちてしまい、一生懸命食べても体重が増えないこと。区の健診の時の42kgよりは増えたが、現在43kg。陽が落ちたあとに自転車で坂道を上がったりしているが筋肉がつかない。

「この年齢になると、やせたくてもやせないですぐ太るはずなのにねえ。」と言われる。筋肉に負荷をかけたあとにプロテインを飲むといいと言われた。

6月20日

私と同じ頃に近所(西新宿)で生まれたユキちゃん(幼なじみ)のお母さんから、とても久しぶりに電話があった。母の具合を聞かれた。

ユキちゃんの家は、十二社(じゅうにそう)の交差点近く、昔スタジオゼロがはいっていた市川ビルの裏にあった。それから道路拡張で、ユキちゃん一家は板橋区に引っ越し、小学生の頃、よく遊びに行った。

その頃の板橋はまだ、いなかだった。低い土の丘や原っぱがあった。

近くに一面のコスモス畑があって、子どもだったので胸のあたりまであるコスモスの花に埋もれて、ずっと飽きずに花を摘んでいた素晴らしい思い出がある。

茎を手折った時、キク科の苦い香気が胸いっぱいにはいってきた。

触手のように細くなびく葉と、薄い昆虫の羽のような花びらの感覚と同時に、その香りが強烈に胸に焼き付いて、たまらないほどコスモスが好きになった。

子どもの頃にかいだ匂いで、一生、その花を好きになるのだろう。

両手に抱えられないほどのコスモスの花を、ユキちゃんのお母さんが新聞紙にくるんでくれて、家に持ち帰って花瓶に生けると、コスモスの葉にそっくりな細い青虫が何匹もついていたのにびっくりした。

電話口で、その一面のコスモス畑のことをユキちゃんのお母さんに話すと、「そう、よく覚えてたわね。あなたのお母さんもコスモス畑のこと、何度も言ってたわ。」と言われた。

私にとって強烈な思い出が、やはり母にとっても素晴らしい思い出だったと聞いて嬉しかった。

母はいなか育ちで、本当に植物が好きで、散歩の時に、これは何の花、と花の名と特徴を幼い私に話していて、私は母の感受性をそのままもらって育った。

庭のある木の平屋に住みたい、そしたら実の生る樹を植えるのが素敵、と言っていた母の願いを叶えてあげられなかったのが残念だ。

母の具合がだんだん悪くなってからも、一緒によく新宿中央公園を散歩した。スズカケ(プラタナス)の実を拾ったり、木陰のシャガの花を見たり、都会の何でもない公園だが、草刈りをされていないところには面白い草が生えていて虫もいた。

6月9日

ウズアジサイとアジサイのキメイラ。

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まだ若く、みずみすしくて、くすみのないアジサイ。中心の乳白色のぼかしの部分に惹かれる。

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