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2016年8月31日 (水)

写真家、後藤真樹さんと打ち合わせ / 方南歌謡祭

8月25日

次の私の本のための絵の撮影について、写真家の後藤真樹さんと打ち合わせ。

特に箔をつかった作品について、なにを優先して撮影していただくか(銀箔のきれいな光の質感か、腐蝕部分の細かい線か、腐蝕部分の微妙な色か)、難しい問題がある。

また、写真をPCで調整しても、印刷物での再現は、それとはまったく違うノウハウになるそうだ。いろいろ想像して悩んでしまった。

・・・・

後藤さんは、座右宝刊行会代表として、書籍の執筆、編集、刊行も行っている。

座右宝刊行会という名称は、大正時代にさかのぼり、下のようないきさつがあるらしい。

(ホームページから引用します。)

「大正末期に作家・志賀直哉がコロタイプ印刷で作った自らの心眼に叶うものを集めた美術写真集「座右寶」を刊行する為に座右寶刊行會を創設しました。

大正15(1926)年に「座右寶」を刊行したのち、岡田三郎助氏の元で「時代裂」を刊行。その後、後藤眞太郎が引き継いで数々の文学書・美術書などを編集・出版。終戦の翌年、昭和21年には美術雑誌「座右寶」を創刊。

真太郎没後は、息子の後藤茂樹が引き継ぎ、美術全集の編集などを行い、日本の編集プロダクションの先駆けとなったが、1981年に解散。

現在の座右宝刊行会は、後藤眞太郎の孫にあたる写真家・後藤真樹が祖父と伯父の志のいくばくかを継ぎたいとして書籍の編集・出版を行っています。」

http://gotophoto.zauho.com/zauhopress/zauho.info.html

後藤さんとのご縁のきっかけは、私がハナ動物病院の待合室で、たまたま「座右宝」という薄い小冊子を見つけたことだ。

なんだろう?と読んでみたら快作先生の殺処分ゼロ運動のインタヴューと、高円寺ニャンダラーズ(猫レスキューのボランティアさんたち)のメンバーのかたの、福島での動物レスキューの現場体験を語る言葉がのっていた。

「福島被災猫レスキューの現場から」――西井えり(高円寺ニャンダラーズ)の全文は下のURLで読めます。

http://gotophoto.zauho.com/zauhopress/nishii-hisaineko.pdf

後藤さんは、たまたま被災猫の里親探しの活動に賛同し、譲渡会で出会った猫を引き取り、フクスケ(フクチン)と名付けた。

そして福島の警戒区域から保護された猫たちが、引きとった人々の元で幸せにくらしている姿をつづった物語つき写真集『おーい、フクチン! おまえさん、しあわせかい?――54匹の置き去りになった猫の物語』を刊行した。

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http://gotophoto.zauho.com/book/fukuchin.html

打ち合わせ中、フクチンは、うにゃ~お!うにゃ~お!と、すごく元気な声で、おしゃべりしてきていた。おなかがすいたみたい。フクチンは、ごはんをもらう前に、おすわりをして、お手!をする。

フクチンは福島で大けがをしたらしく、横隔膜が破れて内臓が肺を圧迫して呼吸ができなくて、内臓をもとに戻す大手術をしたそうだ。今は、そんなふうには全く見えないほど、元気だ。(ほかにアレルギー症状もあって、投薬によるコントロールが続いているそうだけど。)

後藤さんのお宅のまわりは、鬱蒼とした植物に囲まれていた。帰り道、コオロギたちが一斉に鳴いていた。もう秋だ。

8月27日

台風のせいで、雨がしとしと。その中、杉並区方南町の方南歌謡祭に行ってみた。

駅前の駐車場に、ステージカーが。その前に折りたたみ椅子をびっしり並べて、みんな雨合羽を着て座っていた。私は前から3番目の一番端っこの席。

熱心に見ているのは、70歳以上と思しき、元気なご高齢のかたが多いのにびっくり。駐車場の柵の外から、酔っぱらって大きな掛け声をかける男の人。柵によじ登る人。立ち見で煙草を吸っている人。全体的に、すごく自由というのか、無法地帯というのか、騒がしく、いなかっぽい雰囲気。

正直、高円寺の阿波踊りでは、考えられない感じだ。高円寺は、商店街の人の踊りが「芸能」まで高められているというのもあるが、観客も、もっと上品だ。

一番よかったのはフィンガー5の晃。歌もトークもすごくうまかった。

いきなり「・・・お祭りって、こんなんだっけ?」と。「なんか、すごく、いなかっぽいね。」とずばり。「すごい人だね。これ、お金とったらすごいけどね。タダだからね。」とも。

まずは「恋のダイヤル6700」。追っかけの人が10人くらい、最前列の真ん中に陣取っていてキャーッと黄色い(?)歓声。会場全体がすごい盛り上がり。「ここ、騒音対策、だいじょうぶ?俺、歌いながら帰ろうかと思っちゃった。」

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「個人授業」、晃の自作の沖縄ことばの歌も素晴らしかった。それから最後は「学園天国」。

彼はさすが、和製マイケル・ジャクソンとかつて言われただけのことはあって、歌唱から独自のソウルフルなものが伝わってくる。

(小学生にして、レコードデビューの時に、まわりの大人の耳がよくなくてつまらない、と言っていたらしい。)彼を見られたことは、とてもよかった。

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終わってから、方南通りを西永福まで歩いた。大宮八幡宮のあたりは人通りがなく、暗い湿った空気をふるわす虫の音がすごかった。

西永福の三崎丸で牡蠣のオイルづけや白子の天婦羅を食べ、生グレサワーを飲んだ。

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